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君と雛鳥と海渡り ~海鳴りの魔女が挑む政治戦争。圧倒的な魔術の才能で全員捻じ伏せて、王国最高の権力者へ~  作者: 讀茸
第一章 旅道中

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第十一話 家族には愛されていなかったらしい

 ――――なんか、辛いこととかあったら言えよ


 ずるい。


 ――――俺じゃ何もできねーかもだけど……力になりたいって気持ちだけはあるからさ


 ずるい。


 ――――そっか。あんま一人で抱えんなよ


 ずるい。

 ヒュノばっかりずるい。

 私の方がずっと傍にいたのに。

 私の方がノウドとたくさん思い出あるのに。

 絶対に私の方がノウドのことを大事に思ってる。

 私の方がノウドのことを幸せにしてあげられる。

 なのに、どうしてヒュノのことばかり気にかけるの?

 私のことは敵がいる場所に置いて行ったのに、ヒュノのことは大事に抱きかかえて逃げていった。

 どうして? どうして? どうして?


「なあ、ヨネ」


 そんなにヒュノのことが好きなの?

 顔が良いから? 

 私の顔じゃ不満ってこと?


「おーい、ヨネさーん」


 あんな鳥人のどこかが良いの?

 ていうか、ヒュノって男じゃん。

 絶対、私の方が良い。

 そもそも、アイリス様がヒュノを手放すわけない。

 絶対、絶対、絶対に私の方がノウドの隣に相応しい。

 だというのに、あの害鳥は――――


「ヨーネっ」


 ピンっと額を指で弾かれる。

 気付けば、ノウドが隣から顔を覗き込んでいた。

 私が座っているのは馬車の中。

 私達は馬車に乗って西部戦線へと向かっている最中だったことを思い出す。

 宿屋では問題無く一晩を明かせた。

 オルトス様による刺客がさらにやって来るかもしれないとも考えていたが、その心配も杞憂に終わった。

 事件と言えば、アイリス様の部屋に突撃したエイディーン様とブルーメ様が、ブチギレたアイリス様の魔術で吹っ飛ばされたことくらいだ。

 ヒュノがいたのはアイリス様の寝室。

 十中八九、抱かれていたのだろう。

 ノウドはずっと私と同じ部屋にいた。

 いつもと同じ、いつも通りの日常だ。


「どうしたの?」


 ゆっくり状況を振り返ってから、ノウドに訊き返した。

 赤毛の少年はいつも通りの溌溂な顔で、私の隣に座っている。


「いや、足の調子どうかなって思って。怪我してんだろ? 大丈夫か?」

「怪我ってほどじゃない。ブルーメ様に手当てしてもらったし、明日か明後日には完治してると思う。今も動けないほどじゃないし」

「そっか。そんなに悪くないのか。それじゃ安心だな」


 怪我は本当に大したことない。

 それこそ、ノウドに会うまでの私だったら毎日のように負っていた傷だ。

 だから本当に大したことはないけれど、ノウドが心配してくれるのが嬉しい。

 もっと大きな怪我をしていれば、それこそ足の一本でも吹き飛んでいれば、ノウドはもっと私を心配してくれたんだろうか。

 もっと心配してほしい。

 私を気にかけてほしい。

 私以外を気にかけてほしくない。


「いやぁ、良かったよ。ヒュノも何ともないって言うしさ」

「うん。ごめん、心配かけて……」

「気にすんなって。あいつら馬車に乗せた俺らにも責任あるしさ」


 向かいの席でヒュノがはにかむ。

 いつもより、声が小さくて弱々しい。

 ヒュノはいつもこうだ。

 アイリス様の隣じゃないと、あからさまに態度が小さくなる。

 あどけなさの残る整った顔立ち、細くて小さな身体、熱に晒させば溶けてしまいそうな白肌。

 なんて、弱くて儚い生き物。

 一人では生きていけないと全身で主張しているような、誰かに守ってもらうことを前提とした生命。

 分かっている。

 ノウドがヒュノのことを気にかけるのは、ヒュノが弱いことを知っているから。

 近付くものを全て斬り伏せてきた私とは違う。

 ヒュノは弱い。

 暴漢に襲われれば抵抗できない。ひったくりに遭っても自分で追いかけられない。誰かが助けてあげないと生きていけない。

 弱くて小さくて庇護欲を誘うから、優しいノウドは簡単に助けてしまう。

 嫌だな。

 すごく、苛々する。


「ヨネちゃんはさ」


 ふと、エイディーン様が口を開いた。

 ずっと黙って本を読んでいた彼女が、視線を上げて私の方を見つめている。


「ノウド君と付き合ってんの? いつも一緒な気がするけど」


 好奇心に満ちた赤紫色の瞳。

 ニヤリと笑ったエイディーン様は、恋バナを楽しむ乙女のようでもあり、獲物を前に舌なめずりする捕食者のようでもある。

 彼女の真意は全く読めないけれど、その言葉自体は嬉しい。

 付き合っていると、そういう風に見えているのかな。


「いやいや全然。別にそんなんじゃないっすよ。アイリス様の使用人で剣を使えんのが、俺とヨネだけなんで。それでセットみたいになってるだけっす」


 僅かに湧き出た喜びが、ノウドの否定で嘘のように消えていく。

 別に、何でもない。

 ノウドはただ本当のことを言っただけ。

 それだけなのに、裏切られたような気分になってしまう。

 私一人だけ勝手に舞い上がっていたような気がして、ひどく惨めな気持ちになる。

 ノウドから答えを得たというのに、エイディーン様はじっと私の方を見つめていた。

 まるで、ノウドではなく私に訊いたのだと、視線で訴えるように。


「付き合ってなんか、いませんよ」


 無感動に事実だけを答える。

 ノウドは私のものだと、言えたならどれだけ良かっただろう。

 それとも、今ここで付き合っていると冗談でも言ったなら、ノウドも少しは私のことを意識してくれただろうか。


     ***


 馬車の御者台。

 ヨネが怪我の影響で馬車内に入ったので、その代わりにアイリス様が御者台に座っていた。

 昨日はヨネさんとノウドさんの二人に任せっきりだったので、この機会に私も御者台に着くことした……のは良いのだが、中々上手くできない。

 一応乗馬はディアナ侯爵家で習っているのだが、馬車を操るのは想像以上に難しかった。

 その点、アイリス様は難無くこなしていて、やっぱり良い所のお嬢様なんだなぁと感じる。

 手綱はほとんどアイリス様に任せっきりで、私は隣で彼女の手綱捌きを眺めている。


「何よ。さっきからじっと見つめて……」

「いやっ……上手だなぁと思って。そういえば、昨日も馬を速駆けさせてましたよね。乗馬得意なんですか?」

「得意というほどでもない……というより、貴方が下手なのよ。本当に乗馬習ってるの?」

「すみません。昔から不器用で……」

「別に良いわ。エイディーンの方がよっぽど酷いわけだし」

「エイディーン様は乗馬苦手なんですか? 運動神経良さそうですけど……」

「あの馬鹿は加減が利かないのよ。手綱で馬を気絶させたらしいわ。自分で走った方が速いと言って、まともに練習もしないしね」

「ああ、なんか想像できます」


 会話が続く。

 なんというか、すごく普通に話せている。

 普通のことなんだけど、それが少しだけ驚きだ。


「アイリス様は……家族と仲良くないんですか?」


 口に出して、すぐ後悔した。

 こんなこと、訊くべきじゃないのは分かっている。

 踏み込みすぎだ。家庭環境のことなんて、軽々に取り扱っていい話題じゃない。


「…………」


 返答が無い。

 鈍く重い沈黙が張り詰めている。

 どうして、こんなことを訊いてしまったんだろう。

 多分、昨日のせいだ。

 昨夜のことがずっと気になっている。

 実の父親から刺客が送られてきたなんていう話を、私はどうにも忘れられずにいる。

 それは、きっと――――


「私は……仲良くなかったんです」


 私も同じだったから。

 家族との折り合いが悪かったのは、私の方だ。

 だから、昨日、アイリス様がひどく近くに感じた。

 私と同じなんて言うのは勘違いかもしれないけれど、何か一つでも、共感できそうな気がしたのだ。


「物心つく前に両親は死んじゃってて。私は親戚の家に引き取られたんですけど……あんまり、歓迎されなかったみたいで。物とか勝手に捨てられたり、私の分のご飯だけ無かったり。叔母さんも叔父さんも、私のこと好きじゃないみたいだったから、ずっと一人でいました。ひょんなことからディアナ家に引き取られるまでは、ずっとそんな感じで……」


 私は何を言っているんだろう。

 訊かれてもいない身の上話を延々と語っている。

 俯いたままの顔が上げられない。

 地面に釘付けになった視線が動かない。

 自分でも何を言いたいのか分からないまま、不格好な言葉だけが垂れ流されていく。


「そう。大変だったのね」


 ぽつりとアイリス様が零した。

 ああ、なんだろう、これ。

 すごい、変な感じだ。

 どうして、あなた達は当たり前のように許すのだろうか。

 お義父様も、レイヴンも、アイリス様も。


「私もお父様とはもう何年も会ってないわ。食事も、教育も、生活も。お父様は私にこの国で最高級の物を与えたけれど、十五の誕生日に屋敷を貰ってからはそれっきりね。貴族なんてそんなものよ。生憎、貴方みたいに悲劇的な生い立ちじゃないわ」


 どうでも良いとばかりに、アイリス様は一息に語り切る。

 まるで、つまらない小説を斜め読みするように。

 興味の無い話を聞き流すみたいに。


「家族の情なんてものは、確かに無かったんでしょうけど」


 そう言い切るアイリス様の瞳は、少しだけ寂しそうに見える。

 もしかすると、気のせいかもしれない。

 それか、私の願望が生んだ幻覚だ。

 アイリス・セイレンディスは悪魔のような人だ。

 レイヴンを酷く痛めつけたし、酷いことを言うし、簡単に人を殺してしまえる。

 そんな人ではあるけれど、一つでも私と同じものを持っているんじゃないかと思いもした。

 本当は寂しいんじゃないだろうか。

 家族がいないのは寂しい。誰にも愛されないのは辛い。

 アイリス様がヒュノさんに執着するのも、その寂しさを埋めるためなんじゃないだろうか。

 そこまで言うのは、私の考えすぎかもしれないけれど。


「昼過ぎには着くわね、西部戦線」


 湿っぽい空気を片付けるように、アイリス様が口にした。

 もうじき、あの戦場に辿り着く。

 魔術と爆炎が降り注ぐ西の地平で、私達は戦争へと身を投じることとなる。


「そうですね」


 あの日、彼女が悪魔に見えた。

 悪魔の力を借りてでも、西部戦線を終わらせようと思った。

 今でも、その覚悟に翳りがあるわけじゃない。

 けれど、何故だろう。

 やっとアイリス様の人間らしい部分が、見えてきたような気がするのだ。

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