第十話 突撃、隣の部屋
ブローカーの死体を処理した私達は、街道を歩いて宿屋へと戻った。
馬もいるにはいたのだが、全員が乗れるわけではなかったので、馬も人の徒歩と同じくらいの速さで歩かせた。
宿屋へ戻る道中、アイリス様は意識の無いヒュノさんをずっとおぶっていた。
途中で代ろうと思って提案したが、アイリス様は彼を離そうとしなかった。
アイリス様の表情は読めないけれど、やっぱり彼が心配だったのだと思う。
彼女のそういう所が、何となく胸に刺さる。
宿に戻った頃には夜も更け、すっかり寝る時間になっていた。
宿の部屋割りは、アイリス様とヒュノさん、ヨネさんとノウドさん、私とエイディーン様で相部屋だった。
小綺麗な宿の部屋の中、私は寝台の上に寝転がる。
エイディーン様は隣の寝台に座って、持って来たらしい本を読んでいた。
「エイディーン様」
ふと、名前を呼んでみる。
「んー? まだ起きてんの? さっさと寝た方が良いよー。明日も早いんだしさ」
「それを言うなら、エイディーン様も起きてるじゃないですか」
「あたしは良いんだよ。馬車ん中でも寝れるから」
「私だって寝れますよ」
「お? 意外な特技だねい。ちょっとイメージ変わったナー」
エイディーン様が私にどんな印象を抱いているかは分からないが、私は別に繊細でもお淑やかでもない。
むしろ、平民出身なだけあって、神経は太い方だと自負している。
揺れる馬車の中でも眠れるし、虫とかも素手でいける。
丁寧で礼儀正しい令嬢としての一面は、社交界でボロを出さないように頑張った結果でしかない。
私にしてみれば、エイディーン様がじっと座って本を読んでいる方がイメージ違いだ。
「エイディーン様はアイリス様と親しいのですか?」
気になっていたことを訊いてみた。
今までの態度から見ても、二人が初対面ということはないだろう。
「んー。まー、それなりかな。急にどしたん?」
急に、と言われて不思議な気持ちになる。
急なんだろうか。
急なんだろうな。
私は急にアイリス様の屋敷に押しかけて、急に西部戦線への参加を打診した。
全部、まだ一週間も経っていない短期間の出来事だ。
「アイリス様のこと、私は何も知らないなと思って。全部、私が始めたことなのに……」
アイリス様を西部戦線へと引き込んだ。
そのせいでオルトス様から刺客がやって来て、ヒュノさんは攫われそうになった。
多分、アイリス様は不安そうな顔をしていた。
あの人の表情を読むのはひどく難しいけど、ヒュノさんのことを大事に思っていて、ヒュノさんを失うのを恐れているのは確かだと思う。
「ブルーメちゃんが何を気に病んでるかは分かんないけどさ。西部戦線を終わらせたいんなら、アイリスに声をかけたの正解だと思うよ。後悔するような選択じゃないと思う」
「それは……どうしてですか?」
「強いから」
エイディーン様から返ってきたのは、ひどくシンプルな言葉だった。
それは単純明快で、疑念の余地も無いほど簡単な理論。
アイリス様に西部戦線参加を打診する前の私が考えていたことでもある。
強いのだから、恐ろしく強いのだから、きっと西部戦線の終結にも役に立つ。
「底無しの魔力量。超超高火力の属性魔術。当たり前のように無詠唱。魔術師として王道の強さだ。貴族らしいクラシックスタイルとも言えるかな。魔術の名門セイレンディスでも、アイリスほどの魔術師はそうそう出て来ない。そんなのを引っ張ってこれたんだから、ブルーメちゃんとしては万々歳でしょ? 変に悩まなくて良いと思うけどナー」
エイディーン様はイカれているとアイリス様は言う。
でも、私はそんなことないんじゃないかと思うのだ。
この人は思ったより周りを見ていて、人の感情や性格を的確に見抜く。
小説好きだというのも頷けるような、人間に対する感性の鋭さがあるのだ。
「そうですよね」
エイディーン様の言葉に、私はどこか薄い肯定を返した。
私だって後悔しているわけじゃない。
西部戦線のためにアイリス様は必要だ。
でも、何だろう。
心のどこかに引っかかる。
「そう、なんですけど……」
西部戦線を終わらせたい。
終わりの見えない苦しみを終わらせたい。
そのために、アイリス様の力が要る。
正しいはずの理論を延々と頭の中で反芻するけれど、それはどこにも辿り着かずに堂々巡る。
「ぷっ、くふふっ」
不意にエイディーン様が吹き出した。
寝台で仰向けになって唸る私を見下ろして、面白そうに笑っている。
「な、なんで笑うんですか……」
「いやぁ~、ブルーメちゃんって貴族に向いてないなーって思ってさ」
貴族に向いてない。
どういうことだろうか。
貴族として相応しくない、みたいな話はパーティーの時にアイリス様からも言われたことがある気がするけれど。
「そんなにアイリスが気になるならさ。少しずつ知っていけば良いよ。どうせ、これから長い付き合いになるんだから。それに――――」
まあ、エイディーン様の言うことも一理ある。
西部戦線の終結もできる限り早く成し遂げたいけれど、そう簡単に片付くとも思っていない。
オルトス様から差し向けられる刺客についても、これで終わりとは限らない。
まだまだ旅は続くし、私達は共に過ごしていく。
その中で、この違和感の正体を見つけることができるかもしれない。
ゆっくりと瞼を閉じながら、私はそんなことを考えていた。
「ブルーメちゃんはアイリスなんかより、自分の心配をした方が良いと思うなぁー」
微睡んでいく意識の中、最後にエイディーン様が何か言っていた。
それだけはよく聞き取れなかったけれど。
まあ、良いか……。
***
「えっと、本当に良いんですか……?」
「オーケーオーケー。無問題よ。アイリスは寝起き悪いからナー。起こしてあげなきゃ悪いじゃん?」
早朝、宿屋の廊下。
私はエイディーン様と一緒に、アイリス様とヒュノさんの泊っている部屋の前に来ていた。
扉の前、エイディーン様はすごく悪い顔をしている。
ダメだ。
この人は今、絶対にダメなことをしようとしている。
でも、私には止める力が無かった。
「こういうのは勢いだぜ! たのもー!」
エイディーン様が扉を開ける。
勢いよく扉が開くと同時、エイディーン様が部屋へと駆け込んでいく。
私も恐る恐る、その後をついていった。
「ぐっもーにーん! アイリス! エイディーンさんが目覚めの挨拶にきてやったぜーい!」
陽気なかけ声と共に登場するエイディーン様。
彼女は楽しげに部屋へ踏み入っていくが、私は部屋の様子に目を奪われていた。
散らかっている。
荷物がそこら中に散乱していて、服も地面に脱ぎ捨てられたままだ。
思ったよりもずぼらな性格なのか。
それとも、この無秩序な部屋はアイリス様の精神状態を投影しているのか。
私には後者のように思えた。
当のアイリス様は寝台で眠っていた。
同じ布団の中でヒュノさんを抱きしめて、ひどく不安そうな顔で眠っている。
寝ている時は、こんな顔をするのか。
悪夢に魘される少女みたいに、弱々しく儚い表情をして眠っている。
いや、本当に悪夢を見ているのかもしれない。
というか、普通にヒュノさんと同じ布団で寝て――――
「……エイ、ディーン?」
ゆっくりとアイリス様が起きる。
体を起こすアイリス様を見て、私は初めて気付いた。
服を着てない。
少なくとも、上は着てない。
そんな状態でヒュノさんと一緒に寝ていたということは、それはもうそういうことでしかなくて。
確かにアイリス様がヒュノさんを気にかけているのは何となく察していたけれど、まさかここまでの関係だったなんて予想外というか、私達は割とヤバい場面で部屋に突入してしまったのかもしれないというか、エイディーン様は絶対これ知ってましたよね――――
「……今日という今日は殺すわ。この脳味噌バーサーカー」
アイリス様が上げた右手。
そこから放たれる洪水が、私とエイディーン様をまとめて吹き飛ばした。
騒々しい朝の一幕。
勝手に人の部屋に入ってはいけないという、ごく当たり前の教訓を私は学んだのだった。




