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君と雛鳥と海渡り ~国内最強の悪逆魔女令嬢が挑む政治戦争。クソほど性格が終わっている女は王国の宰相になれるのか?~  作者: 讀茸


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第一話 気に食わない平民の婚約者を叩きのめしたらしい

延々と繰り返す。いつか来る終わりに怯えながら

 夜、とある屋敷の庭園。

 貴族達の社交パーティが行われていたはずの屋敷の庭では、見るも無残な惨状が広がっている。


「なあ、アレ。見ろよ……」

「なんて酷い。あれじゃ虐待と変わらないわ……」

「さっきからずっとあの調子だ。一方的なんて次元の話じゃない……」


 それは、模擬戦の形を取っていた。

 相対するは二つの人影。

 片方は若い青年。貴族然とした正装を纏い、剣を携えて庭園を走る。

 片方は黒髪の令嬢。群青色のドレスに身を包み、立ったまま青年を見据えている。

 令嬢がさっと手をかざせば、宙に幾つもの水の槍が出来上がる。

 深海のような暗い色合いの水は、令嬢の魔術が水を過度に圧縮した結果。

 凄まじい水圧を以て放たれる水の槍が、庭園を走る青年に命中する。


「づゥ……! が、ぁあアア!」


 息つく暇も与えず、令嬢が展開する魔術の弾幕。

 青年は全身に傷を負いつつ、気力を振り絞って庭を駆ける。

 しかし、水の槍は次々と撃ち出され、青年は令嬢に近寄ることもできない。


「レイヴン殿が手も足も出ていない。アイリス・セイレンディス。魔術の天才とは聞いていたが、まさかここまでとは……」

「いや、真に恐るべきは性格の在り様でしょう。ここまで実力差がありながら、まるで慈悲が無い。むしろ、レイヴン殿をいたぶって楽しんでいるようにも見える」

「そもそも、何故パーティーの場でこのような事態に……」

「レイヴン殿の婚約者がアイリス様に粗相を働いたらしい。それに気を悪くしたアイリス様がレイヴン殿の婚約者を侮辱し、レイヴン殿が発現の撤回を求めて模擬戦を挑んだのだと……」

「レイヴン殿の婚約者と言えば、ブルーメ殿ですか。平民出身ではあるものの、物腰穏やかで丁寧な娘だと記憶していましたが……」

「はい。アイリス様は気位が高いので、恐らくは……」

「嫌がらせか、軽い挑発か。どちらにせよ、あまり気分の良いものではありませんな……」


 ひそひそと聞こえる貴族達の声には見向きもせず、アイリスは魔術を放ち続ける。

 ミッドナイトブルーの瞳には光が無い。

 日光の届かない深海のような暗い青色で以て、血塗れで走るレイヴンを見下ろしている。


 ――――アイリス様、今の発言は看過できません。ブルーメへの度を過ぎた侮辱、どうか発言の撤回を


 アイリスは少し前の出来事を思い出しつつ、レイヴンを魔術で打ちのめす。

 何度目かに分からない水槍の直撃。

 脇腹から夥しい量の血を流して、レイヴンは地面に倒れた。


「ねえ、レイヴン。たしか、この模擬戦は先に参ったと言った方の負けよね」


 アイリスはゆっくりとレイヴンに近付く。

 うつ伏せで血の海に倒れ込むレイヴンを見下ろし、その上で水の槍を創出した。


「私はまだ、貴方の口から何も聞いていない」


 アイリスは水の槍をレイヴンの肩に突き刺す。

 深海のような暗い水の槍は、レイヴンの右肩を容易く貫通する。


「ぐ、あぁああアア!」

「まだ模擬戦は続いている。そうでしょう?」

「ま、まいっ――――」


 白旗を上げようとしたレイヴンの喉を、アイリスは綺麗な靴で踏みつける。

 参ったと告げようとした喉は締まり、言葉は発せずに霧散する。


「よく聞こえなかったわ」


 アイリスは二本目の水槍で、レイヴンの大腿部を貫通させる。

 声にならない悲鳴を上げるレイヴンを踏みつけに、さらに追加の水槍を創成していく。

 自分の言葉を撤回しろと要求してきた不届き者を、アイリスは徹底的に痛めつけると決めていた。

 血塗れのレイヴンを踏みつけるアイリス。

 その目前に、一人の少女が立った。


「やめてください! アイリス様! これ以上は……っ、これ以上はレイヴンが死んでしまいます!」


 可憐な少女だった。

 素朴な黒髪を肩口で切り揃え、白いドレスに身を包んでいる。

 絵に描いたような二重は、キラキラとした魅力を放っていた。

 小動物のような可愛さを備えた少女は、高級な美術品じみた令嬢とは別種の美しさを纏っている。

 ブルーメ・ディアナ。

 元平民の貴族令嬢であり、レイヴンの婚約者だ。


「おかしなことを言うのね。模擬戦を挑んできたのはレイヴンの方でしょう。私は吹っ掛けられた喧嘩を買っただけ。自分から戦いを挑んでおいて、不利になった途端にやめろと言うの?」

「で、でも……っ、このままではレイヴンが――――」

「安心しなさい。殺しはしないわ。……殺しはね」


 ブルーメの懇願には聞く耳を貸さず、アイリスは魔術を行使する。

 アイリスのすぐ側に浮かんだ水の槍。

 暗く深い深海の水槍は、レイヴンの左足に照準を合わせる。

 アイリスがそれを撃ち下ろすだけで、レイヴンの左足は抉り取れるだろう。


「やめてください! アイリス様っ!」


 庭園、ブルーメの慟哭が響く。

 地に伏すレイヴンは最早抵抗する気力すら失い、虚ろな目をして倒れるまま。

 血溜まりに伏す少年を見下ろして、アイリスはゆっくりと右手を上げる。

 ブルーメもレイヴンも、この場にいる貴族までも、よく理解していた。

 その右手が振り下ろされる時が、レイヴンの左足が失われる時だと。


「そこまでだ」


 トドメとばかりに、アイリスが水槍を放とうとした直前のことだ。

 アイリスの背後から、荘厳な低い声が聞こえる。

 その声を察知してアイリスが振り向くより早く、声の主が魔術を放つ。

 眩く輝いた焔がアイリスの水槍へと衝突し、圧縮された水の塊を跡形も無く蒸発させていた。


「……お父様」


 振り向いたアイリスが声の主を呼ぶ。

 オルトス・セイレンディス。

 他でもないアイリスの実父が、彼女の凶行を阻止していた。


「模擬戦は終わりだ。勝者はアイリス・セイレンディスとする」

「まだ勝負は――――」

「誰の目にも勝敗は明らか。論ずる余地は無い」


 アイリスの抗議をオルトスは一蹴する。

 有無を言わさぬ鋭い視線を前に、アイリスもレイヴンから足をどけた。

 すぐさま、倒れ伏すレイヴンの下にブルーメが駆け寄ってくる。

 他の貴族の動き主に二通り。

 心配そうにレイヴンの下に近寄るか、遠巻きに庭園の惨状を眺めるか。


「レイヴン! しっかりしてレイヴン!」

「出血が酷い。止血を行おう。誰か布を持ってきてくれ」

「なんてこと、こんなになるまで叩きのめされるなんて……」

「アイリス・セイレンディス。ここまで悪辣な人物に育つとは。こんな者がセイレンディス家の後継とは……」

「本当にアイリス様に次代を任せても良いのか?」

「だが、実力に関しては疑いようがない。事実、武芸に長けたレイヴン殿が手も足も出なかった」

「だからといってあの性格は……」

「悪辣だが有能。認めがたいですが、統治者には向いているのかもしれませんな」

「しかし、あれが人の上に立てる器か? これでは貴族主義に拍車をかけるばかりではないか」

「性悪にもほどがある! 貴族だからといって何でも許されると勘違いしている!」

「恐ろしいわ。なんて、酷い人間なの……」


 血塗れの庭園。

 アイリスは黙って立っている。

 見上げる夜空は曇っているようで、星の一つも見えやしない。

 ミッドナイトブルーの瞳には、昏い闇だけが映っていた。


     ***


 いつからだろう、私がこんな性格になったのは。

 多分、生まれた時からだ。

 家庭環境がどうとか、お父様の教育がどうとか、そういう要因もあるにはある。

 でも、それを含めて私で、それを含めて運命で、私はそういう風に生まれたというだけの話。

 私は悪辣で、残虐で、笑ってしまうくらい醜悪な精神の持ち主。

 誰もが私の失墜を望んでいる。

 私が足を躓かせて転げ落ちる瞬間を、今か今かと待っている。

 あんなヤツは負けてしまえと、あんな人間は落ちてしまえと、私の醜態を待ち望んでいる。

 その時が来れば彼らは、待ってましたとばかりに私を嗤うのだろう。

 だから、私は負けない。

 捻じ伏せて、踏み潰して、その悉くに勝利する。

 私を悪辣だと誹る声も、私を性悪だと貶す評も、勝利という結果で黙らせる。

 主人公にばかり都合の良いやられ役になんてなってやらない。

 勝って、勝って、あらゆる全て勝ち続けて。

 私を否定する全てを勝利で以て否定して、そして、全てに勝った暁には。

 その時には、きっと。

 きっと、安心できるはずなのだ。

アイリス・セイレンディス(20)

本作の主人公の一人。悪役令嬢ってヤツです。

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