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私の佐葦花  作者: ざこぴぃ
黄色の佐葦花
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黄色の佐葦花【3】


『地震です!身の安全を確保し、速やかに避難して下さい!地震です!身の――』

 誰の物とも言わず、至る所でスマホから警報が鳴り響く。

「皆おるかっ!青井さんはおるか――」

「こっちにおるで!」

「おぉ!良かった!無事で!立花さんも――」

「あっちにおるけん、大丈夫――」

 寺の境内には100人超の町の人々が集まり、境内から見下ろすホテルの屋上にも人々の姿が見える。

「敏夫さん……!」

「あぁ、秋津さんか。さっきはありがとう。助かったよ」

「いいえ。でもあぁは言ったものの本当に津波が来るのでしょうか……?」

「たぶん……あの夢がデジャヴなら……」

「夢?」

 僕は夢で見た津波の話を彼女にした。半信半疑だったが、町内放送で津波情報を既に流してしまった後だ。もう間違いでしたでは済まない。

 ふいに彼女が僕の手を掴む。

「え?秋津さ――」

「敏夫さん!あれを見て――!」

「あれ?」

 彼女が指差す方向を見ると、防波堤の赤い灯台が左右にゆっくり揺れていた。そして、海面がかなり下がっている様にも見える。

「敏夫さん、あれって津波の前兆なんですよね?」

「えぇ、ネット情報ですが……。ただ引き潮の加減もあって、大潮で引き潮の際にも海面は一時的に低くな……」

「あんちゃん、それはないぜ」

 後ろから声をかけられ振り向くと、先程漁協組合にいた男達がいた。

「今日は大潮で間違いないけど、次の引き潮は夜中になるはずだ。今は満潮時間、満潮であれだけ潮が引く所は見た事がないけん」

「お父さっ――!いえ……組合長!」

「お父さん?……が組合長?」

 彼女の父が漁協組合長、その人だった。漁協の事務所では姿が見えなかったが組合長の後ろに先程のおじさん達が整列している。

「君が敏夫君か。寧々……いや、町民が皆救われたかもしれん。礼を言う」

「い、いえ!まだ何も起きていませんし!勘違いだったら申し訳ないです!」

「勘違いだったらわしが皆に説明するけん、気にせんでいい。ここは幸いにも入江になっとるけん、津波が来たとしても被害は少ないとは思うが、念には念をじゃ」

「は、はぁ……」

 

 花祭りの残り物の甘茶が配られ、一口飲むとその甘さに疲れが癒える。

 お寺に着いてから10分程経っただろうか?そんな話をしていると、住民達がガヤガヤと騒ぎ始めた。

「おい、あれ……」

「おかしいよな?何か来る……?」


『ゴゴゴォォォォォ……!』


 耳を澄ますと、住民達の声に混ざり地鳴りの様な音が聞こえてきた。夢で見た映像が頭の中で蘇る。

 そう言えばあの時、フェンスの上へと僕を持ち上げていた男達はこの漁協の人達だったのかもしれない。

 そして境内の墓地に黄色い百合の花が見えた。

「あっ、黄色い百合はこんな所にあったのか……」


 ……次の瞬間!!


『ズドォォォォォォン!!』


 突然、赤い灯台を遥かに越える高波が防波堤の壁に打ちつけられ、高台のお寺にまでその音が響く!!

「つ、津波だぁぁぁ!!」

「キャァァァァァァ!!」

 波は防波堤を乗り越え、川が流れる様にゆっくりゆっくりと湾内へ逆流して入ってくる。

 夢ではあの津波が濁流になり、町を呑み込んでいく景色を見た。

 下がっていた湾内の水位が徐々に上がり始め、ついには海岸に面した道路まで水位が上がる。

「夢の通りになるのか……?」

 もうどうする事も出来ない。ただ固唾を飲んで見守る事しか出来なかった……。


 ――1時間後。

 津波は一時、道路を越えて町へと流れ始めたが、その後徐々に引いていき、夢で見た様に町が津波に呑まれる事はなかった。

「終わった……のか?」

 夢とは違う結果に安心した反面、あまりに大げさな事を言いふらしてしまった様で、何ともばつが悪い。

「敏夫君」

「組合長……すいません。何だか大げさな事を言ってしまって……」

「何を言っちょる!あれでも津波の高さは1メートルを越しちょるけん!もし、波に足でもさらわれたら、大の大人でも流されるわ!ありがとう、敏夫君。君のおかげで皆が助かったわ」

「敏夫さん、本当にありがとうございました!」

 漁協の組合長と娘の寧々が深々と僕に頭を下げた。

「ちょっと!ちょっとちょっと!やめて下さい!僕は何も――」

 そう言いかけて気付いた。他の住民達も頭を下げたり、手を合わせたり、形は違えど……皆が感謝をしてくれた。

 これも組合長が真っ先に頭を下げてくれたおかげだと悟る。そして僕も組合長に、皆に深々と頭を下げた。

 「信じてくれてありがとうございます」と。


 ――数日後。

 町民は皆、片付けに追われていた。被害は最小限で済んだものの、床下浸水が12件、床上浸水が2件。いずれも海岸に近い住居が海水に浸かっていた。

 それは居候する立花の家も同様で、水に浸かった荷物を外へと運び出し、家の中を水洗いし、海岸の掃除をする。

 海岸にはおびただしい量の木片やゴミが流れ着いていた。

「寧々さん、手伝って頂いてありがとうございます」

「いえいえ、困った時はお互い様ですから!それに――」

「それに?」

「えぇと……ほら!私、漁協で働いているので、これも仕事のうちです!……たぶん」

「何ですか、それ。はははっ!」

「ぷっ!あはは!」

 それから僕達が恋に落ちるのにそう時間はかからなかった。


 ――車云生町(くるいしまち)に越して来て、半年程経った頃。

 僕は小さな工務店を始める事が出来た。そして彼女が時々手伝いに来ては、2人でたわいのない話をし、笑い合う。

「どうしたの、敏夫さん?狐が豆鉄砲喰らった様な顔をして!」

「狐?寧々、それを言うなら鳩……」

「あははっ!そうだっけ!」

 そう言えば彼女、どことなく狐にも似ている様な……?

「敏夫さん!今日ケンタッキーにしない?」

「また?昨日も……」

「だってぇ!期間限定のケンタッキーとコーンポタージュが美味しいんだもん!」

「まぁ、いいけど。車出すから用意して」

「はぁい!」

 彼女のペースで今日も1日が過ぎていく。


 ――そう言えばあの時、黄色の百合の花が僕と寧々を繋いでくれた。

 黄色の百合の花言葉は「愉快」「気取らぬ美」……そして「甘美」。

 彼女にぴったりの花だと思えた。



―黒の佐葦花へつづく―

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