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私の佐葦花  作者: ざこぴぃ
黄色の佐葦花
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黄色の佐葦花


 名は能里敏夫(のりとしお)。春川恭子の大学時代の同級生であり、現在44歳。……無職である。


 ――2012年3月。

 春のお彼岸も終わり、桜の開花情報がニュースで流れる中、僕はこの町へとやって来た。

 大阪大学を卒業後、そのまま大阪で就職、結婚、離婚、そして退職……。

 実家のある広島には帰る予定も無く、誰も知らない田舎で一からやり直そうと大阪を後にした。

 両親は五年前に他界。山陽道での交通事故だった。葬儀には顔を出したが、それ以来、戻ってはいない。


「もしもし恭子?久しぶり……うん、元気やで……あぁ、やっぱり。菜乃から連絡が……うん……ほんで、折り入って相談があってな――」

 春川恭子と元妻の菜乃(なの)は、大学時代の同級生で、二人共に仲が良かったのだ。

 そして恭子が産まれ育ったのが島根県と聞いた事があり、駄目元で空き家を探してもらう事になった。


「――よう来なさったね。敏夫さん言うたかいね?」

「はい、お世話になります。立花さん」

 この年の3月、車云生町(くるいしまち)に僕はいた。紹介してもらった立花家で居候し、仕事を探しながら、白河家の空き家を自分の手でリフォームする事になった。

 この町にはそもそもアパートやマンションと言った賃貸物件は無く、観光客向けのホテルや旅館が建ち並ぶ。さすがに何ヶ月もホテル暮らしは貯金が持たない。

 その話のきっかけが恭子とのメールのやりとりだった。立花家でしばらく居候をし、白河家をリフォームすると言う話が出たのだ。僕の前職は工務店……まさかこんな形で前職が役に立つとは思わなかった。

 そして白河家をリフォームをし、個人事業主として小さな工務店を開業と言う話が進んでいく。高齢化したこの港町で工務店等は無く、ちょっとした修理やリフォームをしたらどうかと、恭子にアドバイスをもらっていた。言い出しっぺの恭子が本気だったか冗談だったかはさておき……。

 とは言え、半年もしないうちに貯金は底をつくだろう。

 退職金と失業保険を生活費とリフォーム代に分け、到着早々、意気揚々と白河家の下見へと向かう。

「ごめんください……」

 誰もいない空き家のドアを開け、誰もいない空間に声を投げかける。

 返事などあるわけはない、そう思い込み、玄関から中へと入る。

「ふにゃ?」

「ぎゃっちゃみぃぃぃ!?」

 びっくりしすぎて変な奇声を上げながら後退りし、ドアの縁で背中を強打する。

「いてっ!!」

「にゃぁ」

「ね、ねこか……」

 玄関框(げんかんまち)に猫が座っていたのだ。

「いてて……。びっくりした……なんやここに住んでるんかいな?」

「にゃ?」

 猫は悪びれる様子も無く、開いた玄関からすたすたと出て行く。

 びっくりしすぎたせいで、心臓がバクバクいっている。時間があれば掃除でもと思ったが、集中力にかけ、今日は写真だけ撮ると立花の家へと帰る事にした。


 夕方、お寺の住職が様子を見に来てくれた。何でも恭子に話を聞き、ここを世話してくれたそうだ。

 同い年くらいだろうか?若い住職に自己紹介と経緯を聞き、お礼を言う。

「ところで、あの家にはもしかして猫が住んでいます?」

「いや、住んではいないと思いますよ。ただ長らく空き家でしたから野良猫はいるかもしれません」

「そうですか……ありがとうございます」

「困った事があればいつでもお寺に来てください。力になりますから」

「はい。おおきに……助かります」


 その日の深夜。トイレに目が覚めごそごそと布団から這い出した。

「あぁ……せや、ここは立花の家やった……」

 住み慣れたマンションの感覚でいたが、まったく見慣れない風景に戸惑ってしまう。

 襖を開け、廊下を突き当たると玄関横にトイレがある。

「寒っ……」

 中庭に面した廊下はひんやりとし、足元から伝わる冷たさに目が覚めた。

 トイレを済ませ部屋に戻ろうとすると、窓に何かが映った気がし立ち止まる。

「ん……今、何か……?」

 立ち止まり、じっと窓の一点を見つめると……。

「火事やっ!!」

 一瞬、窓に赤い炎が映り揺らめいだのだ。部屋に戻り、携帯をポケットに突っ込むと中庭のスリッパを履き外へと飛び出す。

「どこや……どこや……」

 外へと出てみるが辺りで火事が起きている様子もなく、寝静まった港町の外灯だけが見える。

「確かに火が見えたんや……」

 しばらく町並を見ていたが、依然として火の気がある訳もなく、波の音だけが聞こえてくる。

 携帯を見ると時刻は2時ちょうどを指していた。そして家へ入ろうと振り返った瞬間……僕の経験した事のない出来事が起こる。

「やっぱり燃えとる……!?」

 家の裏手には山があり、その山頂付近が所々で赤く染まり、まるで火事が起きている様にも見える。

「何や……あれは……?」

「敏夫君、どげしただ?ん?あんれまぁ……珍しいもん見たね……」

「あっ!立花さん!あれは山火事じゃないんですか?」

「あれはな、狐の嫁入りだけん」

「狐の嫁入り……?」

「あげあげ……南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」

 立花のお婆ちゃんは山に手を合わせ、拝み始める。

 携帯で検索してみると、山野で火が連らなって見える怪奇現象を狐の嫁入りと呼ぶそうだ。まさか自分がそんな珍しい光景を見る事になろうとは思いもしなかった。

「あの狐の嫁入りを見た者は、幸せが訪れるとも、死人が迎えに来るとも言われちょる。果たしてどっちじゃろうのぉ……」

「た、立花さん!脅かさないで下さいよ!」

「ふふ……さて、わしは帰って寝るけんね」

「は、はい。おやすみなさい」

 僕は携帯を山に向け写真を撮る。しかし不思議な事に撮った写真を見ると何も写らず、暗闇の中に山が写っているだけだ。そうこうしていると、漁船の明かりが灯り、船のエンジン音が港町に響いた。

 そして狐の嫁入りはその音と共に徐々に消えてゆく。月明かりで幻覚でも見えたのだろうか?

 そんな不思議な体験を引っ越し初日に経験したのだった。


 ――数日後の4月8日。

 近所の方に軽トラックを借り、リフォーム用のコンパネや塩ビ管、石膏ボードをホームセンターで買い、日曜大工の工具を買い揃える。とは言え、全て買い揃えるとなるとそこそこな出費となる。そこで前職で使っていた大工道具を後輩に頼み送ってもらい、工具を買う費用はかなり抑えられた。

 そして道具を運び終え、計測をしていると近所の方が覗きにやって来る。

「おぉい、立花さんとこのお兄さんや」

「はい。えぇと、花屋の青井さん……?」

「あげあげ、立花さんに聞いたらここだって言っちょったけん。今日はお寺さんで花祭りしちょうけん、お昼頃になったら上がって来るだわぃ」

「花祭り?」

「そげそげ」

「は、はぁ……。ありがとうございます」

 良くわからないがお礼を言うと、お婆さんは忙しそうに帰って行く。

 花祭り……検索すると、お釈迦様の誕生日が4月8日でお寺でお祝いのお祭りをするそうだ。

「へぇ……そうなんや」

 僕は時間を気にしながら、お昼前にはお寺へと向かった。


「おっ、来たで。敏夫君こっちこっち」

「は、はい」

 声をかけてきたのは青井のお婆さんだった。もう70手前だと言うのに本当に元気だ。青井のお婆さんも立花のお婆さんも、よそ者の僕に大変良くしてくれる。

「お昼ご飯まだじゃろ?お食べ」

「ありがとうございます」

 お弁当を渡され、敷いてあるゴザに腰を下ろす。寺の境内にある桜は満開になり、時々桜の花びらが風で散っていく。

「――昨夜の狐の嫁入りは見事だったなぁ」

「そげそげ、わしもちょうど船で出るとこでな――」

 ビールを飲みながら、陽気なおじさん達の声が聞こえてくる。昨夜のあの怪奇現象を見た人が他にもいるのか……。

 花見をしながら弁当を食べ、他人の声に耳を傾け、しばし春の陽気に身を任せる。こんなゆったりとした時間は久しぶりだった。

「――弁当食っただか?そしたらお釈迦様のお茶もらってくるかいの」

「あっ、青井さん。ご馳走様でした」

 青井のお婆さんはお寺の世話人をしているらしく、あっちこっちで色んな人と話をしている。境内には参拝者が30人くらいはいるだろうか?何とも穏やかで賑やかな時間だ。

 青井のお婆さんに着いて行くと、本堂の中央に小さなお堂と、これまた小さなお釈迦様らしき仏像があり、お堂には黄色のユリの花が生けられ、甘い香りが鼻を抜けた。

「こげすぅだで」

 小さな柄杓でお茶をかけ手を合わせると、青井のお婆さんが隣で教えてくれる。

「これ持っておかえり」

「ありがとうございます」

 小さな容器にお茶が入っている。これが花祭りの手土産らしい。

 外に出て一口飲んでみると、ほのかに甘く、喉を潤してくれた。


 その日の午後はリフォーム工事を休憩し、家に帰り部屋で横になる。

 花祭りの楽しい気分に当てられたのだろうか。ビールも飲んでいないのに、ふわふわとした心地の良い気持ちのまま目つむる。

 今日はもうゆっくり休もうか。


………

……


『ガタガタガタッ!!』

「な、何やっ!?」

 突然の揺れで目が覚め、体を起こすと目が回ってるかの様な錯覚がする。

「じ、地震……!?」

 グラ……グラ……とゆっくりと体が横に揺れるのがわかる。

「逃げんと……!立花さんっ!立花さぁん!」

 揺れが収まるのを待ち、スマホと財布を持ち中庭へと飛び出す。立花のお婆さんは午後からお寺に上がると言っていた。声をかけるが部屋からは反応はない。もう出かけたのだろうか?

「立花さぁん!おらんのか!」

 僕はそのまま家を飛び出し、海岸沿いの道路に出ると、そこで自分の目を疑った。

 ――海が低い?正確には海水か。

 港の湾内が底まで見えそうだ。いつもは漁船が係留出来る位の深さはある。いつもとは違うその異常な光景に足が止まり、息を飲んだ。

「……まさか津波やないんか?」

 足が震える。テレビやネットで見たことあるその光景は恐怖でしかなかった……。

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