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私の佐葦花  作者: ざこぴぃ
白色の佐葦花
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白色の佐葦花【3】


 海辺の丘の上にある祖母のお墓にもう一度お参りをし、手を合わせると温かい日差しのせいか、体の芯まで温かくなる気がした。

 昨日から娘を通して何かを伝えようとしていた祖母。

 もしかしたら、何でも揃うこの時代への恨みなのか、それともこの時代への憧れなのか……今となってはわからない。私にも祖母の血が流れている。娘の花にも……。

「私が出来る親孝行……そして、娘の花を大切にする事……」

 ふいに自分の口から出た言葉に、少し驚いたが、そう言う事なのだろうと納得した。

「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」

 海風が百合の花をなびかせ、同時に甘い香りが鼻を抜けていく……。


 墓参りを終え、少し晴れやかな気持ちになった私は実家へと帰る。

「恭子、おかえり。さっき、お寺さんから電話があってな、何か空き家がどうこうって言っちょったで」

「ただいま。お母さん、何時位やった?花、ただいま」

「ママ、おかえり!おでかけするの?」

「そうね……」

「……確か30分程前だったかいね」

「分かった、ありがとう。後で行ってみるよ」

「あだん、電話したら早いだに」

「いいんよ、花もおでかけしたいもんねぇ?」

「臭うな……」

「……えっ!?花、どうしたの?」

「恭子、落ち着いて……花ちゃんはさっき見た刑事ドラマの影響で――」

「刑事ドラマばっかり見せんなや!もう、びっくりしたわ……」

 きゅうりにマヨネーズをつけてほおばる娘を見て、少し癒された。

「出かけぇなら、境港でマリンフェスタやっちょうに。行ってみぃだわ」

「へぇ、ちょっと覗いて見ようかな」


 花を助手席に乗せると車云生町(くるいしまち)に向けて車を走らせる。途中、山を越える際に三叉路を通るが花はいつもと変わらず、何事もなく安心した。

 10分程走り、廻輪寺(かいりんじ)の下にある駐車場に車を止め、花と手を繋ぎながら参道を上がって行く。何が良かったのか、花はずっと刑事ドラマの真似をしている……。母にはもう見せない様に言っておこう。

「犯人はお前だ!」

「こ、こらっ!花、やめなさい!」

 参道の途中ですれ違う高齢の女性が振り返る。

「おや、可愛らしい。元気の良いお嬢ちゃんだねぇ。お名前は?」

「え……。は……はな……で……した」

 急に声をかけられ、人見知り全開の花。

「すいません!この娘、刑事ドラマにハマってて!花と言います。申し訳ありません!」

「ふふ、良いのよ。私はびわこと言います。花ちゃんて言うのね?よろしくね」

「……」

「ほら、花!もう何かすいません!」

「……いえいえ、またね。花ちゃん」

「……ばいばい」

 そう言うと、黙り込む花……私も小さい頃は人見知りだったのだろうか。

 会釈をし、参道を降りていく高齢の女性。私も花の手を引き、お寺の境内へと入って行く。

「あのお婆ちゃん何だか……きな臭いね」

「はぁ?花、あんたそんなめったな事、言うもんじゃありません!」

「むすぅ」

「まったく……」

 困ったものだ。帰ったら説教しないと……。


 お寺に着くと、住職の吾郎がちょうど出かけるタイミングだった。

「あれ?恭子ちゃん、今日はどげしただ?」

「吾郎君、こんにちは。お出かけ?」

「そうそう、境港まで用事があって――」

「電話もらってたみたいだから、買い物に出るついでに寄ってみたの」

「あぁ、空き家の件ね」

「そうそう」

 吾郎の話では白河と言うお宅があり空き家ではあるが、かれこれ誰も住んでおらず、リフォームしないと住める状態ではないらしい。

 もう一つは立花というお宅があり、そこには高齢の女性が一人暮らしで部屋が空いているとの事。

「立花さんと言う方が持ち主でね、話したら大丈夫とは言っちょった。さっき帰ったとこだけん、入れ違いだったね。OKはもらえたけん、一度連絡してみると良い……連絡先は――」

「立花さんね?分かったわ。ありがとう」

 吾郎に連絡先を聞き、一緒に参道を駐車場まで降りて行く。

 買い物と言うと、近くにスーパーは無く境港まで車で20分程出かけるのが日常だ。

 車云生町(くるいしまち)には青井商店もあるが、元々花屋だった事もあり、野菜等は置いてあるものの、肉や魚は取り扱いがない。町には駄菓子屋もあるが、高齢化が進み、亭主がいつ辞めてもおかしくはない状況だそうだ。

 最寄りのコンビニは車で15分程かかる。それであれば結局スーパーまで出かけても変わらない。

 何て不便な所なのだろう……しかしここで生まれ育つとそれが常識になる。私の生まれ育った佐葦之浦は更にへんぴな場所の為、自販機以外には何もない。

 大阪の大学へと進学を決めたのは、この田舎町でくすぶっていた事が一番の要因だった。

「――恭子ちゃん、難しい顔しちょるね。考え事して、事故せんやにね」

「う、うん……あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事しちょったわ。私の車、あそこの赤い軽だけん、先に電話だけしてから行くわ。吾郎君、ありがとね」

「分かった、気ぃつけて。花ちゃんまたね」

「……さいならっきょ」

 吾郎にお礼を言い、手を降る花。私は車に乗り込むと空き家の件を友達にメールをし、エンジンをかけた。

「花、境港まで行くけんね」

「はぁい」


 お昼過ぎ、境港で開催されていたイベント『マリンフェスタ』に寄り、昼食を取った。はしゃぎ過ぎて花が迷子になると言うイベントもおまけであったが、何事も無くて一安心した。

 色々ありすぎて疲れたのだろう。イベント会場を出て車を走らせると、花はあっという間に寝息を立てていた。

 その後、スーパーで買い物を済ませ、車に戻ってくるがまだぐっすり眠っている。

「花も疲れたのね……あら?雨?今日は雨予報じゃ無かったのに……」

 ラジオの音量上げ、ワイパーを回す。

『ザァァァ……カチカチ――ザァァァ』

 ラジオも雨のせいか、入りが悪い。ラジオを切り、時計を見ると15時を過ぎていた。

 雨雲のせいか、視界は悪くなり、早々とヘッドライトを点ける。

「はぁ……」

 思わずため息が漏れた時だった。

『カッチカッチカッチ――』

「ん?」

 佐葦之浦に帰る山道に差し掛かった時、ウィンカーを出した覚えは無いが、右のウィンカーがひとりでに点滅する。

「何よ、これ……」

 ウィンカーを元に戻そうと、ハンドル横のウィンカーレバーを上げる。しかし、元々レバーは下がっておらず、今度は左ウィンカーが点滅する。

「あれれれ、えぇと……こっちだっけ?」

 プチパニックである。そしてなぜか、ワイパーを強にしてしまい、今度はワイパーが高速で動き始める。

「えぇっ!えっと、えっと……」

 山道のカーブでパニックになっていると、今度は車のエンジンが……なぜか急に止まった。

「え……嘘……でしょ……」

 一瞬で血の気が引くのがわかる。

 目の前にはちょうど三叉路が迫ってきており、このままではガードレールに突っ込んでしまう。

 私は慌ててブレーキを踏み込むと、すぅとブレーキが抜ける感じがする。

「は……?嘘……」

 スピードはさほど出てはいない。しかし、エンジンが止まるとブレーキも効かず、ハンドルも重く回す事も出来ない。

 エンジンキーを何度か回してみるが、ギギギギィィ!という音がするものの、エンジンはかからない。

 この間、わずか数十秒の出来事である。その間にもガードレールが迫り、ゆっくりだが車は谷に向かい吸い込まれて行く。

『ドンッ!!』

「ひっ!!」

 さらに追い打ちをかける様に、車の後部に何かがぶつかる音がした。スピードが落ちていた車は急に勢いをつけ、ガードレールめがけて更に進み始める。

 三叉路からは下り坂になっており、更にそこにあるガードレールはかなり古く、車が止まる保証などはない……!

「ぶつかるっ!!」

『ママァァァ!!助けて!!』

 私が思わず叫ぶと同時に、助手席の花が叫ぶ声が重なる。それを聞き、私はとっさに花の上に覆いかぶさった!


 ――そして。


 車はガードレールにコツンとぶつかり……停車した。もしあの勢いのまま車がガードレールに当たれば谷底に真っ逆さまだったかもしれない。

「はぁはぁはぁ……!花……花……花!!」

「ん……ママ……?どうしたの?」

「うあぁぁぁぁぁ!!」

 怖かった!死ぬかと思った!

 花を抱きしめ、泣きながら嗚咽をもらす。

 ふと見ると、服の袖がサイドブレーキにひっかかり、花に覆いかぶさった反動でサイドブレーキを引き上げた事に気が付いた。

「よしよし――」

 花に頭を撫でられ、どっちが母親なのか分からない。

 しばらくして冷静になり車を降りると、足が震え全身に鳥肌が立つのが分かった。

「電話……電話……!」

 急いで両親に電話をかけ、迎えを呼ぶ。雨が降る中、私は花を抱きかかえ雨の当たらない木陰へと入り、両親が来るのを待った。


 ――10分もしないうちに車のライトが見え、部屋着姿の両親が車から降りて来ると、その姿を見てようやく安心した。と、同時に体から力が抜けその場へと座り込む。

「恭子!!大丈夫かっ!」

「恭子!花ちゃん!」

「父さん……母さん……!」


 父親が警察を呼び、物損事故の書類を作ってもらう。母親は警察を呼ぶのを渋ったが、最終的には父親の判断で警察を呼んだ。

 後日談になるのだが、警察を呼んだおかげか、ガードレールは新しくなり、補強もされた。ガードレールの土台は古く、ぐらついており、車があの勢いのまま突っ込んでいたら崩れていたかもしれないと言われたそうだ。

 そして車の後部には何かがぶつかった跡が残っていた。はっきりとはわからないが、猪がぶつかったのではないかと言う事でこの事故は片付けられた。


 ……この事故は本当にただの物損事故だったのだろうか……?

 そんな疑問が浮かびつつも、無事に帰れた事に手を合わせ仏壇に祈る。

「ママ、命拾いしたね!」

「えぇ、花……そうね。……ほんとにそう」

 意味を知ってか知らずか、そんな無垢な娘を愛おしく感じた。


 ――3日後、私達は両親にお礼を言い故郷を後にする。

 帰り道、あの三叉路の前を通る時、祠付近で軽く頭を下げた。意味はない……ただただ、そうせずにはいられなかった。

 そして「守ってくれてありがとうございます」と、心の中でつぶやいた。

 あの祠はきっと、祖母が母親の為に建てた物だったのだろう……。


 そうそう、後で知ったのだけど白い百合の花言葉は『純潔・無垢・威厳』。

 祖母の植えた一本一本にその気持ちが宿っているのだと思う。幼くして母を亡くし、養子になり、そして今の私が……娘がいる。

 自分の子供に、そして孫に、その意思は受け継がれていく。


「ありがとう、お婆ちゃん……」


―黄色の佐葦花へつづく―

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