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私の佐葦花  作者: ざこぴぃ
白色の佐葦花
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白色の佐葦花【2】


 朝食を済ませると、父母、私と娘の4人でお墓参りへと向かう。

 小さな漁港が見渡せる丘の上に登ると、お墓が見えてきた。

「風が気持ち良い……」

 朝の寒さとは一転、陽が昇り気温が上がると、今度は暑くなりコートを小脇に抱える。

 丘の上には10程のお墓が並ぶ。この集落のご先祖様達のお墓だ。お墓の周りには白い百合の花がたくさん咲いていた。

「お母さん、百合ってこの時期に咲いてたっけ?」

「あげあげ。恭子が産まれる前からだけん、お父さんのお母さん……恭子のお婆ちゃんが植えた百合が根付いたんだが」

「へぇ、知らなかった……。綺麗……」

「ねぇ、ママ。このお花は何て言うの?」

「ん?これも百合よ。昨日、お寺さんにあったでしょ?花もこのお花みたいに綺麗な女性になれるわよ」

「えへへ……照れる」

「あら!もうこの子ったら!あははっ!」

 お墓に線香と百合の花を供え、手を合わせる。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

「なむなむなむ……」

 娘も私の真似をし、お墓に小さな手を合わせ、なむなむと言い始める。

「なむなむなむ……」

「ふふ……」

 その可愛らしい姿を薄目を開けて見ていると、娘が急にこちらを凝視し、はっきりとこう言った。


『ママ……オイテカナイデ!!』


「ひぃっっっ!!?」

「恭子!ど、どげしただ!?」

 私はのけぞり、尻もちをついてしまうくらいに驚いた。

「は、花が……!!」

「ママ?」

「花……」

 心配そうに覗き込む娘は、いつもの娘の顔だった。さっきの声は確かに昨日聞いたあの声だ。あれはいったい誰なんだ?

「恭子、疲れちょうみたいだが。帰って少し寝らんけん」

「う、うん……」

 父に肩を借り、母が娘を抱っこして家へと帰る。


 家に着くと、布団を敷いてもらい横になる。何だか小学生の頃に、熱が出て学校を休んだ時の事を思い出す。

「ふぅ……」

 目をつむると、天井が回る様な錯覚に襲われ、体が小さくなっていく感覚がする。もちろんそんな事はあり得ないのだが、そんな感じがした。

「すぅすぅすぅ……」

「ママ、寝ちゃったね」

「花ちゃん、少し寝かせてあげよ。こっちで婆と折り紙でもしょうか」

「うん!」


………

……


(ここはどこなん?ん?三叉路?あれは……?)

 見覚えのある三叉路が見える。しかし、足元は舗装等していない山道だ。あの場所とは違う場所なのだろうか?

 と、三叉路を右折した先に親子と見られる人の姿がある。声をかけようと近付くと、何やら言い合いをしている声が聞こえた。

「おいっ!早くしろ!」

「いやよ!この子を置いて行くなんて!」

「うるさい!仕方ないだろ!もうこれ以上は無理なんだよ!」

「ママ……どこ行くの……?置いていかないで……ぐす……」

「あなただけ逃げたらいいじゃない!私はこの子と――!」

「うるさい!口答えするな!」

 その瞬間、男の放った手が当たり、倒れこむ女の足元の道が崩れ……そして、山道から姿が消えた。

(え……?消えた……?いや、谷に落ちたん?)

 私は慌てて女が落ちた場所に向かう。しかし、辺りは真っ暗で谷底までは見えない。

「ママッ!ママッ!」

「うるさい!このガキ!静かにせんか――」

「おいっ!いたぞ!あそこだ!」

「ちっ!見つかっちまった!くそガキ!離せ!」

 10歳にも満たないであろうその女の子は、男の足にしがみつき泣き叫ぶ。

「ママッ!ママ!どこ!ママァァ!」

「くそっ!」

 男は子供の襟首を掴み、あろう事か谷底に向けて投げつけた。

 私は手を伸ばし女の子を受け止めようとする!

(届いてっ!!)

 手は届きそうだ!女の子の体を受け止めようと、身を投げ出す!

 ――しかし、女の子の体は私の手をすり抜け……そのまま泣き叫ぶ声と共に谷底へと落ちていった。

(え!?何でやっ!!)

 谷底は夜闇と霧がかかり、ほとんど見えず川の流れる音だけが聞こえる。

『ザァァァァァァァ!!』

「どいつもこいつも邪魔しやがって!くそ!」

(くそはお前やっ!!)

 私は足元にあった木の棒で男の頭を殴ろうと、棒を掴む!いや……掴めない。木の棒すら拾う事が出来ない。

(どうしてなんっ……!)

 そうしている間にも男は三叉路に向かい走り、霧が深まる闇の中へと見えなくなる。

「おいっ!谷底に誰か落ちとるが!!引き上げっぞ!」

「おうっ!」

 威勢の良い数人の男達は、逃げる男より先に谷底に落ちた子供の救出へと向かう。

 私は目の前で起きている惨状が現実なのか、夢なのか、この意味のわからない感覚を身に纏ったまま、その光景を眺める事しか出来なかった。

(せめて逃げた男の足止めでも出来れば……!)

 しかし何も出来ないとわかると、はがゆい気持ちで胸がいっぱいになり、苦しくなる。

(苦しい……!でもあの子はもっと苦しかったはずや!何か……何か力になりたいっ――!)

 その時だった!

 男が逃げ去った方向の三叉路で一瞬だが、光が見えた。


『――ゴンッ!!』


 何かにぶい音が聞こえたと思うと、その光はすぐに消える。

(今のは……?え?嘘……あれ……?)

 そこへ谷の方へ降りて行った人の声が聞こえる。

「やっ!この子は君子(きみこ)ちゃんだが!おい!誰か手を貸してくれ!」

「おいっ!しっかりせぃ!」

 先程、男に投げ飛ばされた女の子が見つかった様だ。男達に囲まれて女の子は山道へと持ち上げられる。

「息は……しちょる!誰か!車云生村(くるいしむら)におる先生呼んでごしない!」

(良かった!あの子はまだ生きとる!)

 しかし、喜んだのもつかの間……谷底から別の男の声が聞こえた。

「もう一人女の人がおるけど、もう息はしちょらん!誰かロープ持って来てくれや!」

「おいっ!それサキヱ(さきえ)さんじゃないのか!」

(嘘……あの人は死んだ……の?)

 私は腰から崩れ落ちる様にその場に座り込む。緊張の糸が切れたのだろうか?赤の他人のはずなのに、目の前で起きている出来事に何も出来ない自分がはがゆくなり、涙が流れた。

「男の方もあれはもう駄目だが。猪にでも出くわしたのかもしれん……」

 三叉路の様子を見に行っていた男達からはそんな会話が聞こえてきた。

(女の子一人だけ助かったんや……)

 それだけでも私にとっては救いだったのかもしれない。安心したのかどうかはわからないが、私もその場で意識が遠くなる。


「ママ……オイテイカナイデ……ママ……」


(この声は……!!)

 女の子のかすかな声を聞きながら、私はまた深い眠りへと落ちていく。


……

………


「――子、恭子……。大丈夫かいな?あんた、車出せぇかね?さっきお墓でどっか打ちどころでも悪かったら大変だけん……」

「ママっ!起きた!ママ!」

「ん……花……?どうしたの……」

 目が覚めると、ハンカチを持った花が顔をくしゃくしゃにし、今にも泣きだしそうだった。

「どうしたの、花……?お母さんも?」

「はぁ……恭子、どっか痛くないかい?病院行くかね?」

「え?何?病院?」

 さっき横になった布団で私は寝ている。特に痛い所はない。

「あんたうなされちょって、泣きながらお婆ちゃんの名前呼んどったけん、心配しただがね」

「お婆ちゃん……?」

 祖母の名前を呼んでいた?私が?……なぜ?

 ――そして、我に帰りハッとした。

「あぁぁぁぁっ!!君子ちゃんって……お婆ちゃんの名前やっ……!!」

「あだん、急にどうしたかね?何を当たり前の事を……やっぱりどこか打っただないか?」

「おおおおおお母さん!」

「なにぃ、気持ちの悪い声出して」


 私は夢の話を母にした。母は最初この話を信じてくれなかったが、父から祖母は幼い頃に、春川家に引き取られたと言う話を聞き納得した様だった。

「お婆ちゃんは養子だったんだね……」

「ヨウシってどこの牛さん?」

「ふふ、花。養子は牛さんじゃないのよ。養子って言うのはね――」

「ちっ!命拾いしたな……」

「花!?急にどどどうしたの!花が……花がグレた……!お、お母さん!」

「ははは!恭子、花ちゃんはさっき刑事ドラマ見ちょったけん、それの真似しちょうだよ」

「え?ぷっ……!あはは!もうやめてよ!びっくしたやん!変なもん見せんでや!」

 父から詳しく話を聞き、私は祖母がそこでまだ待っている気がして、もう一度お墓参りをする事にした。

 たぶん……そこに祖母の母も眠っている。

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