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私の佐葦花  作者: ざこぴぃ
白色の佐葦花
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白色の佐葦花


 3年前の春。佐葦之浦(さいのうら)に住むある親子が、お彼岸に帰郷した所からこの物語は始まる……。


………

……


 ――2012年3月17日、車云生町(くるいしまち)のお寺を私は訪ねていた。

「御免下さい!吾郎君はおられま――」

「あれ!久しぶりだが!恭子ちゃん!」

 お寺の掃除をしていた住職さんに声をかけると、その人が同級生の寺井吾郎だった。彼とは小学校、中学校と同級生で5年ぶりの再会だ。

「吾郎君も久しぶり……今は早慶君だったけ?」

「そげ、改名して早慶になっちょうけど、吾郎でいいけんね」

「ふふ、変わらんね。ほら、花。ご挨拶――」

「こ、こんには……」

「はい、こんにちは。花ちゃん久しぶりだねぇって、覚えちょらんか」

「……」

「花がまだ1歳だったけんね。さすがに覚えちょらんよ」

「そげか。それはそうと、今日は急にどげしただ?恭子ちゃん達は確か大阪におるって聞いちょったけん」

「あっ、そげだ。墓参りで実家に戻って来ただけど、ちょっと知り合いがね?この町で空き家借りれんか探しちょって……。吾郎君なら知っちょるかと思って来ただに」

「そげかね、空き家ねぇ……。そう言えば――」

 寺井吾郎……車云生町(くるいしまち)にあるお寺の住職さんで、先代住職の父が亡くなり跡を継いだそうだ。

「――そげしたら、連絡はしてみるけん。ここに恭子ちゃんの連絡先書いといて。分かったら連絡するわ」

「ありがとう!助かるわ。私も何日か実家におるけん」

佐葦(さい)やったかいね?」

「そうそう。佐葦之浦」

 佐葦之浦とは地名である。山を一つ越え日本海に面した小さな漁師の集落だ。


 しばらく吾郎と話をしていると、実家から電話が鳴り買い物を頼まれた。

「あれ、青井さんとこってまだやっちょうかいね?」

「あぁ、やっちょるよ。ほら」

 吾郎が指差す先を見ると、眼下に花屋の看板が見える。

「良かった。トメェト頼まれたけん、買って帰ぇわ。ほんなら、だんだんね!」

「はいはい、恭子ちゃんも気を付けて。花ちゃんまたね」

「……ばいばい」

 待ちくたびれた娘を抱っこし、お寺の参道を戻って行く。途中お地蔵様にお供えしてある花を見つけて、娘と手を合わせる。

「花、良い匂いね。百合の花って言うのよ」

「ゆりの花?ゆりは花ちゃん?」

「あはは!違うわよ、あなたは花。これは、百合」

「よくわかんない」

 そんな会話をしながら、車へと戻り、青井商店でトマトとジュースを買う。そこでかれこれ30分近くおばちゃん達に捕まり、気が付くと辺りは暗くなっていた。

「ママ……帰ろう……」

「そ、そうだね!行きましょうか!皆さんありがとうございました!また来ます!」

「はいよ、気付けて帰りんさいよ」

「じゃぁね!花ちゃん!ばいばい!」

 花の「帰ろう」の助け船でようやく、おばちゃん達の怒涛の昔話から解放され帰路に着く。


 佐葦之浦の集落までは車で10分程。主要の県道から道を外れ、ウィンカーを出し山道へと入って行く。山道と言っても、舗装がしてある1車線。対向車が来ると譲り合いになるがほとんど車も通らない。

「花、もうすぐ着くよ……て寝ちゃったか……はぁ……」

 峠を越え、さらに分岐した三叉路の道路を右折する。娘が寝てしまい、一瞬だけ娘の方を向いた時だった。


ゴンッ。


「えっ!」

 何かにぶつかった衝撃と音が車内に響くと、急いでブレーキを踏み、車を止める。しかし車を停止したまま、降りる事はせず頭の中で色々と想像してしまう。

 何かを轢いた――動物?人はさすがにこの時間は歩いていないだろう。木、石……かもしれない。どうする?確認するか?

 車のライトが暗闇を照らしているが、虫が飛んでいる以外に何も見えない。

「ママ……どうしたの?」

「え?あぁ、何でもないわ。もう着くからね」

「うん……」

 眠たそうに目をこする娘を見て、我に帰り、シフトをパーキングからドライブへと入れる。足をブレーキから離すと車は何事も無かった様に進み出した。そのままアクセルペダルを踏み込む。

 良かった……何事も無かった。異音もしないし、乗り上げた感触も無い……自分にそう言い聞かせると平然を装い、ハンドルを握る。

「花、起きててね。もうすぐ着くからね、花――」


『オイテカナイデ――』


「え……」

 血の気が引いた……。今、娘の声で確かに別の人の気配がした。

「は、花……?」

「なぁに?」

「うぅん……何でもない。もう着くわ」

「うん」

 娘の方を振り向かず声をかけてみたが、いつも通りの娘の声で少し安心する。空耳……だったのか?疲れているのだろう。そう自分に言い聞かせた。


 ――実家に着くと、両親が我先にと孫の取り合いを始める……。孫あるあるなのだろう。

 その日は久しぶりの実家で積もる話をし、アルコールも入り、疲れもあってか、あっという間に深い眠りに着く。


 ――深夜2時。

「んん……?」

 目が覚めたが、天井を見上げたまま体が動かない。金縛り……そんな言葉が頭をよぎる。

 人の気配はなぜかわかる。私の隣で娘が寝て、その向こうでいびきをかく母が寝ている。

「んんん……」

 声を出そうとするが、声も出ず、体は動かない。

(駄目だ。動かないわ……はぁ……)

 恐怖心が無いわけではない。たださっき、娘の口から出た言葉の印象の方が強く、それを思い出さない様に必死に別の事を考える。

(あぁ、トイレ行きたい。今何時よ……そう言えば、明日は何時に起きて……あぁ、トイレ行きたい)

「マ……ドコ……」

「花、ここにいるわよ」

 そう発したと同時に金縛りは解け、横で寝ている娘の小さな手を握った。

「冷たっ!……え?何?濡れてる?」

 ぬるっとするその手に違和感を覚え、慌てて電気の紐を引っ張る。

『カチカチッ――!』

「眩しっ……」

「ん……何……恭子……眩しい……」

「ごめんごめん」

 母に声をかけながら、握った娘の手を見る。

「うん……どうしたの……ママ……」

 眠そうな顔でこっちを向く娘。そして視線を移し、手を見ると……!!

「……なんでマヨネーズがついとんねん」

 思わずツッコミを入れてしまった。

 娘の頭元にはマヨネーズのチューブが転がっている。

「恭子、ごめん、ごめん。花ちゃんがマヨネーズの容器が欲しいって言うけん、あげたんよ」

「なにしとんねん、ベタベタやないか」

「マヨ……どこ……むにゃむにゃ……」

 その後、無事にトイレも済ませ、すっきりするとあっという間にまた眠りについた……。

「すぅすぅ……」

『ママ……ドコ……』

「ん……すぅすぅ……」


………

……


 ――翌朝。

 朝食の準備をしている母に、寝ている娘を任せると、朝の散歩に出かけると言い家を出た。

 ずっと気になっていたのだ。昨夜のあれは何だったのだろう?場所は家から歩いても10分程の距離のはず……そんな所に何かいたのだろうか。

「寒……」

 3月……朝の山間部は冷えこむ。コートにマフラー姿でもまだ寒く、つま先に力を入れて歩いて行く。

「はぁはぁはぁ……」

 小さい頃はこの道を学校まで歩いて通っていた。しかし大人になり、運動不足の足腰にはこの登り坂はきつい。

「きつ……車で来れば良かった……」

 そんな独り言を言いながら登り坂を歩くと、昨日右折した道路の三叉路が見えてきた。

「はぁはぁはぁ……この辺り……」

 辺りを見渡すが、何かにぶつかった様な痕跡は見当たらない。

「ふぅ……やっぱり気のせいだったのかしら……?」

 三叉路まで戻り、車で通った様な感じで今度は坂道を下って行くと、小さい頃に見た風景が蘇る。

「あら?そう言えば……確か、この辺りに……」

 道路脇に小さな祠があったはずだ。私が幼い頃からこの場所にあり、風景の一部になっていた。今では草木が生い茂り、祠の存在を知っていないと気付かないかもしれない。

「あった……」

 草をかき分けると当時と同じ様に小さな祠があり、蓋がしてある為に中を確認する事が出来ないが何かを祀っているのは確かだろう。

 私は祠に手を合わせた。

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」

 結局、昨夜のあれが何だったのかわからないまま来た道を下って行く。道路に血痕でもあれば何かを轢いたと思うかもしれないが、その痕跡も無かった。

 実家に着くと、車のフロント部分も見てみる。小石が飛んで入った傷らしき物はあるがそれ以外には目立った傷は無い。

「やっぱり気のせいだったのかしら……疲れてたしね……」

 そう自分に言い聞かせると、昨夜の出来事は無かった事にした。


「ただいまぁ……ねぇ、お母さん」

「おかえり。花ちゃんは良い子にしてたわよ」

「ありがとう。あんね、上の三叉路の所にある――」

 母に小さな祠の事を聞いてみたが、分からないと言う。父にも聞いてみたが祠がある事自体を知らなかった。

 あの祠はいつからあるのだろう?小学生の頃に通学してた時には既にあったはず……。

「恭子、朝ごはん済んだら墓参り行くわよ」

「あ、うん」

 私達は朝食を済ませると、祖母の墓参りへと向かった。

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