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私の佐葦花【中】  作者: ざこぴぃ
朱色の佐葦花
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朱色の佐葦花


【姉さん、彼女が出来たよ。偶然、俺と同じ苗字の立花美沙さん】

「へぇ……健吾にもようやく春が来たか。母さん、ほらわかる?健吾と彼女の美沙さん。写真送って来たのよ」

「……」

「可愛らしい子ね?ほら、健吾もこんなに笑ってる」

「……」


 人生とは不公平に出来ている。生まれ持った才能、容姿端麗、お金持ち……。私が生まれ育った家には何もなかった。

 幼い頃、父が酒に酔い、私に手を上げた。母が私に覆いかぶさり『良子、大丈夫。大丈夫だから』と言ったのを覚えている。父は自営業が上手くいかず、八つ当たりしたのだろう。母は倒れたはずみで頭を強く打ち救急車で運ばれ、父は傷害事件の容疑者として逮捕……。

 幼かった私と弟は一度は親戚の家へと引き取られるものの、小学校入学の時に福祉施設へと預けられた。

 以来、意識が戻らない母のお見舞いと、出所し行方不明になった父の噂話を聞いて育つ。

『大丈夫か?怖かったな。もう大丈夫だ』

 そう、あの日声をかけてくれた警察官に憧れ、警察官になりたいとどこかで思いつつも、日々アルバイトの生活で夢は夢のままだと諦めていた。

「人生って不公平よね……」

「良子!どしたの?難しい顔して!」

「あぁ、咲絵(さきえ)。就職先どうしようかなぁ……て。咲絵は決まった?」

「私?私は大学卒業したら、雑誌の編集者を目指したいかな。全国を周ってミステリーを追いかけるのよ!」

「あはは!何それっ!ウケる!」

「もうっ!本気なんだよ!それよりさ、今日合コンがあるんだけど、良子予定ある?」

「えぇ!また?咲絵も好きよねぇ」

「いいじゃん!イケメン見て目の保養よ!」

「もうっ!」

 ――大学時代に知り合ったこのノリの良い咲絵とつるむ事、数年。私は合コンで知り合った男性と結婚……そしてそのままスピード離婚。

 旦那と喧嘩の最中に生まれ育った家庭環境がどうとか言われ、すんと私の中で何かが急に冷めた。


 私は何の為に産まれてきたのだろう?


 そんな事を思いながらも、26歳の時に警察学校の試験を受け、合格。給与も支給されると分かり、半年間程だったが夢中になれるものが見つかり、必死で勉強をした。

 警察学校では円香理沙(まどかりさ)と出会い、年上だった私を先輩先輩と呼び、いつも後ろを着いてきて、子犬の様に懐いてくれた。

 ――私はいつの間にか、幼い頃に憧れていた警察官の事すら思い出さなくなり、忙しい日々に追われて行く。


 警察学校を卒業後、東京で配属された交番で2年程働いた頃だっただろうか。

 音沙汰の無かった親戚から、急に電話が入った。

「もしもし?うん、元気よ。そう病院で連絡先を……うん。え?どう言う事?健吾が?」

 母の病院で何度か話をした事のある親戚の叔母。正直、母の事での話かと思って身構えたが違っていた。

 弟の健吾が行方不明らしい。しかもあの自慢していた彼女が……島根の港町で遺体となり、海から上がったそうだ。

 そう言えば私も離婚してから誰とも連絡を取らなくなり、母の見舞いにすら行かなくなっていたと反省した。この数年で周囲の状況は知らぬ間に変化していっていたのだ。

 母の入院している病院で週末に落ち合う約束をし、その日は電話を切った。

「ふぅ……ようやく落ち着いてきたのによりによって……」

「早乙女、大丈夫か?その……何だ。今の電話聞いてたわけじゃないが、聞こえたと言うか……」

「あっ!巡査部長!すみません!私用で話し込んでしまって!大丈夫です!巡回行って来ますね!」

「あぁ、気を付けて」

「はいっ!行って来ます!」

 交番の前に停めてあった自転車に乗り、しばらく川辺を走りながら考える。

 私には頼れる身内もいない……弟も行方不明……。

「もう何でこんな……」


 週末になり、母の入院している病院で親戚の叔母……母の妹に久しぶりに会った。

「叔母さんご無沙汰してます」

「えぇ、良子ちゃん元気そうで良かったわ」

「叔母さんも」

 たわいもない挨拶をし、病院内の喫茶店へと向かう。

「ねぇ、良子ちゃん。お母さんの事なんだけど……」

「はい……ずっと叔母さんに任せっきりですいません。お金も少しずつでも返していきます」

「お金の事はいいのよ、私も家族ですもの。それよりもね、最近急に弱ってきてると言うか……歳もあるのでしょうけど、もしかしたら……」

「……はい。覚悟は出来ています」

「そう。分かったわ、連絡だけ取れる様にしといてちょうだいね。それから――」

「健吾の事ですよね?」

「うん、警察の話では――」

 健吾と美沙は入籍はしていたそうだ。そして美沙の通院履歴から産婦人科にもかかっていたと言う。

「不思議なのはね、美沙さんがお亡くなりになってから1年も経ってるの。健吾さんが1年も経ってから行方不明になるなんて……」

「……叔母さん、健吾とは連絡を取ってたんですか?」

「えぇ、入籍してからしばらくはね。婚姻届けのサインをもらいに来たのよ。ただ良子ちゃんには自分で言うからって口止めされてて……連絡は無かったんでしょ?」

「はい。電話で話した通りですが、大学に行きだしてからはほとんど連絡してなくて……」

「警察に捜索願は出てるんですよね?」

「えぇ、でも進展は無いみたい。記録では山陰地方に向かった先で行方不明みたいね。それ以上はわからないわ」

「山陰……」

「私達も警察にお任せてるし、今日は良子ちゃんにそれを伝えたくて」

「叔母さん、ありがとうございます。色々して頂いて感謝してます」

「困った事があったらいつでも言って来なさいね……?」

「はい」

 1時間程、喫茶店で話をした後で母の見舞いをし病院を後にした。

 ――母が亡くなったと連絡が入るのはそれから数カ月の後の事だった。

 幼い頃、私に覆いかぶさり守ってくれた母の温もりが今でも体が覚えており、時々それを思い出す……。


 ――2年後。

「今日から捜査二課でお世話になる早乙女良子です!よろしくお願いします!」

「早乙女君、君の席はそこだから。わからない事は隣の小林君に聞いてくれ」

「はい!」

「小林です。よろしくね」

「早乙女です!よろしくお願いします!」

 29歳の時に希望を出していた捜査二課に異動になった。機会があれば弟の捜索をどこかで余裕があればと考えていたのもある。

 しかし母の葬儀の時に叔母に聞いた話では、美沙が健吾の暴力による相談を警察にしていたらしい。この話を聞いてからだろうか。噂にもならなくなった父とやはりその血を引いている弟との姿がかぶり、少し冷めた感情で距離を置いている自分がいた。


 私は……私の為に生きると決めたのだ。


 仕事に追われ、それを言い訳にした私はまた親戚とも疎遠になり、いつしか弟の捜索ファイルも引き出しの奥へと追いやっていった。


 ――ある年の春、捜査一課に空きができ、私は異動となる。その際に机の整理をしていると、忘れていた捜査ファイルが姿を現す。

「……ねぇ、健吾?あなたはどうして欲しいの?」

 ファイルの1ページ目には弟の写真とプロフィールが書かれている。

【立花健吾、23歳、無職】

 自分の弟の名前が行方不明の捜査ファイルにある事に今更ながら違和感を感じ、それは日を追う事に、健吾の行方を探さないとならない感情にかられ、仕事の合間を見つけては捜索ファイルを読み漁る様になった。

 そして示し合わせたかの様に、その機会が訪れる――。


「――早乙女君、鳥取県の警察から応援要請が来ててな。何人か手伝いに行くのだが――」

 話を聞くと、イベントが行われる1カ月の間、警備等の人員不足で応援要請が来たそうだ。捜査一課も、人手不足で一度は断ったそうだが、上層部からの指示でどうしても断れなくなった。女性の警官も同行させる必要があり、捜査一課に来たばかりの私に白羽の矢が立ったのだ。

「大丈夫です。その代わりと言うか、ここの交番で宿泊させてもらえると有り難いのですが……」

「ん?ここは今は無人なのか。特に問題は無いと思うが……理由だけ教えてくれないか?」

「実は……」

 弟の捜索ファイルを上司に見せ説明をする。

「うむ……もうこの捜索は打ち切りにはなっているのだな……。こちらも無理を言うのだ、了承しよう。ただし仕事を終えた後でな」

「ありがとうございます。では早速、準備を致します」

「うむ、頼んだよ」

 こうして私は昼間はイベント会場の警備、夜は弟の捜索をする為に山陰へと向かう事になった。

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