プロローグ
――佐葦花とは、百合の花の古名である。
春のお彼岸になると、お墓やお仏壇にお供えされる百合の花……そんな百合の花にまつわる不思議な不思議なお話……。
時は2015年4月14日。
私は、とある漁師町にあるお寺を訪ねていた。
「御免下さい!先日ご連絡してた――」
「はい、はぁい……」
「あの、連絡してた月刊不思議の編集者をしております、夢乃と申します」
「あぁ、お待ちしておりました。どうぞ、お上がり下さい」
「はい、失礼します!」
40代位であろうか?頭を綺麗に剃髪された住職が居間へと通してくれる。まだ少し肌寒い季節……部屋には既に暖房が入れてあり、ホッと一息ついた。
「良くいらっしゃいました。私がこのお寺の住職をしております、寺井早慶と申します。しかし今日は一段と寒いですねぇ、もう春だと言うのに、来週はまだ雪が降るとか……」
「そうですね、東京もまだ寒いですよ。こちら程、雪が積もったりはしませんが――」
そんなたわいもない話をし、本題へと入る。
「実は先日ご連絡した通りなんですが、この町で起きた神隠し……いえ、行方不明の彼について教えて頂けたらと思いまして……」
「そうですね。そう言われる方が何度か訪ねて来られたんですけどね。当寺院ではその様な怪奇現象は把握していませんでして……」
「そうなんですか……。彼とは普段から交流があったのですか?」
「はい、時々参拝には訪れておられましたよ」
「最後にお会いされた時に何か変わった様子等は――」
「にゃぁ……」
「あら!かわいい猫ちゃん!飼っておられるんですか?おいでぇ……」
「にゃ?」
「この子の名前はみーちゃん。いつの間にかお寺に住み着いていて、今ではもう家族同然です」
「そうなんですか、へぇ……みーちゃん、よしよし」
人懐っこいその虎柄の猫は私の周りを体をこすり、のどを鳴らしながら歩く。
「夢乃さん、せっかく遠方から来られたんですから、車云生町を見て周られてはいかがですか?」
「そうですねぇ……帰りの飛行機は明後日のお昼なので、少し散策してみますね」
「すみません、お役に立てませんで……」
「いえ、こちらこそ。ご無理を言いまして……ありがとうございます」
住職にはいくつか質問をしてみたが、知らぬ存ぜぬだった。神隠しにあったと噂されている男性……本当に神隠しなのだろうか?私は自分の目で確かめる為に東京からやって来たのだ。
高台のお寺から見える漁師町は、湾曲した海をぐるりと囲む様に軒を連ねる。家屋の背には高い山があり、何とも自然豊かで時間がゆっくりと進む感じすらした。
「はぁ……風が気持ち良い……」
お寺を後にし外に出ると、暖房で暖まった体に冷たい風が心地良く抜けていく。
帰り道、県道へ続く狭い参道でお地蔵様に供えてある一本の白い百合の花が目に入り、手を合わせる。
ちょうどそこへ、参道を上がり境内に向かう親子とすれ違った。
「こんにちは。かわいいですね、お名前は?」
「こんにちは。敏季と言います」
「敏季ちゃん、良いお名前ね」
男の子を抱っこした母親に挨拶をし、参道を下りた。
参道を下りると、まず防波堤へと向かう。そこなら町が一望出来そうだったからだ。防波堤にはいくつもの小型船が係留してあり、先端には小さな赤い灯台が建っている。
「潮風の良い匂い……はぁ……」
防波堤の先端まで歩くと、灯台の下に一足の靴がなぜか置いてあった。
「……黒のバンプス?女性の……?」
不思議に思い、近付きその靴を手に取る。
「まだ新しいわね……。でもこんな所になぜ?まさか……身投げ……?」
辺りを見渡すが遺書や人影はなく、波が防波堤に当たる音と、風の音だけが聞こえる。
「……とりあえず、警察に連絡した方が良さそうね」
私は警察に連絡をし、防波堤で車云生町を眺める。
『――ブゥブゥブゥ』
「もしもし夢乃です。はい。早乙女さんですね?はい、そうです。防波堤で待ってますので……はい。時間?あぁ、大丈夫です」
警察署から折り返しの連絡が入り、拾得物の確認の為、早乙女という名の警官がこちらへ向って来るそうだ。
――この町で過去に何があったのだろう?
男性の神隠しを調べている時に色々とわかった事がある。以前、この防波堤で撮られた写真に写り込んだいるはずもない女性、そしてここから身投げした人もいたとか。
「あれは何……?」
ふと、海の上になぜか百合の花が浮かんでいるのを見つけ、気になり写真を撮る。
「確か百合の花の別名は佐葦花……」
「――あの、夢乃さんですか?警察の早乙女と言います」
「あっ!わざわざすみません!夢乃です!電話で話したのがこのバンプスなんですけど――」
――私は車云生町で起きた怪奇現象を調べる事にした。