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『同じ景色を見た春 —— SmartVisionが繋いだ夢と感動』

作者: 小川敦人

『同じ景色を見た春 —— SmartVisionが繋いだ夢と感動』


**春はスポーツの季節、いろいろなプロスポーツも始動している。**


2025年3月、今年の春はひときわ騒がしい。プロ野球はもちろん、Jリーグ、Bリーグも本格開幕を迎え、ロス五輪ために日本代表候補選手たちが次々と始動している。そして今年の最大の話題といえば、何といっても**大谷翔平**選手のメジャー開幕戦が日本で行われるという歴史的な出来事だった。

場所はエスコンフィールドHOKKAIDO。MLBのロサンゼルス・ドジャースが、パドレスを迎えて開催するアジア初の公式開幕戦。大谷選手の打席に立つ姿を一目見ようと、日本中からファンが詰めかけた。テレビはもちろん、ニュース、SNS、あらゆるメディアが彼の一挙手一投足を追っていた。

私・佐倉七海は、都内の広告代理店に勤める28歳の会社員。かつて高校の野球部でマネージャーをしていた経験があり、今も野球への情熱は心の奥に静かに燃えている。そして今年、その火が再び燃え上がるきっかけが訪れた。

きっかけは、社内の新プロジェクトだった。


---


「2025スポーツ・イノベーション広告賞。未来の観戦体験を創出するキャンペーンを立案せよ」

急速に進化するXR技術と生成AI。特に注目されていたのが、今年から正式導入された"SmartVisionグラス"だった。これはARとAIの融合で、観戦者がまるで「選手の視点」でプレイを追体験できるというもの。観客は投手の息遣いや心拍数、視野情報までリアルタイムで感じ取ることができる。

私たちの会社は、MLB日本開幕戦においてSmartVisionグラスを使用した初の体験型プロモーションを任された。現地の観客はもちろん、全国のイベントスペースや学校、病院などにも中継され、「観る野球」から「感じる野球」への第一歩として注目されていた。

「七海ちゃん、この案件のリーダー、やってみない?」

上司の佐野さんが声をかけてくれた。口数の少ない私をいつも気にかけてくれる、あたたかい人だった。

「はい、ぜひ…やらせてください!」

胸の奥がざわめくのを感じた。大谷翔平の試合、それも日本での開幕戦に関わるなんて、夢のようだった。


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準備は難航した。MLBとの折衝、現地チームとの連携、AR演出の倫理的制約、そして選手の肖像権やプライバシー管理。とくに大谷選手の視点データの扱いは、極めて慎重に行われた。

だが、技術と情熱は困難を超えていく。

プロジェクト途中、私は児童病院を訪問した。SmartVisionグラスを通じて、入院中の子どもたちにも試合を体験してもらうための準備だった。病室に足を踏み入れると、壁一面に大谷選手のポスターが貼られていた。

「佐倉さん、こんにちは!」

車椅子に座った少年、健太くん(12歳)が小さな手を振った。彼は難病と闘いながら、いつか大谷選手のような野球選手になるという夢を持っていた。

「このグラスをかけると、本当に大谷選手になれるの?」

健太くんの目は星のように輝いていた。

「なれるよ。大谷選手が見ている景色、感じている緊張感、すべてを体験できるんだ」

グラスを健太くんに装着してデモを見せると、彼は思わず立ち上がろうとした。

「すごい!マウンドから見る景色だ。こんな風に投げるんだね…」

その瞬間、健太くんの母親が小さく泣いた。「半年ぶりに、こんなに嬉しそうな顔を見ました」

健太くんは私の手をぎゅっと握り、「開幕戦、応援してるね。私の分も、大谷選手と一緒に頑張って!」と言った。

帰り際、健太くんが描いた大谷選手の絵をもらった。そこには「僕の夢と一緒に飛べ!」と書かれていた。

その夜、プロジェクトルームで一人、私は決意を新たにした。これは単なる技術デモではない。誰かの人生を、夢を繋ぐ架け橋なのだと。


---


2025年3月24日。エスコンフィールドのスタンドで、私は小さなグラスを目に装着した。次の瞬間、私は大谷翔平の中にいた。

打席へと向かうときのあの緊張感。数万の歓声が、まるで耳元で響く。相手投手の目、捕手のサイン、すべてが彼の視野と同期していた。そして――

打球が天井を突き破るような音とともに舞い上がり、スタンドへと消えていった。

その一打は日本中に感動を呼び起こした。SNSは"#大谷と同じ景色を見た"で埋め尽くされ、各地のパブリックビューイングでは泣きながら叫ぶ子供たちや、大谷の背番号17を抱きしめる高齢者の姿があった。私は泣いた。自分が関わった仕事が、人の心を揺さぶっていた。

ホームラン後のリプレイをチェックしていた私は、大谷選手の目線が一瞬、右スタンド方向に向いたことに気づいた。そこには児童病院のグループ席があった。健太くんたちだ。

後日わかったことだが、大谷選手は試合前、健太くんたちとのビデオ通話を行っていたという。そして「ホームランを打ったら、みんなの方を見るよ」と約束していたのだ。

彼は約束を果たした。スタジアムの喧騒の中で、一人の少年と交わした小さな約束を。


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だが、順風満帆なわけではなかった。

数日後、一部メディアで「SmartVisionが感情を過剰演出している」と批判が起きた。観客の反応や選手の緊張を"脚色している"というのだ。社内は混乱した。

「このままだとプロジェクト、凍結かもな…」

佐野さんの言葉が重く響いた。

私は迷った。でも、あの開幕戦の体験が、全国の誰かにとって人生の記憶になったと信じていた。

「私たちは映像を作ってるんじゃありません。記憶を、体験を、届けてるんです。演出じゃない、"感情の共有"なんです」

プレゼンでそう訴えた。結果、企画は継続が認められ、AR演出を抑制し、純粋な"感情共有モード"が正式に追加された。



4月。再び私は神宮球場にいた。

プロ野球の開幕と共に、《BE THE GAME 2025》というSmartVisionの体験イベントが行われ、子どもから高齢者までが「プレーヤーの視点」を味わった。打席に立つ不安、スタンドからの声援、ベンチの空気。それは、野球というスポーツの「人間性」を体験する、新たな扉だった。

SNSにはこう投稿された。

「大谷翔平の目で世界を見た。彼がなぜ世界で戦えるのか、少しだけわかった気がした」

「泣いた。ありがとう、野球をもう一度好きになれた」

イベント会場には、車椅子に乗った健太くんの姿もあった。彼の病状は少し改善し、医師の許可を得て特別に参加していた。彼は打席に立ち、SmartVisionグラスを装着した。その瞬間、彼の身体が震えた。

「僕、投げられる。大谷選手みたいに、投げられる気がする」

健太くんがマウンドで小さな身体を精一杯伸ばし、ボールを握った。彼の脳内では、SmartVisionが大谷選手の感覚を再現していた。彼は少しずつ足を上げ、腕を振り抜いた。

その時、会場には奇跡が起きた。モニターに表示されたスピードガンには「88 km/h」の数字が。技術スタッフが後で説明したところによると、健太くんの動作と大谷選手のデータが完璧に同期し、SmartVisionのAIが彼の「投球能力」を最大限引き出したのだという。

「見たか、お母さん!僕、できたよ!」

健太くんが両手を天に掲げ、泣きながら笑った。その瞬間、会場全体が温かい拍手に包まれた。



イベント終了後、私は神宮のベンチ裏で一人、風に揺れる桜を見上げていた。

そこに青柳がやってきた。

「七海さん、次の仕事決まりましたよ。夏、今度はロス五輪のAR中継。しかも…大谷選手とのコラボも継続の打診ありですって!」

私は小さく笑った。

「また彼と"同じ景色"を見られるかもしれないのね」

それから数か月後、健太くんから一枚の写真が送られてきた。病院のリハビリ室で、彼が投球フォームの練習をしている姿だった。添えられたメッセージには「僕、退院できたら野球を始めるよ!大谷選手と七海さんのおかげだ!」と書かれていた。



春はスポーツの季節。そして、"夢が現実になる"季節。

2025年の春、大谷翔平の一打は、ただのホームランではなかった。

それは、人と人を繋ぎ、未来への道を切り拓く「始まりの一打」だったのだ。

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