陳腐な英雄譚
ルナ達は尋とその仲間の強襲を退けた。
しかし受けた損害は大きく、透と死の能力を持ったおじいさんは、志半ばで絶命した。
祖父の仇を討つため、『健仁』は尋との戦いに志願する。
ルナは参加を受け入れるが、健仁が自らの命を軽んじていることに危うさを感じていた。
バスに揺られて、目的地を待つ。
車内は静まり返り、エンジン音が心地よい振動を伝えてくる。
ルナは窓の外を見つめ、遠ざかる街並みを目で追っている。一方渚沙は腕を組み、考え込むように俯いている。
「――見えてきましたね、天の河神社」
健仁の手は震えている。
祖父を殺した尋への復讐。そのことで頭がいっぱいらしかった。
「確認だ。あたし達の目標は神剣『玉輪』、実体のない物を斬る実体のない刀。運命を殺す銃『宇宙の衰亡』に対抗し得る、三種の神器の一つ」
三種の神器は鏡・刀・銃だったが、この世界では鏡は砂時計になっていた。尋がそれも破壊してしまったため、事実上この世界にある神器は『玉輪』と『宇宙の衰亡』の2つだけだ。
「玉輪を守る不思議な力は、ルナさんだけがどうにかできる……でしたっけ」
「ああ、タイムリープ前に約束したんだ。そこで祀られてる龍神と」
ルナ曰く、神社内の龍神はタイムリープ後でも記憶があることを確信しているようだったという。
――尋らの襲撃により、透とおじいさんが殺されて1週間が経った。この間、神器の話は共有こそすれ、これ以上の情報は得られていない。
神器はとにかく不可思議で、詳しいことは何もわからないからだ。
しかし重要なのは、尋が『宇宙の衰亡』で世界を滅ぼそうとしていることと、それを阻止するには玉輪がいること。
それだけわかっていれば十分だ。
「――その玉輪って刀があれば、尋を殺せるんですよね」
身を乗り出す健仁を諌めるように、ルナはいつもより落ち着いた声で諭す。
「復讐に燃えるのはわかるけどね、そんな目をしてる奴は長生きしないよ」
「元より余命数時間です」
「……生意気言うようになったね」
健仁は自身の停止能力で生き永らえてはいるが、体内に流れる蒸留水はもはや摘出不能なレベルにまで広がっている。
もし治すのであれば、大手術と長期入院が必須だが……健仁がそれを承諾するはずもなく。
それで決戦に参加できないなら、治す意味がないとまで言う。
言うなれば『死なば諸共』――決して肯定されるべきではない考え。
しかしルナにとって、この考え方を否定するのはあまりにも難しいことだった。
否定してしまえば、自らの生き方をも否定してしまうことになる。
「いいかい。冷静さを失ったら尋の思う壺だ。あたしと渚沙を見比べりゃわかるだろ?」
ルナは自虐しながら渚沙を見る。
対処不能な会話をパスされた渚沙は、間の抜けた返事を返した。
「えあっ? ……そんなことないよ!」
「ふふ、考え事かい?」
虚空を見ながらボーッとしていた渚沙は、慌てて会話に参加する。冷静というか、豪胆というか。
「――失礼かもですが、ちょっと気が緩みすぎなんじゃないですか」
そんな呑気な姿を見た健仁は、ちょっとムッとする。
「ごっ、ごめん。そろそろ能力者の攻撃が来そうだなーって思って、能力の内容考えてて……」
「……えっ?」
そんなまさか。何の情報も得ていないのに敵の存在と能力の把握なんてできるはずがない。
そもそもそういったことは、能力者と対峙してからやることだ。今は姿を見るどころか攻撃だってされていない。
ルナが健仁に向かって、ニヤリと笑う。
「聞かせてやってくれよ。新参者への実践的授業だ」
「私は新参者どころか能力者ですらないんだけど……」
超能力者との戦いに参入しているという点を見れば、最早能力者であるかどうかなど重要ではないのだが……やはり少し気にしているようだ。
渚沙は謙遜しつつ話し始める。
「えっと……神社に神器があって、それは不思議な力で守られてる。これは透と会った時に教えてもらったこと」
「もう1週間も前のことだけどね。あたしが完治するまで待ってもらっちゃったから……あんたもすぐ出発したかったろうに一週間も」
「えっ!? 大丈夫ですよそんな……怪我の治りで謝罪されても困りますよ。それに能力について教えてくれたあの時間は、すごく有意義だったと思ってます」
ルナはすぐにでも出発しようと提案したが、流石にルナの父親から止められてこの日になった。
当然誰も賛成しなかったため、どちらにせよ通るはずのない提案ではあったのだが。
また尋が病院に来る可能性もあったが、あの偏執的な性格は殺しや復讐ではなく、あくまで芸術に注がれているため来るはずがない――という結論に至った。
弾切れを理由に"脚本通りでなくなった"と復讐を中断する奴だ。同じ舞台で同じことをするはずがない。
「そう。尋に襲われてから1週間が経った」
尋は砂時計(時間遡行の神器)を使い目の前から消えたため、恐らく無傷の状態まで戻っている。つまり、この1週間は自由に動けるはずなのだ。
そして透曰く、『宇宙の衰亡』はアメリカ政府が厳重に守っている。
「1週間で"渡米→政府から神器強奪→無事に帰国"は――尋ならあり得るとして。重要なのは、尋が玉輪を狙おうと宇宙の衰亡を狙おうと、どちらにせよ神社で待ち伏せしてくるだろうってこと」
『宇宙の衰亡』を狙うなら、退院に間に合うように戻ってくる算段があるだろうという予測。
『玉輪』を狙うなら、退院日を見越して奇襲。最悪ルナさえ殺せれば、玉輪の入手難度を跳ね上げることができる。
どちらも渚沙達の情報が筒抜け、尚且つ尋が抜け目のない策略家であることを前提とした推理。
たった2回の対面で、渚沙は尋のことをよくわかっているようだった。
「神器の場所がわかってて悠長にしてるタイプじゃない。"既に舞台は整っている"……そう考えた方がいい」
目的(芸術)のためなら仇敵(渚沙)をも逃がす、常識とはかけ離れた考えを持つ尋。
次はどんな舞台が待っているのか。世界を絶望で塗り上げる喜びのためなら、きっと奴はここまでしてくるだろうと渚沙は考える。
「事件の記事を見た限りだと基本的に単独犯――多対多をするタイプじゃない。よほど気の合う相方でもできない限りはだけど」
ここまで話されて、健仁はハッとする。
「つまり神社で待ち伏せてる尋とは別に……既に手下が待ち伏せてる?」
「そう。神社ももう見えてきたし、そろそろ奇襲を仕掛けられる方が自然……もちろん外れてるのが一番いいんだけどね」
健仁は恥ずかしそうに俯いた後、ルナに視線を送る。
「渚沙の武器はこれさ。超能力なんざ持ってないくらいで丁度いいだろ?」
「……すみませんでした。何も知らないで……」
得意気なルナをよそに、渚沙は慌てて弁明を始める。
「あーっ、えと、私もボーッとしてたのは悪いっていうか、どちらにせよ共有の時間は必要だったっていうか」
渚沙はかなり英雄的であるが、日常面では少し抜けているところがある。問題解決能力はずば抜けているのに、コミュニケーション能力はイマイチ。
しかしルナはそんな渚沙を、ニマニマと愛おしそうに見つめている。
「ところで、能力の推測もしてるって言ってましたよね。もう目星がついてるんですか?」
ルナに引き続き、目を輝かせる子供が一人増えた。
「うーん。まだ予想だけど、まずは――」
突如として、バスに強い衝撃。
引き摺る音――詳細はわからないが、車体が地面を擦る音が聞こえる。
道路は緩やかにカーブしているというのに、このままではハンドルが効かない。
川のあるところまで落ちてしまう。少なくとも大怪我は免れない。
「――ッ健仁!!」
「は、はいッ!」
健仁は惜しみなく能力を使い、バスを停止させる。
ルナはというと、既にバスの降車口へと走り出してメイスを振りかぶっていた。
「うおおおああっ!!」
ルナは勢いよくバスのドアをぶち破る。
能力を使った反動で息も絶え絶えな健仁の腕を、渚沙は自分の肩に回して外まで運ぶ。
「――ハァッ、ハァッ!」
健仁は倒れ込むと同時に能力を解除したらしく、バスは通常通り走り出した。
……通常通り走り出した? 車体を引き摺る音はバスから出ていたはずだ。
タイヤがなくなっていたはずのバスが、通常通り走行できるわけがない。
「渚沙、あたしは確かにバスのタイヤがなかったことを確認した。だがたった今、元に戻った――」
何故かと思案する間もなく、聞き慣れた轟音が響き渡る。
銃弾が空を切り、渚沙達は放たれた方へと視線を向ける。
「こんな馬鹿みてえな反動で当たるわけねえじゃねえか! 尋のヤロー、もっとまともなエモノ使えよなあ」
ぶつくさ言いながら、茂みから男が姿を現す。
手には尋が愛用していたはずの銃。作品作り(殺害方法)に異常な執着を見せる尋が貸すとも思えないが……少なくともこちらの味方ではないらしい。
そして渚沙は――正確には健仁以外は、この男に見覚えがあった。
忘れもしない、コイツに会ってから日常は一変したのだ。
「もっと近付きゃ当たるかなぁ? どう思うよお嬢ちゃん達」
渚沙はルナに助けられた時のことを思い出す。コイツは一番最初に出会った能力者――かの通り魔であった。
「気をつけろ渚沙! こいつの能力はアポート能力と――」
言い終わる前に引き金を引く通り魔。
咄嗟に盾を出すルナだったが、銃弾はいとも簡単に貫通し横腹をえぐった。
ルナが出した盾は、今まで尋の凶弾を防いできたバリスティックシールド。しかしその最強の盾は此度、威力を殺すことすらできなかった。
「ぐ……っううう!!」
「やっぱ当たんねえなぁ、体のど真ん中狙って撃ってんのによぉ」
男はこちらに歩いて近づいてくる。が、逃げるどころか歩みを進める者がいた。
「――通り魔ァ!!」
渚沙はずんずんと男に近づいていく。
基本冷静な渚沙だが、ルナの怪我は渚沙にとって逆鱗そのもの。湧き上がる怒りを抑えられない。
ルナが怪我をするというのは、自らの不甲斐なさの象徴であり、無力であることの裏付けであり、力不足の証明であった。やるせなさは苦しみに変わり、怒りに変わり、やがて爆発的な闘争心に変わる。
「いいねぇ! 近付いてくれりゃ今度こそまともに当てられるぜ!」
お互いに歩みは止まらず、ついには1mにも満たない距離まで近付いた。
冷や汗の止まらないルナ。痛みに悶えているのか、はたまたプッツンきた渚沙への心配か。
「ルナちゃんが守ってくれたあの日――奇襲までして私を狙ってきた割に、今回はルナちゃんを撃つんだね」
「ふん、そりゃお前は憎いしとっととぶっ殺したいさ。こんな銃使ってなきゃ、お前なんか一発でお陀仏だったろうな」
嘘はついていない。この男は元々、私怨で渚沙を狙った直情的な犯罪者。
渚沙は茂みの方をチラッと見る。
「あなたの視線はずっと私に注がれてたのに、撃ったのはルナちゃんの横腹あたり。反動があるにしたって狙いが下すぎるし、ちょっと不自然だよね」
なぜか悠長に話し始める渚沙。
確かにルナの身長は115cm程度であり、距離感も考えるなら通り魔は渚沙の足元より更に手前を撃ったことになる。
"体のど真ん中を狙った"というのは、本当にルナを狙ったという意味だったのか?
渚沙は銃を向けられているとは思えないほど冷静に、次々と推理を展開していく。
「でもあなたの常在能力を考えれば辻褄が合う――いや、合わせる必要があった。でしょ?」
「……これで能力者じゃねえってか。マジで苛つく女だぜ」
あの日、ルナの日本刀を鉄パイプで受け止めていた。
バスのタイヤが突然外れて、その後元に戻った。
渚沙を見ながら撃った銃弾が逸れ過ぎていた。
そしてアポートの発動能力。
これらの情報から、渚沙は通り魔の常在能力と仲間の存在、そして更にはその仲間の発動能力に勘付いていた。
――通り魔はアポート能力の他に、『手に取った物の状態を変えない能力』があるという推測。
「最初に襲われた時、ルナちゃんの日本刀を鉄パイプで受け止めてた。達人レベルの斬撃をそんな……あり得ないよね、"超能力"でもなきゃ」
当時のルナが人を傷つけられなかったことを加味しても、あの状況は明らかに異常だった。
「仲間の能力は『射程内の何かを"発動"させる発動能力』ってとこかな。私には関係ないけど」
通り魔は『手に取った物の状態を変えない常在能力』のせいで銃を撃つことができない弱点を、仲間の能力で解決させていたのだった。
渚沙は詳細まで気付いていないが、実際は『射程内のトリガーを制御でき、発動させれば機構を無視して"発動させたときと同じ結果が得られる発動能力"』――推測は概ね合っている。
「バレてるなら気にしたってしょうがねえ――ぶち殺す!!」
銃を向けられたまま、微動だにしない。
渚沙は微塵も恐怖を感じていないように見える。
「やめといた方がいいと思うけど」
直後に銃声――とは到底思えないような音が鳴る。
まるで爆発したような異常な低音と、キィィィィ!! という甲高い音が鳴り響く。
「……ッ!?」
とんでもない異音。おおよそ銃から出た音とは思えない。
そして何より、銃弾が発射されない。
「ゲホ、ゲホ……銃弾は出てこないよ。諦めて降参して」
ガス臭さにむせる渚沙。
状況がわからず、通り魔は歯ぎしりをした。
自分の行動が全て無力化される感覚――タイムリープ前にも味わった敗北の味をじわりと思い出す。
通り魔は堪らず逃げ出そうとして、ようやく異変に気付く。
銃が空中に固定されており、一切動かすことができない。
「あなたが逃げようとして真っ先に視線を送った先――そこに味方がいるのかな。ありがとうね健仁くん」
「ゼエ、ゼエ……泳がせるといっても、長くないですか渚沙さん……!」
健仁は渚沙の指示で、能力使用の反動で動けない演技をしていた。
そして"能力を必要に応じて使ってほしい"と、ただそれだけ伝えていた。
健仁が止めていたのは"銃"ではなく"銃弾"。この場合、トリガーを引けば火薬は点火できるが――弾は出ない。
先程の音は銃の内部で圧縮された火薬の爆発音と、ガスが銃弾と銃口の隙間から勢いよく漏れ出た音だったのだ。
「てめえら会って1週間かそこらじゃねえのか……!? 涼しい顔して命任せてたってのか! それとも内通者でもいたか!?」
「違うよ。普通に仲間を信じて、普通に能力を推測して、普通に追い詰めただけ。私は一般人なんだから、特別なことはしてない」
「このイカレ女ァ……認められるか!!」
通り魔は逃げ出すが、突然ナイフの刃が太ももに突き刺さってその場に倒れ伏す。
ルナのバリスティックナイフ――もう誰も傷付けられない子供とは違う。
「だから強いんだよ渚沙は。わかったら二度とそのツラ見せんじゃないよ――でもその前に、尋の情報は吐いてもらおうかね」
「~~~ッ、クソ、プランBだ!!」
「う、うああああ!!」
茂みから気弱そうな男の子が飛び出す。
――まずい。
空中に固定されていた銃が地面に落ち、嫌な予感は確信に変わる。
「が……はッ」
再び苦しみだす健仁。
「う、動けん……おい健仁……!」
身動きの取れないルナ。
健仁の発動能力を強制発動させ、ルナの動きを止めたのだ。
「へへ、最初からこうすればよかったんだ……お前に超能力なんてないんだし、"まずは渚沙を始末してから"なんて悠長なことを言われる筋合いだってなかったんだ」
ブツブツと独り言を言う通り魔。尋からの命令に背いていることの言い訳だろうか。
「この作戦は元より完璧だったんだ。銃は撃てなくなったが関係ねえ――今からお前を嬲り殺すからな」
通り魔はアポートしていた銃を解除し、代わりにバールを出現させフラフラと立ち上がる。詳細はわからないが、位置さえわかっていればアポート可能――射程距離はかなり長いらしい。
「……アポートの対象物は1つまで。こんな作戦を取るのは強制発動の対象物も1つまでだから」
「何ごちゃごちゃ言ってやがる! お得意の推理が暴力に勝るとでも思ってんのかァーッ!?」
味方の能力者は完全に動けない。渚沙自身は能力を持っていない。
完全に"詰み"だ。
そう思った時、渚沙という女は必ず逆転してくる。追い詰めるために使った壁が、凶器が――自分に牙を剥いてくる。
「もちろん」
渚沙はルナが出しっぱなしにしていた盾を拾い上げ、バールを受け止める――と同時に、器用に先ほどの貫通弾で開けられた穴へと差し込む。
盾をねじってバールを離させ、そのまま盾ごと放り投げると、目の前には倒れ伏した男と慌てるだけの男が計2人。
「ルナちゃんの動きを止めても、能力を止められるわけじゃない」
「すごいね渚沙。"もう無理だ"と絶望するのが馬鹿らしくなってくるよ」
ルナが包丁を出現させる。渚沙は刃物を握りしめ、通り魔達の方に向けた。
「さて、傍から見たらどっちが通り魔かわからないね」
「う……うわあああ! もう無理だあー!!」
仲間の能力者は通り魔を置いて逃げ出す。
「おい――クソッ、やってられるか!」
なんとか立ち上がり、足を引きずって逃げようとする通り魔。
しかし渚沙は通り魔の背中を蹴り飛ばして再び伏せさせる。そしてナイフの刃が刺さっていたところに、ゆっくりと包丁を差し込みながら質問する。
「尋の居場所と目的」
「ッ……ヘッ、言うわけねえだろ」
ズブリ、と包丁を突き刺す。
抵抗はできない。動きは健仁が止めている。
あわれ、強制発動の能力者はとっくに射程外まで逃げていた。
「ガアアアアアアア!!!!」
「尋の居場所と目的」
渚沙は冷たい声で繰り返す。
「知らねえ! 俺は何も――」
一気に刃は60度ほど捻られ、傷口が裂ける。
「ッア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!」
「尋の居場所と目的」
声色は変わらない。
「い、居場所は知らねえ……アメリカに行ったとは聞いてるが、今は多分――」
渚沙が突き飛ばされる。
――予想だにしていなかった一撃。
死角から突然現れた謎の女が、足に刺さっていた包丁を抜く。
"私"は通り魔の心臓部を思い切り突き刺した。
「ぐッ……裏切り者には死をってか……クソ女ばっかりだ……!」
通り魔は力なく渚沙の方を向いた。
「……コイツは、人を自由に操つれる……クソ女だ。せいぜい……足掻けよ、クソ女1号」
余計なことを言い放つが、まあ尋様のことでなければいい。
「ッ、止まれ! 何者だ、尋の味方ならなんで今更――」
私の動きが止められる。が、無駄だ。私はこの体との接続を切る。
「……気絶してる。コイツの言ったことは本当みたいだね」
--
さて。
「今回の渚沙達の動きはこういった展開になりました」
私は筆録を手渡す。
「クク、やはり相手にもならんか。語り部としては十分な働きだが――劇作家の仕事としては、少々陳腐な出来栄えだったな」
私の常在能力は心を読むこと。
これが射程距離無限であるおかげで、この方の所蔵品を増やすのにうってつけの能力。
それは運命とも言えるほど素晴らしいことですが、今回は私の用意した筋書き。
渚沙は少しだって絶望しなかったどころか、最後は私の言うことを無視した輩もいて、危うく尋様にご迷惑をおかけするところでした。
「お目汚し失礼致しました。精進致しますわ」
尋様は立ち上がり、過去に私が書かせていただいた筆録を手に取る。
「配役は重要だ。例えば私の用意した戯曲では、"因縁"をテーマにしている……絶望や怨恨を引き立たせる、良いスパイスになると考えたからだ」
……嗚呼、尋様を失望させてしまった。
しかしそんな言葉とは裏腹に、筆録を本棚へとお収めいただける。
「だが、この作品も私のコレクションのひとつにしてやる。光栄に思うといい」
「――! ……幸甚に存じますわ」
私が書いた拙作でも同様、あらゆる作品に対して真摯なお方。
いつか、貴方にふさわしい女になってみせますわ。
「さあ、手本を見せてやろう。ついてこい」
「ご一緒させていただきます」
尋様は外出の準備を始めた。"あの銃"も持って。
「奴らの苦悶を完璧に表現してこそ、私の世界は完成される――終幕は近いぞ、渚沙……」
手繰 裕貴 (てぐり ゆうき)
21歳 180cm 80kg
発動能力:アポート
射程:1km
対象数:1
手のひらサイズの物ならなんでも呼び出せる
ただし、既に相手が手に持ってる物や、能力で生み出された物はアポート不可
常在能力:現状維持
アポートで呼び出した物の状態が変化しない
銃を呼び出した場合、銃の機構が作動しない
ただし、銃弾などのセットでついてきたものには効力を発揮しない
例:一度開けたペットボトル飲料を呼び出せば中身を飲めるが、一度も開けていない場合は蓋のブリッジ部分が破壊できず開けられない
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手繰 新 (てぐり あらた)
18歳 161cm 49kg
アクティブ:トリガー制御
射程:10m
対象数:1
射程内に存在する、起動や発動などで効力を発揮するものをこちらの意思で発動できる
一切発動できなくすることもできるため、相手の発動能力を封印することも可能
発動能力に"トリガー制御"を使われた能力者は、発動しない(または中止できない)ことを試さないと気付けない
対象が必要な能力の場合、相手から一番近いものが順に対象となる(対象数や射程の制限は受ける)
強制で発動させる場合、発動条件やクールダウンを無視できる(そのため、銃ならトリガーを引かなくても引いた時と同じ結果が得られる)
パッシブ:武器探し
射程:20m
射程内に存在する全てのトリガーの位置がわかる
つまり、常に能力者の位置がわかる上に一部の武器は探知できる