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死神の意図

ルナが連れ去られ、その犯人であるストーカー『リアナ』を倒した。

その先で認識阻害の能力を持った『透』と出会い、共に尋と戦うことを決意する。

尋は三種の神器の一つ『宇宙の衰亡(コズミック・ルイン)』を狙っており、その神器の破壊のため透達はまず神剣(しんけん)玉輪(ぎょくりん)』という神器を入手することを画策した。

しかしまずは、病院で傷を癒やすのが先決だった。

現在時刻は午後7時。外はかなり暗くなっていた。


「おい、それ買ってきたのは俺だぞ。食いすぎるなよロリっ子」


「あたしは食べ盛りなんだ。それに、メロンは大きいのを譲っただろう」


「そんな変わんねーよ!」


病室でカットフルーツを食べながら騒ぐ二人を見て、束の間の日常を感じる。


ルナちゃんの父親がこの病院の院長を勤めているらしく、状況を伝えた瞬間に検査と入院が決定したんだとか。

謎の血管破裂や刺し傷には驚かれたが、深くは聞かれなかったそうだ。念のため検査と採血だけして、あとは怪我が治ったら退院していいとのこと。


「そういえば、私達を襲ってきた――あのリアナって人はどうなった?」


「そのまま置いてきたぞ。一般人が能力者(おれたち)に復讐するのは難しいし、アイツの誘拐が発端だから警察にもいけねえだろうな」


リアナはルナちゃんを誘拐したが、私と透が追跡し、その後敗北した。降参を宣言した瞬間に能力が失われ、一般人に戻ったのだ。


「能力者を倒す時って、いつもそんな感じなの?」


「まさか。基本はどっちかが死ぬし、どうせ能力による殺人なんて実証できないから、トンズラこいて終わり。今回リアナが降参したのは、そうすりゃお前が殺しきらないって知ってたんだろうな」


ループ前でも私と戦ったらしいが、その時も降参したんだろうか。だとしたら、それで懲りてほしかった。


……そういえば、透はなんであそこにいたんだろう。それに敵の能力まで知ってたし、ガスマスクまで用意してた。

まるでリアナと戦うことがわかってたかのように。


「透は、リアナとか尋についてどこまで知ってる?」


「落ち着いたと思ったら質問攻めか……お前らしいっちゃらしいな」


うっかり。また失礼をカマしてしまった。

しかし透はやれやれといった感じで、快く答えてくれる。


「どこから話すかな。まず、俺はリアナと面識がない。そこの5歳児がよくお前の武勇伝を語ってくるから知ってただけ」


「おい恥ずかしいだろ」


ルナちゃんの顔がちょっとだけ赤くなる。今の私がやったことじゃないのだが、なんかこっちまで照れちゃうな。


「タイムリープしてすぐ、リアナについての情報をルナから伝えられた。お前はその時、気を失ってたと聞いてる」


最初に通り魔に襲われた後か。ルナちゃんに助けてもらったが、気付いた時には無人の病院にいた。


「あたし達を一番積極的に狙ってくるのは尋とリアナ。他は死んでるか諦めてる奴が多いし、狙ってくるにしても時間がかかる」


「時間がかかるって……タイムリープは偶発的なものだったんでしょ? タイムリープ直後の情報量はあんまり変わらないように思えるけど……」


透が後頭部を掻きながら、ルナちゃんと目を合わせる。


「だから脅威と言うべきか……尋は味方に『テレパシー能力』を持った女を従えてる。射程も能力の詳細もわからないが、向こうの情報量が多いのは確かだ」


「会ったことがないから見た目もわからないし、尋が仄めかしてただけなんだがね。そういえば、あの通り魔も能力者だったけど……尋の差し金だったんだろうか」


「タイムリープから尋に襲われるまで17時間くらいなんだっけか。闇雲に探した時間にしちゃ短いよな」


それって、私は通り魔に襲われてから17時間も寝てたってことなんだろうか。頭の怪我だし、そういうこともあるかもしれないが……その間ずっと見張ってくれてたのだろうか。


「あ、他の能力者と違って、リアナは普通にルナのストーカーなんだっけか。尋に連絡されて襲ったって本人が言ってたけど、手下ではなさそうなのか?」


「普通に……?」


「尋は人心掌握が得意というか、人を支配するのが上手い奴だ。どんな協力者が何人いても不思議じゃないさね」


カリスマという奴か。能力がなくても厄介な男だ。


「んで尋は俺の兄で、復讐すべき相手……お前の言った通り殺そうとしてる。同じ穴のムジナってところだな」


そう言って透は拳を握りしめた。


「おいおい。あのバカはイカれ殺人鬼かもしれないが、あんたは見境なく殺しまくってるなんてこたないだろう」


「……どんなことをされたのか、聞いてもいい?」


一瞬だけ躊躇するが、あの殺人鬼がどんな奴かによって協力の仕方も変わる。できれば殺人の協力なんてしたくないし、無力化や改心の方向性でいきたい。

計画をする上で大切なのは温度感の擦り合わせだ。いざという時の判断をどうするか、場合によっては他の解決法があるかもしれない。


(アイツ)にされたことか。あいつは俺達の両親を殺して、家まで燃やした。俺は奇跡的に生きてたが、今思うとわざと生かされたのかもな」


いきなり親殺しと放火。既に死刑は免れないレベルの犯罪者だ。

続いて、ルナちゃんも付け加える。


「人の苦悩を見るのが好きらしい。"大切な人を失い、無力感の中で生きること"――これがあのバカが持つ"作品の本質(人を殺す理由)"だ。しかも、能力を得る以前から"作品作り"にお熱らしい」


「そうだ、規模の割にニュースとかネットで見ないなと思ったろ。えーと、これは俺が撮ってきた写真、んでこっちがダークウェブでちょっと話題になってたやつ」


モザイク処理をキツめにかけられてはいるが、真っ赤に染まった壁と磔にされた人のような写真を見せられる。

スクショ画像には『複数の子供を縫い付けた肉人形』と書かれた記事。画像が載ってそうな部分は、意図的にスクショから外していることがわかる――スマホにそんな写真が入ってたら、気分が悪いどころの騒ぎじゃない。


こんなのをうっかり、しかもモザイクなしで見ようものなら……しばらく何も喉を通らないだろうな。


「な、報道規制されてることに感謝するだろ。しかもコイツは最悪なことにカリスマ性もある……尋が起こした事件が一部でも世間に流れたら、そこら中がグロ画像と模倣犯の温床になるだろうな」


「……」


正直なところ、あまり実感が湧いていなかった。


アンティーク調の服と石でできた仮面、やけに大きな拳銃――現代日本にいるとは思えない存在。話も通じない、溢れんばかりの残虐性を持ち、否応なしに人を殺す。

この目で見ているとはいえ、現実に存在しているとは信じがたい。


しかし実際に、この事件は起きているのだ。被害者がいて、悲しみ絶望する人がいて、これからも被害は増えていく。

これらの事件を目の当たりにして、透やルナちゃん、そして過去の私は"命をかけてでも倒すべきだ"と考えたんだろう。


仮に降参しても、殺人をやめないことがわかりきっているなら。これからも凄惨な光景が生まれ続けると知っているなら。それを止められる可能性があるのなら。


同じ超能力者として、止めなければいけない。今の私が超能力を持っていないからと言って、過去の自分が紡いだこの状況を、みすみす無駄にするわけにはいかない――と思う。


「当時の俺は超能力を得ても、何もしなかった。過去のお前に会っても協力なんてほとんどしなかったし、お前が殺された瞬間の"あいつばっかり頑張ってて俺は"なんて後悔は今でもし続けてる」


「既にあたし達を救ってるんだから、多少は自分を許してやってもいいと思うがね――まあそんなの、他人に許してもらうより難しいか。あたしも救えなかった側だから、気持ちはわかる」


記憶も能力もないが、2人が私を見る視線はあまりに強く、重い。

過去の私が与えた影響は、二人の復讐心を燃やすのに十分な理由になっているのだと、嫌というほど伝わってくる。


透は拳を握り直す。私を真っ直ぐに見ながら、続けた。


「俺は今度こそ、尋を止めたい。実際に手を下すのは俺がやるから、それに協力してくれるだけでいいんだ」


「えっと、私は――」


殺人の協力。普通じゃ考えられない。それに私は能力のない、ただの一般人。超能力者を相手に何ができるっていうんだ。

殺人幇助になるって後ろめたさもあるが、それはバレるリスクがあるからじゃない。罪悪感があるんだ。いくら悪いやつでも"じゃあ殺そう"とはならない。


実際に命のやり取りをしたからこそ、はっきりと決断できない――言葉に詰まっていると、ルナちゃんがベッドを移動し、私に寄り添ってくれる。


「渚沙、別に今まで通りで構わない。あんなクソ殺人鬼とはいえ、殺したりその協力をする必要はない。生きていてくれるだけでいいんだ」


ぎゅっと手を握られる。その憂いを帯びた瞳を見て、透はたじろいだ。


「――ッ、……そうだな、悪かった。情報を聞かれただけなのに……早とちりしちまった」


「あんたの思いは伝わってるよ。どうせ渚沙を狙ってくることに変わりはないんだから、近くで守ってれば自ずとチャンスは来るさ」


ルナちゃんは透を落ち着かせ、話をまとめた。これが5歳児とは……既に大人っぽさが出すぎているくらいだが、成長したらどうなってしまうんだ。


「焦らなくていいんだ。ほら、ミカンでも食って落ち着きな。好きだったろ」


「……ありがと」


ルナちゃんは、以前に何を経験したんだろう。どんな苦しみを経て、どんな悲しみを背負ってここにいるんだろう。


「あーそういえば、お前もう検査の時間か。さっさと行ってこいよ。えー、フルーツ……ミカンも買い足しとくから」


「ふふ、なに気まずくなってんの」


「うるせーな」


ああそうだ、私は一般人。


ちょっとごたついてるけど、きっとすぐ日常を取り戻せる。

この二人を見て、なんだかんだうまくいくんだろうなと感じた。



--

私は精密検査のため、ナースと共に診察室へと向かっていた。


何やらナース達が慌ただしく動き回っている。時計は20時を指しており、そろそろ営業時間も終わるはずだが……その緊迫感は少し異常だった。


「忙しそうですけど、何かあったんですか?」


「ああ、いや……大丈夫ですよ。こういうこともありますので」


ナースは何か言いづらそうにしている。まあ普通、患者の不安を煽るようなことは言わないか。


聞き出すのをやめ、周りの動きを観察する。すれ違うナースを目で追っていると、真っ黒なロングコートとバケットハットを身に纏ったおじいさんが視界に入った。


振り返るまで存在に気付かなかった――流石にすれ違ってはいないはず。身長は170cmくらいで普通だが、真っ黒は逆に目立つし、見逃したとは思えない。私より後ろを歩いていたんだろうか。

おじいさんは病室のドアを開け、中に入っていく。


……何かおかしい。


「この病院って、面会時間はいつまでですか?」


「終了時刻は19時ですね。入院は1,2日程度ですけど、どなたか来るんですか?」


「ああいや、ちょっと気になっただけで――やっぱり長居しちゃう方もいるんです?」


「もちろんいますけど、それでも19時までにはお帰りいただいてます。今はドタバタしてますから、もしかしたら手が回ってなくて忘れてる方もいるかもしれませんが……」


この時間の病院にいる人が着てるのは、白衣か病衣か寝巻きのどれかだ。私服は少なくとも、この時間だと着させてもらえないはず。

見かけたのも廊下の中腹。いくら忙しいとはいえ、誰にも声をかけられて(連行されて)いないというのは不自然だ。


だがあり得ない話じゃない。忙しくてただ放って置かれてるだけ、おじいさんもただ時間に気付いていないだけ。そもそも病院の関係者でもない私がどうこう気にすることでもない。


さらに階段を降り、2階。


「こちらが診察室です。終わりましたら病室にお戻りください」


あれよあれよと問診、触診、レントゲン、その他諸々が終わる。テキパキと業務をこなすその医者の顔には、どことなくルナちゃんの面影があった。

後は説明を残すのみといったところで、医者はおもむろに口を開く。


「……ルナのお友達?」


「! そうです、お世話になってます」


「レントゲン結果だけどね、軟骨にヒビが入ってる。動くと治りにくいけど、固定して冷やしてれば2,3週間で治るから。退院も明日以降ならいつでもいいよ」


「えっ? あ、はい」


「……処置は、ルナが?」


私が頷くと、医者は少し笑った。


「ちょっと前に教えたんだ。3歳くらいの時に、お医者さんごっこで。見覚えがあるなとは思ったが……」


包帯の巻き方でわかるものなのか。流石親子というか、医者というか。


「どっちがお世話されてるかわかんないですよね、ハハ……」


「危なっかしいお転婆娘だ、誰かが見てくれてるってだけで助かるよ。妻は放任主義だし、私が会えるのも、こうして怪我や病気がある時だけだ」


そう言うと、ルナちゃんのお父さんは悲しそうにうつむいた。


「ご丁寧にギプスまで……また廃病院に行ってたんだろう? うちの土地とはいえ廃病院で遊ばせるのはどうかと思うんだが、私はあまり強く言えなくてね」


恐らくだが、強く言えないのは、妻にも娘にもなんだろう。

もし"ほとんど家に帰らない癖に育児に口を出すのか"なんて言われてしまえば、黙り込むしかないしな。


「しまった、忙しいのに愚痴なんて。すまないね、お大事に」


「愚痴聞きついでに――どうして忙しいのかお聞きしても?」


営業時間終わりにも関わらず、異常なナースの忙しなさ。部屋に入る謎のおじいさん。

不審点としては弱いかもしれない。けど、やっぱり気になる。


「あんまり患者に言うことじゃないが、そりゃ今更か。不吉なことに、突然死する患者が30分くらい前から急激に増えててね。しかも北の部屋から順番に。あまりにも多くて、手が回ってなくてね……」


「そんなに一気に時期が重なることがあるんですか?」


「ここまでのは珍しいじゃ済まないかな。何人亡くなってるのかも把握できてないし、死神でも渡り歩いてるのかな。ただでさえちょっとトラブルがあるのに……てんやわんやだ」


死神。黒い服のおじいさんがいたのも3階だ。


無関係とは思えない。そしてこれがもし超能力者の仕業だとすれば、私を狙っている可能性が高い。

しらみつぶしに殺し回っている理由はわからないが、3階の患者を殺し終わったらルナちゃん達がいる4階にも来るんじゃないか。


「トラブル……何かあったんですか?」


「昼くらいに報告が上がったんだけど、蒸留水の本数が明らかに減ってたらしくてね。誰かが間違えて持ってったのかと思ったけど、みんな知らないって言うし……急にたくさん使うようなものでもないから仕事には支障出てないんだけど」


蒸留水。普通の水よりきれいな分、飲むとお腹を壊しやすいって聞いたことがあるな。飲料水と間違えたとして、直ちに問題があるわけじゃない。


それより突然死についてだ。もし犯人がいるとするなら、使ってる超能力(トリック)は同じはずだ。


「もしかしてなんですが、死因ってみんな同じだったりしますか?」


「ふふ、探偵みたいなことを聞くね。でも私はまだ確認してないし、報告も来てないんだ。ごめんね」


ここでルナちゃんの父親との会話は終了した。あとは自分の部屋に戻るだけだが、こんなところで調査はやめられない。


階段を上がり、3階へ。やけに冷たい空気が、私を身震いさせる。異様な雰囲気を感じずにはいられない。

廊下には、薄暗さがじわりと広がっている。明かりが点いているにも関わらずどこか影が深く、"死神がいる"と言われれば大多数の人が信じてしまいそうな不気味さだった。


すぐ近くの部屋に入ってみると、患者はみんな寝ていた。部屋の電気も消えていて真っ暗だ。


……いや待て、みんな寝てる? まだ20時過ぎくらいだぞ。消灯時間でもないのに早すぎる。


そして2つ目の違和感。全員揃って点滴をしている。なんとなく入院といえば点滴をするイメージがあるが、少なくとも今の私はしていない。

よく見ると、点滴が妙に早い。点滴の速度を調整する器具を見てみると、全開になっていることがわかる。


一応ホントに生きてるのか呼吸を確認――しようとして、何もないところですっ転ぶ。足元は何故か濡れており、滑りやすくなっていたらしい。


「いたた、何で濡れてるの……みんな生きてるのはよかったけど、みんな点滴付近が濡れて――」


"蒸留水の本数が明らかに減ってたらしくてね"


……もし、繋がりがあるとしたら。失くしたとか間違えて持っていったのではなく、盗んだのだとしたら。


この病院は3階だけで20部屋くらいある。1部屋4人なら80人分。仮に200mlくらいだとして、最大で16L必要だ。

そんな大量に盗めるとは思えないし、それだけの毒物を用意するのも難しいだろう。水道水でも入れてるのか……いや、超能力者が絡んでるんだし"あり得る"と解釈して進めた方がいいか。


重要なのは、中身が水だろうが蒸留水だろうが"蒸留水が不自然に失くなった事実"と"点滴の中身が水だったことによって死亡した事実"があれば、この病院の不始末ということでまとめられてしまうであろうことだ。


誰かが点滴の中身を捨て、蒸留水に差し替えたのだとしたら。管理不行き届きで責められるのは病院の院長――ルナのお父さんだろう。


だがこれは妄想の域を出ない。それに、明らかに死ぬのがトントン拍子すぎる。同じものを同じだけ同じタイミングで注入したとして、死ぬタイミングは図体や健康状態によって違うはずだ。

にも関わらず、北の部屋から順番に、ここ30分の間に死者が出続けている。

だとすると、『蒸留水を盗みつつ患者を殺そうとした犯人』と『北の部屋から順番に殺している死神』は別の人物なんじゃないか?


などと考えている間に、ドアがひとりでに開く。顔を覗かせたのは黒いバケットハットを身にまとったおじいさん。


「――ぐッ!?」


突然、心臓が締め付けられるように痛む。吐き気がする。肩も腕も痛い。汗が止まらない。

その場で膝を突く。もしかしてコイツ、透と同じで、視界に入れれば発動できるタイプか。


「ハッ、ハァッ……!」


逃げないと死ぬ。


でも、苦しくてうまく動けない。患者の顔色もみるみる悪くなっていく。

咄嗟に近くのベッドで相手の視界から外れる。すると、ゆっくりと体調が戻ってきた。


「キミがわたしの立場なら、どうするかね」


ベッドの裏にいるだけだから、追撃は簡単なはずだ。しかし、近付いてこない。

件の死神はこいつか――いきなり攻撃してきたにしては、随分悠長に話しかけてくるな。


「"どうする"って聞き方は、何か解決策を探ってるのか――この大量殺人には理由があるって口ぶりだね」


「そうだ。超能力への素早い対処を見るに、キミも超能力者なんだろうな。こちらの能力も大方察しがついているんだろう。」


超能力者ではないが、確かに察しはついている。


「多分だけど、『姿を消せる発動能力(アクティブ)』と『視界に入れた相手を殺す常在能力(パッシブ)』。姿を消してると殺せないから能力を解除した」


「……はは、賢いな。この短時間でそこまで見破るか」


面会時間を大きく過ぎて、無差別に色んな部屋に入ってる怪しいおじいさんが呼び止められない時点で、認識阻害系の能力があるのは明白だ。


苦しくなったのは、彼がドアを開けてすぐだった。攻撃しようとして発動したというより、発動しながら入ってきたように思える。

それに、患者にも能力が及んでいるところを見るに、対象を選んでいるようには見えなかったのも常在能力(パッシブ)っぽい。

姿を消したままここに入ってくれば効率的に思えるが、そうしないのは姿を現さないと使えないから……だと思う。


「あんたはこの点滴で死ぬ予定だった人達を、それより先に殺しているように見える。まだこの部屋しか見てないが、偶然この部屋だけ点滴の中身が違うってことはないだろう」


「そこまでわかっているのか……本当に賢いんだな。それなら、他にどうやりようがあったか聞きたい」


窓の反射を利用し、おじいさんの様子を確認する。


おじいさんはベッドで眠る少年の点滴を抜いた。何かを取り出して少年の枕元に置き、頬を撫でる。

しかしその視線は、少年へと注がれていない。能力で苦しめないためだろうか?


「医者に相談したらいい。かなり注入されてはいるけど、まだなんとかなる可能性がある」


「"点滴の中身が入れ替わっているから検査しろ"と言うのか? 仮に信じてもらえたとして、孫が優先されるとも思えない。被害者は56人。切り捨てられる可能性は、ッ……高い」


なぜだか苦しそうに聞こえる。うずくまったのか、窓の反射では姿が確認できなくなる。


「……だからって他の被害者を殺すなんて、その子が聞いたらショックを受けるよ」


「ハァッ、問題ない、ニュースでは全員死亡したと書いてあった……今回も同じだろう」


何か発言に違和感があると思ったら、タイムリープしてきた超能力者か。被害者の数がやけに詳細だと思った。


「時間が戻って、できるだけ早くここに来た。何もできなかった前回と違って……わたしは数え切れないほどこの能力を使った(人を殺した)。数時間苦しんで死ぬくらいなら、せめてすぐに逝けた方が楽だろうと思ってな」


やっぱり点滴の中身が蒸留水に置き換わってたのか。だから昏睡状態になっていたんだ――赤血球が破壊されて、酸素が足りないから。


「……こんな能力が人助けに使えるとは、思いもしなかった……いや、独りよがりか。……それに、どうせなら犯人に使ってやりたかった」


「今からでも遅くない、一緒に犯人を――」


そうか。


私は今更、自分の推理の穴に気付いた。

もし透明化が発動能力(アクティブ)なら、なぜわざわざドアに入る"前"に解除したんだ?


最初に見かけた時も、ドアに入る直前だった。確かにドアが勝手に開くのは不自然だが、それより人が突然現れる方が不自然だ。

それにいきなり攻撃してきたのも、今となっては違和感がある。先手必勝って感じだった割に、既にこうして30秒以上話をしている。

能力の内容を知られるリスクを冒してまで、中途半端に攻撃した理由がない。


しかし、"姿を消す常在能力(パッシブ)は、ドアを開けるのに不都合"。そう考えると、攻撃の謎に合点がいく。


――逆だったんだ。


私はベッドの裏に隠れるのをやめ、おじいさんの前に飛び出す。

そこには、手鏡を見ながら横たわるおじいさん。顔を見るに70代といったところか。


「ッ……気付いた、のか……」


私が手鏡を蹴り飛ばすと、おじいさんは消えた。


「あなたの能力は『相手を10秒程度視界に入れると殺してしまう発動能力(アクティブ)』と『物理的な干渉を受け付けない常在能力(パッシブ)』――姿を現すと殺せるんじゃなく、殺す時だけ姿を現せるんだね」


死ぬ気だったんだ。息子を救うためとはいえ、50人以上を殺した罪悪感に耐えきれずに。


自分を視界に入れて殺すことで、殺した人達と同じ苦しみを味わいながら逝こうとしたんだ。


「人を殺そうとしないと誰にも認識されない。しかも透明化が発動してる時は、ドアを開けることすらできない――違う?」


返答はない。だが私の推測通りなら、おじいさんはそこにいる。


「私は犯人の目星がついてる。そして恐らく、この病院内にいる」


ルナちゃんの父親を間接的に狙ったこの事件。点滴でじっくり時間をかけて殺す残忍なやり方。


アイツの差し金だ。


「尋、あるいはその仲間を止める……協力してほしい。私の友人も、殺されるかもしれないの」

清田 豪人 (きよた たけひと)

67歳 166cm 66kg


発動能力(アクティブ):死

発動対象数:~4人

合計10秒間視界に入れると、相手は心臓麻痺で死ぬ

視界に入れている間、心臓麻痺による体調不良が発生する


常在能力(パッシブ):消滅

すり抜ける対象:生物、または自分の体より小さい物体

見られない、聞かれない、物理的な干渉もされない

自分も干渉できないため、ドアを開ける等のアクションを起こす際は解除する必要がある

アクティブ発動中のみ自動的に解除される

刀や銃、ウイルスは効かないが、温度変化や一部の能力は有効

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