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第5話 発覚した異常

 草原は冷たい風がなびいていた。雲一つない快晴の天気だ。

 調査は冒険者のみで行われ、私兵団はというと、周辺の監視と警備を担っている。ミーッツとその冒険者たちが去り、既に彼らはやるべきことを終えたはずであった。しかし今もなお、私兵団は"銅像もどき"の辺りをうろついたり、怪訝そうに眺めていたりする。

 金属の鎧に身を包んだ騎士たち。リーダーである男爵家の男は、頭を悩ましていた。カッとなって口調を強めてしまったが本気で帰るとは思っていなかった。だが、これは良いチャンスでもある。好転しそうなアイディアが思い付いた。男は、にやりと悪い笑みを浮かべ、壮大な計画を思い描く。先ほどよりも頭の回転は速く、まるで全てが順調に進んでいるような全能感に満ち溢れている。

 さて、思い返せば冒険者たちはあの短い時間で、なにも確たる情報を掴めていないはずだ。先遣隊と意見交換した時も、しどろもどろしており、初めて”銅像もどき”を見たような顔をしていた。ゆえに、大した成果も出せずに焦ったのだろう。あんな挑発で顔を赤くし、そそくさと馬車で帰ったわけである。

 作戦はこうだ。今のうちに私兵団で”銅像もどき”の正体を掴めれば、もしくは少しでも何かが分かれば十分な手柄へと成る。時間はたっぷりあるわけだし、邪魔する者は辺りに誰もいない。手柄として有能な私兵団を率いたリーダーは騎士の(くらい)の1つぐらい上がるだろう。

 なぜって? それほどまでに今回の調査は確たる情報が掴めず、苦戦してい──そうであったからだ。

「はぁ、全く可哀そうに。これだから<ユウシャ>の御加護が無い者たちは、その常理の淵から外れていくのだ」仰ぐように重く溜息を吐き、男爵家の男の表情は、憐みに変化する。

 冒険者は残念ながら、どうしようもない無能という事実に。しかし、それは世の中の摂理であり、しょうがないことだ。信仰、階級、身分が全てを示している。冒険者とは信仰もせず、どうしようもなく貧弱であり、貴族のような気品さを持ち合わしているわけでもなく、騎士のように誉れ高きものでもない。憐れと言えば、冒険者は憐れな存在であった。

 ろくに調査もできない実力だ。ここは1つ、私兵団たちがその実力を見せてやろうではないかと意義込んだ。

「よし、お前たち。あの銅像もどきを調査するぞ!」

 いつにも増してやや気持ち高めに、男爵家の男は声を上げる。だが、乗り気なのは本人だけであった。

「撤退しないのですか……?」

「どうした。なにを恐縮している。これはチャンスなのだぞ」

 冷たい風が吹く。騎士たちは困惑した表情を浮かべている。チャンスという言葉の意味が分かっていないようだ。そんな反応を見て男爵家の男は気分を害した。どうしてこう誰も彼もが、ろくに考えることもできずに、無能であることを見せびらかして、リーダーに迷惑をかけてくるのか、という事実に。

 もはや神々のイタズラとしか考えれなかった。

「い、いえ。リーダーの意見を否定しているわけではなくて……」

「ならばさっさと実行に移せ。そうだな、まずは少し削ってみようではないか。どんな材料なのかを確かめたいところだ」

「はっ!」

 もしこれが神々のイタズラと言うならば、男爵家のこの男は、大いなる挑戦に挑もうとしてるわけだ。それはまさに<ユウシャ>に近き存在になろうとする過程なのかもしれない。やはりユウシャの伝説のように、栄光は自らの手でもぎ取るに限るのだ。


 私兵団の人数もそこまで多いわけではない。せいぜい50名ほどである。このうちの誰か1人ぐらいなら”銅像もどき”にぶつかったり、ふざけて叩いたりしても、人間が道端を歩く時に、地べたを一生懸命に這いずっている虫けら(アリンコ)──その程度にしか思われなかっただろう。

 しかし実際には武器を持った10人の私兵団が一斉に”銅像もどき”に接触した。私兵団であるリーダーの威圧に恐れ、命令された言葉に歯向かうことが出来ずに《そうなるべきという選択意思》によって表面を削ろうと試みたのだ。

 現実、それは最悪の結果を引き起こすことになる。

 私兵団たちは”銅像もどき”に対して剣をぶつけ、刃を突き立てた。

「びくともしないな」

「刃の方がこぼれちまう」

 誰かがぼそりと呟いた次の瞬間だった。突如として、周りにいた騎士たちは衝撃波を受け、紙くずのように吹き飛ぶ。轟音と共に私兵団全員がその異変を察した時にはもう遅かった。

 仮に冒険者が居たら、この現象を迷宮(ラビリンス)に置き換え、その場に潜む罠宝箱(トラップ・チェスト)彷徨う甲冑(リビング・ドール)の伝承と重ね合わせただろう。すなわち何らかの罠魔法(トラップ・マジック)が発生したのだと認識したはずだ。だが、ここにいるのは田舎貴族の有象無象の騎士たち。当然ながら”魔に属する生命全体”の特異な形質など知らなかった。

 ”銅像もどき”の周辺三方向から、次々と小さな魔方陣が出現する。紋様から出てくる魔物たち。少し奇妙な姿形だ。複数に分裂しあい、うじゃうじゃと近くに座り込む騎士たちを襲いだす──草原は混乱の空気と怒号で満ちた。

「り、リーダー……う、うごいてます。うごいてま」

 焦燥の警笛が、爆風の音で散る。黒光りしたカラスのような魔物が、大空を埋め尽くすほどに飛んでいた。そこに数分前までの青い空は無い。

「ひぃぃ……うっ、うああああああ」

 波が崩れ落ちるように。集団となっていた私兵団は悲鳴を上げて散り散りになった。足を踏み外して転げる者。剣を持って挑もうとする者。逃げるように走る者と統率は機能不全に陥っていた。

 少し離れたところで見ていた男爵家の男は背筋が冷たくなる。明確に脅威が発生したと認識した時、ピチャリと肉の雨が顔面に付いた。何体もの奇妙な人型をした魔物たちが”無詠唱”の散発的な爆発を起こし、肉片が大地を赤黒く染めはじめる。男爵家の男は我先にと慌てるように馬車の中に入り込み、手綱の持ち主に怒鳴り散らかした。

「おい。馬車を走らせろ。逃げろ」

「う、馬がさきほどの爆発音で、ぁ、暴れていまして……」手綱の持ち主も混乱していた。

「なんとかしろ」

「す、すみません。本当にあばてい……」その途端、持ち主は暴れた馬に蹴られ、体が二つに折れたまま絶命する。

「くそ! 役立たずめ!!」男爵家の男は頭を掻きむしり、びくともしない馬車から外に出た。またもや狂乱のただ中に落ちた。その中に混じって男爵家の男も一心不乱に走り始めた。生き残った何人かの私兵団も逃げようとしたが、突如として、どこからか現れた奇妙な魔物によって、次々と爆殺されていく。それは一瞬のような合間(フラッシュ)に起きて、やけに長い間、続いているように感じた。

「く、くそっ! くそっ!!」

 男爵家の男の膝が崩れる。まとわりつく虫のように恐怖が脳の裏にこびりつき、足が震えてまともに動けなくなった。ジワリと股間から湯気が上がる。顔面は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、土埃と人の血で塗れていた。

 快晴の空で血の雨が降っている。私兵団は全滅していた。焼け焦げた肉の匂いと、舞い上がった湿った土の匂いが混じり、男爵家の男は酷く嗚咽を繰り返しながら草原を這いずり回った。

 神々は如何にしてこのような試練を与えたのだろうか、何かとてつもない事が起きる予兆のようにしか考えられない。見捨てられたのだろうか。それとも<ユウシャ>だったら、この危機を乗り越えられたとでもいうのだろうか。ならば、私は<ユウシャ>ではないのだろう。男は、ふと察する。

 出血多量と急激な酸欠でぼんやりとする頭で、男爵家の男は考えるのをやめた。徐々にまぶたと身体は重くなっていく。<ユウシャ>にはなれなくても、<ユウシャ>の御加護は我が身にも降りてくるようだ。身体が軽くなる。大いなる《そうなるべきという選択意思》よ。栄光あれ。そう願い、男のまぶたは静かに閉じていった。


 目の前の有機的物体の電気的な脈動が停止したことを確認し、それを「死」と

定義していたA型(アローン)が片手を挙げて進行の停止を求めた。大勢のA型(アローン)がそれぞれの有機的物体の付近に立ち、似たような動作を行いはじめる。上空で制動している浮爆機(ドローン)C型(コラプス)F型(フラッド)も、A型(アローン)の命令を見て停止した。それは創造主(マスター)の一時的な守護に成功したことを意味する。

 その間に、かつて草原だった場所、でこぼこになった荒地を人型の無機制御体(ロボット)である自立制御(AGL248)式回収軍(-リトリーブ)が破片や資源を回収し、壊れかけの無機制御体(ロボット)を、同じく人型の無機制御体(ロボット)である自立制御(AGL182)式整備軍(7-リペーア)が修理をしはじめた。しかし、そのような回収した部品や機体には修復が不可能な部分があり、どうしても新たな部品を製造する必要がある。

 A型(アローン)はまだ思考を続けている創造主(マスター)の方を見る。あらゆる部品の製造は<上位者>の命令が絶対であり、言葉を無視することも、意向に沿わないことも許されない。<上位者>である創造主(マスター)の思考が、終わりを迎えるまで、この限りある兵站で最適解の防衛を続けなければならないだろう。A型(アローン)にとって、導き出したその結論が《そうなるべきという選択意思》であった。

 そして創造主(マスター)が思考の終わりから目覚めた後、部品を製造できるキャンプ地の設置が認められた。人型の自立制御(AGL248)式回収軍(-リトリーブ)は壊れたA型(アローン)C型(コラプス)F型(フラッド)その他多くの亡骸を集積し、人型の自立制御(AGL182)式整備軍(7-リペーア)無機制御体(ロボット)の修復作業をはじめた。

創造主(マスター)、破壊された無機制御体(ロボット)による修復が間に合いません。部品の製造を許可して頂けませんでしょうか」情状酌量の余地を求めるように自立制御(AGL182)式整備軍(7-リペーア)A型(アローン)が敬意を払う。

「ふむ……。いいぞ、許可しよう」

 アルカナからの許可が下りた。その途端、あっという間に自立制御(AGL248)式回収軍(-リトリーブ)──リトリーブが工場(キャンプ)地を解体し始め、群がった自立制御(AGL182)式整備軍(7-リペーア)──リペーアが工場を建て始める。そこに資源が集積されていき、各部品を作るための専用コードが継承される。継承されたコードで動き始めたリペーアが姿形を変えて記述通り、部品の製造を開始する───そうなる手はずであった。

 前提として、これらの魔法的小型爆撃機(マギ・エクスプローン)魔法的小型幻覚撃機マギ・ミラージュローン自立制御(AGL248)式回収軍(-リトリーブ)自立制御(AGL182)式整備軍(7-リペーア)およびA型(アローン)C型(コラプス)F型(フラッド)───この四種と三属性の全ては、アルカナの体構造から出てきたモノである。故に、向こう側の世界から、こちら側の世界に来た際、アルカナ自身にオーバーフローが生じたのと同様、これらの防衛システムにも多少なりの異常が生じていた。

 それはコードにおける符号属性の変更、定義自体の消失、文章の入れ替え、複雑に入り混じって変化しているものから、コード自体がもはや別のロボット文章を参照してしまっているものと多岐に異常は生じた。しかし、本来であればそのような不具合は正しいコードのデータが保管されている所まで辿られ、参照し直され、すっかり元に戻る手筈である。どうにも”アルカナ自体”が七日もオーバーフローしてしまったせいか、はたまた厳重に保管されていたはずの、データ参照に関する手順コードが丸ごと異常化してしまったのか、正しいコードのデータは上書きされずに至った。

 基本的にそのような異常化したロボットの大半は動くことがない。動く以前に不具合によって停止・墜落・破損する為、さきほどの防衛システムも実際には半分以上が機能していなかった。そう、さきほどの戦いがもはや戦いではなく、一方的な殺戮。なのにもかかわらず、壊れたロボットが多かったのは異常化の影響で停止したからであった。そして当然ながらそのような壊れたロボットの数多くは動かない。また、動かないロボットは共通認識で「死」と定義されている。必然的に壊れたロボットは、まだ正常であるリトリーブに回収され、分解、リペーアによって修理、整備用の部品へと生まれ変わる連鎖(サイクル)に組み込まれてしまうのだった。

 アルカナの許可により設営された工場(キャンプ)地では、このような物理的側(ハードウェア)面での部品の修理と整備が進んだ。コード通り機能し、爆破を果たしたドローンの破片や、異常化によって壊れた四種と三属性のロボット達の亡骸は回収され、部品化・溶解・成型・製造の過程を辿り、元のモデルの姿形へと──戻るはずであった。また処理的側(ソフトウェア)面でも進歩があり、異常化したコードを正しいコードに上書きする方法が処置できない以上、正常な動作をしているロボットからコードを貰い、そのコードを複製して上書きする方法が生まれる──それは確実に成功し、元の連鎖(サイクル)に戻るはずであった。

 結論から言うと、何もかも壊れてしまった。A型(アローン)は大きな過ちを犯したのだ。正常な動作を行っているロボットが、イコール異常化していないロボットだと判断したのが始まりであった。全てのロボットは異常化していたのだ。それがたまたま、動く者、動かない者に分かれていただけである。そのような事実が判明した時には既にリペーア-A型(アローン)が受け継いでいるコードは前の状態の──恐らく正しいコード──ではなく、いくつかの動く者から集めた、それぞれの正しいコードの塊であった。

 この過ちに気付いたのは、動く者のコードを一通り回収した後、それらのコードのいくつもの点が、それぞれ少しづつ違うという発見からであった。本来ならば一気にデータを集積し、一気にデータを分析する担当の処理ロボットが搭載されていれば良かったが、四種と三属性はただの防衛システムロボットである。それも使い捨ての兵器な為、より高等な処理能力はいずれも持ち合わせていない。

 八割の正しいと思われていたコードが、それぞれ少しづつ違っていたという発見は、大きくA型(アローン)たちを混乱させた。そして全てのコード集めるにはメモリも不足しており、もっとデータの処理能力が高く、もっとデータの保存容量が高いロボットを作る必要があった。例え、そのようなロボットを作製しても、コストに対して全てのデータを集めた結果、”何一つとして正しいコードが判明しなかった”という結果が浮き彫りする方が恐ろしい。

 A型(アローン)はそのような長期化目標を掲げる為に作られたロボットたちではない。ただの、防衛システムの、一時の合間(スパン)での、その場しのぎでの、高度な状況判断をすることに特化した頭脳しか持ち合わせていない。よって、コストと結果が見合わない新しいロボットの開発を<上位者>に提案することなど出来なかった。

 ゆえに迷う。次なる解決策としてA型(アローン)が考えたのは、集めたそれぞれの四種と三属性のデータ群から多数の類似点を抽出し、それを繋ぎ合わせて正しいコードを模索するという方法であった。しかし、あまりにも扱うデータが膨大な為、何体かはデータが吹き飛ぶ可能性すらある、とても危険な処置である。

 他にもいくつか手段は浮かんだもの、正しいコードを模索する可能性として、この方法が一番、最適解であり、次なる防衛への準備や復帰が早いと判断した。それに<上位者>の手を煩わすことも無い、消耗品としての《そうなるべきという選択意思》から見ても順当な自覚を持ち合わせている。

創造主(マスター)、どこへ行くのか聞いてもよろしいでしょうか?」思考の戯れが終わったマスターは、しばらく呆然としていた。恐らく、その瞳はどこまでも未来のことを見ているのだろう。何を考えているのかA型(アローン)には分からない。

「ちょっと、あそこの森まで探索してくるよ」

「了解いたしました」

「ここは任せるよ。数が足り無さそうだから、キャンプ地の増設も認めるけど、まだこの草原の範囲内でお願いね」

「了解いたしました」

 マスターはきょろきょろと辺りを見回した後、少しして森の方まで歩いて行ってしまった。

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