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第4話 七日の賛辞

 懐かしい感覚だった。まぶた越しに伝わる熱が消える。

 転移の術式は成功していた。潜り抜けてきた魔方陣が、剥がれるペンキのように崩れていく。向こう側の世界が消失したのを確認し、まぶたを開くと広大な草原が広がっていた。

「なにも無いな」

 時刻は真夜中だった。月光が背の高い草に反射して光っている。実際には月光ではない。あの星も月ではない。月のような衛星からでる光である。しかし表現しようにも名前(ネーム)が存在しない。なのであれは月、そしてこれは月光ということにした。

 さて、この世界が続いているなら、LNLはまだ継続しているということだ。どうしてLNLが続いているのか……などは考えない。LNLが終了するなんてことは、誰だって望んでいないのだ。

 それに、その世界が存在するなら終わりや始まりは無く、その世界が存在すると考えるのが如何にして自然ではないのか?──何も不自然では無いはずだ。アースという惑星が滅んでも、探せば酷似した惑星は必ず存在する。

 ならば、LNLという世界が滅んでも、LNLに酷似した世界は存在する。この二つは同義ではないのか?──この地面を踏む感触も、澄んだ空気の匂いも、瞳眼(レンズ)越しで伝導されて通じる世界も、どこか思想的な歯車の切っ先で形成される社会構造も、なにも実存しないものではなくまるで(バブル)のようなものだ。全く同じの似たような世界。それは次元的な話では不自然で無いように思える。

 この世界は新たなる舞台だ。そしてこの世界は前世界の続きだ。前世界は”この世界の前座”であることを意味する。すなわち新しい冒険が始まる。新しい大義名分が生まれる。今この瞬間、複雑に脈動を始めるのだ。

 それこそが、アルカナが求めていたもの。何をするか、何を望むか、どんな結果が待ち受けるのか分からない。何故ならば、こここそが新しいフロンティアであるのだから──だからこそ、己は何の為にこの世に存在するのか、どうしてこの種族なのかを改めて考える。

 より慎重に、より刃を研ぎ、より物事を冷静に観察する。そうやって熟考(シミュレーション)を繰り返し、ふと顔を上げた。てんとう虫が飛んでいく──実際には"ような"だが──群青の夜空へと溶けていった。


 おや?とアルカナは訝しむ。身体が湿っている。それはいつから、そうなっていたのか分からなかった。濡れた衣服に手をかざし、詠唱を試みる。

「……解ある眼に外観を抱かせよ《分析( n r z )》」

 瞬時に押し寄せてくる情報の濁流を処理する。その結論はこのようなものであった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 確かに、それぐらいの思考を行っていたかもしれない。それほどまでに、ここは時間を忘れるにはふさわしい場所ともいえる。風で揺れる高草の触れる音だけが聞こえ、時おり空を渡る鳥が鳴く。月が過ぎ、太陽(オリジオン)のような恒星が顔を見せ、数日が瞬く間に過ぎていく。そして6日目の晩を過ぎ、この世界に来て7日目の朝を迎えようとしているところだった。

 少しづつ空が白けていく。アルカナの身体が雨粒で湿っていること以外に、周囲の草原は変貌していた。嗅覚をONにすると焦げ臭い独特な匂いがツンと脳幹を貫く。立ち上がると、周囲はいくつかのクレーターが形成されており、まるで戦場の後が如く──睨み合った塹壕戦ではなく、騎馬戦のような荒々しい馬の蹄の名残り、未だに燃えている炎、折れて突き刺さった槍、矢、剣。鎧をまとった死人が散乱している──悲惨な光景が広がっていた。

 何事かと訝しむ前に、瞬時にそれらが自動制御された自身の防衛システムであることに気付いた。熟考(シミュレーション)の結果、意識の空白が出来た際や、敵対勢力との闘争の末、装備が消耗した際の1つの攻撃手段として身体に搭載されている以下。

 魔法的小型爆撃機(マギ・エクスプローン):爆発型の小型ドローンA型(アローン)C型(コラプス)F型(フラッド)

 魔法的小型幻覚撃機マギ・ミラージュローン:幻覚発生型の小型ドローンA型(アローン)C型(コラプス)F型(フラッド)

 自立制御(AGL248)式回収軍(-リトリーブ)A型(アローン)C型(コラプス)F型(フラッド)

 自立制御(AGL182)式整備軍(7-リペーア)A型(アローン)C型(コラプス)F型(フラッド)

 これらの残骸が辺りに散らばっていたのである。さて、問題はそこではない。膨大な思考の沼に落ちていたのはそうだが、周りに敵がいたのかと緊張を張り巡らして短波長瞳眼(サーモ・アイ)を起動した。いかなるプレイヤーであろうと現時点での話し合いの譲歩はしない予定だ。即ち、見つけ次第、殺す。

「さすがにいないか……」

 数秒、広い草原を見渡したが、近くにプレイヤーがいるというレアケースは杞憂だったようだ。よくよく考えれば当たり前の話だ。そもそもの転移(リスポーン)をする魔方陣を形成する過程で、他のプレイヤーが存在しないポイントへの着地を選択しているのだ。必ず、そのような運命に収束するとは限らないが、魔方陣の構築理論に基づくならば、周囲はるか四方に置いて”プレイヤーは存在しない”。

 辺りのどの死人も、移動用生物も、既に冷たくなっていた。どれも熱は感じない。いくつかのっそりと動いている存在が確認できたが、それらは元々冷たい無機制御体(ロボット)たちで、負傷した浮爆機(ドローン)のいくつかの回収と修理をしている様子であった。

創造主(マスター)

 ぎこちない声で一体のA型(アローン)が近づいて来た。体格は人の身長の半分よりも小さい。90cmも無いだろう。二本の足、四本の手。眼球のような質量のある物体が搭載されている頭脳部位。武器を装備しているA型(アローン)浮爆機(ドローン)の中でも地上戦を行える戦闘モデルであった。

創造主(マスター)の思考の戯れの間に、近づいて来た者たちを殺しました」

「そうか。ご苦労」

「一時的なキャンプの設置をしてもよろしいでしょうか」

「許可する。ここの草原はちょうどいいだろう」

 所詮は、その場しのぎのロボット群である為、彼らには明確な自立している指揮官──管制塔ロボット──は存在しなかった。彼らの使命は創造主(マスター)が何かしらの損害を受けた際の、消耗から回復するまでの短い時間稼ぎをすることである。ゆえに、ここまで数多く生き残ってしまうのは想定外であった。

 今、アルカナが許可したことにより、急速にキャンプ地ができようとしている。

 彼らは『時間を稼ぐ』という存在意義を失い、生き残ってしまった事実を憂うことはない。少なくとも生き残った以上、より多くの時間稼ぎを行えるような次なる戦力を構築するようにプログラムされていた。キャンプ地を設置するの意は、簡易的な工場を建設することである。それは主にA型(アローン)によって行われていた。

 A型(アローン)は唯一の独立思考(戦いという局所的な状況によらず、あらゆる状況において何が最適であるかを考えること)を持っていた。そのため浮爆機(ドローン)C型(コラプス)F型(フラッド)を基本的に指揮する。しかし、それは『行け』や『行くな』、『引き返せ』などの簡単な命令でしかない。簡単な判断はC型(コラプス)F型(フラッド)にも適用されている頭脳なので、ほとんどのA型(アローン)A型(アローン)が一つの群となって行動することが多かった。


 ここでアルカナが熟考(シミュレーション)していた六日間と、七日目の朝までの話をしなければならないだろう。アルカナが広大な草原を一望した後、一体のA型(アローン)が言っていたように、すぐに寝てしまった(オーバーフロー)のは既知である。動かなくなったアルカナが見つかったのはその半日後、第一発見者は近くの村の勇士隊であった。

 広大な草原はクライナドリーデ王国のジーク辺境伯領と、魔森と呼ばれる地域のちょうど中間に位置する。つまりは人里と野生の緩衝区域であった。魔森は人間に作物などの多大な恩恵を与える一方、人間を超えた力を持つ魔物や魔獣なども生息している。リスクとリターンが存在する為、村人は頭を捻り、領主と交渉した結果、できたのが勇士隊という村の中でも強い者たちが魔森を警備するシステムであった。


 たまたまその日、村人と勇士隊は放牧の為に、ヤギ飼いや動物たちを引き連れて訪れていた。村の勇士隊のリーダー格であるリーリアは初め、立ち尽くしている人型の金属のような何かを見て銅像だと思った。しかし彼女は優秀かつ聡明であったので、すぐに”銅像もどき”の異変を察し、ジーク辺境伯が抱える私兵団の派遣を要求したのである。

 領主お抱えの先遣隊が来たのは初日の発見から三日後。彼らは村の勇士隊を退けさせて、この草原を立ち入り禁止にした。伯爵家の私兵団、その先遣隊たちは、非常に警戒しながら、冒険者と呼ばれる異形種たちを専門とする部隊と共同で調査に至った。

 緩衝区域の草原の向こう側に広がるのは、魔物や魔獣が潜む異形種の生息区域である。確かに、森の奥深くに進めば危険であるが、気性の荒い魔物や魔獣が森の外まで出てくるという現象は、未だ報告されたことがなかった。

 ゆえに、冒険者たちはひょっとしたら気が緩んでいたのかもしれない。ゆえに、傲慢な私兵団の誰かが、たまたま粗相をしたのかもしれない。1人の私兵団の男が、へらへらと笑いながら”銅像もどき”に気軽に触れた。

「へへへ、まるで動くことも無い。こんなものにビビるなんてな。村の勇士隊は所詮、その程度ってことよ」

 その男は貴族の血筋であり、今回の調査に名前だけを載せるために──名誉を増やすためである──参加していた。タイミングも悪く、最初に訪れていた先遣隊のリーダーと、交代で入ってきたのがこの男であった。

「気軽に触れるのはやめてください。今は調査中ですよ?」

 冒険者の1人が、貴族の男を制そうとする。他の私兵団は彼を止める気配が無い。まるで彼がいつもそのような振る舞いなのか、黙って様子を見ていた。服装の刺繍から分かる通り、私兵団のリーダーである。よくある事なのかもしれないが、面倒な役に巻き込まれたと冒険者の男はため息を吐いた。そんな仕草が気に障ったのか、貴族の男は怒鳴り声で距離を詰める。

「あ? てめぇ、俺たちの仕事に口出すのか? 冒険者風情が。俺は貴族だぞ?」

「君は男爵家の長男以下だろう? ギーツ伯爵家のお抱え騎士ではないのか? その行動が尚更、主人に迷惑をかけるとは思わないのかね?」

「こいつ……俺に口答えを」

 冒険者側による調査は、あらかた終わった。ここはギーツ伯爵家の領主なので、彼の私兵団の立ち合いの元、行わていた。しょうがない面ではあった。しかし一緒に調査をしていた冒険者たちも我慢の限界である。

「迷惑だと……そう思わないのか。そうか。すまないが……、私の調査はここまでとさせてもらおう。あの村の娘……リーリアと言ったか。彼女の事情聴衆をして終わりとしてもらう」

 半ば諦めたように、冒険者の一行は荷物をまとめ始めていた。魔物のエキスパートである彼らは時に、貴族に歯向かってまでその脅威を忠告する権限がある。そしてこのような馬鹿な貴族は、何をしでかすか分からなかった。

「ミーッツ様。よろしいのでしょうか?」

 馬車に乗った直後、連れの冒険者が小声で耳打ちした。私兵団の男爵家の男に馬鹿にされた冒険者──西部支部長(ウエスト・ロッジ)のミーッツは少し老けた顔をして、まぶたを閉じる。

「馬車を走らせろ」

「はっ」

 冒険者の一行が離れた後、草原で何が起きたのかを、彼らが知ることは無かった。

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