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第1話 排水できぬ都市

 電光板の一部<TOKYO>──と、腐食した水溜まりには映っていた。降り落ちる雨。歪んで反射した文字が波紋となってぐにゃりと広がる。空は暗雲。雷鳴が()()()()()()放射状に走っていく。急天候で黒く染まる都会は一層どんよりと沈んでいた。気味が悪い空気のビル風が鳴く。八車線のストリートの真ん中で、アルカナと、もう一人のプレイヤーが立っていた。

 他に人の気配は感じない。まるでこの世界に二人しか存在しないかのように。大都会なのに。行き交う人々は総じて神隠しにあったように見当たらない。代わりに、周りには多くの何かが倒れている。人のような。生命のような。それは1つや2つではなく、数百数千程の数多く──魔物、成れ果て、そして獣たちの残骸。

 数多くの魂の残留が散らばり、この戦争は終着点へと達していた。

「お前を……お前らを」

 もう一人のプレイヤーは男であった。なにやら彼はぶつぶつと言っている。硬直しているのか棒立ちしていた。何とか立つことだけは出来ている。全身全霊で意識だけを繋ぎ、そんな状態で吐血している。彼は震えた声でこちらを見た。瞳孔が見開く。内爆ぜているのは驚愕と混乱、畏怖の感情。命乞いは感じ無い。

「俺は、お前らを許さねぇ」

 最後の悪あがきだった。負け犬が吠え、力尽きたのかドサリと倒れる。意外にも決着というのは呆気ないものだ。彼は既にピクリとも動く気配はなく、粒子化して消えていく。アルカナはそのさまを確認した後、ホッと息を吐いた。ふと()を見る。

「時間は……ギリギリだな」

 最後に立っていたのはアルカナのみだ。寂れた歯車がキーキーと音立てるように機嫌はすこぶる、どうにも調子が悪い。普段ならしないのに珍しく戦いの後に呆然としてしまい、しばらくその場に立ち止まってしまった。そのまま敗者を背中に、振り返らずに歩き出す。

 既に敗者は影も形もなく、ましてや灰のように雨で流れてしまったが。

 南南西から大きな時化(しけ)が来そうだった。降りしきる雨。途方もない静寂。雨粒が弾く音が耳に残る。辺りにしっとりと染みていく。まるで錨の無い船が沈んでいくように。喉笛を切ったように鳴る風は悲しげ。思わず、人であれば感傷的な気分になるのだろうかと脳裏をかすめた。


 [アルカナ]

 そう記載されたプレイヤーが、くすんだフードを深く被りなおす。

 地面は固いアスファルト。響き渡るのは金属音。手に持つのは長杖(スタッフ)。宝飾と技巧の限りを尽くした逸品。ただ一人、スクランブル交差点の真ん中で佇んでいた。他に人間は見当たらない。

 ぼんやりと上を眺め、目に映るのは雷雲が光る黒い空。ビル街に立ち並ぶ接触不良の電光板がいくつも並ぶ。そんな高層ビルの更に、更に高い雲を巻いている超大型の高層建造物が樹木のように立ち並ぶ。

 まるでアルカナは下草に棲む虫のようだった。巨人の豆の木の童話の世界のように。一つ違うのは見渡す限りのガラスとコンクリートの森であり、巨人はおらず、人間社会な点だろう。この街にはもう何もない。興味も無い。それでも最後の約束がある。その為に来たのだ。

 大通りから逸れて裏通りに入る。雨漏りのようにビルの隙間から不純物の雨粒が当たる。やがて雨粒はミゾレとなり、より一層、空気は冷たくなる感覚を得た。

 ふと、後ろを振り返る。徐々に道端で見かけるプレイヤーの死体。どっぷりと足元が浸水するほどに排水されず川のようになる道路。

 ビル風が強くなる。まるでモンスターの遠吠えのように、巨大な何かが居座っている。そして雪が降ってきた。この街から途方もない悲壮感が漂ってくる。

 そんな雰囲気を感じ取って思わずアルカナも遠くを見つめてしまう。まるでフィナーレを辿るように濁流を進む。もう既に都市機能の停止した、排水できぬ沈む街中の、更に奥の細道を進んでいった。


 VRMMO【Virtual Reality Massively Multiplayer Online Game】とは名ばかりである。

Lord(ロード) ×now(ノウ) Loading(ローディング)》は既に佳境に入っていた。ここは「NEO(ネオ)-TOKYO(トーキョー)」の都市 - 24番区。かつて人間プレイヤーが作り上げた主要都市の1つだった。

 今では万年降る赤い血のような雨にさらされる。ここが例の種族間戦争の大舞台となった場所。そして、それ以前に住んでいた初心者たちにとっては楽園のような惑星(アース)だった。ゲーム内におけるチュートリアルとして知られる。いわゆる、始まりの大地であった。


 アルカナの足音が反響する。地面を穿つ粒は勢いを増していき、激しくせめぎ合う川のようにごうごうと響いていく。静寂とは程遠い。赤い雨は果てしない。

 ここに来ると、色んなものを思い出してしまう。楽園(アース)の地表はもう住めないのだ。皮肉なもので楽園(アース)戦争を期に《Lord ×now Loading》───通称”LNL”はスポットライトを浴びた。新規プレイヤーが増加し、故に多くのプレイヤーたちはこうほざく。『β版期(れいめいき)販売後(しんじだい)の狭間は、いつでも混沌。その混沌の終着点に、勇者と魔王が存在する』と。

 これには失笑ものだ。いつまで人間様のつもりでいるのか、と。LNLは多くの種族が存在するが、多数派は人間であるのかもしれないが、先にこの世界を闊歩していたのは異形種たちだ。

 誰が開拓した。誰が指針を示した。誰が動的及び静的な魔術及び魔法の理論構築とその体系を纏めたのか、もう忘れてしまったのか。非常に許されるべきものではない。多数派によって織りなされる歴史の改変に抗い続けなければならない。

 混沌の間際に滅ぼすならば、立ち向かうのみだ。秩序と法で首輪と縄を作るつもりならば破壊するまでだ。同じように秩序と法で対抗し、多くの国はそうやって乱立し、滅び、歴史となり、忘れ去られていく。やがてそれは唄となり、歌となり、風化する建造物の、砂の1つ1つを撫でるように文章は1つ1つの単語の羅列へと変化するだけだ。

 そこまで行くともう意味など無い。だからこそ異形種のために網状情報化社会ソーシャル・インターネットならぬ泡状情報化社会ソーシャル・インターバブルを目指してきた。多くは群れず、強くは繋がらず、しかしある程度の一体感はある──まさにシャボン玉の泡のような世界──それが博士との約束であり、博士とアルカナの願いでもあるのだから。その世界はきっと果てしなく素晴らしいものなのだろう。深い概念は理解できなかったが、心の中にインストールされている気がした。確かな信念が。


 そして気付いたら、アルカナは魔王の一角になっていた。先ほどの賞金首も人間種の世界では有名な誰かなのだろう。知らない、興味もない。邪魔をされた、長い時間が経った。まぶたを閉じると数々の思い出が浮かぶ。

 βプレイヤー:古参たちの楽園(アース)を賭けた大規模戦争。続いて、戦争の話題に乗じて、ダウンロードした新規参入者による新時代。激動は成長期となり、LNL-大宇宙時代-の幕開けとなった。連なる冒険の記憶、仲間との思い出、敵との闘争。

 だが、それも今日で全て終わりだ。

 これまでの記憶は、ただの過去の話となる。

 今日未明。異形種の組織、その(おさ)であるピーナッツモッチがアースの隠し拠点の入り口をこのNEO-TOKYOに作ったという。隠し拠点に集まって欲しいとの通達が来た。久しぶりの再会だ。場所は沈黙と寒冷が共存するアース。天候は酸化鉄の混じった雨が、布切れのようなフードを濡らす。

 アルカナは滴る厚ぼったい頭を持ち上げた。滅んだとはいえ敵惑星の真ん中に隠し拠点を作るなんてピーナッツモッチも変態である。

 そして辿りついた。もう既に、崩れかけた、とある高層ビルの手前まで来ていた。放射線汚染のメーターは未だに即死を示している。しかし「アルカナ」は機械生命体(ローディング)の種族だ。毒無効。酸耐性。酸素不要。飲食不要。自己再生……etc、故に彼にそのような指標は意味が無い。種族で言えば魔物側のプレイヤー。

 アースが作られた歴史は知っているが、愛着が湧くほど同情的ではない。むしろ人間プレイヤー(ヒューマン)という敵の勢力圏内だ。油断はせずに、ビルの中に入る。壊れた電光板の光が薄暗い通路を示してくれた。かつてそこにプレイヤーが居たのだろうカフェ、服飾店が並んでいるショッピングモール。金属のシャッターには治安の悪そうなスプレーのイタズラがされている。その横に位置する扉を開いた。従業員通路と書かれている。

「《光球( r l g h h)》」

 中に入ると異空間だった。天井に穴が開いており、ところどころ朽ちかけている。隙間から差し込む月の光で埃が雪のように舞っているが、それでもかなり暗い。剥き出しの配管や、抉れたコンクリが見えているのは、ここでも戦闘があった証拠だ。だから、こんな所に隠れ家を作るなんて変態なのだ。馬鹿なのか、はたまた奇才と呼ぶべきか。

 地下の階段を下る。徐々に雰囲気が変わってくる。寂れたネオンの都市、荒廃した瓦礫の廃都市、そんなイメージから程遠く離れたカルトのような紋様が壁の随所に描かれはじめる。炎が灯った蝋燭は点々と闇夜を照らし、アロマのような甘くて柔かい匂いが鼻を埋めつくす。


 ────それは精神汚染の魔法だ。

 複雑に入り組んだ道は霧が視界を妨げ始め、一歩先を間違えれば確実に迷うだろう。そこで、最初に発動した《この奇妙な光球(ライト)の魔術》が指針を示してくれるわけだ。まるでコンパスのように、一筋の光が特殊な霧に歯向かい始める。その光の行く先に従い進むと、ずんぐりとしたコンクリートの壁に阻まれた。だが、それで良い。それで良いのだ。

「《異界扉(d o g a t)姿を現せ( a k s n p)沈黙の(o e v r)臓器よ(n o r d)光を(r l t)飲み込み(g d d e)闇に(d k r)堕ちよ(f r n)」片手を差し出し、その(いびつ)な造形の手のひらから光がこぼれる。

 この魔術も確か、ギルドの誰かが創った言葉だ。途端、目の前にあった何もない壁にぽっかりとした黒い穴が開き始め、隙間に先ほどの光球を入れ込むと、腕のような触手のようなうねうねした闇が光球を飲み込んだ。

 ドアが現れる。なんの変哲もない木造の板に、金属の取っ手が付いた代物だ。そのまま一息つき、ガチャリと開いて中に入った。久しぶりの集合だ。果たして今回は何人が来るのか。語ろうじゃないか。もう少しで終わってしまう、この世界に栄光を掲げて。

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