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紺と御空の境目は

作者: 月 影丸

茜色が境内を照らしている。

セミがうるさく鳴く中、私はゆっくりと辺りを見渡した。


梵鐘が吊るされた櫓の裏に、彼の後頭部がちらりと見えた。白いTシャツも隠れきれていない。


「こんちゃん、みーつけた!」

「まじか!今日は自信あったのに!」



100勝100敗


これが私達の隠れんぼの戦績である。覚えているのは私の方だけかもしれないけれど。私が勝ったことでキリの良い勝敗数になったのはなんとなく嬉しい。


「お前ずるいぞ。ここんとこ負け続けだ」

「しょうがないじゃない。こんちゃん、大きくなったんだから」


こんちゃんはこの春から中学三年生になった。身長がぐんと伸び、少年から青年に変化しているのが嬉しくも少しばかり寂しさを覚える。


「お前は大きくならないからいいよな」

「ふふ、いいでしょう」


そう。私はこれ以上大きくならない。




「さぁ、帰るか。今日はばあちゃん特製の煮込みハンバーグだってさ」

「あら素敵。美味しそうね」

気がつけば、夕闇が茜を飲み込みつつあった。

真上の空を見れば、紺色が御空色を追いやっているように見えた。




私達の眼の前には、大きくて真っ赤な鳥居が口を開けて待っている。


こんちゃんを先頭に、私達はその端をそそくさと通る。


通り過ぎたところで、私達は同じタイミングで深呼吸した。

「なつかしいわね。こんちゃんが神様に捕まったの」

「思い出したくもない。あのジジイの説教長すぎるんだよ」

げっそりとしたこんちゃんの顔を見ると、思わず笑みがこぼれてしまう。


「よかったじゃない、一週間で解放してもらえたんだから」


こんちゃんは小学生になりたての頃、ここで私と遊んでいる時に"神隠し"にあった。

一番の原因は、鳥居の真ん中を通ってしまったこと。それ以外の要因がいくつも複雑に絡まった結果ではあるけれど。


「みーこが俺の"人形"を持っててくれてよかった。あれが破れてたりしたら、俺こっちの世界に戻ってこれなかったらしいし」


「ふふ。命の恩人に感謝なさいな」


こんちゃんの体は一時期、紙でできた狐型の式神人形になっていた。それを私がポシェットに入れて大切に保管していたことで、こんちゃんはこっちの世界に戻ってこれた。


そして、それによって(えにし)に変化が現れた。



神社を出て、竹林のトンネルを進んでいく。薄暗さはあるものの、二人で歩けば怖さは全くと言っていいほどない。

「今日、楽しかった」

私は無意識に、前を歩くこんちゃんのTシャツの裾を掴んでいた。

「俺も楽しかった。なんか色々思い出したよ」

「私も。神隠しもそうだったけど、セミにオシッコかけられたり、宮司さんにしかられたり」

「あったよな、そんなこと。この10年、本当に楽しかった」

「10年、か」



その後も、他愛もない話をしながら家路をたどった。



こんちゃんの家の前についた。

私達は立ち止まった。


「ありがとう。楽しかった」

「こちらこそ、ありがとう」

「なぁ、みーこの気持ちは変わらないのか?」

「うん、変わらない。私は、もう満足したから」


こんちゃんは、寂しそうにこちらを見つめてくる。

その視線に、心が痛む。






「わがままだってわかってる。でも、成仏するなんて言わないでくれよ。来年も、再来年も会いに来るから」





私は首を横に振った。


「もう限界なの。これ以上残り続ければ、私は貴方のことを呪ってしまう。むしろこんちゃんに宿った神様の力のおかげでここまで残れたのに感謝してるわ。あの神社から出れるようになったこともね」



こんちゃんを解放したあの神社の神様は、私にも慈悲をくれた。10年という、こちらの世界に残る"猶予"を。


「俺は、みーこが、美空(みそら)が」

「紺ちゃん。貴方は、貴方の時間を生きて。過去(わたし)に囚われてはいけないの」


私がそう言うと、こんちゃんがそっと抱きしめてくれた。触れていないはずなのに、触れられているような感覚がする。


「もうとっくに囚われてる。俺、毎年夏に美空に会えるのを本当に楽しみにしてた。たとえ君がこの世に生きていなかったとしても」


その言葉が嬉しくて、申し訳なくなった。


「私も夏が待ち遠しかった。こんな夏がずっと続けばいいなって、毎年思ってた。でも、私の時間は止まっていて、貴方の時間は流れ続けてる」


一緒に存在し続けることは、もうできない。

私は小学三年生で止まり続けている。


「出会えてよかった。ちゃんと区切りをつけるきっかけをくれた紺ちゃんに感謝してる。世界を恨み続けてた私を変えてくれて、ありがとう」


時間が止まってからこんちゃんに出会うまでの30年間、私はあの神社で世界を恨み続けた。

未来がある若人に嫉妬し、自死を願いに来た訪問客に怒り狂った。

そんな時に出会ったのが、夏の間だけ祖母の家に遊びに来る少年、紺ちゃんだった。こんちゃんは霊感が強く、私のことを見て屈託のない笑顔を見せてくれた。


その笑顔に、私は囚われてしまった。



「俺、神様に祈り続けるよ。美空とまた会えますようにって」

「そんな」

「ほら、隠れんぼ、引き分けじゃん?勝ちたいし」


こんちゃんが笑った。大好きな、大好きなその笑顔を浮かべて。泣きそうなのを必死に隠しながら。


こんなふうに言われたのでは、言い訳なんてできない。


「私も願い続ける。紺ちゃんに会えますようにって」


「ありがとう」

「じゃあ、ね。紺ちゃん」




私は紺ちゃんから離れた。




空は完全に紺色に染まった。

私の大好きな大好きなその色に。




「バイバイ」



私は光に包まれた。



「さようなら」

泣きそうな紺ちゃんの声が聞こえた気がした。




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