救うよ
疲れ果てた鳥の鳴き声を知っていますか?
開いた病室の窓の枠に、羽を休めにやってきた小鳥を見るたびに、昔のことを思い出します。
僕が10歳だったころの話です。
将来、みんなを救える医者になりたいと思っていました。人間が病気にならないような薬を作ったり――人類が唯一撲滅に成功したのは天然痘だけで、他の病気にはいまだに勝てていないのです――体の調子がよくない人を治したり、みんなを救いたかったのです。
そのために勉強漬けの毎日でした。親も厳しく、いつも勉強勉強とばかり口にしていました。
けれど、僕の成績はよくなりませんでした。もっと勉強しましたが、成績が良くなることはありませんでした。
そのうち、疲れてきて、勉強もせず、学校にも行かず、部屋に引きこもって、ずっと外を眺めていました。長い坂道の上にあるこのマンションの僕の部屋の窓まで飛んでくる小鳥たちは、とても自由でした。対照的に、両親は壊れたレコードのように、勉強、勉強といい続けました。
僕には六つ年上の姉がいます。学業優秀、容姿端麗、そして性格もよく、みんなから慕われていました。僕を勉強として扱う両親とは違い、姉は僕を人間として扱ってくれました。
姉は運動部に所属していて、毎日疲れて帰宅しました。せめてそんな姉の役に立ちたいと、疲れた姉のマッサージをしました。
外へ出ない僕のために、姉はよく学校の話をしてくれました。友達の多い姉の話はとても面白かったです。
ある時から、僕は窓際にパンくずをおいて、鳥たちをつぶさに観察し始めました。すると、鳥たちの中にも元気な鳥と、疲れた鳥がいました。
医者にはなれないけれど、僕はこの疲れた鳥たちを救いたいと思いました。
けれど、牛乳をあげても、その鳥たちはまた疲れたように飛んで行ったのです。太陽の強い日差しから守ってあげても、その鳥たちはまた疲れたように飛んで行ったのです。
小鳥たちに手を伸ばすと、疲れ果てた小鳥だけが僕の手のひらの上に乗りました。か細い声で鳴いていました。
ピンときました。
僕はその小鳥の首をゆっくりと指で締め上げました。
やがて鳥は動きをなくし、息絶えました。とても安らかな表情でした。
それからというもの、僕は疲れ果てた鳥を捕まえては殺し、救済しました。その救済の勲章を僕は保存し、暇を見つけては眺めていました。
初めて心が充実した気がしました。
畢竟、生物である以上、誰も死から逃れられないのです。ならば、いつ来るかわからないそれにおびえ続けるよりは、僕が死を与えてあげるのが、救いになるのです。
ある日、姉がとてつもなく疲れて帰ってきました。
僕の部屋でマッサージをしてあげていると、死にそうなくらい疲れた、と姉は呟きました。
気が付いたら、僕は姉の首を上から両手で押さえていました。そして両手に力を込めました。姉は抵抗しました。けれど、どんどんとその力は弱くなっていき、逆に僕の手の力はどんどん強くなっていきました。
姉は疲れ果てた鳥のような声を出していました。けれど、それもなくなりました。
やがて姉は死にました。もう死におびえなくてもいい。そんな安らかな顔でした。
大好きな姉の頬をなで、その表情を見て、僕は姉を救えたのだと確信しました。
両親は狂いました。僕が救いました。
今は周りを森に囲まれた小さな精神病院の一室に住んでいます。森が天然の刑務所のような役割を果たしているそうです。
逃げるわけないのに。
いろんな人が僕から姉を取り上げようとしました。けれど、姉は僕が初めて救済した人なのです。よこしまな心を持った人も、僕が救いました。なので、今は姉も傍にいます。
姉はとても安らかな顔です。
時折、姉を車いすに乗せて、二人で周辺の森を散歩します。
姉の頭にとまる小鳥たちは、とても幸せそうです。幸せそうに鳴いています。
もちろん姉も、そして僕も幸せです。