人形遊び
ふと昔のことを思い出しました。
たった今まで忘れていたのですが、植物図鑑を眺めていたら、ふわふわと思いだしたのです。
僕が10歳のころです。僕は男なのにもかかわらず、人形遊びが好きでした。父も母も、人形で遊ぶ僕を見て、気持ち悪いとよく言っていました。二人とも僕のことをよく思っておらず、ある時を境に、人形を買ってもらえなくなり、お小遣いももらえなくなりました。
そんな毎日はとても辛かったけど、僕にはとても大切な味方がいます。
それは姉です。年は僕の六つ上で、才色兼備、温厚篤実な自慢の姉です。姉だけは僕に優しくしてくれましたし、人形遊びにも付き合ってもらいました。
その姉は植物が好きでした。特にひなげしの花が好きで、よく植物図鑑を楽しそうに眺めていました。僕もたまに姉の横で、植物図鑑をのぞき込んでいました。
ある日、僕は姉の柔らかな太ももに頭を乗せて、眠っていました。姉は僕の頭をやさしい手つきでなでてくれていました。
しかし突然、父が部屋に入ってきて、姉を乱暴に連れ出していきました。まるでそこに僕なんていなかったかのように、乱暴に連れ出していきました。
しばらくして、戻ってきた姉は泣いていました。ただひたすら泣いていました。衣服がぐちゃぐちゃになっていました。
気がついたときには、父と母は壊れていました。人間としての機能を失い、ただ血だまりの中に沈んでいました。
異変を感じ取ったのか、姉が部屋に入ってきました。その部屋の様子を見て、姉は言葉を失っていました。叫ぶだろうと思っていたのですが、姉は僕に近づいて、優しく抱きしめてくれました。
そのいつもと変わらぬ温もりに心底安心した僕は、同じように姉を抱きしめました。
二人で僕の部屋に戻り、可愛い人形たちに囲まれながら、姉の心の傷を癒しました。姉も徐々に忌々しい記憶にふたをすることができていたように感じました。
何時間そうしていたのかわかりませんが、眠たくなったので、姉とともに眠りました。
翌日、僕が目を覚ますと、姉は不完全な人形になっていて天井からぶら下がっていました。
僕は力の抜けた人形になってしまった姉に声を掛けました。そんなところで寝ていると、体を冷やしてしまうよ、と。けれど、姉は全く反応しませんでした。
仕方ないので、僕は出来損ないの人形だった姉を、ちゃんとした人形にしてあげました。
それからの記憶はあいまいです。
今あの日のことを思いだしたのは、きっと植物図鑑のひなげしのページを僕が眺めていたからでしょう。そういえば、そろそろひなげしの開花時期です。きっとこの象牙色のタイルの縁が作る平行線に囲われた病室の窓からも、白と赤のひなげしの花がよく見えることでしょう。
そんな未来に想いを馳せながら、僕は切れかけた蛍光灯の下のベッドの上で、人形になった姉の頭を撫でました。