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姉と僕はH

 実験施設に売り飛ばされてしまった僕のお話をしましょう。僕の記憶の話です。

 

 

 

 

 

 僕は10年前に生まれました。僕の両親は初めはとてもやさしかったようですが、僕の記憶には厳しい両親の姿しかありません。

 小学校に上がる前に九九を覚えさせられました。間違えると、父は僕の頬を殴りました。小学校に上がると、たくさんの難しい本を読みました。わからないことを父に尋ねると、木の棒で頭を殴られました。とても痛かった記憶です。けれど、僕は頭がよくなりました。

 幼いころからいろいろな習い事をさせられました。小学校に上がる前はバレエに水泳、ピアノ、小学生になるとサッカーと習字が追加されました。水泳のレースで負けると、その日の晩御飯をお母さんは作ってくれませんでした。サッカーでゴールを決められない日には、お母さんにクローゼットの中に閉じ込められました。とても辛かった記憶です。けれど、僕は器用になり、体が丈夫になりました。

 

 両親は僕には執念が足りないとよく言っていました。確かにそうかもしれません。僕は自分では満たされていると思っているのです。

 

 ところで、僕には姉がいました。年が六つも離れていました。

 姉は僕と違って優秀でした。勉強も運動も、芸術も、僕より劣っている部分を見つけることができませんでした。それに姉は僕に優しくしてくれました。僕のことを名前で呼んでくれていました。

 とても楽しかった記憶です。

 

 

 

 そんな優秀な姉を見て何を思ったのかを、僕は鮮明に記憶しています。

 僕は姉の研究を始めました。研究といっても、何ら特別なことはしていません。触ったり、切ったり、形を変えてみたのです。

 しかし、僕と姉が性別の違いこそあれ、他には何も違わないのです。同じような肌、同じような血、同じような骨格。どこが違ったのでしょうか。

 

 研究は時間をかけて行いました。両親にばれると研究は打ち切りになってしまいます。なので、姉はクローゼットにしまっておいて、昼にリビングで実験を行いました。

 姉はとても素直に僕の言うことを聞いてくれました。クローゼットの中では両親にばれないように静かでしたし、出てくるときもおとなしかったです。普段通りの会話もしました。楽しかった記憶です。

 

 そのころには、僕は毎晩母にクローゼットに閉じ込められていました。母はその中を覗くことはなかったので、姉の存在がばれることはありませんでした。両親は帰ってこない姉に腹を立てるだけでした。

 クローゼットの中は僕一人だけでも狭かったのです。姉とは身を寄せ合って眠りました。

 姉はそこにいる間、服を着ていなかった――研究の邪魔だったので、僕が燃えるごみとして処分したのです――のですが、とても暖かく、女性特有の乳房はとても柔らかいものでした。

 そして、なにやらほんのりと甘いにおいがした記憶があります。あれを僕は自分で感じたことはありません。しかし、小学校一年生の時に読んだ本に、人間は自分のにおいには鈍感であると書いてありました。なるほど、僕もそのにおいをまとってはいるんだけど、自分では気づかなかっただけだと、納得しました。

 

 実験を始めて一週間も経たないうちに、姉は死にました。間違えて、切ってはいけない血管を切ってしまったようです。忌まわしき記憶です。

 姉の体はとてもきれいでした。足の骨が折れていましたが、それ以外はきれいでした。最後に僕がひらいていた場所も、しっかりと縫い合わせましたから。

 

 死体を隠す気はありませんでした。

 帰宅した両親は僕と変わり果てた姉の姿を見て、驚愕しました。

 

 

 

 

 

 そこから先は詳しくは知りません。気が付けば、私はこの実験施設に売られていました。

 実はこの実験施設に姉もいるのです。もはや形だけになった姉に興味を失った両親は、僕の申し入れを受け入れてくれたのです。

 姉の保存はここの研究員の方々が行っています。僕も実験を終えたら、残りの時間を姉と一緒に過ごしています。

 

 ここでの研究は至極簡単で、三枚合わせになった鏡の中に入り、そこに映った僕に「あなたはだれですか」と一定間隔で尋ねるだけなのです。ちょうど万華鏡のように、いろいろな僕の偽物が、別の偽物に質問をしているのです。

 この実験によって、いつか自分が自分でなくなる、というのがここの人の説明ですが、僕にはそれが嘘っぱちにしか思えません。僕が僕でなくなる理由はどこにもないのです。研究員の方々が、僕を"まるエイチ"と呼んだところで、僕は僕のままなのです。僕は単なる被験体ではないのです。

 

 その証拠に、今日も実験を終えて、僕は姉のいる部屋に向かいました。

 姉は無機質な部屋の中央に置かれたベッドに裸のまま横たわっています。寒そうだったので、ブランケットをかけてあげました。それでもまだ寒そうだったので、僕もベッドの上に横になりました。

 そう。僕には姉がいるのです。僕を唯一人間として扱ってくれた、姉がいるのです。僕の名前を呼んでくれた、姉がいるのです。僕の話を聞いてくれた、姉がいるのです。

 僕は姉をそっと抱きしめ、目をつむりました。

 

 とてもとても、幸せな記憶です。

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