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 父、濃前守と越州守の小四郎は、被害を最小限に留めるため、美後を牛耳っている旗本を狙う事にした。その一族が、諸悪の根元、桔梗の実家だ。


 出陣の朝、彩雲が現れた。瑞兆だ。幸先がいい。兵の士気も高まっていて、負ける気がしない。


「皆、海を見に行くぞ!」

「おー!」

 大気が揺れるほどの、掛け声だった。海というのは、そんなに憧れる物なのだろうか。


「山育ちには、海は憧れなんですよ。視界一面、遮るものがない。というのは、経験してみたい」

又兵衛が、隣に並び、眼下を指し示す。

「まずは、あの砦をおとしますよ」


 式の情報、又兵衛の知略、藤次郎の軍略、小四郎の圧倒的強さ。すべてが上手く組み合って、鬼神の如く次々と砦や出城を落としていった。


 越州を出て、数週間で桔梗の実家は滅び、残すは本城のみとなった。

 城を取り囲み、籠城戦となったが、父が降伏を持ちかけた。


『今、本城に残るのは役立たずのみ。滅ぼす価値もない。早々に城を明け渡し、寺にでも籠れ』


 かなり、屈辱的な内容だったが、美後守は条件を呑み、城を開け放ち妻子と共に現れた。 そこで、彼等は驚く。


「お前……桜……」

「お久しぶりでございます。殿」

 私は、ニッコリと微笑み、調印状を目の前に広げる。


 濃前守と越州守の前で、美後守が調印し和平が成立した。妻子共に仏門に入る事になる。


 軟禁される寺に着いた時、父が「桜は、物取りに殺されたと聞いていたが?」と、問いかけたそうだ。

 そして、脇差を一本くれてやった。と教えてくれたが、その後どうしたのかは聞いていない。


 ※


 戦地の復興が始まった。濃前と越州は同盟を組み、美後は折半となった。

 小四郎は、海と街道は譲れない。と言い張り、本城のあった一帯をもらい受けた。


 せっかくなので、陰陽道を生かした街作りをしてみようと、又兵衛と試行錯誤している。


 私は、じぃの孫娘を返上し、濃前守の娘の立場を取り戻した。

 桔梗に命を狙われ、逃げているところを越州守、小四郎に助けられ、匿われていた。

 そして、濃前守が反旗を翻したのを利用し、同盟を組み、娘の無事を知らせた。越州守は、いい男だ。と噂されている。


 合っているような、間違えてるような微妙な話だが、小四郎がいい男として語られているのは、ちょっと納得いかない。何故なら……


「桜!早く嫁になれ!義父上にも許可をもらったぞ!」

 毎日のようにやってくる小四郎に、少しうんざりする。この頃、皆の呼び名が、あやめから桜に変わった。


「殿!街の復興が終わるまで、大人しく待っていて下さい!」

 又兵衛が追い返そうとしてくれるが、まったく効果がない。 そして、藤次郎に引きずられるように本城へ戻っていく。毎日この繰り返しだった。


 数ヶ月たち、陰陽道を駆使した城下の復興も無事終わった。

 私の役目も終わったので、最後に小四郎、藤次郎と又兵衛に挨拶をして、国へ、濃前へ帰ろうと考えていた。


 櫓から、活気の戻ってきた城下を見下ろし、なんだか、胸が締め付けられるような思いを感じた。

 それに今日はまだ、小四郎からの「嫁になれ」攻撃が来ていない。とうとう諦めたのだろうか。


「寂しいなぁ……」

 寂しい?なぜ?自問自答する。式が又兵衛が櫓に向かっている。と教えてくれた。


「桜殿?」

 ひょっこり覗く又兵衛に、今まで世話になった事へ礼を伝える。今後も、同盟国として頼む。とも。 伝えながら、何故か涙がこぼれる。


「桜殿、殿との婚姻を、真面目に考えてはくれませんか?」


 涙を拭いながら答える。真面目に考えた。考えれば考えるほど辛くなる、だから、婚姻はしない。


「何故、辛くなるのですか?」

「だって、側室を迎えるでしょ?小四郎が他の女と居るところを想像するだけで、耐えられない」

 涙が次から次へと溢れでる。


「それは、側室を迎えなければ良い。と言うことですか?」

「一国の主が、側室を迎えないなんて、あり得ないでしょ?」


 私は座り込み、グスグス泣いていた。


「ですって。殿!」

又兵衛が、大声を出す。 えっ?と顔を上げると、満面の笑みの小四郎が、飛び付いてきた。


「俺は、側室はいらない。桜だけでいい。どこにもいくな。ここにいろ!」

 小四郎の肩越しに、泣きじゃくる藤次郎と、祝言だ!と喜ぶ父が見えた。


 そして、私は越州守小四郎忠敬の正室になった。


 ※


 祝言の後、小四郎に聞いてみた。何故、私なのか?越州守は嫁を取らない。と噂になっていたのに。

彼は、恥ずかしそうにポツリポツリと話し出した。


 小四郎が小さい時、ある寺に預けられていたそうだ。

 そこには、少し年下の女の子が通ってきていて、いつも泣いてる自分に、色々な彫り物の動物をくれたそうだ。

 その子は、精神統一を図る為、無心で彫る様、祖母に言われていて……


「ちょっとまって、それって」

「そう、綾桜だ」

「私の名……!」


 小四郎は、私を抱きしめながら

「あの時の『蒔絵螺旋硯箱』を持ち続けていてくれるなんて、嫁にするしかないでしょ?」


 そう、その泣き虫な男の子は、彫り物のお礼にと蒔絵螺旋硯箱を私に手渡して、こう言った。


「僕が大きくなって、強くなったら、きっと迎えにいく。だから、嫁になって」





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