Ⅳ
それからというもの、戦がある度に家臣達と出陣し、式を操り、勝利に貢献した。
私は、弓や鉄砲も得意だったので、それなりに役に立てたと思う。
ある時、式が敵の夜襲を感知して、撃退する事ができた。
私が陣にいることに不満をもらしていた側近達とも、打ち解けることができた。
※
「なぁ、俺の嫁にならない?」
驚いて、茶筅を落とすところだった。
あやめにあてがわれた陽当たりの良い部屋で、私は、小四郎にお茶を振る舞っている最中だった。
「何を急に……」
「ちょっと前から考えていた。国主の娘だし、問題はないだろ?」
小四郎に向き直り、茶碗を置く。
「森で拾った娘を嫁にするのですか?」
「拾ったって……濃前守の娘だろ?」
「濃前守の娘は、物見遊山に行って、物取りに襲われ殺されました」
私は呆れながら、飲み干された茶碗を受け取った。
あれから、美後では、私は殺された事になっていて、産まれたばかりの子供もいることから、早々に継室が決まった。桔梗だ。
茶碗の底に残った、お茶の粉の跡で占う。
「今、なにか、面倒な事考えてます? 上手くいくようですけど……」
「じゃぁ、俺の嫁になれ」
後ろから、ガバッっと抱きすくめられる。小四郎の腕から逃れながら
「だから、私は美後の正室で、死んでいるんですって」
先の戦で、私に対する旗本達の意識が変わってからというもの、嫁になれ嫁になれなれ。と、うるさい。
「わざわざ嫁にしなくても、私は小四郎殿の側にいますから」
そうじゃないんだよなぁーと、言いながら、小四郎はゴロリと横になった。
公家姿の式が、藤次郎がやってくる。と教えてくれた。
(今、寝入った所なんだけどな……)
規則正しい寝息を聞きながら、起こそうかどうしようか悩む。
ドタドタと響く足音が、部屋前で止まった。
「殿は、居られるか?」
「居りますが、寝てしまわれました」
襖を開けながら答えると
「あやめ殿、濃前守が反旗を翻したぞ」
「父上が!?まさか……」
私の知っている父は、必要のない戦はしない。
私が美後に嫁いだのも、度重なる国境の争いに兵が、領民が、辟易したためだ。それなのに、自ら戦を仕掛けるなんて、考えられない。
何のために、お飾りの正室になったのか。
「濃前に行ってもいいでしょうか……」
確認したい。美後と何があったのか。同盟を破棄してまで、得たい益とは何なのか。
「俺もいくぞ」
いつの間にか目が覚めていた小四郎が、立ち上がる。
「しかし殿、私達と濃前は敵同士。簡単に会えるような間柄ではありません」
藤次郎が渋い顔をする。
「俺が思うに、濃前守は美後を見限ったのではないか?」
「まぁ、この頃の情勢を考えれば、無くはないですが……」
二人の言い争いを他所に、私は文を書き、フッと息を吹き掛ける。ピンク色の鳥が羽ばたいて飛んでいった。
「………今のは?」
藤次郎は、式を出すところを見たことが無かった。
「父に、端兆神社に来てほしい、と伝えました」
端兆神社は、不可侵の森にあり、丁度、越州と濃前の間に位置していた。
不可侵の名の通り、何者にも侵略される事がない神域だ。
そして、私が、祖母から式と占いを習った神社だ。
「確実に会って頂けるとは限りませんが、濃前の思惑は探れると思います」
小四郎は、美後との国境の守りに注意を払うよう、留守居に伝えた。
私と小四郎、それに藤次郎と又兵衛は、鷹狩りを装い、不可侵の森を目指した。
数日かけ不可侵の森に近付くと、空に鳳凰の印が見えた。
「父が来ているようです」
「なぜ、わかる?」
私も、自分の証『霊亀の印』を空に描いた。描きながら説明する。
「式を扱う者は、自分の印を持っていて、必要な時に空に描くのです。例えば、今回の様に約束のない密会の時など……」
小四郎達が、目を凝らし、空を眺めている姿がおかしくて、クスクス笑ってしまう。
「普通の人には見えませんよ。よほど霊力が高くないと」
※
瑞兆神社に入るのは、何年ぶりだろう。鳥居をくぐるたび、胆を探られている感じがして、身が引き締まる。
本殿に入ると、父がいた。何年ぶりだろう。
「桜、やはり生きていたか!」
「父上……」
父の側には、幼少期、一緒に武芸を習った者達も控えていた。
「姫様……」
お互いに紹介し合った後、懐かしさのあまり、思出話などをしていたが、痺れをきらした小四郎が、咳払いをし始めた。
「濃前守は、なぜ反旗を?」
「準備が整ったから……だろうか」
父が言うには、初めからおかしい。と思っていたそうだ。桜が産んだという娘を見たが、霊力が全く感じられない。それに、桜に似ていない。
こっそり、式をあてがってみたが、怖がって泣き出した。つまり、自分の血筋ではない、と。
そのうち、美後の正室は、物見遊山の道中に物取りに襲われ亡くなった。と、伝えられたが、葬儀の連絡も無ければ、印の霊亀も戻ってこない。
それに、美後の内政も荒れていて、国境の村に泣きつかれるわで、同盟を結んでいる意味を見いだせなくなった。
「ならば、領地を切り取り、あわよくば、娘の消息を探りたい。と思っただけの事」
父は、ゆっくりと白湯を飲む。
「そなたの娘より、加勢するように頼まれているのだが、どうだろう?」
小四郎も、ゆっくりと白湯を飲む。
それが合図かのように、私達は二人を残して本殿を出た。
「あやめ殿は、桜という名なのか?」
言いにくそうに藤次郎が尋ねてきた。
「いえ、桜もただの通り名です」
私達式使いは、名を縛られるのを嫌う。なので、諱は誰にも教えない。知っているのは、親だけだ。
「名を縛る?」
「実際にやって見せた方がわかりやすいかと。失礼ですが、藤次郎様の名は?」
「……貴康」
本当に嫌そうに教えてくれた。
「藤次郎、動くな!」
「動けるけど…?」
「では……貴康、動くな!」
「……!」
必死に動こうとする藤次郎がいた。
「解」
へたりこむ藤次郎に、名を知られるのは怖いことなんです。と微笑んだ。