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「奥方様!奥方様!」

 案内をしてくれていた家臣が、私の額に、冷たい手ぬぐいを当てていた。

「ありがとう、大丈夫よ」

 額の手ぬぐいを、彼に返す振りをして、尋ねる。


「私は、何処で逃げ出せば都合が良いの?」

「道が二股に別れている所で。修験僧が声をかけます」

「ありがとう」

 家臣の手のひらに、手ぬぐいを押し当てる。


 駕籠に押し込まれ、また、ユラユラ揺られていく。

 膝の上の蒔絵螺鈿硯箱を開けてみる。


 赤い紙が一枚。


 その紙に息を吹き掛ける。綺麗な赤い鳥になった。

「私を、仲間の元に連れていって」

 肩に止まる赤い鳥に、頬を擦り寄せた。


 外が騒がしい。鈴の音がする。

 簾をあげてみると、怖い顔の家臣と他の者が、修験僧と何やらもめている。(道が二股だわ……)


 駕籠を担いでいる者に声をかけ、道の端に止めさせた。

「駕籠の中は窮屈だわ。話が終わるまで外に出ていいかしら?」

 私は、木立の中に入っていった。


「桜殿!」

 怖い顔の家臣が呼んでいる。気付かないふりをして、茂みに身を隠す。


 懐から人形ひとがたを取り出し、息を吹き掛けると、()が出来上がった。

 ()に、そのまま道路に出て、駕籠に乗るように伝える。

 私は、茂みを通り抜け、()()から離れた。


 どれ程歩いただろうか、そろそろ仲間が見付けてくれても、いい頃合いではないだろうか。

  駕籠を降りた所にあった、団子屋の方が良かったかしら? 赤い鳥とも、はぐれてしまった。


「こんな所にいたか」


 怖い顔の家臣が、目の前に現れた。失敗だ。


 ※


「奥方様!奥方様!」


 あぁ……やり直しなのね……


 同じように行動し、駕籠に乗る。

 また、修験僧ともめている声が聞こえてきた。今度は、団子屋の前に、駕籠を止めてもらう。


 私は、そのまま店の中に入り、団子とお茶をお願いした。

 ドキドキしながら店の影に入った。怖い顔の家臣とその周りの者達は、まだ、修験僧ともめている。


 懐から人形(ひとがた)を出して、()を作る。()に店先で団子をゆっくり食べるようにつたえ、そのまま木立の中へ……


 きっと仲間は助けに来ない。そもそも、私を逃がすつもりがあるのだろうか。

  蒔絵螺旋硯箱を、しっかりと抱え直した。再び懐から人形(ひとがた)を出して、周りを偵察させながら、国境を目指す。


 どれくらい歩いただろうか。鼻緒も切れた。裸足で歩いてはみたが、無理だった。

 袖をちぎり、足裏にグルグルと巻き、なんとか歩けるようにはなったが、国境まではたどり着けないだろう。


 きっと、目の前に見える、あの山を越えないとならないのだろう。


 陽が傾き、雨が振りだした。雨が体温を奪っていく。足元も悪くなり、爪先から身体が冷えていく。


 途方にくれていると、洞窟のような物が視界に入った。人形(ひとがた)に中を見てもらうが、危険は無さそうだった。


 洞窟の中で一息つくが、もう動けない。今度は、どこからやり直しになるだろうか。

 濡れた衣類を絞ってはみたが、気休めだ。蒔絵螺旋硯箱を、膝に抱えて目を閉じる。人形(ひとがた)が心配そうに、隣に座る。



「疲れたわ。もう、やり直しはごめんだわ」

 このままでいい。もう、眠らせて……


 ふと、目が覚めた。まだ、生きている。巻き戻りもしていないようだ。


(さて、どうしようかしら?)


 布がグルグル巻いてある足元を見る。そんな距離は歩けないだろう。そして、寒い。身体が、小刻みに震えている。

 隣にはまだ、人形(ひとがた)が控えていた。


「ねぇ、私を助けてくれそうな人を、連れてきてくれないかしら?」

 なんとなく頼んでみた。ダメ元だ。


 人形(ひとがた)は頷いて、洞窟の外へと出ていった。


 うとうとしていると、蹄の音が聞こえてきた。それも一頭ではない、集団だ。

 あぁ、見つかってしまう。殺されちゃう? 私は、耳を押さえ、目をつむった。


 ほどなくして、肩を揺すられる。殺される。痛いのは嫌だ。

 身をよじり、逃げ出そうと試みるが、身体が思ったように、動かない。蒔絵螺旋硯箱が転がり落ち、手が宙をまう。


 薄れ行く意識の中で、安堵する。


 あぁ、やっと終わる……


 ※


 額に冷たいものを感じ、おそるおそる目を開けた。

 また、額をぶつけた所から、やり直しなのかしら?


「気がつかれました!」


 パタパタと、小走りに離れていく足音がした。

 見知らぬ室内に、寝かされていて、枕元に蒔絵螺旋硯箱が置いてある。

 服も小姓が着るような服に、変わっていた。


 陽が差し込む何もない部屋の床の間に、菖蒲(あやめ)の掛軸が飾ってある。

 そして、ボロボロになった式が、足元に座っていた。


「ありがとう」


 ホッとしたような笑みを見せたかと思うと、一枚の人形(ひとがた)に戻った。

 なんとか身体を起こして近寄り、人形(ひとがた)を両手に包む。


「ありがとう……」

 両手を開くと、そこには、灰のような物がキラキラと光ながら、消えていった。


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