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マリッジブルーの蕾は美しい花を咲かせます

作者: 黒楓

この物語は私の代表作『こんな故郷の片隅で 終点とその後』のその後部分のお話です。



人物紹介



津島冴子 ⇒ 本作品のヒロイン


前橋英 ⇒ 冴ちゃんの婚約者


津島灯子あかり ⇒冴ちゃんの“恋人” 自らの“業”に耐えかねて自死した。


津島のお母様 ⇒灯子の母 冴ちゃんが養子になる前から冴ちゃんを娘の様に可愛がっていた。


上川加奈子 ⇒ 英が姉の様に慕う幼馴染。前橋家とは家族同然の付き合い。


上川賢二 ⇒ 加奈子の夫で冴ちゃんが勤めていた会社の社長


箭内のお父さん ⇒加奈子の実父

挿絵(By みてみん)






下腹部辺りが生温かく浸っている。

失禁??


うっすら目を開けると

凍り付いたアスファルトのベッドは血塗られていて


ひしゃげたキャリーバッグが遠くに見える。


僅かでも動こうとすると首と頭に鋭い痛みが走るのに下半身は何も感じない。


血糊の枕がアスファルトのベッドを少しばかり解凍してゆく。


ああ

事故に遭ったんだ


スマホ

どこかな


どこ

電話するかな


事務所?


私のアソコ

もう使えないのに??



待って!


私の今は…

今は?


セールス?!


あっ!


まろやか音(まろやかね)


冴茶ソ(さえちゃそ)


行商してたんだ。


ひとり


旅してたんだ



社長…


私が死んだら

迷惑かけるかな

でも


持ち物からいずれ分かるよね


アイツには


最後まで世話かけるなあ


あれ、涙?


そっか!私


アイツの事好きだったんだ…


そう言えばあの300万どうしたっけ?


加奈姉に悪い事したなあ


加奈姉??


だって社長の恋人じゃん!賢兄の…


違うよ!


加奈姉は英さんと一緒になったんじゃん!


(すぐる)さん?!


英さん!

英さん!!

英さん!!!


逢いたいよぉ!!


こんなになって

歩けなくって

もう下半身使えなくって


間もなく事切れる

屍になる


こんな私だけど


逢いたいよぉ!!!


うわあああああああああん!!!



大声で泣き叫んだら


周りの空気が変わった。


シンとした静けさだけど

ほのかに明るい。


優しい香りと温かさを含んだお布団


私はその中に固く蹲っていて

辺りを涙で濡らしていた。


夢?!


ピコン!とスマホが鳴って


私はもぞもぞと手を伸ばしてタップする。


画面の中を『おやすみ』のスタンプが踊ってる。


加奈姉だ!!


私は夢中でメッセを送る。


「話せる?」


途端に受話器のマークが点く。


『冴!どうした?』


「おねーちゃん!!」

叫ぶ私はもう、涙ボロボロだ。


「あのね!さっき!賢兄の事、好き!って思ったの! でもね、すぐに加奈姉の事を思い出して英さんの事思い出して、英さんに!!死ぬ前にどうしても逢いたいって!!」


『夢見たの?』


「うん、多分…今が夢じゃないなら…」


『あはは!怖い夢見たんだ!』


「ホント? 夢なの?! だって!! 湯の町から遠く離れた土地で冴茶ソ(さえちゃそ)を売り歩いて、最後には死んでしまう方がよっぽど私らしいんだもん!! これが夢でないんなら奇跡だ!」


『そうだよ! それはあかりちゃんが齎せた(もたらせた)奇跡! あかりちゃんが冴を湯の町へ呼んで、ばあちゃんに会わせて、スグルや私と出会った。そして私は賢ちゃんと出会った! この素晴らしい奇跡を冴は忘れちゃったのかな? 英の愛を忘れちゃったのかな?』


「ううん! 私、忘れない!! でも私、こんなだから! 英さんにはそぐわない…」


『冴! そんな事言うと私、悲しいし怒るよ! 津島のご両親も悲しむ、何よりスグルが!!』


そう言われて…


私はただもうしゃくり上げて「ごめんさい」を繰り返すだけだった。


そんな私に加奈姉は言ってくれる。


『そうだね~ ちょっとしたタイミングの違いだったのかもしれないね。だからこそ間違いなくあかりちゃんは“居る”よ。 冴を守ってくれてるんだ』


「…そうかな…」


『そうだよ! だって来週の日曜はスグルとの結婚式だよ! どう?すっかり準備できた?』


そう言われて私はようやく我に返った。


「お布団の中で『ご挨拶』を考えていたの…そのまま寝入ったみたい…」


『新婦もご挨拶するの?』


「ハイ、加奈姉にもたくさん手伝っていただいたから経緯はご存じだと思うけど…津島のお父様の口利きでとても立派なお式になるでしょう なので私も“津島の娘”として皆様へキチンとご挨拶差し上げる機会を設けていただいたんです。でもこういった『オトナな事』って加奈姉と違って、私、不慣れだから…」


『アハハ!オトナな事かあ~ 冴茶ソ(さえちゃそ)の販売説明会みたくやれば』


「そりゃ!同じ『冴』ですけど…加奈姉!ちょっといじわる!」


『いじわるでないよ! 冴がやる冴茶ソ(さえちゃそ)の販売説明会は分かりやすくかつ可愛らしくて、とっても素敵!』


「そうかなあ~」


『そんなに不安?』


「…何と言うか…色々な思いがあるんです。津島のお母様は毎日、色々気遣って下さるしお父様は『頼むから灯子(とうこ)にしてあげたかった事を皆、冴ちゃんにさせておくれ』っておっしゃっるけど…本当は…私を…人様にはとても言えない様な過去を持つ私を『津島家の娘』として担保する事によって、どこへ行っても『後ろ指を指されない』様にしようとなさってるんです。 そのお気持ちがとても優しくて、お父様が『もうすぐ冴ちゃんがご相伴してくれなくなるが寂しいなあ』ってしみじみおっしゃるのを聞くと…思わず『お嫁に行くのは止めてずっと津島のお家に居よう』って思ってしまう位なんです」


『そうだね。津島家の方々はみんな優しいから…でも、ひょっとしたら冴はマリッジブルーなのかもよ』


「えっ?! 私が?! 大好きな大好きな英さんの所へお嫁に行くのに??」


「大好きな人と結婚する時だってマリッジブルーにはなるもんよ! まあ後になったら分かるよ」


「加奈姉も…そうだったの?」


「えへへ ナイショ! あ、いけない! 肝心な事、忘れてた!」


「えっ?! 何?」


「当日で悪いんだけど…14日の朝にそっちへ帰るから持って行くね!バレンタインデーのチョコ! ほらっ!冴のマンションで二人で作った…とは言っても殆ど冴に作ってもらったけど…やっぱり“お菓子作り”は本職に任せるに限る!」


「仕方ないよ。加奈姉、つわりだから…」


「あ、バレてた?」


「うん。私だって女の端くれで…妊活してますから。気を遣ってくれてごめんね」


「そんな水臭いものは遣ってないよ。そうね、『孝太』の兄妹になってくれるあかりちゃんを心待ちにはしてるけど」


「えっ?! 男の子って分かったの?」


「まだだけど、確信があるんだ!」


「うふふ じゃ、間違いなしだね!私も早くあかりが来てくれるように頑張らなきゃ!」


「ねえ!冴 さっき。賢ちゃんの事、好きだったって言ってくれたよね」


「…ごめんなさい」


「違うの! 逆! 賢ちゃんの事、好きでいてくれてありがとう!」


「えっ?!」


「だって!冴が賢ちゃんと繋がりを持っていてくれたから、私は賢ちゃんと出会えたの!! 賢ちゃんに会う前は、私はスグルを愛していたし…あの頃からずっと冴の事も愛してる。冴も私の事、愛してくれてるでしょ?!」


「うん、私が男の子だったら加奈姉に絶対プロポーズする!!」


「アハハハ光栄だね! 私もきっと冴にプロポーズしちゃうよ! 私達4人が4人とも愛し合ってるから、これからもずっとずっと一緒だね!」


「ハイ!」



--------------------------------------------------------------------


加奈姉に慰めてもらってようやく眠りについた私は…


あかりに逢った。


あかりは…いつかの様にやわらかくその姿を灯して少し上から私を見ていた。


私はそれが悲しくて、つい口走ってしまう。


「どうして来てくれないの?」


「来ていいの?」とあかりはほんの少し寂し気に微笑む。


「当たり前じゃない!!英さんだって心待ちにしてるよ!!」


「知ってる。でも冴が…」


「私?! 私はずっとずっとずっと待ってるんだから!!」


「そうかな…英さんと()()()()()()()()時なんか、冴は本当に本当に幸せそうで…私、ちょっとだけヤキモチ焼いちゃうのよ。だから私、冴の邪魔になっちゃうんじゃないかなって…」


「ない!そんな事!絶対にない!!」


「ホント?」


「ホント!」


「ほんとにホント?」


「ほんとにほんとにホント!!」


「分かった! だったらいつもいつも英さんに…たくさんたくさん愛を注いであげてね! じゃないと、私が取っちゃうからね! 娘として」


「うん! 私、あかりの事も英さんの事もいっぱいいっぱい愛したい!! 英さんと二人であなたを抱きしめたい!!」


すると、あかりはようやく降りて来て


私に懐かしいキスをくれた。


「あなたの中で眠る前に…お母さんのところへ行って来るね」


そう言ってあかりはふんわり浮かんで光の尾を引きながら行ってしまったけど、

その光の尾は私の身と繋がっていた。



--------------------------------------------------------------------


涙で枕をいっぱい濡らして私は目が覚めた。


2月の夜明けはまだ遅く…外はさっきと同じように暗い。


でもあかりの部屋は

なんだか温かい光に包まれている気がする。


あかり…


来てくれるの?!


確かにこの間の生理は少し違ってて…

「着床出血」かも?って検査薬買って…

もう予定日から9日来てないけど

確かめようかどうしようか迷っていたけど

今ならもう使えるよね!


私はあかりの勉強机の引き出しに手を掛けた。


その時、ドアがコンコンとノックされた。


『冴!』


「お母様だ!!」


私はササっとお布団を整えて部屋の灯りを点け、ドアを開けると

目に涙を溜めたままのお母様が立ってらっしゃった。


私達はお互いに何が訪れたのかがすぐに分かって


抱き合って号泣した。


泣きながらお母様はおっしゃって下さった。


「灯子が来たの!『自ら命を絶ち先立つという親不孝を重ねてしまった私をどうかお許しください。私は…今度は冴の子供のあかりになります。この私の記憶は、その時に消えてしまうけど…きっときっと思い出しますから…どうか私をまた迎え入れて下さい。 今度は孫として、あなたのお傍に置いてください』って!」



二人で随分泣いて…やっと落ち着いてから


私は引き出しの中の物を取り出した。


「お母様! 確かめてきますね」



-----



赤紫色の縦のラインが出て、さすがにそのままをお見せするわけには行かないのでスマホで写真を撮って、お母様にお見せして


また二人抱き合って号泣した。


「明日、病院へ行ってきます」


お母様の温かい胸の中で私はしゃくり上げながら囁いた。



--------------------------------------------------------------------


「本当は着いて行ってあげたいのだけど、どうしても出なければいけない会合があるのよ。英さんもダメなの?」


心配そうなお母様に私は笑顔で応える。


「はい!バレンタインのとっておきのサプライズにしたいので!! それにね!お母様!私も母になるのだから娘に過保護はいけません。あと私にはおばあちゃまが付いていてくださいますから」

と首に提げた“おばあちゃまのメモリアルペンダント”をお母様にお見せしたら


「節子様!どうかどうか冴を見守ってやって下さい」

と頭を下げていただき、私はまた涙ぐんだ。



--------------------------------------------------------------------


「あ! 冴ちゃん! その顔は…大口の契約が決まったね!」


と、病院から帰って来た私の顔を見て開口一番!英さんは言う。


「えへへへ さてどうでしょう…」


まだ言えないのだ! 明日のバレンタイン!! 大急ぎで準備するものが出来た!!


「冴ちゃんも来たし、配達行って来る!」


と英さんが出掛けたのを見計らって私は箭内(やない)のお父さんに声を掛ける。


「英さんにナイショで和菓子触りたいんですけど」


箭内のお父さんは満面の笑みだ。


「さてはバレンタインだな? オレの方の好きに使いな! 冴ちゃんが腕を上げると、オレはほんと嬉しいぜ!」


「ありがと! お父さん!」


とほっぺにキスすると箭内のお父さんは


「加奈子にゃ見せらんねえな!」

と大照れに照れた。



--------------------------------------------------------------------


14日のお昼前に加奈姉は一甫堂(いちほどう)へ帰って来た。


やっぱり電車の中でも辛かったらしい。

一度途中下車したようだ。


「あの“加奈姉命”の賢兄がよく一人で帰したわね」


「賢ちゃん、仕事モードだからうまくごまかせたの」


「えっ?! ひょっとしてベビーの事??」


「フッ!フッ!フッ! 言ってない。でもそれもそろそろ限界だから…何とかこの日を迎えられて良かったわ」


「じゃあ!加奈姉もバレンタインデーサプライズを狙ってるんだね!!」


「えっ?! 『加奈姉も』って、ひょっとして冴も??」


私は手招きしてこっそり二つの小箱を開けて見せる。


そこには昨日、夜中に作った私の上生菓子…


ピンクの帽子を被ったベビーと水色の帽子を被ったベビーが納められてある。


「昨日、病院へ行ってきたの」


加奈姉は声を立てない歓声を上げ、私を抱き締めた。



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さて、午後6時を回ってお店も落ち着き、“あーちゃん、しーちゃん、みーちゃん”のJK3人組の“大盛り上がりバレンタイン報告会”の声だけが響いている。


私はカノジョ達にも友チョコを持って行き、いただいた友チョコと英さんへの三分の一マジチョコ(カノジョ達の理屈では全部本気だと“冴チャソ”に悪いので三分の一ずつ本気を出し合ったそうだ)のお礼を改めて言った。


『これでバレンタインのイベントは終了』と一息付きそうな英さんと賢兄を私と加奈姉は捕まえて


各々 和菓子の小箱を渡した。


「えっ?!」


「これも?!」


「そうよ」


「開けてみて」


次の瞬間!!


賢兄は物凄い唸り声を上げて加奈姉をリフティングしてガッシリ抱き締めた。

この様子!!


確かに加奈姉はベッドで叫びっぱなしなんだなと思う。


そして“我が”英さんは…


まず私の手を取って


「良かった! 本当に良かった!!」

って涙声で言ってくれて


私の頬を両手で包んで、深い深いキスをくれて


しっかりと抱いてくれた。


私も泣けてしまって


涙声でおねだりした。

「褒めてくれます?」

って

そしたら…



「褒めない」


「まだまだダメ??」


「違うよ! 自慢するんだ! 冴ちゃんは!! 僕のお嫁さんは!! 世界一だよって!!」


その声に思わず首にしがみついた私を

英さんはお姫様だっこしてくれて


二人トロトロ溶ける

チョコの様な

甘い甘い甘いキスを

何度も何度も何度も交わした。





p.s.


この騒ぎをJK三人組が聞き逃すはずも無く


ベビーの上生菓子の画像がSNSへUPされ



私達4人、いや6人は…

街の人々からたくさんの祝福をいただいて


とても幸せなバレンタインデーを過ごした。






今回はしっかり書いたので文字数も多いです。


最初のパラレルワールドの冴ちゃんのところから泣きっぱなしで書いてしまったので…余り読まれないかな…


でも読んで欲しいな



ご感想、レビュー、ブクマ、ご評価、いいね 切に切にお待ちしています!!<m(__)m>

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[良い点] 胸が締め付けられます。 自分も、過去に自殺と事故両方で友人を亡くしているので……
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