「さっさと想いびとさまをを口説いてください!」「ああ、もう我慢するのは止めることにする、愛しい人」「!?」~密かにお慕いしている皇帝陛下に妃を選ぶよう迫ったら、妃になるよう迫り返されました。なんで?~
「ですから!この際身分はどうでもいいので、さっさとその想いびとさまを口説いて連れてきてください!」
「……断る」
執務室に、私、ジェシカ・バラクノフ第一補佐官の、叫び声ともとれる声が響く。
そんな私を呆れたような目でじっとりと睨んでいるお方は、畏れ多くもこの国の皇帝陛下、ベネディクト・ダインリー様であらせられる。
呆れるのはこっちだ。
この皇帝、二十九にもなってまだ妃を娶ろうとしないのである。
我らが皇帝陛下は、どうやら女嫌いであらせられるようなのだ。
まあ、わからなくもない。
皇弟だったころから、この方はその方面において色々と苦労されていた。
女性不信になるのも無理はない。ないのだが。
「皇帝という立場にいる以上、お世継ぎ問題は避けて通れないんですからねっっ!?逃げたってつきまとってきますからね、この問題は!逃げても無駄ですよ!」
語尾をいちいち強調しつつ、陛下を壁際へ追い詰める。
そして、部屋の隅っこの壁に彼の方がぶつかった瞬間。
バンッ!
私の手は陛下の顔すれすれを掠めて、壁を思いっきり叩いた。
所謂、壁ドンというやつである。手が痛い。
そんなことを一切顔に出さず、私は陛下に詰め寄った。
「五年間、逃げ続けたんです。そろそろ観念して、誠意をもって想いびとさまを口説いてください!一週間以内に口説けなければ、たっくさんいる妃候補の方々のうちから一人を選んで、陛下の口に媚薬を放り込んでヤることをやるまで寝室に監禁致しますので、そのおつもりで」
「おっそろしいことを言うなお前は。忠誠心をどこに捨ててきた」
「陛下への忠誠心は誰よりも持っているつもりでございますよ?ええ。ただ、五年間も重要なご公務を放置されるものですから、忠実な臣下としてはなんとかせざるを得ないのですよ、ええ。重臣一同、意見は一致しておりますので、さっさとお縄についてくださいませ。年貢の納め時ですよ、年貢の」
俺、もらう側なんだが……とかぼやく人を軽く睨んで黙らせる。
まったく、こんなことならクーデターを起こす前に嫁を取らせておくんだった。
まあ、あのときはそんなことを考える余裕もなかったわけだけど……
――先ほど、陛下が元皇弟だったと言ったように、彼はもともと皇帝の弟という立場だった。
クーデターを起こして自身がその座に着いたのが、五年前の話。
そして私は、その当時から彼に付き従い、クーデター計画に携わった一人だ。
当時の皇帝――現皇帝の兄は、控えめに言って最低最悪のクソ野郎だった。
税率の最高記録――もちろん引き上げたという意味で――を、ぶっちぎりで更新し、社交界に妻を連れてくる男性が歴史上最も減る程度には女癖が悪く、一日の労働時間合計十分という、世界中で最もスマートな職場環境で働き、思いついたように使用人を鞭打たせ、それを肴に酒を飲むような、そんな人だった。
前皇帝の家庭環境?
知らん。
というか、どんなに劣悪な環境で育っても、腐らず真面目に前向きに生きている人だっているのだ。
アレは環境の要因もあるのだろうが、99.9%は奴の自己責任である。
同じ宮殿で同じような環境で育った弟は、比較的まともなのだから。
反論は聞かない。
まあ、そんな感じで建国以来最高の悪政を行っていた兄を、弟は三年間見限らずに助けた。
当の前皇帝からはものっすごく疎まれていたけれど、当時の皇弟はめちゃくちゃ頑張っていた。
そして三年後、前皇帝は見限られた。
まあ、三年間こんこんと諭され、説得されても、一度も聞こうとすらしなかったのだ。
というか三年間、よく頑張ったと思う。
そのころの私は、公爵令嬢だった。
バラクノフ公爵といえば、建国時から続く歴史ある高位貴族であり、国の中枢を担う一族の一つだ。
そんな公爵家は、とっくの昔――それこそ、前皇帝が即位したときから、アイツのことを見限っていた。
密かに貴族たちを集めて、彼の愚帝を皇帝の座から引きずり降ろす機会を虎視眈々と狙っていた。
皇帝を一生懸命更生させようと努力していた弟殿下のことは、様子見していた。
なんせ、彼は若いながらも優秀で、民を思う優しさと国のためならば手を汚すことも厭わない冷酷さの二面を持ち合わせていたのだ。
皇族として処刑してしまうよりも、こちらに取り込む方が絶対に良い。
これで、自身の兄がどうやっても愚帝のままだということに気づきさえすればと、そう待っていた節もある。
そんな中、彼が自身の兄を見限ったことを最初に知ったのは、私だった。
あれは、新月の晩だった。
私は、公爵である父のコネを思いっきり使って普通は一般の方お断りの書庫に入り浸っていた。
当時の私は二十三で、夫どころか婚約者すらいない、嫁き遅れだった。
いや、望んでそうなったというべきか。
私は筋金入りのお転婆娘で、よくこっそり街へ降りては市井の人々と楽しく過ごしていた。だが、彼らの生活が年々貧しくなっていくことに気づき、父に尋ねたところ、返ってきた答えは今の政治情勢。
愚帝に憤慨した私は、クーデターを起こす際、父たちの力になれるよう、婚約・結婚の話を一切合切シャットアウトして、日々色々な勉強を重ねた。
ついでに言うならば、私の上には二人の姉がおり、二人とも父の派閥内の素敵な殿方に嫁ぎ、跡継ぎとなる優秀かつ婚約者までいる弟がいる私は、そんな状況でも別にいい、といった雰囲気だった。
あの日は、降ってきた計画の一端を、誰にも見られないように気をつけながらも書き留めることに熱中していて、ふと窓の外を見れば、月のない真っ暗な空が広がっていた。
慌てて帰り支度をして書庫を飛び出せば、庭の一角で何やら密談をしているであろう人影を発見した。
こそこそ隠れて聞き耳を立てていれば、二人のうち一人は皇弟殿下。もう一人はその側近だった。
んで、その内容がクーデターを起こすことを決意した、というものだったというわけである。
内心ガッツポーズした。
それをおくびにも出すことなく、私は音を立てることなく二人に近づいた。
武術も一通り習ったのだ。
どれほどの強さかと言うと、騎士団が出動するレベルの規模の盗賊団のアジトに単身乗り込んで、自分は無傷で盗賊たちを全員生きたまま捕縛できる程度には強い。
気取られることなく至近距離まで近づいた私は、こう言った。
「こんばんは。その計画、私たちも混ぜてくださいませんか?」
紆余曲折あって、私たちは仲間になった。
そしてクーデターを起こし、皇帝とその周りで甘い汁を啜っていた貴族を一掃した。
案外、あっけなく終わった。
そしてかつての皇弟殿下は皇帝陛下となり、表でも裏でも勉強の成果をフル活用して色々やった私は、伯爵位を与えられ、ついでに皇帝陛下の第一補佐官という役職を与えられ、今に至る。
陛下は、全てにおいて優秀だった。
だが、一つだけ欠点があった。
それが、女嫌いである。
皇弟時代から、沢山の女性たちから多種多様な迫られ方をされた彼の方は、女嫌いというか、もはや女性不信になってしまわれたのだ。
それもこれも、兄皇帝の女癖が悪いせいである。
貴族たちからうちの娘はどうかな?攻撃を受け続けるだけならまだしも、なんと前皇帝の大量にいる側室だか愛妾だかに迫られたらしいのだ。それも一人ではなく、両手両足の指では足りないほどの人数に。
前皇帝よ、自分の女くらい、ちゃんと管理しろ。
女性不信なのに私を側に置いているということは、おそらく私は女として見られていないのだろう。けっ。
そんなわけで、現在皇帝陛下は仕事を除けば私以外の女性を基本近くに寄らせずに過ごしている。
とんだ問題児である。
……そんなことを言いながら、そのことに安堵していたりする自分がいる。
そう、私は陛下のことを慕っている。
臣下として、だけでなく。
自分以外のことのために、身を削って尽力できる姿に、何度見惚れたか。
書類仕事をしている最中、顔の前に垂れてくる横髪をさらりと書き上げる仕草に何度無表情で悶絶したか。
鍛錬を終えた後、上半身裸で湯浴みに行こうとした姿とバッタリ遭遇して卒倒するかと思ったか。(鋼の精神で普通に会釈してすれ違った)
もう、あんなバッキバキの腹筋と胸筋と背筋を無防備に晒さないでほしい。
宮廷で働いてる女の子の精神衛生上よろしくない。(と、執務室で合流したときにさり気なく伝えておいた)
たまにお酒の席に誘ってくれるたび、何時間着る服に迷っているか。
そんな上司であり敬愛する主である彼を、どんなに愛しているか。
この想いを、言う予定はない。言うつもりもない。
墓場まで持っていく予定だ。
仕事に支障が出るし、彼に秋波を送ってきた女たちと一緒だと、思われたくないから。
それなのに、彼の縁談が持ち上がるたびに辛くて仕方がないのだ。
だから、そんな気持ちをおくびにも出さず、今度こそ真面目に考えろと、陛下に言うのだ。
彼の第一補佐官として、一人の女の気持ちを殺して。
それなのに、いつも飄々と躱していく彼に安堵して、そんな自分が憎くて仕方なくて。
それでも、そんなことを繰り返していたって、お世継ぎ問題は避けては通れない問題なわけで。
だから、陛下に尋ねたのだ。
――好意を抱いている女性は、いないのかと。
そしたら。
「……好きな女なら、いる」
そんな言葉が返ってきたのだ。
そして冒頭に戻る。
陛下に壁ドンをかました体制のまま、私はもう一度、叫ぶ。
失恋の傷を、見て見ぬふりするみたいに。
「自分が好意を抱いた女性に告白一つできないヘタレが!?そんなんじゃ一生、想いびとさまに振り向いてもらえませんからね!?腹を括って口説いて来なさい!まあ、一週間かかっても口説き落とせなければ、監禁コースまっしぐらですが。ああ、執務に関しては私と宰相はじめ重臣たちで分担する予定ですので、安心して励んでくださいね」
「そこまで決まってるのか……?」
「はい、ですから安心して、想いびとさまを口説いてきてくださいね?」
にっこり。
いい笑顔を作って、そう言ってやる。
この人の前で、泣いたりするもんか。
泣くのは、家に帰ってからだ。
実家からくすねてきた良いワインを開けよう。
だから今は、仕事だ。
射殺さんばかりに鋭い視線を投げかければ、観念したのか、陛下はひとつため息を吐いた。
「……ああ、分かった。もう我慢するのは止めることにする、愛しい人」
「ん?」
今 な ん て 言 っ た ?
「誠心誠意口説かせてもらう」
だ か ら な ん て ?
陛下は、放心している私の腰に腕を回し、くるりと反転して私を壁に押し付けた。
そして、その側にたんっと手をつく。
「!?」
壁ドン返しされた。
な し て ?
「あの、クーデターを決意した日に俺の前に現れたお前に、惚れた」
え、まって。脳の処理が追い付かないからちょっと待って。
「俺の即位後も、一切の打算なく俺についてきてくれた姿に、ますます惚れた」
やめて。何が何やらわからないから一旦止まって。
「お前と二人きりのときだけ、自然体で安らかに過ごせる」
あの、一度落ち着きましょう?ね?
「だが、お前は結婚を考えるどころか恋人を作ろうともしなかった。恋人を募集してさえくれれば、絶対に立候補したのに」
あの……大丈夫かな、陛下。
「俺がお前をこんなにも想っているというのに、ここ最近のお前は結婚しろ、世継ぎを作れの一点張りで……好いた女から他の女と結婚しろとせっつかれる辛さが分かるか!?」
え~っと……確かに言い過ぎたかもです、すみません。
「だがお前は、想いびとを口説いて良いと言ったな?」
タシカニイイマシタネ。
「一週間、覚悟しろよ?」
陛下が、ニヤリと悪い顔で笑う。
……それから後の記憶は、ない。
それからどうなったって?
一週間、私が言った通り、口説かれ続けた。
それはもう、仕事中でもお構いなしに。
それで当然、落ちた。
ずっと想っていた人に口説かれて落ちない人なんて、いるわけがない。
――私は、ちょうど一週間経った日に、返事を口にした。
「……お慕いしています、陛下。私を、貴方の妃にしてください」
そのまま、問答無用で寝室へ拉致られた。何故だ。
陛下を監禁するはずだった寝室に、私が三日間監禁された。
んで、それから僅か一ヶ月後に結婚して、味方だった筈の重臣たちからはくっつくのが遅いと言われ、現在は子ども三人の母兼皇后をやっている。
――ついでに言うと、もう一人お腹の中にいたりする。
夫よ、もう少し遠慮しろ。
そんなことを考えながら仕事をしていれば、入室許可もなしに陛下が部屋に入ってきた。
「妊娠中なんだから、無理するなと言っただろう?」
書類を取り上げられた。
「これくらい平気よ。それに今日は体調が良いの」
「なら、俺をかまってくれ」
子供かっ!?と思うけど、嫌ではない。
ため息を吐こうとしたはずの口元から、何故か笑みがこぼれた。
重臣A 「陛下、そろそろ(ジェシカと)結婚してください」
ベネディクト 「(ジェシカと以外)嫌だ」
ジェシカ 「陛下、いい加減にお世継ぎのことも考えませんと」
ベネディクト 「……(ガーン)」
重臣A 「ジェシカ、なんでお前はそんなに鈍感なんだぁぁぁ!!!」
たぶん、こんな感じです。
お読みいただきありがとうございました!
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