第7話 ここで話は転移直後に遡る
〇京都東山山中1年前
「神器が存在しない…こことは時間も空間も隔てた世界か…にわかには信じがたい…。」
和尚はそう言って、自分の作った粥をすすった。
「おお。味がぐっと締まるな。うまいぞ、この醤油という調味料。」
ーーいったい、何がどうなったんだろう?っていうか、ジンギって何だろう?
慶次郎…現代のごく一般的な高校生…登山趣味でワンゲルや登山部に所属せず、1人、最低限の装備で山の中に入り、寝床、食料その他自給自足…、サバイバル的に過ごし帰ってくる…的なほほえましい趣味を持っている事を覗いて一般的な…だ。そんな一般人が聞いたらドン引きしそうな趣味を持っているため、女子生徒にはモてず、男の友人も少ない。当然、この趣味は彼の厨二病的性癖がなせる技で、友達がいない事もあいまって彼はバトル系のアニメや漫画に傾倒する志向…いわゆるヲタ気質があった。
その日も彼は、連休を利用してはるばる京都の里山を歩きにやってきた。伏見稲荷をスタートし、半日かけて大文字山付近を通過…銀閣寺でも見ていくか?と、思っていた矢先…
ーーいや、確かに俺は大文字山の火床に座って昼飯を食っていた。…カレーパンをトンビに取られたんだよ。空から滑空してきて背後から襲われてさ、手に持ってたカレーパンが気が付いたらなかったんだよ。その後、なんか光に包まれて…雷にでも撃たれたのか?って思った…。
「この茶碗…鉄でできているのか。こんなに薄くいびつの無い均等な形。しかも精密な刻印…。確かに少なくとも今の日の本には存在しえない技術だ。」
和尚はコー○マンのロゴを摩りながら言った。作った粥を分けてくれるというので、持っていたシェラカップを渡したのだ。ステンレスと鉄って同じものだっけ?と、慶次郎は思う。
ーーああ、今日からのソシャゲのイベント…もう始まってしまってるなあ。イベント中に元の世界に帰れるのだろうか?
ーーしかし、この坊さん、本当に頭が柔らかいな。いろんな事への理解力が高い。っていうか、こんなシーン、スタジオジブ〇のアニメでもあったような気がする。
粥をすすって落ち着くと、慶次郎は頭に色々と浮かぶ雑念を一つ一つ整理し始める。
で、目が覚めると、見知らぬ山道に倒れていた。いったいここはどこだと、山の下を見下ろす。彼は愕然とした。見知らぬ…と言ったが、そこは間違いなくさっきまでいた大文字山の火床だ。同じ角度で京都の町が一望できる。ただ、それは今まで見てたものとは明らかに違う…。まず、建物が低い…それも見るからに木造の和風建物しかない。確実に何百年か時代が戻ってる。こんなもの映画のセットとかで再現できるレベルをはるかに超えている。タイムスリップしたのか?それとも異世界…。それ以外考えられない。
茫然としていると、突然、後ろから声を掛けられた。汚い着物に熊の毛皮っぽい物をかぶっている。全員短めの刀を持っている。もう、絵に描いたような時代劇に登場する山賊…3人組。モンベ○の登山ファッションで身を固めてる彼はきっと珍しい物を持っていると思われたのだろう。
案の定、身ぐるみを置いていけと言われ、そして…
彼らは聞きなれない単語を一つ言った。
「お前…ジンギを持っているな?」
ジンギってなんだ?どうでもいいけど、今は逃げないと…。みぐるみを置いて行くことを拒むと彼らはにやにやしながら近寄ってきた。そっちの気もあるのか?この世界の山賊。充分に引き付けてから彼は切り札を取り出す。
ーー熊用スプレー!
射程は2メートルくらい。充分だ。一応熊の目撃情報もあるトレイルコースだったので持って来ていた。スプレーを食らった山賊2人は目を押えて苦しみだした。残り一人も何をされたか解らず狼狽している。いまだ!慶次郎は走って逃げようとした…
が…
「ジンギ…カマイタチ!」
背後から、そんな声が聞こえた。とたん、慶次郎は信じられない程の風圧を背後から受けて山道に転倒、全身を打ち付けながらゴロゴロと転がる。
「妙なジンギを使いやがる。あの2人に何をした?」
背後の声に振り向くと、山賊の一人がいた。こいつにやられたのか?慶次郎焦る。山賊は短刀を振り上げた。
「殺すまでも無いと思ったが、危険だな。ジンギごと刈り取っておくか…」
山賊の刀が振り下ろされようとした。
ーーえ?マジで?これで死ぬ感じですか?っていうか、今の転倒で体中を打ち付けてもう避けることが…。
と、色々考えていたが、刀がなかなか振り下ろされ無い。それどころか、その山賊は不意に意識を失い慶次郎の目の前にドサっと倒れた。そこに例の和尚が立っていたのだ。和尚はあっという間に残り2人も軽く拳で倒してしまった。
「誰か山賊に襲われていると思ったらこれは珍妙な恰好のガキだな。」
和尚はつぶやいた。
ーー悪かったな。珍妙なガキで。
慶次郎は憮然とした。
だいたいこんな所か…、慶次郎は粥を美味そうに食べてる和尚を見る。
色々距離感が近くてムカつくオッサンだが、ひとまず命は助けられ、こうして飯を馳走になっている。名を安竜っていうらしいが…
「気にするな珍しい物を見せてもらい、話も聞けて良い暇つぶしになったわ。」
慶次郎は粥を食べる手を止め、スマホの電源を入れてみる。当然ながら圏外。ソシャゲにログインなんて出来るわけない。
「その小箱も凄いな。信じられん量の絵や文字を映しだす…。紙に書きだそうとしたら、一体どれだけの金がかかるか…」
スマホの本来の機能はそうじゃないが、ほんと分析が正確。かなりできる坊主だ。だが、このオッサンとの会話が慶次郎をさらに混乱させる結果となる。
今、この「日の本」は平家という武家集団が牛耳っている。当然、花の都、京も。そう、平家の棟梁、平清盛だ。慶次郎の世界の日本の歴史だ。平安時代末期。源平合戦の時代。そう、ここまで聞いたら、タイムスリップなのだが…。ジンギが無ければな。
「俺…元の世界に戻りたいのだけど…。何か知らないか?」
「あいにく…。言った通りそんな世界がある事すら想像もしとらんかった。移動方法なんぞ見当もつかん。だが、ジンギなら…。世界を移動できるものもあるかもしれん。」
そう。ジンギの存在だ。あの時、山賊は明らかに何かの異能の力を使った。ジンギとは何か?と聞くと、和尚は「本当に別の世界から来たのだな」と、ため息をついた。
和尚の話によると、この世界の人間は一定の確率で「神器」という力を持って生まれるらしい。それを持つものは才能に応じた異能を行使できる。異能バトル系の異世界ってわけか。と、慶次郎は思う。
「さっきの山賊も神器の使い手だ。カマイタチと言うておったな。名前からして、風で相手を切り裂くのだろう。使い手が未熟だったのと、木立の中で風が分散されたから、あの程度で済んだんだ。もし完全な状態で食らったら八つ裂きになっておったかもしれん。」
「ちなみに、コレが、奴の神器、カマイタチだ。獲っておいた。」
和尚は懐から拳大の黄色い球体を取り出した。淡く光っているように見える。
「え、獲れるの?相手の異能力を?」
相手の意識を奪えば、意外と簡単に根珠を獲る事が可能らしい。奪われた人間は神器を失う事になる。
「経験値と金を稼ぐシステムか…。まさに異世界もの…いや、MMORPGか」
和尚から、神器を強化するシステムを一通り聞いて慶次郎はつぶやいた。
「な、なに?何がなんだって?」
和尚は目を白黒させた。
「で、俺も神器を持ってるって?」
「うむ。慣れれば持ってるか持ってないか、肌で感じるようになる。おぬしは間違いなく持っているぞ。まだ全然育ってないがな。どんな能力かはわからん。」
慶次郎のアニメ脳に段々仕組みが分かってきた。ここは、平安末期に類似した異世界である。チート能力ではないが、異能力は使え、レベルアップもして行けるようだ。
「で…仮に強化した神器なら時空を隔てた世界に帰る能力を発動する事は可能なのかな?」
「さっきも言ったがそんな能力想像もできん。力をため込み続ければいつかは使えるようになるかも知れんが…。そもそも一人の人間が持ってる能力は一つか二つって所だ。最初からそんな能力だけで、他の神器使いから神器を奪い続ける事はまず不可能だろう」
力を蓄え続ける人間と、能力を覚える人間で二人がかり…。それも現実的じゃないな。俺、1人だし。慶次郎は頭をひねる。どっちにしろ、恐ろしい年月が必要になる…気がする。
和尚は悩んでる俺を見て一言。
「可能性があるとすれば…」
「あるとすれば…?」
「特異霊装…。」
また、知らん単語が出てきたな。
「一言で言うと、ものすごい強力な神器だ。他の神器と違い、人が生まれつき持っているものでは無い。この国にいつから存在してるかもわからん究極の至宝。手にしたものはその爆発的な力を得る事が出来る。聞いた事はないか?平家が一つ所有しておる…天叢…剣の形状をしていると聞いている」
クサナギの剣?…ああ、神器って「三種の神器」の神器か…。と慶次郎は思う。
「その特異霊装ってやつなら、時空を越えられるのか?」
「それも解らんな…ただ…」
「ただ?」
「特異霊装には、通常の神器とは違う特殊な力をもっている…という伝説がある。」
「ほう」
「そのものの持つ…天命や運命…それを切り裂き、干渉できるとか。それなら、お前さんのいる世界にも届くやもしれん。まあ、運命や天命を事前に知る事など誰にもできん。それが変わったかどうかなど、誰にも確認できんがな。何より特異霊装はあまりお勧めは出来ん。」
いや、俺なら解る。慶次郎は感覚的に察した。なぜなら、多分だがこの世界は俺のいた世界と同じ感じの未来を辿っていくはずだ。しばらくすると源頼朝が挙兵して平家を倒し鎌倉幕府を作る…。その特異霊装がその歴史を曲げたりする事が無ければ。
確かに、それは一つの希望だ。一先ずはその特異霊装を狙っていくしかない。
ーー神器を育てて少しでも強くならないと…。
慶次郎はその途方もない道のりを想像して、ため息をついた。




