第4話 源九郎義経
〇京都市街
しばらくすると、義経の家来の4人が集まってきた。義経は、どこから出したのか、縄で俺を縛り上げている。あれから、慶次郎は何度か隙を見て逃げようとしたため、その度取り押さえられて結局縄で縛られた。家来の4人から明らかな敵意を持って慶次郎を睨んでいる。妹を襲われた…と、思ってるお兄さんの目線が一番強いと慶次郎は思ったが、やはり主君たる「女」を辱めた…のが、皆が慶次郎を睨む一番の理由だろう。全員義経の許しがあったら今にも切りかかってきそうな勢いだ。
実際、慶次郎は義経を傷つけてはいない。彼が後で聞いた話だが、神器『鞍馬』は、体に直に接している対象にしか、重力操作を及ぼす事が出来ない。のだが、離れた対象にも体へのダメージと引き換えに重力操作を使う事が出来る。今回、彼が三日月を使って逃げた為、かなり広範囲に能力を使う必要があった。相当体にダメージがあったらしい。もっとも、家来衆にしたら、慶次郎がやったのと何も変わらないのであるが。
「皆、今日から我々の仲間になる前田慶次郎だ。仲良くするように。」
「やはり反対です。素性がしれないうえに、今回、義経様に働いた無礼の数々…。到底許しがたい」
鬼三太なる大男が言う。武器に薙刀を持っていて、服装も裏頭をかぶっている。どっかの僧兵だったのだろう。今は顔を出しているが…。この男の方が弁慶っぽいと慶次郎は思う。
「って言うか、あれだけ鞍馬の使い方は注意しろっていったのに…。なんで血を吐くまで使ってしまうのかしら」
言ったのは日立という、女性だ。声の通り色っぽい見た目。大きな胸にまず目が行く。
「それはスマンと言ってるだろ。折角、噂を聞きつけて奥州から勧誘に来たんだ。そして私はこいつを大いに気に入った。このまま手ぶらで帰る手はない。」
源義経は、もうすでに京都を出て平泉に入っている…そのくらいの年代らしい。と、慶次郎は予想するが、今はそれどころでは無かった。
「しかし、なあ…」
「あ、そうだ。私が女であることもばれてしまった。」
あっけらかんと言った義経の言葉に4人の家来衆が固まる。
「さっき、はだけた胸を見られたからなあ。押し倒されて…」
ーー言い方あ!! おい、俺、ここで死ぬんじゃないか?
「よし、秘密を知られた以上、ここで殺しましょう」
「異議なし」
鬼三太と、兄妹の兄、佐藤継信…が、それぞれ、薙刀と弓を俺に向ける。男2人の殺気に慶次郎は思わず両手を上げる。継信の妹は、何かを言おうとしてただ、アタフタとしている。女だが、多分、彼女がさとう忠信に相当する人物だろうと、慶次郎は予想する。義経の家来として歴史に名を残している兄弟だと、認識していた。
「ちょっと待って!俺、まだ家来になる気もないから!」
「おごるなよ、賊の分際で。我々に手を出してただで帰れると思うな」
「いや、元々そっちが、俺を釣るつもりだったのだろうが。釣り上げた魚に抵抗されて腹立ててるんじゃねーよ」
「なにい!? 」
鬼三太は怒りの表情で薙刀を慶次郎の首元に突き付けた。
「ははは。威勢が良いのはいい事ではないか。まずは、奥州まで連れて行ってから判断しようではないか」
「ちょっと、待て、京都から岩手まで連行する気か?俺を。」
ーー色々、状況が整理出来ないが、どうすればいいんだ?これ…。そもそも俺はこの世界で源平合戦の勝敗自体には何の興味も無いし、かかわる気も勿論無い。神器を集めにちょっとくらい…とは、思ったが…。
「慶次郎…何もお前を無理に戦場に出そうと思ってはいない。まずは私の友人としてで良い。我らの旅についてきてはくれないか?」
義経は慶次郎の肩にポンと手を置き、彼の目の前に顔を近づけてニっと笑った。
源義経…今この国を牛耳っている武士たる平家と対立していた源氏の御曹司。だが、幼い時に平治の乱という、争いで父が平清盛に破れ、命は取られなかったものの、京都の鞍馬寺に幽閉される。その後出家を拒み奥州藤原氏を頼り京都を脱出。力を蓄え、兄頼朝が対平家勢力を挙兵する際に駆け付け、源氏が平家を駆逐する原動力となり一躍この国のヒーローとなる…。そして、その後…は、今ここで語る事では無いだろう。
ーー義経の生い立ちは、こんな感じだったよな…。俺、世界史選択してるから、あんま詳しくないのよ。なんで、女なんだろう?
慶次郎が改めて彼女を見ると、相当の美形、というか、かなりの美少女で顔がこれだけ、近いと彼は思わず顔が赤くなる。
そんな2人を回り4人の家臣が冷たく見つめる、ほほえましい?光景が繰り広げられる。
その時ーーー
一瞬だった。明るい満月によって慶次郎の目の前に伸びていた義経の影…。そこから人一人分くらいの大きさのゲジゲジのようなムカデのような虫が音もなく這い出てきた。一瞬、現実の光景と思えず、慶次郎は、言葉を失う。それは状態を大きく起こし、義経ごと慶次郎に覆いかぶさろうとした。
「げ…」
と、思わずでた慶次郎の言葉に義経が「それ」に気付く。義経は片手で慶次郎の後襟をつかむと大きく後ろにジャンプした。最悪の抱き着きハグからは逃げられたが、慶次郎は体を色々な所にぶつける。
「おっかしーなー。必ず当たるんだけどにゃー」
ーーなんだ?誰かいる?
義経の4人の家来も身構える。建物の影から、1人の男が現れる。
ーーこれは、また、随分と傾いた…
慶次郎は思う。服装こそこの時代の武士のそれだが、俺のいた世界で、ドレッドヘアとかに分類されるだろうチリチリのパーマをなんか編み込んでパイナップルみたいに束ねている。そして、何より特徴的なのは、あの左右レンズの色が違うサングラス。
ーーこの時代にサングラスあるの!?
…と、慶次郎は驚いたが、これも後で聞いた話。このサングラスがこの男の顕現した神器。あくまでこの男がファッションセンスで生み出したものらしい。義経が呟く。
「平…維盛…」
ーーコレモリって言ったか……この傾いた兄ちゃんの名前か…。あかん。聞いた事はあるんだけどな。平家のえらい人は多すぎて名前が一致しない。もう少しちゃんと歴史を学んでおけばよかった。
「よしつねくーん。あーそーぼー」
話し方もまた、一段と傾いているな…と、慶次郎は思う。
その瞬間…。
「日立! 後ろだ!」
義経が叫んだ。しかし、日立にはその声は聞こえていない。今度は、例の姉さんこと日立の後ろに虫が現れる。虫じゃなくて蟲といった様相だが。
「あら?」
日立はそのキャラクターからか、至って落ち着いてる。その虫の抱擁を避ける事叶わず、あっさりと捕まった。虫は日立の体を地面の中に引きずり込んでいく。まるで沼の中に少しずつ沈んでいくように。
「あ、多分、コレダメだわ。みんな近寄っちゃダメよ。」
消え際に日立はそんな事を言った。
神器…『陰陽蟲』
平維盛はにやりと笑う。
「貴様!何者だ!今、何をした!?」
鬼三太が叫ぶ。
「話かけてんじゃねーよ。ごみクズ!習ってねーのか?平家じゃなけりゃ人じゃねーんだよ!」
すたすたと横に歩きながら維盛は言った。3人の家来は維盛を睨んでいる。
「見た事がある。平維盛…。清盛公直系の孫にあたる人物だ」
「知ってるのか?継信」
ーーまあ、平安時代にこの恰好してたら記憶にも残るだろうな
と、慶次郎は思う。
「おお、ごみクズまで俺の名前と顔が知れ渡ってるのは嬉しいじゃねーか。え?」
維盛に向かって、数発の矢が放たれた。継信がその弓から放ったものだ。維盛は慌てて身をかわした。
「うおおー!! 危なーい!! 」と、維盛はキャラを崩して悲鳴を上げた。
「平家の御曹司…。まさか、俺達の前に顔まで出して何もされないとでも思ったのか?坊ちゃん。」
継信の煽りに維盛は「ああ?」と平生を装い、すごみのある顔をした。維盛は立ち上がると慌てた様子を取り繕うように、衣服のホコリを払った。
「ち、ごみクズを誉めてやったのに、これかよ」
維盛は継信を睨む。
「継信!」
義経が叫んだ。この声も継信には聞こえていない。神器『三日月』は触ってる対象に気付かれなくなる効果を共有させる事が出来る。「発動させる時に触っている他者」というのが、共有の条件である。さっき虫に襲われそうになった為、慌てて発動させてしまい、今義経は、慶次郎と共に、周囲から気付かれない状態になっているのだ。
話を戻す。義経が叫ぶと今度は継信の後ろに例の虫が現れる。
継信はちっと舌打ちした。弓の形状をしていた神器が急に変形して片方の掌に収まる大きさになる。手に握られていたのは、火縄銃のような形の拳銃…。火縄銃自体もこの時代に無いのだが、それがさらに小型に改造された銃である。継信の近接戦闘用の切り札である。
「弓使いは接近戦が苦手だとでも思ったか?」
ーーアーチャーはむしろ接近戦が得意…って、どうでも良かった。
慶次郎は継信の銃が火を噴くのを見た。案の定、普通の鉄砲の威力ではない、大きな爆発が虫を包む。
やったか…?と、慶次郎がフラグを立てたせいかは定かではないが、虫はその爆発をもろともせず、継信に抱き着いた。
「継信!」
「神器、愛宕!」
横にいた鬼三太が薙刀で虫を切り付け、忠信も錫杖で虫を叩く。だが、虫はその攻撃を意にも留めず、継信を地面の中に引きずり込む。
「ダメだな。後は任せたぞ」
継信は言うと虫に引きずり込まれて地面の中に消えて行った。維盛はにやりと笑った。
「おう。俺は寛大だから、お前らの無礼…許してやるぜ。」
ーーうそつけ、絶対皆殺す気だろ。お前。顔が怖えぞ?
慶次郎は継信を見て思う。
「今隠れてる義経の身柄を俺に渡せ。そうすれば今捕らえた2人を含めて…お前たちの命は助けてやる」
維盛は、余裕たっぷりな目で言った。