第12話 強者
〇椙山 平家の陣
もうすっかり夜だ。維盛に捕らえられた慶次郎は、平家の陣に連れて来られた。縄で手を後ろ手に縛られ、一人の兵氏がずっと慶次郎の肩に触っている。まあ、この兵士の実力次第だがそれなりの人間を配置してるであろうこの状態。まず逃げられない。慶次郎はやれやれと座り直しため息をつく。まあ、維盛は殺さないと言ってたし…。何より、あまり慶次郎は事の成り行きの心配はしていない。自分の知る史実では頼朝はこんな所では死なないのだ。当初の目的とはかなり方向性が変わったが、多分頼朝に今回売った恩は義時を通じて伝わるだろう。どうなるかわからないが、この変態…じゃなくて梶原景時とのコネクションも後々大きくなるだろう。この時点で出来る義経物語BADEND回避のフラグ回収は実は既に上手く終わっている。後は、頼朝の安全を確認して忠信と一緒に生きてこの場を離れる事が出来ればミッションコンプリート…慶次郎は、そう思っている。だが…。
「堀弥太郎が見つかったぞ!」
陣の中で声が響く。
未だ山の中にいるのか…苦戦しているな…と、慶次郎は思う。落ち着け。忠信もいるのだ。どうという事も無い…はずだ。弥太郎はわからないが、忠信もまたこんな所で死なない…。そう。こんな所では。慶次郎は、少しだけ深呼吸をする。とりあえず、これで平泉に帰れる。慶次郎の頭に義経の顔が浮かんだ。きっとまず自分達が生きていた事に安堵し、頼朝を無事救出できたことに誰よりも明るい笑顔で喜んでくれるだろう。それを見られるだけで、ここまで出向いてきた甲斐はあった。慶次郎は座ったまま、そして兵士に触られたまま、静かに目を閉じる。逃げる隙があったら、逃げてみるか。
兵士に肩を触られているので、眠る事はできなかったが、慶次郎は静かに目を閉じた。
○椙山 別の場所
僕は…弱い…
「どうした? ここまでか?」
さっきまで晴れていたのに、シトシトと雨が降ってきた。大庭景親は目の前で倒れている、忠信を見下ろした。早く、こいつ倒して頼朝を探さないと捜索はより困難を極める。
「その若さで殺すには惜しい腕だった…」
景親は刀を抜く。せめて武士らしく散ると良い…。その刀からは強い意志が感じられた。ここまでか…。炎が効かなくて、冷気を打ち込む隙も無い。さっきの梶原景時にしても不意打ちだったにしろ一発で倒された…今まで体も神器も…死ぬ気で研鑽を重ねてきた自分よりも強い相手と、こうも簡単に出会う。これが戦場か。
ただ、殺されるわけじゃない。この隙にうまく弥太郎を逃がせたはずだ。あとは弁慶がうまくやってくれるはず……。そう、弁慶が……。
思えば彼の修行にこの一年随分と付き合ってやったものだ。仲間内で1番弱い…そんな立場の中で必死に強くなって皆の役に立ちたい…そんな姿勢が今までの自分と重なったのかもしれない。本当にしつこくて……。
仰向けに倒れていた忠信はゆっくり目を開ける。大庭景親が今まさに自分の心臓に刃を突き立てようとしていた。
ーー俺の能力は逃げと隠れ特化だからさ。でも、いくら相手が絶望的に強くても、逃げも隠れもできない時ってやっぱあるよ--
その時、忠信の体から夥しい量の炎が噴出した。景親は思わず遠くに飛び退いた。
「未だ立つか……。」
景親が見つめる中、忠信はゆっくり立ち上がった。相手が自分より強くても逃げない…彼はそう言った。僕と同じ歳で、戦いの経験のない彼が…
弁慶ならば未だ戦う…。負けるなら己のできる事を全部ぶつけてからだ。師匠の僕がこんな所で戦いを諦めない!
がんばれ忠信




