第9話 三者三様
〇数分後、少し離れた場所
「なるほどな。あの源義経の手の物だったか…」
慶次郎と向かい合って座っている梶原景時は言った。
「怖かったっすよ…。洞窟に入ってなかったら黒焦げだった」
慶次郎はまだ、冷や汗でびっしょりだ。
「仕方ないであろう。お前の能力が何なのか解らんうえ、あの時、お前は煙のように消えておった。とても、狙いを定められる状況ではない。ワシの家来衆は上手く逃げてくれておったら良いのだが……」
「いや、あなたの神器…狙いとかそんな次元の能力じゃないでしょ? 」
「バカな。この梶原景時の技量を知らんのか?外見は絶大絶倫の力押しのようで、その実、細かな気配りの効いた超絶技巧が若い女子にも…」
「知らねーよ! 何の話だよ!! 」
結論から言うと、梶原景時は土壇場でやはり頼朝側につく事を決めた。そして、一か八かで、あの瞬間洞窟の周りを自分の神器『雷尽太鼓』で焼き払ったのだ。彼は洞窟の中で籠城戦をするつもりだったのだが、洞窟の中には…。
「無駄話をしてる暇はありません。とにかく、ここを離れないと…兄様もこのままいつまでもつか…」
言ったのは、あの北条義時だ。洞窟の中には北条義時と彼の数人の部下、そして…源頼朝は「ぐああ!」と、苦しそうな声を上げる。義時は心配そうに頼朝の側に駆け寄る。頼朝の体には大きな虫…いや蟲がとりついている。ダニと百足の中間のような外見。貯金箱くらいの大さのその蟲は背中から頼朝に抱き着き彼の肩に牙を突き立てている。頼朝は意識を失っているようだ。
これが、あの源頼朝……慶次郎は改めて思う。日本史上の最重要キーパーソンの一人。義経の悲劇的な死の元凶…。今、ここで殺してしまうのが一番正解……かもしれないのpだが……。慶次郎はそこで考える事を止めた。
あの時…雷神太鼓で、三日月が解けた慶次郎は直後に洞窟に飛び込んできた景時に引っ張られ、奥へと進みそこで、義時、頼朝、数人の部下と合流する。義時と景時はすでにある程度の話がついていたようで、慶次郎もすぐに仲間と認識された。義時は懐から、砂を洞窟の奥の空間に撒いた。すると、そこに転移陣が現れ、皆その中に飛び込んでここに逃げてきたのだ。
「この転移陣は、我々の協力者である人物の物。彼の能力は入り口と出口、二か所に転移陣を作る事で一瞬でその場を移動できるようにする能力です。当然、この戦にさきがけ、我々はいくつか逃亡できるように転移陣を用意していたのですが…」
「事前に奴の能力を知っていた平家に全て破壊されたのだ。あの大庭景親という男は情報収集の鬼だからな。いや、何を隠そう、転移陣の一つを破壊したのはこのワシなんだ」
景時は申し訳なさそうに言った。
「弥太郎は貴方に殺されかけたと言ってましたよ。彼はまだ貴方を敵だと思ってるのではないですか?」
義時は疑い深いジト目をしながら景時に言った。弥太郎の『金爛砂子』…やっぱり、あいつもこの戦に参加していたのか。と、慶次郎は思う。今は未だ、弥太郎と知り合いである事がバレない方が無難だろうか?
「いや、大庭の手の者に監視されていたから助けてやれなかったのだ。だから、こうして助けにきたのだし、どうか勘弁願いたいものだ」
景時は苦笑いしながら言った。義時はため息をついて続けた。
「今、我々がここに逃げてきた転移陣は、出口が一か所しかない洞窟の緊急脱出用に弥太郎一つだけおいて行ってくれた物です。残念ながら、ここは未だ椙山…平家の包囲網のまっただ中です。弥太郎は、今単身で動いています。平家の包囲網を突破して、なるべく鎌倉に近い位置に転移陣の出口を作ってもらう…彼の戦力ではかなり危険な任務ですが他に方法がありません。。我々は…」
義時は懐から巾着を取り出した。中には弥太郎の砂が入っているのだろう。
「これが、今の所我々の最後の切り札です。この転移陣を明日の日の出と同時に作ります。彼がそれまでに転移陣を設置できるかどうか…勝負の分かれ目はそこにあります。」
義時は今度は慶次郎を見ながら言った。
「弁慶…だったね。君の隠密能力なら兄様を連れて平家の包囲網を突破できるのかい? 」
「いや、そのつもりで来たんですけど…あの、平維盛がいるのが俺にとっても計算外で…。あいつ、俺が隠密能力を使う事を知っています。詳しくは言えませんが、この能力、対策を立てられたら結構穴が多くて……」
「ぶっつけ本番で行くのは危険すぎる…か。」
「ついで言うと、俺、あいつの根珠を一回、一時的にですけど、引っぺがしたがあって……っき話した時も相当恨まれてた。」
「なんと、あの神器使いの神童と言われた維盛から一本とっておるのか。おぬし、只者ではないな」
景時は何故か、嬉しそうに言う。まあ、皆の協力があってやった事だし、景時に褒められてもあまりうれしくは無いけど…。梶原景時が弁慶を誉めてる。多分、元の世界では、絶対ありえない話だ。
「そういえば、その弥太郎ならさっき会ったやもしれん。ワシ」
景時が急に言った言葉に義時が反応する。
「本当か!? 」
「さっき、平家の兵士の一人に尾行されていてな。すぐに倒したのだが、ふいに金色の煙に巻かれて身柄を攫われたのだ。今思うとだが、あれは弥太郎が助けたのではないか? 」
「そうか、あやつ未だ山を抜けられてないのか。しかし、何故、平家の兵士を…?まさか、こちらを裏切る気なのか?」
義時の言った言葉を慶次郎は一つずつ反芻する。
平家…兵士…景時を尾行…。
「も、もしかして、その平家の兵士ってさ。女みたいな男…っていうか、女じゃなかった? 」
「お、おお。確か間近に見た家来はそのような事を言っておったな」
忠信ーー!!慶次郎はようやく話がわかった。忠信は、偶然見つけた景時を単身尾行していたのだ。それがバレて戦闘になった所を弥太郎に助けられた。弥太郎は多分、一緒に平家の包囲網を抜けてくれる戦力を欲していたのだろう…。
まあ、無事なら良かったと、慶次郎は事の顛末を景時から聞いて安心する。この後、弥太郎との関係を上手くごまかすのに相応の苦労を強いられることになるのだが。
弥太郎、本当に便利。どうでもいいけど。
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