第3話 顕現!!そして…
〇京都市街…夜…
顕現、神器『数珠丸』
慶次郎は小さくつぶやく…。彼の手の中に、ちょうど片手掌に隠れるサイズの鈴が現れる。登山者がクマよけに付ける鈴によく似ていた。その鈴を腰ひもに結び付けると、鈴がリーン、リーンと音を立てた。普段、根珠の状態で体内にある神器だが、能力を使う際はそれぞれ、決まった道具や衣装の形をとる。これを人々は「顕現」と呼ぶ。数珠丸はこの鈴が顕現した姿、「顕現体」だ。顕現しなくても、ある程度能力は使えるのだが、顕現する事で大幅に威力精度が上昇し、能力の性質によっては顕現しないと使えない神器も存在する(おそらく、さっきの弓の男のように)。当然、何も言わなくても顕現させる事は出来る…が、まあ、それはお約束である。
慶次郎は、手近な民家の上に素早く上がる。神器を使える者は一般人よりも身体能力が高く、さらに鍛えると、応じて身体能力が上昇する特性がある。そして、数珠丸の鈴をリーンリーンと鳴らす。この音自体は、周囲には聞こえない。
神器『数珠丸』
音を操る能力。彼が奪った経験値を振り分けて作った、索敵用の能力だ。最初は「耳をよくする」能力で、相手の足音や衣擦れの音、はてまた鼓動や骨、筋肉の軋む音を聞き取って、相手を位置をはあくしいては、心理や次の動きを予想…
(#眼Д心)<何が可笑しい!!
は、良いとして、その能力が上手く顕現できなかったので色々調整して出来るようにした能力が、これである。効果範囲内の音で自分の必要な音を拾い上げ、どんなに小さくても自分の耳に届ける…。盗聴特化の能力である。奪った神器で相当強化したので効果範囲がかなり広いのが彼の自慢である。また、こうやって鈴で出した音の反射を肌で捕らえる事ができる。蝙蝠がエサをとらえるのと同じ理屈で、対象との位置関係を大まかにだが出す事が出来る。
そして、この鈴の音は、ノイズキャンセラー的に波長を操作して他人には聞こえなくする事が出来、三日月と併用して使えばこの音で敵に存在が気づかれる心配はない。
それを使い彼は彼を狙う5人の配置を把握する。一定の距離を保って5人…。強力な神器を持った者達が配置されている。慶次郎の能力について、何も対策してないとは考えづらい。さすがにいきなり根珠を奪いにいくのは、罠に飛び込むようなものかと慶次郎は思う。問題はどの程度の対策か?ということだ。それによっては、彼らの高そうな神器を一網打尽にできる。と、慶次郎は企む。
ーーとりあえず、やるか…。
彼は5人の中の一人に狙いを絞る。
狙いは…。最初に横笛吹いて現れた女。一番弱そうだからという、情けない理由である。肌で感じる神器の圧力的にも、見た目的にも彼女は少し他の面子より弱そうに見える。三日月を発動したまま、スタスタと慶次郎は彼女の後ろに回る…。最初のあの余裕に満ちた笑みはやはり芝居だろう。今はビクビクとおびえながら、見えないであろう敵を警戒している。
三日月使ったままなら、彼女にいたずらし放題…と、思った読者諸氏…。素晴らしい発想である。しかし、この神器はそれを許さない。三日月は、こちらから悪意をもった干渉をしようとすると、途端にその能力が解けてしまう。能力の性質ではなく、某異能漫画みたいに神器自体に制約を掛ける事で、威力を増したり今の力では不可能な事を出来るようにする特性があるのだあろうと、慶次郎は考えている。
慶次郎は、その女の後ろに立つ。このまま、さっきの要領で神器を奪っても良いのだが…。
神器『鬼丸』
どうやら、彼は刀の名前の神器につけているようだ。これは、一言で言うと相手の体から強制的に神器、根珠を取り出す能力。通常、根珠を取り出すのには、相手の意識を奪う必要がある、そのうえで神器を使って心臓部分に衝撃を与える事で取り出す事が出来るのだが、それをワンタッチで強制的に行える。これは、この世界に来たばかりの時に出会った坊主が使ってた気功なる体術を神器で応用したものである…この話はいずれ詳しく紹介することになるだろう。
この神器で根珠を強制的に取り出した相手は意識を失う。一撃必倒のかなり強力な攻撃能力なのだが、相手の心臓部10センチくらいに直接右手を当てない限り効果は無い。当然、三日月との併用は不可能で、三日月を解除しないと使えない。三日月で近づきこれで留めをさすヒットアンドアウェイでしか、最初の頃相手から、根珠を奪う手段が無かった。しかし彼は敢えて今、この神器を使わない。慶次郎は彼女の真後ろに立つと…。三日月を解除した。そして…
「わー!!!」
と、ありったけの大声で叫んだ。
「ひゃああ!!」
と、彼女は大声を出す。反応が結構かわいい。事に一瞬焦るが、彼はすぐに我に返り、三日月を展開。そして、その場を離れる…
刹那…慶次郎が、え?と、思う間もなく、おびただしい数の矢が俺の立っていた場所に降り注いだ。
ドドドドドドっと矢が刺さる音とは思えないほどの重低音が響く。
地面がえぐれてるじゃねえか。ただの矢じゃないのか?しかも矢の雨は慶次郎の逃げる方にどんどん迫ってくる。
さらに…
「神器!『高雄』!!!」
いつの間に女の手に彼女の身長ほどの錫杖が握られている。彼女が叫んで錫杖で地面を叩くと、彼女を中心に円形の炎が壁のように出現し、それがドンドン周囲に広がてきた。
ーーヤバイどっちも当たったら死ぬ。
慶次郎はとにかく走って反対方向に逃げた。どうやら彼の姿が捉えられないから出鱈目に打ってたようで、矢の雨はすぐに止んだ。炎も周りの民家に火がつくのを怖がってかすぐ消える。
ーーあっぶねえ…普通の手順で鬼丸使って神器回収してたら死んでたな。特に女の炎は明らかにカウンターを狙った攻撃だ。下手したら黒焦げだった。
「大丈夫か!?」
さっきの弓の男の声が聞こえた。今の矢…十数発発同時に討ったのか、しかも俺が姿を現してから着弾まで1秒も無かった。なんて、使い手だ。当然、あの女の子には一発も当たってない。多分、さっきの鳥が弾着観測の役目も果たしてる。この対応の早さ。どれだけ戦いなれてるんだ?と慶次郎は彼らの実力に舌を巻く。
「だ、大丈夫。何もされてないよ。お兄ちゃん。」
「あの野郎、ぶっ殺してやる!」
「お兄ちゃん。闇雲に打ったら家に当たっちゃう!」
「おい。見ての通り俺が攻撃の起点だ。次は俺を狙え!」
ーー嫌なこった。絶対近接戦用の奥の手持ってるだろ。多分他の4人も一緒だ。しかしこの2人、兄妹だったのか。見た目クールな顔してあの兄ちゃん、妹に手を出すと、キャラが壊れるな。
「落ち着け継信。忠信、奴は何をした」
遠くで、さっきのリーダー格の少年の声がする。なんだ?電話みたいに遠方の人間と話せる能力か?
「本当に何もしていません。脅かされただけです。」
妹が答える。
「ふむ。こちらの出方を見たわけか。気を付けろ。完璧な隠密だ。忠信の側に現れるまで誰も存在に気付けなかった。恐らく、索敵能力もある。こちらの配置がばれている」
「厄介だな。次は誰を狙う?一度全員で集まりますか?」
さっきのキサンタの声だ。彼は別の離れた場所にいる。3地点で会話してる。やはり神器の能力であるかと、慶次郎は思う。
「いや…次に奴が狙ってくるのは…」
少年は、そこまで言うと、目を見開いた。
ーー正解だ少年。既に移動済み。俺は今「お前の目の前にいる!」
少年の背後に回り込んだ慶次郎は神器三日月を解除。そして、神器顕現。鬼丸を顕現する!
「貴方の神器、頂戴します。」
ーー1秒あれば充分なんだよ。こいつら、手練れどころじゃない。多分、全員化け物だ。対策立てられたら、こいつらから神器は取れない。どころか、毎晩つけ狙われて京都から出て行かないといけないかもしれない。その前に一番うまそうなお前の神器だけでも…。
慶次郎は、鬼丸を展開した右手をそれの心臓に押し当てようとした。
しかし、その刹那…。
その少年の姿が彼の前から消えた。消えたのではなく、中空にふわりと舞い上がったのだと分った…直後に、背中に何かがふわりと落ちてきた感触。そして、それが、そいつが背中に着地したのだと理解した瞬間----
「ぐわああああ!!!」
慶次郎は某、クロコダイ〇のような悲鳴を上げ、全身を強かに地面に押し付けられた。軽そうな体(実際、身軽に宙に舞い上がった)なのにとんでもない衝撃を彼は受ける。全身に過重がかかり一歩も動けない。
ーーそうか、こいつ。…重力操作系の能力者…。
「顕現…神器『鞍馬』。もう勝負あったがな」
ーーダメだ。完全に捕まった。
「やっと会えたな。素晴らしいぞお前。この状況で迷わず大将の首を取りに来るとは。大胆なようで、合理的だ。神器もいい。攻撃に転じる際の殺気が消せないのは残念だが…貴重な能力だ。」
ーーダメだ。殺される。でなくても神器を奪われる。神器を失ったら、もうこの世界で生きていく術は無い。どっちみち死ぬ。
「顕現…「数珠丸」…」
慶次郎はかすれた声でつぶやいた。すると、彼の手の中で鈴がリーンと小さくなった。
「うあああああ!!」
そのリーダー少年が少女のような声を上げて耳を押えて。うずくまった。数珠丸は音を操る能力…さっきは小さな音を拾う事に使っていたが、普通の音を大きくして、途方もない大音量として聞かせる事もできる。鼓膜が破れるくらいに。この切り札、どうやらその少年に効いたようだ。
とたん、体が軽くなる。重力操作の神器の力が解けた。よし、振り解きさえすれば、三日月で逃げられる。とにかく、逃げろ。慶次郎は必死に頭を回転させた。少年は何をされたか分からないまま、しかし、俺を逃がさないよう。彼の背中にガッツリしがみついている。くそ、離れろ…と、慶次郎は力いっぱいそいつを振り払った。
「いや!」
と、少年は彼から突き放れて尻餅をついた。
ーー…ん?
少年の上着がはだけているのが見えた。巻いている晒が今ので破れてはだけた胸が見えた。
ーーえ、…胸?胸ってこれは…そういば、さっきから声が…?
この時、慶次郎はその少年の顔をはっきりと見た。目があう。潤んだ瞳…少女と見間違うような…目鼻立ちの通った顔に…
ーーいや、見間違うってこいつ…。もしかして…、って、やってる場合じゃなかった!
慶次郎は三日月を顕現させて、とにかく走り出す。
「逃がさん!」
そいつが叫んだ瞬間、再び慶次郎の体に過重がかかり慶次郎は地面にうつ伏せに地面に押しつけられる。あたりの一帯の地面全体が、かかった過重でひび割れていくのが見える。
ーーくそ…なんて、能力…。ここまでか…
その少年?は衣服の乱れを直しながら慶次郎に近づきそして彼の背中に腰を下ろした。
「まだ、奥の手があったのか?ますます気に入った、まあ、私の話を聞け…」
そこまで言うと、そいつは大きくせき込んだ。何か液体が彼の顔に落ちる。
ーーこれ、血?え?さっき振りほどいたとき、そんなにダメージ入ってたの?それとも…。
「落ち着いて聞いて欲しい。我々は平家ではない。お前をとらえに来たわけでも、神器を奪いに来たわけでもない。お前の力を貸して欲しいのだ。」
ーーこいつ…何を言ってる?っていうか全員で俺を殺る気満々だったやんけ。
「私の家来になって欲しい……。私は……」
慶次郎がこの世界に来て、2年近い年月が流れていた。なぜこの世界に転移したのか、何をすべきなのか?彼は全く分からなかった。だが、この少年…いや、少女と出会った事で、彼はこの世界で担うべき「役割」みたいなものをようやく理解した…気がした。平家の侍相手に、この京の都でひたすら武器を奪ってきた、この1年。それは、そんな慶次郎をスカウトしに来たのだ。これはまさに…。
「源九郎…。源義経だ。」
ーー俺…もしかして、弁慶じゃね?