第2話 神器『三日月』
〇京都五条大橋
慶次郎は、それと対峙した。そして…
「ばーか」
と、突如、彼は踵を返しその場を走り去る。
ーーまともに相手するワケ無いだろう。どう見ても罠だ。
ここまで、ひたすら平家の人間っぽいやつらの神器を奪って来た慶次郎。そろそろ捕獲、否、討伐部隊が現れると想定済みだった。
「き、消えた!?」
今まで、余裕たっぷりにこちらを見てた「それ」が急に慌てて声を上げる。どうやら女のようだ。
「落ち着け。遠くには行ってない。姉さんがすぐに見つける。」
予想通り、もう一人いた。だが、慶次郎はさらにあと3人…、この女の仲間がいる事を把握している。男の方は随分と落ち着いて見えた。背が高く、細長い印象を持つ…。殺し屋タイプのクールキャラかな。次元〇介を想起させる。大きな弓を持っているのに、矢筒どころか、矢っぽい物を持っていない。慶次郎が予想するに、射撃系の能力者。あの弓が彼の「顕現」した神器だ。神器の「顕現」とは…。
「まだ予定通りで大丈夫だ。一か所に固まらず、指示通りの配置に着く。」
その時、慶次郎の目に夜空を翔ぶ一羽の鳥が見える。フクロウだろうか。2人はその鳥を見ると。目を合わせ、うなづき合い。それぞれ、反対方向に走り去った。
ーーあれが、さっき男の言っていた「姉さん」が使う神器かな? 鳥を使役するテイマー的な能力か……。あるいは、あの鳥自体が顕現した神器の可能性もある「。姉さんがすぐに見つける。」あの男の言い方から判断すると、索敵が出来る能力だろうな
慶次郎は2人が走り去った後、1人橋の上に残された………。説明が未だでだった。実は、彼は走り去ったフリをして、ずっと2人の目の前にいた。そう。これこそが彼の神器…。
神器『三日月』!
神器の名前は自由に決めてよいとの事でかなり人によって個性が出る。この三日月は、所謂、認識阻害系能力、古くはドラえも〇の「石ころぼう〇」に代表される、存在感を一切消し、相手から気付かれなくする隠密能力である。消えるわけでなく相手から気付かれなくなるってのがポイントであり、実際に姿を消す能力に比べかなりお得に習得できた。戦闘の勘が獣並みに鋭いこの時代の武士達から神器を奪う為に身に着けた、慶次郎の異能である。便利で使いどころが多い。彼はひとまず逃げたフリをして目の前で奴らの会話を聞いていたわけだ。
今の状況から判断すると「姉さん」の、あの鳥の神器では未だ慶次郎を発見できていない。この『三日月』…動物にも有功である事はすでに実証しているのだが、弱点もある。さっきも言ったように実際に姿を消す能力では無いから、機械的なセンサー…例えば熱感知センサーのようなものに体温がひっかかったら、当然そのアラームで存在は気付かれてしまう。確証は無いが、あの鳥は術者が鳥の視覚を乗っ取って、直接覗く…ドローンのような能力だと彼は予想する。もし気付かれていたら、この状態で放置されてるワケはない。ただ、映像に関してはかなりグレーであり、例えば録画した映像に慶次郎が三日月を使って写っていたら、その写ってる画面にも気付けなくなるのか。というのは、試しようがないので依然不明である。そう考えると、かなり危うい能力ではある。
どちらにしても索敵役の警戒に引っかからないのであれば、これはチャンスだ。さっき、彼はまともに相手するワケは無いと言ったが、神器を諦めるとは言ってない。この水準の神器の使い手が他に5人もいるのだ。
「いない…わね。本当に消えたみたい。」
「ふん。逃げたのだ。一瞬で遠くに移動する神器でも使ったのだろう。所詮は雑兵。我らを相手に戦う力などあるまい。臆病風に吹かれたというわけだ。」
「でも、簡単にエサに食いついてこなかったのは、良い判断だったわね。頭がいいのかも」
さっきの2人とは別の所にいる3人組の会話に俺は意識を集中した。
一人は、随分と色っぽい声の女性だ。おそらく彼女が「姉さん」だろうな。
もう一人は図太い声の男だ。声からかなり良いガタイをしてるのがうかがえる。そして…
「ヒタチの鳥の警戒を振り切った…あるいは、それを上回る隠密能力…という事か。素晴らしいな」
「ずっと思っていたのですが、たかが町の変質者を過大評価しすぎですぞ。」
変質者とは随分な言い草だ。慶次郎は苦笑する。図太い男の声が敬語になった。その相手は…おそらく少年だ。平家のお偉い方の御曹司だろうか?話し方の抑揚の節々からなんか、金持ち感がある…ような気がする。慶次郎がもっとも注目したのが、この子供だ。遠くからでもわかる。他の4人もかなり強力な神器の使い手だが、この少年はさらに桁違いの神器使いだ。今まで狩ってきた平家の一般兵、何人分の神器に相当するか慶次郎は想像もつかない。
「キサンタは、もう奴が近くにいないと思うか?」
「あれだけの数の神器を狩っているのです。当然、命を狙われている。いざという時の逃げの一手は用意しているでしょう。」
「ふむ。一理あるな。」
さらに、解説が必要となる。なぜ、慶次郎がこの離れた場所にいる3人の会話まで盗聴しているのか。これも神器の力である。これが彼の「2つ目の神器」だ。神器は2つも持てるのか?という当然の疑問は湧く。神器はたいてい一人1個、複数個もつ者もいるが、多くても2つがやっとである。慶次郎はこれを能力のスロットと呼んでいる。理由は現在不明だが、慶次郎はこの神器のスロット数がなぜか他人よりかなり多い。幾つまで増やせるか分からないがまだまだ増やせる余裕を慶次郎は直感で感じている。神器を使い始めてまだ2年も経ってない彼が、猛者達を相手に、こんな「神器狩り」を行えるのもこうして複数の神器を組み合わせて使っているからである。
「だが、これは私の勘だ…。逃げたフリをして奴は必ず我々の神器を狙ってくる」
「信じられませんなあ。」
「まあ、逃げたのならそれはそれで賢い判断だと思う。だから、奴の神器は是非欲しい。」
「納得は行きませんが、雑兵に大きな顔をされるのもしゃくですからな。」
どしん、という音が響く。キサンタと呼ばれた男が自分の獲物を地面にたたきつけた音だろうか?と、慶次郎は思う。
「ヒタチ、未だみつからないか?」
「ダメね。屋内も、探させているけど…、それらしいのは」
「よし、奴が一網打尽にする能力を持ってたら、危険だ。別れて、引き続き捜索を行う。奴も単独相手にの方が仕掛けてきやすいだろう。そこをとらえる」
「了解」
そんな、会話がなされた後、3人が別れて遠ざかっていく足音が聞こえる…。
ーーこっちが姿を現せば、勝てると思ってるのか?確かに俺は、どつきあいでお前たち武士に勝てる能力は無い。平安の武士達よ。俺は令和の時代の高校生だ。お前らの拳一発、受け止める自信は無い…が、上等だ。こちらの戦い方をみせてやろう。その神器、全て失ってから後悔するといい…
本気モードになった彼は、いつも少し顔を隠している裏頭を取り外す。
しかし、内心初めて迎える実戦に、その心は、ビビりまくっていた。




