第16話 決着
〇廃坑 入口付近
おかしい…。夕顔はもう一度周囲を警戒する。さっきから、日立の折り紙と土蜘蛛の戦いが続いているが、一行に状態が進展しない。実際の紙が無いと発動できない事はさすがに夕顔も知っている。このまま日立が折り紙を消費し続ければ、そのうちネタが無くなるだろう。気になるのは、日立の横に控えているあの男…。なぜ、さっきから何もしてこない…? あんな所にいるくらいなら、どこかに隠れてた方が良いのではないか?
いや、まて…。夕顔は懐から短刀を取り出し、それを日立の横に棒立ちしている慶次郎に投げつけた。担当は眉間に命中した。が、血もでず表情も変わらず、代わりに体表が紙のようにぺりぺりと剥がれ落ちてきた。
「張り子…偽物か…。そんな能力まで! おのれ! 」
おそらく本物は、既に奥まで侵入している。義経が動けるようになったら厄介だ。すぐに自分も応援に向かわないと。夕顔は、土蜘蛛を日立に向かって突撃させようとした。が、そこで土蜘蛛が動きを止める。
「ばかな…! なぜ! 」
夕顔は土蜘蛛をよく見ると、土蜘蛛の関節の隙間や熱や動きを感知するセンサー部に細かい紙が貼りついている。あの無数の蝙蝠…ただの目くらましではなかったのか。夕顔は日立を睨む。
「悪いけど、無駄に折り紙を捨ててたわけじゃないの。この土蜘蛛はもう動かないわ。」
「おのれ! ならば! 」
夕顔は刀を抜いて日立に切りかかった。途中襲ってきた神器の犬は一瞬で切り伏せ、刃が日立に届こうとした。しかし、日立は刃を片手で軽く横に裁くと夕顔の襟と袖をつかんで彼女を投げ飛ばした。咄嗟の事に受け身も取れなかった夕顔は強く背中を打ち付けた。
「ごめんなさいね。私もお父様にあなたと同じ武術の訓練を受けてた。研究所に入ってからも鍛錬は欠かさなかったの……」
体術だけは日立に勝っていると思っていた夕顔は、これに大きく傷ついた。
「ちくしょう…まだだ…まだ! 」
土蜘蛛が淡く光りだした。
「自爆…やめなさい。作戦通りなら、もう奥も制圧されてるわ。無駄死によ」
「それでも、お前だけは!!日立!」
日立は最後の折り紙を獲ろうとした。土蜘蛛が廃坑内で自爆しようとしたとき、爆発を抑え込むために作っておいたものだが、それでも落盤しない程度に、完全に抑え込めるかはわからない。だめか…と、思ったその時…
「枯れ木に花をー、地面に穴をー」
そんな声が聞こえる。土蜘蛛の地面に円陣が現れ、そこに土蜘蛛が吸い込まれて消えていく。土蜘蛛が消えた円陣の中からかすかな爆発音が聞こえた気がした。
「神器『金爛砂子』…間に合ったでやんす。」
「弥太郎……貴様なんのつもりだ。」
「ここまででやんすよ。夕顔さん。お姉さんが言った通り奥は全員つかまっとります。死しても一矢報いんとするのは勝手でやんすが、あっしは巻き込まれるのはごめんでさ」
奥から弥太郎が現れ、後ろに慶次郎と義経が立っている。
「義経ちゃん! 」
「日立、心配をかけたな。来てくれると信じていたぞ」
さっき、慶次郎が盗聴した会話の内容を日立も聞いている。義経がわざと捕まり自分達が助けに来るのを待ってた事を日立は既に分かっていた。
「本当…手のかかる妹が増えたわ……」
日立は義経の様子を見てほほ笑んだ。
〇同じ場所 しばらく後
「貴様ら……。俺に相談もせず、独断先行しおって……」
「弁慶は私が頼んで一緒に来てもらった……。責任も罰も全部私が受けるわ。」
時間が少し経過した後、鬼三太と継信と忠信…3人の義経の家来が駆けつけた。義経は平泉軍より一歩先に彼ら3人に連絡するよう、日立に指示をした。
「上等だ。人の面子をことごとく潰しおって。首でも差し出すのか? 日立。」
「ええ。今のアンタなら一対一で夕顔を瞬殺できたはずなのに、昼の襲撃の時アンタはそうしなかった。。アンタが仲間の為ならその程度の面子、潰してくれるのはよく解ってて私はその事に甘えた。だから誠心誠意謝罪します。いらないと思うけど、欲しいなら首も上げる。本当にごめんなさい」
日立は深々と頭を下げた。鬼三太は顔を真っ赤にして顔を背けた。
「そんなワケはあるか! それに、「北の狼」の処分はまた別の話だ。」
慶次郎ははその様子を黙って横から見ていた。当然、本当に日立の首が欲しいなんて鬼三太も思ってはいまい。出会ってから、そんな様子を少しも感じなかったが、この2人は意外と良い組み合わせかもしれない……と慶次郎は思う。
「それだ。お前達。平泉よりお前達に先に来てもらいたかったのは他でもない。先の無名丸の一件から、今日の襲撃事件まで…。私とお前達、そしてお前達同士の間にも、いささか邪魔な蟠りを感じていた。この「北の狼」…そして夕顔の処分、お前達が話あって決めろ。方法は任せる弁慶を含め全員同等の権限を持ち、必ず全員同意の上で結論をだせ。私はそれを一切反対せずに受け入れる。」
義経の言葉に家来達5人はお互いの顔を見合わせた。「北の狼」の面子はほとんど全員今気を失って倒れている。慶次郎が鬼丸で根珠を剥ぎ取っている。
「生かすか、殺すか、根珠はどうするか。平泉に引き渡すか、逃がすか…。全て決めるのだ」
義経はそれだけ言うと、廃坑の壁にもたれかかり静かに目を閉じた。




