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第15話 突入


 廃坑の中にけたたましい警報音が鳴り響く。


「すぐに入り口に土蜘蛛を向かわせる。全員、義経から目を離すな!弥太郎!お前は…」


「分かってやんすよ。『金爛砂子』でいつでも皆さんが逃げられるように準備しときやす。」


 夕顔は、フンと言い、その場を走り出した。


〇廃坑内、入り口付近


 夕顔は数人の部下と共にその場に駆け付けた。警報装置は二回反応した。外に何人かいる可能性はあるが敵は2人だけだ。多分、伴藤六は既にやられている。土蜘蛛だけでなんとかしないと…。

 そして、入り口に2人の人間がたっている。一人は確か義経を攫った時にいたあの少年。もう一人は姉の日立だ。


「日立。人質のいるこちらに正面から来るとは随分、いい度胸じゃないか」


「あら。あなた達に義経ちゃんをどうこう出来る力があるとは思えないけど。今、義経ちゃんを手放すことも殺すことも出来なくて、持て余してるんでしょ? 」


 既に何らかの索敵能力で中の様子を見たのか…いや、姉が良くやる手だ。これはハッタリ。


「貴様らこそ、余裕ぶるな。お前達だけで土蜘蛛をどうにかできるものか!? 」


 夕顔の背後に土蜘蛛が現れる。それはまっすぐに慶次郎と日立に向かって襲い掛かった。


 神器『大鸞青翔図』ーーー


 日立は折りあがった折り紙を数個、土蜘蛛に投げつける。それらは4匹の大型の犬に姿を変え、土蜘蛛に襲い掛かる。土蜘蛛はその攻撃を巧みにかわし、一匹の犬を一撃で消し去る。

 日立は続けて懐から、今度はおびただしい数の折り紙を投げる。それらは全て百は下らない、蝙蝠の姿になり一斉に土蜘蛛に襲い掛かる。土蜘蛛はそれらを両手を振り回し、必死に振り払う。


 どういう事だ? 夕顔は、その様子を一歩下がった所から見て思う。一匹一匹の力は全くない。目くらましにするには中途半端な物量だ。時間を稼いでいるようにしか見えない…。そんな事を思っているとさっきの犬が夕顔に襲い掛かってくる。


「弱い! 」


 夕顔は刀を抜いて、その犬を切り伏せる。犬は、千切れた元の折り紙に戻る。


「まだまだ、気を抜くには早いわよ。夕顔」


 夕顔は日立の顔を睨んだ。


〇炭鉱奥の空洞


「ふーむ。まずいでやんすね。もうこれ、撤退した方が良く無いっすか?」


「ばかな。たった2人の侵入者に逃げていられるか。上で夕顔が抑えているではないか。」


 弥太郎は、この北の狼の棟梁、葛西利松かさいとしまつが、あまり得意では無かった。ゲリラ戦を中心とする組織において、この当時の武士(もののふ)が持つプライドや面子…例えば「やあやあ我こそは…」と名乗り一騎打ちを始める礼儀…は邪魔でしかない。不意打ちだまし討ち上等、ヤバくなったらすぐに逃げる。下らないプライドをかなぐり捨ててでも勝利を取りに行く人間でなくては、こんな戦い方はいつまでも持たないというのに……。


「分かったでやんす。ではあっしは先に穴の向うに行かせていただきますよ。あっしが殺されたら逃げ道が確保できないでやんす」


 「好きにしろ」と、言う葛西に背を向け、弥太郎は空洞の奥にやってくる。そこにあの転移空間である円陣が浮き上がっている。


「そろそろ、潮時でやんすかね。北の狼も……」


 弥太郎はつぶやくと、その円陣に入ろうとする。その時ーー


「声を出すな。まずは、その転移神器を解除しろ」


 慶次郎が弥太郎の背後に立っている慶次郎は手をまわして弥太郎の頸動脈に小刀を突きつけている。


「おかしいでやんすね…。侵入者は2人…上で夕顔の姉さんが抑えているはずでやんすが…。」


「お互いに、接近戦は苦手なようだな。さっきからお前の背後にいたぞ。俺は。」


 転移円陣が静かに消滅した。


「弁慶さんでやんすね。昼の襲撃の様子…後で聞きましたよ? アンタ、夕顔さんにとどめを刺せなかったそうでやんす……」


「声を出すなと……」


 弥太郎は、すばやく懐に手を入れると何かを掴み、ぱっと慶次郎の顔に粉のようなものを振りかける。慶次郎は目つぶしを食らって、思わず目をつむる。弥太郎は素早く慶次郎を振り払い、彼から距離をとる。


「何らかの方法であっしが、転移系能力者と知っていたようでやんすが……、詰めが甘いでやんす。これがあっしの神器『金爛砂子』の顕現体……」


 弥太郎は、懐から小さな巾着袋を取り出す。彼はその中にてっを入れると中から金粉のような砂を見せた。


「これをこうやって、ほら枯れ木に花を咲かせましょーー」


 弥太郎は空間にぱっとその砂を撒く。またさっきの転移円陣が現れた。


「このように、すぐに入り口を作る事が可能でやんす。あっしの背後をとったなら、すぐに殺すか無力化しておくべきだったでやんすよ。その甘さは戦場では命とり……ってのは、きっと皆さん忠告してると思いやんすが」


「お前に聞きたい事があっただけだ。」


「そうでやんすか。実はあっしも旦那にちょっとだけ興味があったでやんす。ま、こんな時でなければゆっくり、茶の湯でもしばくでやんすよ」


 弥太郎は慶次郎に背を向け、転移陣に飛び込もうとした。


「そういうな…。せっかくここまで来てくれた私の家来だ。もう少し相手をしてやってくれ」


 刹那、弥太郎は襟をつかまれ、強く地面にたたきつけられた。


「ちゃらい奴だが、お前に言った事は正解だな。弁慶。少々詰めが甘かったようだ。」


「せっかく、助けてやったんだから、ちょっとは可愛らしくしたらどうだ。」


 慶次郎に言われ義経はクスクスと笑った。


「そんな事を言うな。怖かったのだぞ? 弁慶」


「うるせえ、さっきの話聞いてたんだよ!こっちは。」


 少し、しなを作り可愛らしく小首をかしげてみせる義経に慶次郎は少し顔を赤らめながら怒鳴る。


「そうでやんすよね。ここまで侵入したなら、まず先にあっちを解放するに決まってた…」


 地面にたたきつけられた痛みを堪えながら、弥太郎が言った。


毎日…はちょっと無理だけど、なんとか…。

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