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第12話 迷い決断

〇数年前…平泉市街地 研究施設


 夕顔も人質として捕まっていたのか。日立は最初そう思った。確かにここ数日、別の任務が入ったとかで義経護衛の任務を外れていた。それにしても…


 土蜘蛛はどうしたのだろう? あの夕顔がそんなに簡単に捕まっただろうか。人質を取られて抵抗する術を失っていたとも考えられるが…。それにしても、あの恰好…まるで研究所の一員のようだが…。


 そこまで、考えて日立は反射的に懐に手を入れる。今回は使わなかったが、白兵戦に巻き込まれた時の為の攻撃用動物の折り紙を何個か用意していたのだ。しかし、夕顔は既に動いていた。彼女はリーダーを中心に数名の犯人集団が連れていかれる様を目視すると徐に地面に手を当てた。そういえば、この下は地下室が…。日立は反射的に叫んでいた。


「全員、この場をすぐに離れて!! 」


 すさまじい轟音が響き、地面が割れてその場にいた多くの人間が地下へと落下する。そして、開いた穴から土蜘蛛が這い上がってきた。土蜘蛛は、ちょうど束縛されている犯人達のすぐそばに現れ、周囲にいた護送隊を吹き飛ばした。


神器『大鸞青翔図たいらんせいしょうず』ーーー


 日立が二つ…放り投げた犬型に折られた、折り紙はたちまち大きな狼の姿になり土蜘蛛に襲い掛かった。


「弱い!! 」


 夕顔が叫ぶと土蜘蛛は右手を一振り…襲い掛かってくる狼を弾き飛ばす。狼は形を維持できず、元の折り紙に戻る。しかし、その直後、土蜘蛛は動きを止める。今度は巨大な蛇が土蜘蛛の体に巻き付いている。この蛇も日立が投げた神器である。


「今のうちに、離れて! ここは私がなんとかします! 」


 日立は、犯人を護送していた人間達に声をかける。が、土蜘蛛に吹き飛ばされた多くの人間はまだ起き上がる事すらできずにいる。もう、死んでる者もいるかもしれない。そして、土蜘蛛は体に巻き付いていた蛇を振りほどく。蛇は元の折り紙に戻った。土蜘蛛はそのまま、日立の体を殴りつけようとした。刹那、土蜘蛛が大きく横に吹き飛んだ。


「すまない、援護が遅れた。どうも私は実戦経験が足りなくていかん…」


 間一髪、義経が土蜘蛛に飛び蹴りをくらわしていたのだ。あんな小さな体で、どうやって…と思ったが、『鞍馬』の重力操作を上手く使えばそれも可能なのかと日立は納得した。そして、今度は鬼三太が駆け寄ってくる。『大比叡』を顕現させ土蜘蛛を切り付けた。土蜘蛛はその薙刀を左手で受ける。鬼三太がニヤリと笑う。大比叡が当たりさえすれば、土蜘蛛は消滅するはずだ。しかし、土蜘蛛は薙刀が当たる瞬間に自ら左腕を切り放していた。消滅したのは左腕のみであった。


「なんと器用な…。本当に遠隔操作型なのか?」


 鬼三太が、目を丸くする。日立と義経と鬼三太が夕顔、土蜘蛛と向かい合う。そして夕顔に拘束を解かれた、テロリスト達もその後ろにいる。彼らは辺りに転がっていた刀を構えている。神器使いも何人かいるだろう。


「夕顔…あなたも、彼らの仲間だったの? 」


「だったら何だ?! 平和ボケした、この国の…! 」


 刹那、夕顔の右頬を高速で何かが、かすめて飛び彼女の背後の壁が崩れ落ちた。夕顔は驚き顔を後ろに向ける。崩れた瓦礫の中に鳥の形に折られた折り紙が落ちている。


「それ以上言わなくていいわ夕顔。貴方を捉えます。」


「いつもそうだ! 姉上は、私の意見…話など聞いてくれない! 姉上は聡明でいつも正しい! そんな事は解っている。でも、私は…! 」


 日立は、それを聞いて少し悲しそうな表情をするが、すぐに表情をキツくして夕顔を睨んだ。


「及ばずながら加勢します。日立殿。平泉の平和と秩序を乱す者たちを私は捨て置けない。」


 義経が日立に言う。日立が義経を見ると、義経は日立を見返す。「すぐに外にいる継信と忠信が来てくれる。そうすれば、彼らを殺さずにとらえる事は容易いから、今は時間を稼いで欲しい。」何も言葉を交わしていないのに、日立は義経の意図をそのアイコンタクトだけで理解した。まるで、何年も付き合ってきた友人のよう…、いやこれも彼が生まれ持ったカリスマがなせる技なのだろうか?


「源義経! 貴様には解るまい! この国は強くならなくてはいけなかった。しかし、お前という大きな軍事力を持ってしまった故に、この国の軍事力強化は大きく遅れる事になるだろう。そして、お前がこの国を出て行けば、また別の誰かに頼る。そうやてこの国は別の国に寄生しなければ維持できない国になっていくのだ! 」


「ご高説だが、夕顔殿。それは後ろにいる誰かの受け売りかな? この義経の心には微塵も響かない。」


 夕顔は悔しそうに義経を見る。


「教えてやろう。お前は日立殿に対するあこがれが憧れが届かない事に苛立っているだけだ。偉大な姉に引け目を感じて…などと言えばまだ聞こえはいいが、要は、自分の方を向いていくれない姉に構ってくれと駄々をこねているだけなのだ」


 それを聞くと夕顔は「貴様!!! 」と叫び刀を抜いて義経に切りかかった。義経はそれをひらりとかわす


「私の神器を知っていながら距離をつめてくるのは、自殺行為だぞ」


 義経は、夕顔と距離を詰めて体に触れようとしたが、急に別の方向から殺気を感じてその場から飛びのいた。義経が立っていた場所に銃弾が数発当たる。

 夕顔に助けられた犯人一味の一人が隠し持っていた「銃」で援護狙撃したのだった。


「夕顔。時間がない。挑発にのるな! 」


 夕顔は、仲間のそのセリフを聞くと咄嗟に義経と距離をとった。


「残念だが、時間だ。義経。私は貴様のその上から目線で者を言うその不遜な態度が大嫌いだった。ここで勝負を付けたいが残念だがここまでのようだ。」


「おう…、今の言葉は響いたぞ。夕顔。私は上から物を言っていたつもりなど無かったのだが…。」


 義経は本当に落ち込んだ顔をした。


「時間だ。」


 夕顔が叫ぶと夕顔の背後の空間に黒い大きな円系の陣が現れる。


「なんだ?あれは?」


 見ていると犯人達が次々とその円陣に飛び込み始めた。


「空間転移系の神器?!! 逃げる気? 」


 日立が叫び、駆け寄ろうとした。


「ダメだ。時間がない! あれをやる。鬼三太、日立殿を頼む! 」


 言うと、鬼三太はうなづいて日立を素早く背中に背負いその場を離れた。


「ちょっと、何を!? 」


「あれはヤバイ。巻き込まれたら最悪死にます」


 背中で叫ぶ日立に鬼三太はそう言った。


「いいだろう。夕顔。お前達の言う、大きな軍事力と言うものがどういうものか…自分達の身をもって知るがよい」


 義経は逃げていく犯人達に言い放つと、目を大きく見開いた。

 あたりの空間が歪み全体にすさまじい重力負荷がかかる。元から土蜘蛛のせいで、地下室の天上が崩されていた場所。建物を大きく巻き込んで崩壊を始めた。


〇しばらく後、柳の御所内の一室


「逃げられましたか…」


 藤原秀衡は相変わらず、眉間にしわを寄せたまま言った。


「いやー。面目ない。能力の発動が少し遅れたようです。」


 結局、あの後、義経の能力で殆どの犯人は取り押さえられたのだが、夕顔をはじめ数人を取り逃がしてしまっていた。この場は義経、日立、秀衡の三人で話をしている。


「あの時既に現場の指揮権は、軍に移っていました。責任はこちらにあります。今回そもそも義経殿に頼り過ぎたのは我々の大きな反省点。それよりお体は? まさか『鞍馬』に、そこまでの能力があったとは…」


「なんの。これくらいは問題はありません。」


「で、犯人達の事ですが…」


「夕顔の事…。申し訳ありません。きっと、またこの平泉へ敵対行動を起こすはずです。その時は、必ず私が…」


「いや、彼女の事はこちらとしても申し訳なかった。お前達姉妹の心の確執を気付いてやれなかった。」


 秀衡は敢えて、夕顔を殺すか否か…の話題はこの場では避けた。あの後、解った事だが、夕顔は既に文殊を使って、土蜘蛛のコピーを行っていたのだ。藤原泰衡が、軍事目的ではなく「災害救助用」の為と強引に名目を書き換え秀衡に直談判して文殊を使ったのだと秀衡は言った。自分に何も言わずに全て終わらせた泰衡に怒りは感じるが、もうそこまで夕顔が思いつめていたのならキッカケが誰であれ遅かれ早かれこうなっただろうと日立は言った。

 そして、そのコピーは失敗したようだ。あまりにも複雑かつ大きな力を必要とする土蜘蛛は出力の劣るコピー神器では動くことすらできなかったらしい。その事も夕顔の面子を大きく傷つける事になったのだろう。そして…


「日立…さっきの話だが…本当に平泉を離れるのか? 」


「はい。義経様と共に行きたいと思います。守秘義務はありますし、夕顔のこともあります。研究所には可能な限りの事を今後もしていくつもりですが…。義経様が平泉を離れる時は…」


「そうか…。義経殿…、日立は未だ幼い時に親元より私がこの柳の御所に呼んだ逸材です。私も実の娘のように目をかけてきました。なにとぞ…よろしくお願いいたします。」


「まかされました」


 義経は笑顔でそう言った。


 秀衡の謁見の間を出てしばらく2人で柳の御所の廊下を歩いていた。

 すると突然、義経はバランスを崩し、前のめりに倒れようとした。日立が慌ててそれを押える。


「大丈夫ですか?義経様。やはり『鞍馬』を使った後はもっと休まないと…」


「大事無い。それに今はようやく、こうやって本当の意味で体を預けられる家来が出来たのだからな」


 義経は日立の顔を見て、気弱にほほ笑む。


「いやだわ。体を預ける…なんていやらしい。せめて場所を考えて頂きたいですわ」


 日立は照れ隠しの為か、わざとらしくホホを赤らめた。


「そんな意味では言っとらん。」


 日立は、そう言った義経を、ギュッと強く抱きしめた。


「どうした? 日立」


「全て任せて頂けるなら、私には…私にだけは強がりはやめて下さい。辛い時は辛いと…、そして、これだけの代償を払って能力を使ったのに、夕顔だけをわざと取り逃がした事も…」


「気付いていたか…。」


 タイミング的に一番前で義経に対峙していた夕顔は、義経の能力を一番受ける場所にいたはずだ。なのに、夕顔は無事にあの転移の神器の中まで逃げきっている。


「私の為に…やってくれたのですよね。どうか、自分を傷つけてまでそんな事は…」


 日立は目から涙を落とす。


「この程度の事で泣く必要は無い。なるほど…確かに、お前には強がりは無用のようだな」


 言うと、義経は静かに目を閉じた。どうやら、疲労から眠ってしまったようだ。

 日立は義経の寝顔を見て優しく微笑んだ。


〇時間が少し戻って倒壊した研究所内


 神器『鞍馬』の使用上のリスク…。あの直後、鬼三太から聞いた。能力を体から離れた場所に発動させると自分の体に相応のダメージが返ってくる。しかも、しばらくの間は能力を十全に使う事も出来なくなる。あの直後建物が倒壊した。能力が使えない状態であれに巻き込まれたら…。

 日立は、少し。離れた場所で鬼三太の手を振り払うと、研究所に慌てて走って戻った。そして、さっきまで義経が居たであろう所で、また折り紙を数個放り投げる。今度は小型の犬の形になりそれらが、辺りの匂いを嗅ぎ始めた。そして、そのうちの一匹が何かを見つけたように声を上げる。今度は折り紙を一つ投げて大きな猿を一匹作り出す。猿はその場の瓦礫をかき分けだした。まだ、時間がかかるのかと、今立自身も瓦礫をかき分けを始めた。やがて、埋もれていた義経を日立は発見し、引きずり出す。義経は衣服がボロボロ、口から血を吐いた跡があり、息も絶え絶えという感じだった。日立は慌てて治療しようと義経の上半身の衣服を脱がせる…そして…


「貴方…もしかして…女…? 」


 日立はその裸体を見て思わずつぶやいた。義経はそれを聞いてか静かに目を開ける。


「ふふ。鬼三太より先に駆け付けてくれたのか。やはり貴方はいい人だ日立殿…」


 「しゃべってはダメ」と日立は一先ず応急処置で義経のケガの応急処置を始める。その様子を見て、義経は静かに言った。


「日立。一緒に来てくれ。共に理想とする世を作ろう…」


 日立はそれを聞くと、はっと義経の顔を見た。義経は未だ意識が朦朧としているように見えた。


「お前の理想は美しい。私が必ず間違いにはさせない」


 義経は消えていく意識の中で静かに言った。


〇そして時間は今、平泉近郊の慶次郎と日立に戻る。


 少し義経の居場所が近くなってきた…と日立はトカゲの動きを見て感じる。2人は未だ鸞に乗って飛んでいる。


「で、夕顔が現れたのがその時以来…ってことか。」


「そういう事ね。あの後、夕顔たちは「北の狼」っていう組織名で犯行声明を出しているわ。それ以降、今まで大きな動きは無かった…。町中の警備はあれからかなり強化されたから、今回市街地の外に出たと土蜘蛛を狙ってきたのでしょうけど…。」


 あの無名丸と同じだ。平泉に来てから偶然かはわからないが、色々な物が動き始めているようだ…と、慶次郎は感じた。


「この先に昔、金の採掘を行っていた鉱山があるわ。人はいないし、中は入り組んだ廃坑…。奴らが隠れるにはちょうどいい場所ね…多分…」


「解った…」


「アンタの能力で義経ちゃんをまず助けたいのだけど、いける?」


 いつから、そのちゃん付を始めたのか? という疑問はさておき、慶次郎は慎重に言葉を選んで答える。


「それなんだけどさ…。さっき戦った時解ったのだけど、あの土蜘蛛には多分、三日月は効かない…」


 三日月は存在感を消す能力。おそらく感情、感覚が無く、機械的なセンサーのような物で敵の動きを捉えている土蜘蛛から逃げる事は出来ない。慶次郎は未だ、その事を義経一行に説明していない。


「何か能力の穴…弱点があるのね。解った。今は詳しく効かない。土蜘蛛は私が引き付けるから、あなたはその隙に義経ちゃんを…」


 姉さんは本当に話が早くて助かる。慶次郎は無言のまま頷いた。

 やがて、2人はその鉱山の中腹で鸞を降り、日立の案内の元、その廃坑にたどり着いた。姿を隠して2人は様子を伺う。入り口に明かりもつけずに周囲を警戒している人影が月明かりの下に見えた。どうやら、間違いは無さそうだ。


「なあ、姉さん」


 慶次郎は『数珠丸』を使い、中の様子を紙に書き出しながら言った。


「今回、上手くいって義経を助けて、アイツらを全員捕まえたら…。姉さんは夕顔を殺すの?」


 日立は、その問いに俯く事しかできなかった。


一応、義経が平泉にやってきた、その年齢、12、3歳くらいって事で…


え?何の言い訳かって、そりゃあ…。

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