第11話 その先にあるもの
また過去話が長くなる悪い癖…
ーー 一緒に来てくれ。共に理想とする世の中を作ろう。
日立が初めて義経と会ったのは、平泉の謁見の間であった。平治の乱で負けた源氏の御曹司を平泉で保護する事になったという…。平泉にいる間の接待役を日立は秀衡に仰せつかった。ちなみに夕顔も護衛として義経一行に付き従う事になり、くしくも姉妹は初めて同じ仕事をすることになる。敗北者として、虐げられてきた卑屈な子供か…あるいは、自分の境遇を受け入れられず、血筋のプライドだけで周りを見下してくる慇懃な態度のガキ…、そんな感じの子供を日立を想像していたが以外にもその子は礼儀正しくといっておどおどしている感じでもない。自分よりもはるかに大人なのではないか?という、落ち着いた人だった。
「ほお、このような美人が接待役とは恐れ入る」
頭の悪そうな大男がそういう。その男は思いっきり義経に頭をはたかれていた。てっきりもっと大所帯で平泉にやってくるものと日立は思っていたが以外にも家来はその大男の他2人のイケメンのみだった。もっとも日立は随分後までイケメンの内、一人を女だと思っていたのだが。
「ふむ。素晴らしい。噂通り、すさまじいまでの軍事力だ…」
簡単にだが、文殊と普賢を紹介してやってくれと秀衡に言われ、日立は義経達を研究所へと案内した。ひとしきり仕組みを説明したあと、義経がまず言った言葉がそれだった。
「やはり、軍事目的だと思いますか?」
と日立は義経に言った。
「と、言うか軍事に使わない手はないでしょう。これなら、神器を持たない人間も相当の戦力になる、平家も手を出せないわけだ。」
義経はさも当然という表情で答えた。この男もそうなのだ。やはりどれだけきれいごとを並べて言っても自分のやっている事は人殺しの道具を大量生産している事に他ならない。その日立の様子を察してか、義経は続けた。
「どんな神器も正しい信念を持って使えば、必ず正しい方向に民を導く…。奥州藤原初代様のお言葉でししたね。お恥ずかしながら、私も神器を使う身として常に頭に置いている言葉です。」
それを聞くと日立は嘲笑するように笑った。
「あんな言葉…、人を殺す事に言い訳を求めて考えたとしか私は思えない。」
「はっはっは。それを言われたら混沌の奥州に単身切り込み、ナミいる豪族を倒し巨大な国を作った初代様は形無しですね」
義経は、楽しそうに笑った。
「平和な世を作りたい。そのためには平家との戦に勝ち、多くを滅ぼさなくてはいけない。あまりに大きすぎる矛盾だ。…私は未だ子供だが…初代様の気持ちはわかる」
「まあ、確かに…」と、日立は言う。この男は何が言いたいのだろう?
「平和は成し遂げるより、続けていく方が難しい…。後に続く者にその意思を受け継いで貰わなくてはならない。貴方は初代様のその使命を知らない内に受け取っている…。それはとても崇高な事だ」
それを聞いて、日立はかなり戸惑う。が、一瞬の間の後、平静を装って言った。
「私、平和主義者だなんて言いましたか?」
「言ってなかったか? はっはっは」
少年はそれを言うと楽しそうに笑った。取り繕ったものの、日立がこの時この少年(この時は日立は義経を男と思っている)に相当、心を奪われていたのは言うまでも無い。
その様子を、護衛の夕顔は、少し忌々しそうな顔で睨んでいた。
事が起こったのは、その数か月後であった。
当時、柳の御所の外にあった研究所の一施設が、平泉軍に所属する百名程度の武将に占拠されたのだ。当時研究所に詰めていた十数人の研究者が人質に取られた。彼らは平泉政府へ、神器『文殊』の本体を譲渡せよと要求した。
「あの程度の数の武人に、奥州藤原が舐められてなるものか。今すぐに武力をもって制圧すべきです!」
叫んだのは、頭首秀衡の長男、泰衡である。先にも書いたが彼は国の軍事力強化の急先鋒であった。本来テコ入れしたかった軍部が、こんな事態に及んだ事自体が許されない事だったようだ。「人質を見捨てるのか? 」という、父の問いに泰衡は表情一つかえず「当然」と答えた。今、彼らは平泉の幹部を集めて、そのテロをどう対処するか? 会議を行っていた。当然、百名程度の武士を制圧する事は平泉の軍部には容易い。しかし、その際、人質をどうするのか? というのは平泉…いな、藤原秀衡という男にとってはかなり大きな問題である。神器『文殊』の複製体は初代、二代が生涯と神器の才能を費やし完成させた至宝。渡す事はありえない。しかし、人質を見捨ててしまえば、その初代から強く提唱され今日、今まで自分も信条としてきた平和主義を根底から否定する事になる。難しい決断を迫られていた。
「おそらく、それも敵の狙い…なのでしょうな。」
口を開いたのは義経だ。彼らは、名目上軍部のアドバイザー的なポジションとして平泉に身を寄せている。(実際、義経の神器『鞍馬』の戦闘力に軍部は驚愕した。)この会議にも義経は、何か役に立つ事があればと、参加を許されていた。
「彼らの目的は世論の操作だ。交渉に応じても、人質もろとも犯人を皆殺しにしても…、平泉の平和主義に大きな影を落とす。一気に軍国主義へと民の思想を傾けさせる事が彼らの本当の狙いでしょう。彼らにしたら、おそらく自分の命を捨てて本望。この事件で犠牲者を多く出すことこそ目的」
「なぜ? そう思うのだ? 義経君」
この時代の戦しか知らない人間には到底、今でいう思想的なテロ行為の動機など、分からないのかもしれない。眉間に深くしわを寄せたまま秀衡が言った。
「根拠はありません。ただ、彼らの狙いは文殊ではない事は明白です。武士がアレを手に入れても使いようが無いですからね」
「ならば裏で手を引いてるものがいるか、しかるべき組織に売り渡すつもりなのかではないのか? 」
少し、泰衡は苛立って言った。義経は「出過ぎた事を言いました」と、素直にそこは引いた。
結局、その会議で、少数精鋭で施設に潜入し、人質を奪還すべきだ。という結論に至り義経は自らその役を任せて欲しいと申し出た。当然、泰衡など、軍部の人間からは反対が出たが、いざとなったら、見殺しにしてもらっていい、そして、汚れ役は全部引き受けると、今の平泉から信頼を得たかった義経は怒涛の勢いで頼みこみ、義経は当時、3人いた家来…鬼三太、継信、忠信と共に占拠された施設に潜入する事になった。軍部から念のため一人藤原氏の人間を同行させたいと言われ、義経は日立を指名した。軍部は監視の目的であったが、義経は攻守にバランスが良く索敵等支援に秀でた日立の神器が今回の潜入に役立つと判断した。
日立の神器『大鸞青翔図』をもって、義経一行は一先ず索敵をした。素早く折り上げた折り紙が米粒ほどの小さな虫になり占拠されている施設へと侵入する。たちまち施設の見取り図に敵の配置と人質の居場所が書き込まれる。
「見事な能力だ。日立殿。襲撃は私と鬼三太で行う。継信は表側を、忠信は搦手で逃走者を捕らえよ。日立殿はこの能力で人質の保護を最優先に動いて欲しい。」
「建物の周りは軍が囲んでいますぜ。逃走を防ぐ必要ありますか?」
継信が口を開く。
「それでは敵は皆その場で殺されてしまう。そうなっては奴等の目的通りだ。奴等は殺すにしても正統な裁判を受けさせた上で処刑せねばならん」
「まさか、一人も殺さず生捕りにしろと? 」
鬼三太のその言葉を聞くと、義経はニヤリと笑った。いつぞや研究所で見せたその笑みと異なるその表情に日立は今度は背筋が凍るほどの恐ろしさを感じた。
○再び今… 平泉近郊の上空…
日立と慶次郎が霊鳥に乗り飛んでいる。
「人質奪還…となると今回と一緒か」
「そうね…」
慶次郎の問いに日立は小さくため息をつく。依然トカゲは日立の鳥の上で歩き続けている。
「決定的に違ったのは敵との戦力差ね。源義経は本当に強かった…」
○数年前 平泉に話は戻る
潜入、襲撃は一瞬であった。義経と鬼三太は、鞍馬を使い敵の索敵が及ばないはるか上空から一気に落下して占拠されている施設に入った。入った段階ですぐ人質を救出する。日立の索敵能力のサポートで、さながら弾着観測のように着地点を調整した故できる芸当だ。敵は「銃」と呼ばれる遠隔攻撃系の複製神器に火薬の力を足した兵器で応戦したが、鬼三太と義経の敵では無かった。逃げ出した者も継信忠信兄弟がたちまち取り押さえた。
時間が少し過ぎ…、義経達は現場を平泉の軍に譲り、その施設の中庭のような場所で、建物から連行される犯人を見ていた。「平家の台頭する今、なぜ、今我ら武士の力が必要と分からない!目を覚ませ、平和ボケした民達よ!」と、テロリストのリーダーのような男が叫び、軍の兵士頭を殴られて、気を失う。
「長く平和が続くとあんな輩も出てくる。名刀が何も斬らずに錆びていく事が我慢ならんのだ」
義経は、深くため息をつく。
「愚かしいものですわ。自分を名刀と思っている時点で結構な勘違いなのに…」
「そう、彼らは弱い…。いや、わかっていない。秀衡様…いや、平泉は平和ボケなどしていない。むしろそれを維持する為、今まで必死に戦ってきたのだ。」
その言葉に日立は義経の顔を見る。義経は少し悲しそうに笑う。
日立が何か言葉を返そうとした時、施設の奥から人質達が救護係に連れられ出てきた。占拠された時に怪我人が数名出たようだが人質になっていた者達は皆無傷のようだ。
ふと日立がその人質を見回すと中に1人見慣れた者の姿…夕顔の姿があった。




