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第8話 夕顔

〇平泉近郊の平原


 忠信は一人、木刀を正眼に構え前を見ていた、ひたすら真剣な表情で前を見ている。そのまま時が流れる事、数秒、背後の草がわずかに風でおきると違う音がする。目を見開いた忠信は背後に木刀を振るう、背後に立っていたのは、弁慶こと慶次郎だ。忠信の木刀は弁慶の喉元を確実に捉えて静止している。


「ま、まいった…。だめか…。」


 弁慶は、冷や汗を垂らしながら言う。


「どうなっておるのだ?どんどん、ダメになっているのではないか?」


 横で様子を見ていた鬼三太が言った。


「くそ、もう一本だ。」


 弁慶は木刀を再度構える。忠信もそれに応じて、2人の剣術稽古が始まる。


 慶次郎がこの平泉にやってきて一か月が過ぎた。やってきた直後に起きた義経の暗殺未遂事件の首謀者及び、平泉内で暗殺者を手引きした人間の割だしは未だ進んでいない。首謀者はまあ平家の人間であろう…というのが、平泉のたいていの人間の見解である。もっとも、慶次郎だけは、案外鎌倉の北条氏か頼朝本人が義経の存在を邪魔に思って送り込んだのではないか? 手引きしたのは、あの泰衡だろう?と、一番核心に近い予想をしていたりするのだが、もちろん根拠はないので誰にも話してはいない。今の所、この世界での源頼朝がどのような人間で、義経がどの程度彼を慕い心酔しているのか、うかがい知る事はできない。もっと詳しく義経に聞く事も出来るのだろうが、慶次郎はそれをしていない。あまり興味がない…と、言えばそれまでだが、彼が過去の経験からあまり余計な事を知るのはやめておこうという、本能がそうさせている。慶次郎はあくまで、義経には、自分の命に危険のないレベルでの労働力を提供し、その代わり特異霊装の情報、あと神器の強化、平家への落とし前をつける…など慶次郎が現世に帰る為の細かな目的達成を行う事への若干の協力を得る…という、ギブアンドテイクな関係を維持できたら良いかと思っている。


 ひとまず、接近戦でも強くなりたいと稽古を申し出た。これには理由がある…

「弁慶の七つ道具」…という、暗殺者無名丸が残したキーワード。他の家臣が聞いても何もわからない言葉だが、それを聞いて慶次郎は、衝撃を受ける。そうか、自分がなぜ、他人よりたくさんの神器を習得し使えるのか…。偶然の体質のものでは無かった。七つ道具…なる弁慶の存在から生まれた単語…それにのっとった能力の一つだったと考えられる。慶次郎がたまたま弁慶の伝説に近い能力を持っていたのか、あるいは弁慶になるべくして、何者かが慶次郎にこの能力を与えたのか…それは今は分からない。が、これは、絶対に偶然ではないように慶次郎は思えた。あの無名丸は、慶次郎から読み取った記憶から得た知識でそこまで予想して。わざわざ、教えてくれたのだ。


 慶次郎がまず考えたのが、この「七つ道具」…で、あと幾つ能力を持つことが出来るのか? と言う事だ。今、彼は『三日月』『小烏丸こがらすまる』『鬼丸』『数珠丸』『虎徹』と、5つの能力を顕現している。普通に考えるとあと二つなのだが、この『七つ道具』自体が、そのスロットの一つを既に埋めてしまっている可能性が考えられる。そうすると、あと一つ…である。だが、希望的に考えると、慶次郎が昔読んだ弁慶と牛若丸の話に出てくる弁慶は七つ道具とは別に、薙刀『岩融(いわどおし)』というメイン武器を持っている。それを入れて8つスロットがあるとも考えられ、その時はあと二個…場合によっては三個持つことも可能だ…。まあ、こういう時は一番自分にとって悪い予想…一番少ない予想が当たるのが世の常。ひとまずは、次に顕現する神器は最後の能力として、大切にとっておく必要がある。とすると、今は自分の自力を強化する事を急がないといけないと、慶次郎は考えたのだ。


 それをひとまず鬼三太に相談したところ、意外にも彼は直ぐに稽古をつける事をオーケーしてくれ、他の家来たちも進んで剣の稽古に協力してくれている。もっと、義経の為に命を捨てられない…とか、戦場でも敵の命を奪えない…とかの理由で自分は嫌われていると慶次郎は思っていたのだが、意外にもみんな協力的だ。どうも、あの無名丸との闘いの後、自分が気絶している間に何か慶次郎の家来としての立ち位置について義経から他の家来に指示があった…ようなのだが、それを家来達に聞くと、いつも、嫌そうなあいまいな笑顔をしてごまかされる。日立や継信にしてもそうだ。あの義経がまた変な指示を出したのだろう。と、慶次郎は予想し、納得した。

 そうこうしているうちに、慶次郎と忠信の勝負はまた似たように、慶次郎の三日月での奇襲を忠信が難なくさばいて終わる。


「どういう事だ。ここひと月、かなりガッツリ訓練をしたつもりなのに、むしろ差が開いているではないか。貴様やはり剣術の才能はないのではないか?」


 鬼三太はあきれ顔で言った。


「いや、これでも結構、動けるようになったんだぜ。自分で言うのもあれだが、努力したし。」


「ふん。結果の伴わない努力は無意味だぞ。なんせ、結果がないのだからな。」


 こいつ、やっぱ頭悪いな…と慶次郎は思う。


「でも、進歩が無いワケじゃないと思うよ…」


 忠信が襲る襲る言った。稽古はメインで鬼三太が見ているが、実際に相手をするのは、この忠信が多い。家来達の中で一番接近戦が苦手で、慶次郎と実力差がいちばん小さい…という事がその理由だ。だが、彼も武家の家で実戦訓練を幼い時から受けてきている為、苦手な剣を持っても慶次郎をはるかにしのぐ腕前だ。


「まがいなりにも、今までたくさんの神器を吸収してきたんだ。戦い慣れてるし、神器の使いどころも上手い。身体能力だって通常の神器使いのそれをはるかに上回っている。」


「じゃあ、何がダメなんだろうか?」


「やっぱり剣術…っていうか、接近戦での勘とか反射神経って言った神器の強化が及ばない所でどうしても差が出る。あと、神器…ていうか、三日月に頼り過ぎてるのも良くないね。あれの奇襲するのは正直一回経験があると、かなり慣れるから。」


「なるほどな…。しかし、助言が、わかりやすい! さすが、忠信だ。鬼三太のワケのわからないアドバイスとはわけが違うな」


「なんだと!? 」


 と、アドバイスの意味がわかっていないであろう鬼三太は慶次郎の首を絞め、慶次郎はそれを必死に耐える。

 その時、遠くからゴゴゴゴ…と、地鳴りのような音が聞こえてくる。


「なんだ?」


「おお、今日だったか? 試運転は」


 試運転? と、鬼三太から解放された慶次郎が音の方向を見ると、ブルドーザー大の重機が平原を走ってきているのが見える。平泉の機械だろう。


「あれは? 」


「日立が今作っている、災害救助作業用神器、『土蜘蛛』の改良型だな。」


 災害救助用…の神器? よく見ると、ブルドーザーのように見える機体の上部にショベルカーのようなロボットアームが二本ついている。随分と不格好だが、慶次郎のいた世界でも充分に重機として活躍しそうなそれだ。スゲエな…と慶次郎は思わずつぶやいた。


「元の神器は、あのような連結した車輪ではなく、二本の足が生えていて歩いて動いていたのだぞ。」


 鬼三太がキャタピラ状の足回りを指して言った。

 元の神器…。慶次郎は考える。前に日立が言っていた、この平泉の科学たる神器研究の基本は初代と二代が顕現させた二つの神器による物だそうだ。一つは他人の神器をコピーして他人にもその能力を使えるようにする神器。そして元の神器の使用者が死亡してもその後、半永久的にコピー神器の顕現状態を維持できる神器…。確か、名前は『文殊』と『普賢』だったな。

 どっちがどっちだったか、慶次郎は忘れていたのだが…。あの重機も誰かの神器をコピーした物なのだろう。


「今回はうまくいってるみたいだね。」


「わかるのか? 忠信。」


「だって、前の時は、ほとんど動かなかったもの。今回はあの繋がった車輪を足にしたのが良かったんじゃないかな。遠隔操作の神器で二足歩行させるのが難しいって言ってたし。きっと足回りだけ町中を走ってる車の神器を入れたんだろうね。」


 そんな事もできるのか…と、慶次郎は思う。遠隔操作の神器…か…。オリジナルに比べコピーは威力と制度がかなり劣る…っていつか、日立が言っていた気がする。


「日立も最近、随分と忙しそうにしていたが、これで少しは休めるのかもな。」


「姉さんは、今平泉の研究所の人間じゃないんだろ? なんだって、神器の開発に協力なんてしてるんだよ」


「日立がこの平泉の機密の固まりであった研究所を抜けるにあたり、複雑な事情が幾つかあってな。あれを完成させる事もその条件の一つなのだ…。」 


 「皆、あんたみたいな考え方だったら、研究所を辞めなかった」と、日立はあの時言っていた。今なら慶次郎にもだいたいわかる。遠隔操作の重機…、災害救助用などと謳っているが、完成したら絶対に軍事目的に使用するに決まっている。遠くから操っていれば、操っている当人には人を殺す罪悪感すら必要ない。あの神器が大量生産されれば、いったいどれだけの人を殺す結果になるのか。日立もそれを解っているのだろう。今の所、秀衡は、軍事利用目的の神器開発を研究所に禁止していると言っていたが…それも今後はどうなるか解らないだろう。今、日立はあれをどんな気持ちで操っているのか…。それ以上に、今の鬼三太の言いふりからすると、何か日立にとって因縁がありそうな気がするのだが…。


 上空におそらく日立の神器のそれであろう、鳥が飛んでいる。おそらく試運転の様子を見張っているのだろう…


 ーーーーその時ーーーー


 大きな爆音と共に、『土蜘蛛』が爆発した。


「なんだ? 何が起こった? 」


「行こう! 」


 忠信が走り出す。鬼三太と慶次郎もそれに続いた 。


『鬼三太、忠信、弁慶。聞こえてる!? アンタ達、今近くにいるのよね!? 見えた? 今の』


鬼三太の懐から日立の声がする。これもこの国で日立が開発した、技術だ。この時代に既に携帯電話があるとは…。と、慶次郎は驚愕したものだった。


「爆発したのはな。何が起こったかは分からん。とりあえず、3人で現場にむかっているぞ」


『お願いするわ。多分だけど砲撃を受けたみたい。狙いは『土蜘蛛』の機体よ。あれが平泉の外に持ち出されるのは色々マズイのよ。すぐに援軍を出すから、絶対死守して。』


「しかし、あれではもう手遅れではないか? 」


「私も神器でかなり広範囲に警戒してたから、敵も近くにいないはず。すぐに援軍を送るから、とにかく急いで!」


 三人は走って土蜘蛛の元へとたどり着いた。現場は、慶次郎の背丈くらいの高さの藪になっていて、周囲への見通しが効かない。かなり大きな爆発だったようで、土蜘蛛は完全に停止し炎上している。そして周辺に、土蜘蛛を護衛していた数名の兵と研究者らしき人物が倒れている。


「忠信は負傷者の救護と護衛を。弁慶、お前は…」


 慶次郎は手に神器『数珠丸』を顕現させる。それを見て、鬼三太はうなづいた。数珠丸がリーンと音を立てる。


「とらえた。辰巳の方角…あと1分くらいでくる。かなり足が速い、徒歩の人間一人。単騎で突っ込んでくる。周囲にも仲間はいないみたいだ。」


 こういう家来同士の連携もこの一ヶ月随分と練習している。音の反射を聞いた慶次郎はそれを確実に鬼三太に伝える。


「単騎だと? いったい、どうやって土蜘蛛を回収するつもりなのだ? 」


「来る!! 」


 慶次郎の指した方角から人が、人影が飛び出した。それは刀を抜き慶次郎に切りかかる。その人影は動きやすい忍び装束のような衣装を着て、顔には布一枚で簡単な覆面をしていた。慶次郎は鬼丸を顕現させていたが、鬼三太が割って入り、大比叡で応戦する。人影は鬼三太の力で押し返され後方に少し下がる。その衝撃で人影の覆面が剥がれ落ちた。


「お前…夕顔か…。」


 鬼三太は驚いてそれみつめ、顔を見られたそれ…ショートヘアだが女性だ。女は無言のまま鬼三太を睨んだ。


「知り合い?」


「日立の…妹だ…」


ーー姉さんの?妹…。


「夕顔、貴様…なぜ…ここにいる? 」


「知れた事だ、鬼三太。私の神器を貰いに来た。」


 乱暴な言葉遣いだが確かに女性だ。私の神器…? って事は、もしかして、この土蜘蛛の?


「弁慶! もっと下がれ!! 」


 顕現ー神器『土蜘蛛』!!…夕顔は言った。


 夕顔の背後にやはり重機のような人影が現れる。そう。まさに、さっきの量産型の土蜘蛛!…に機械の足が生えている。アニメやRPGではなんちゃらアーマーみたいな名前が付きそうな機械戦士…。こんなもんと戦うなんて冗談じゃないぞ…と、慶次郎は一瞬たじろいだ。


「複写体とはいえ、人の神器でこんな不格好な機械を作りやがって…我が姉ながらつくづく許しがたい! 聞こえてるだろ。日立! 邪魔をするなら、仲間ともどもお前を殺す! 」


 夕顔はその機械の肩の上に飛び乗った。

 上空を飛んでいた、日立の神器で作り出した、その鳶は静かにその戦いが見渡せる木の枝に着地した。そして、その様子を静かに全体像を見まわす。


 その様子をはるか離れた、柳の御所内の研究所の一室で日立は確認した。そして、彼女は驚きと悲しみと絶望と…、色々な物を込めた表情でただ見つめているしかできなかった。



そういえば、まだ日立姉さんの神器…ちゃんと出てきてなかったな。

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