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第7話 義経の家来

 ふと、昔の事を思いだした。


ーー素敵な歌ですね。これは、あなたが作った歌ですか?


 その人は笑顔で私にそう言った。


 そして、また別の事を思い出す…。そうか、これが死を前にした、走馬灯…なるものだろうか? 弁慶も走馬灯がどういうものかは知らないようだが。

 

 幼いころ、武家の家で生まれたのに私は非力であった。自分の体の中に神器がある事に気付いた。本来神器を持っているだけで常人以上の体力を持つことが出来る…はずであったのに私の体力は常人のそれにむしろ劣り…、肝心の能力を顕現させることも出来なかった。そのせいで、出世は出来なかった。私は知識と教養だけは誰にも負けないように必死に身に着け、なんとか、武士として一端の働きが出来るまでにはなった。しかし…そんな時、とある戦に巻き込まれた。私は早々に戦場で、敵に破れ気を失っていた。その間、つかえていた主人は戦に破れ、家族を全て失い…目が覚めた時、私一人が生き残っていた。あとは死に場所を探し、着の身着のままさまよっている所を夜盗に襲われる…。もはや死ぬしかやる事が無かった私…。抵抗する気も無く静かに人生を捨てた、が、その時…。この能力が発動した…。


 気が付いた時、私は元いた場所に立っていました。私を襲っていた夜盗が皆、周りで死んでいました。正確には生き残り2名を残し…ですが。一体何が起こったのか…自身の記憶を操作する能力…少しずつ彼らに何をしたか記憶が蘇ってきました…。


 以後、たくさんの…本当にたくさんの人を殺してきました。ある者は、投票で仲間に捨てられた事に茫然としながら…またある者は、仲間を疑い、殺す事ができず、自ら命を差し出し…皆、表情は絶望に満ちていました。なんと残忍な能力か…。私も覚悟はできています。きっといつか私も…


ーーーーーーー


 遊戯の中の庵。私はふと、我に返ります。


「最初から…私…否、弁慶が黄泉人だと分ってたのですね。」


 遊戯『黄泉人不知』で、完全に敗北した私は、源義経と少し話してみる事にしました。


「そうだ。長年、暗殺の準備をしてきたお前が、今、それを実行したのは弁慶がここにやってきたのが最良の機会と判断したからに他ならない。逃亡の為、罪をなすりつけようとしたか、何か聞きたい情報があったか…どっちにしろ、弁慶は生かしておいたまま捕まえるだろうと判断した。」


「また、状況証拠だけで随分と無茶を…、外れていたら彼は命を失っていましたよ? 」


「その時は私も死ぬのだろ? それでせめてもの罪滅ぼしになる。その点に限ってだが今回の決断は気分が楽だった。」


 彼女…そう、義経は女だったのですね。彼女は、今回の決断は、と言った。きっと、この年齢で、幾つもの命がけの修羅場くぐってきたのでしょう。私の用意した遊戯など、その中の一つでしか無かったのだから。弁慶の記憶を得た今の私ならわかります。彼はこの世界と良く似た歴史を辿る世界、それもさらに1000年近く時を重ねた世界からやって来た。その世界に存在している源義経は、こんな所で命を落とすような器の人間ではない。この後、歴史の重要な分岐点に立ち合い、そして以後何年も英雄としてこの国の人間に語り継がれる…。

 だから、実は最初から分かっていました。私では…私などの矮小な存在が戦いを挑んだ所で、彼女に勝てる事など、絶対にありえないと…。


「無名丸よ。さっき言った事は本当だ。お前の能力…いや、お前という男の実力、私は是非に欲しい。死ぬ必要は無い。今すぐ能力を解除しろ。そして忠誠を誓い私の配下になれ。」


 その言葉に私は戸惑いました。この、いつか世紀の英雄になるであろう源義経が私に…。能力に目覚めてから、色々な主につかえて来ましたが、どの者も、この能力を卑怯者呼ばわりし、まともに話すことも無かった…。それなのに…。


「そんな事を言ってくれたのはアナタが初めてですよ。しかし、お分かりでしょう。不利になったからといって、途中で逃げられるなら、そもそもこんなに強力な効果は得られない。遊戯に負けた人間は容赦なく命を落とす。それがこの能力を持った者の宿命です。何より…私は人を殺し過ぎた…」


 義経は、その言葉を悲しそうな表情で聞くと「残念だ…」と呟いた。


「気を付けなされませ。この弁慶なる男…、あなたがこれから大きな宿命の渦に巻き込まれていくことを知っています。決して私のように…遊戯では済まされない多くの決断をする事になるでしょう…」


「どういうことだ?お前は弁慶の記憶を読んだのだったな。弁慶が私の何を知っているというのだ?」


 この弁慶の記憶…、本当に驚かされるものばかりでした。あのような世界が存在しているとは…。この遊戯によく似た人〇ゲームなる遊戯…、私も一度やってみたかったものですな。


「そうそう。弁慶さんに一つだけ伝えて下さい。それは「弁慶の七つ道具」だと…」


 案の定、義経は言われた言葉の意味が解らず、困惑しています。


「まあ、これは彼の活躍の場を奪ってしまった事への軽い侘びです。意味が解るかどうかは彼次第ですな。」


 そして私はニヤリと笑うと、右手の指をパチンと鳴らしました。今までいた、この菜の花畑の中にある空間が、ぐにゃりと歪み、すこしずつ暗くなってきます。


「なんだ?何をした?」


 家来の誰かが、そう叫んでいます。


『無名丸が負けを認めました。この遊戯はこれにて終了となります。皆さん、お疲れ様でした』


 床に転がっているヨミネコが抑揚のない声で言いました。


「この遊戯…私は途中解除はできませんが、負けを認めて棄権する事は可能なのです。もうすぐこの空間も消滅します。私の命と共に。そうですな。ヨミビトとして読み取った記憶を勝手に他者に話す事は、私の信条に反するのですが、これで最後です。空間が消えるまではお答えしましょう。何か、最後に聞いておきたい事はありますか?」


「そうか、ではお前の名前を教えてくれ。」


 えっーー


「無名丸は本名では無いのだろう?この源義経をここまで追い込む男は今後もそうは現れんだろう。最後と言うなら、私はお前の本当の名前が知りたい。」


ーー無名丸というのは、歌詠としての名なのでしょう?私は貴方の本当の名前が知りたいです。


 彼女は、笑顔でそう言った…。家柄も悪く、出世の見込みもない私…縁談はことごとく断られたと父が言っていた。そんな折、とある小さな歌会で出会った彼女…。妻が最初に出会った時に言った言葉だ。また、思い出した。

 そして、ここにきて急に目から涙があふれてきた。そうか、私はこれで死ぬのだったな。これでやっと妻の元に…。


「私の名前はーーーー」


 そして、空間は静かに暗転した。


〇少し後 柳の御所 謁見の間


「そうですか…無名丸が刺客だったとは…。それで、弁慶君は?」


 秀衡が心配そうに義経に言った。空間から解放されてしばらく後、義経は、柳の御所で秀衡と話をしていた。


「やつは私の暗殺の罪を弁慶に着せるつもりだったようです。そのためか、傷一つ追わずに近くで倒れていました。今は屋敷で眠っていますが…そのうち目を覚ますでしょう」


 秀衡は「それは良かった」と安堵の表情で言った。


「それより、あの無名丸ですが…。」


「ふむ。この平泉に昔からある寺に長くいる坊主…と言う事で、この屋敷に入ったのですが、その時すでに暗殺者が成り代わっていたようです。簡単にできる事ではありません。やはり…」


「平泉の中に、手引きをしたものがいる…と?」


「残念ですが、そう考えるのが普通です。」


「やはり我々は今、平泉をでいていくべきでは? 大恩ある奥州藤原の為なら、この義経の命など、いくらでも敵に差し出しますが、それ以上に平泉の神器科学の情報が他の地に流れてしまう事は避けないと…」


「さっきも言った通り、それでは刺客を向けた者の思うがままです。私も奥州藤原氏三代目の意地にかけて徹底して戦う所存です。裏切者は直ちに見つけだし厳正に処分致します。」

 それを聞くと義経は「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。


 秀衡は義経が出て行った部屋でため息をついた。

 義経には敢えて話していない事がある。義経とは前提として、刺客を送った「敵」とは平家の事である前提で話をした。もちろん、その可能性が一番高い。しかし、事はそう単純では無いような気がする。義経とこの平泉の結びつきを快く思わない勢力は他にもいるのではないか? 平泉がこれ以上大きくなる事を恐れる、公家や朝廷…。そして、それ以上に怖いのは、他の源氏の存在である。当然、秀衡も平家を倒した後の世で奥州藤原氏が優位に立ちまわる為に今、義経を庇護している。だが、平治の乱以降、散り散りになった源氏も一枚岩でない事は良く解っている。それらが一つに集まった時、一番怖いのは…。

 秀衡はそこまでで考える事を止めた。全ては憶測の域を出ない。何より、最初は血筋を利用する目的だった義経とも、今は打ち解け孫のようにかわいがるようになった。今は裏切者を探すことを最優先としようと彼は思った。


〇平泉 義経の屋敷


 弁慶は、平泉郊外の義経の屋敷でまだ気を失っている。やがて、義経が屋敷に帰ってきて弁慶の様子を見に来た。まもなく先に帰宅していた、鬼三太、日立、継信と忠信の4人も集まってきた。


「まだ、弁慶は気絶しているのか。まあ、無名丸の能力の性質上、これ以上体に問題は無いだろう。そのうち目を覚ます。」


「ええ、顔色もいいし大丈夫よ。記憶を強制的に読み取るってのが、脳にかなりの負担をかけてるんじゃないかしら?最後に無名丸が言ってた、この子の記憶ってのも気になるわね。義経様の事、何か知ってるみたいな…」


「それは、もういい日立。こいつとの仲を深めて行けば、そのうち話してくれるだろう。」


「しかし…。今回の奴の行動や、言動…まあ、無名丸がこやつのフリをしてやった事からの推測ですがね…。少々問題があるのではないですかな?」


 鬼三太が神妙な表情で言った。


「問題…とは何だ?鬼三太」


「えーっと、あれですよ。えーっと、いざって時は」


「お前は頭が悪い鬼三太。誰か代わりに説明してくれ。」


 すでに、家来同士で話し合った事であろうと判断した義経は聞いた。むすっとした鬼三太に変わり、継信が言った。


「俺達は、若…義経様の家来だ。皆いざって時は源義経の為に死ねる覚悟をしてる。義経様が言えば喜んで命を差し出す。だが、こいつは違う。我々とは善悪を判断する基準が全く違う。例え敵であっても命を獲ることを躊躇し、主君の為でも自分から命を差し出すなんて絶対しない。将来的に俺達と同じように命を捨ててでも使命を全うしてくれるような男になる可能性が無いとは言いません。でも、今のこいつは違う。」


「なるほど。確かにそうだ。それの何が問題だ?」


「義経様は彼に…自分の為に命を捨てて欲しいって思ってますか?」


「何?」


 忠信が割って入って言った言葉に義経は少し動揺する。


「少し、厳しい言い方をしてもいいわね。貴方は使命の為に弁慶を殺せる?義経ちゃん」


 今度は日立が言う。その言葉に義経はぐっと黙った。


「まあ、そういう事です。あくまで客人として、貴方同様こやつを守って戦えと言うなら、この鬼三太は従います。将来的に命を捨てて戦う武士に鍛え上げろというならそうします。しかし、少なくとも、はっきりして欲しいんです。彼はどういう目的で我々と共にいるのか…と。」


 彼女を見つめる4人の目を義経はしっかりと見返した。そして、静かに口を開いた。


〇時を同じくして 柳の御所の一室


「無名丸は失敗したのか…とんだ期待外れだったな。いったい、貴様らは次はどのような刺客を…? 」


 既に夜も更けた薄暗い部屋の中、藤原泰衡ふじわらやすひらは背後で跪いている間者風の男に向かって言った。男は一枚の手紙を泰衡に手渡した。泰衡は、その手紙に目を通すと、目を見開く。


「どういう事だ? もう、義経の命を狙う事はしない…だと? そちらが、義経を殺したいというから、私は…。」


 間者は、その手紙以外は何も預かってはいないと泰衡に伝える。


「す、すぐに手紙を書く。お前の主に、詳しい理由を聞いて来てくるんだ。納得できるか! 」


 泰衡は、忌々しそうに壁をダンと叩いた。


 さて、この間者…、泰衡からの手紙を受け取ると、風のように平泉から走り去った。彼は義経のような移動手段を持ってはいないので数日を要して目的の地にたどりつこうとしていた。平泉に次の刺客を送るのか…また当分監視を続けるのか…。主人に聞かないといけない。そして、目的の町にたどり着いた。夜、今日は下弦の月。充分暗くなった事を確認すると、月が暗く照らす夜の街を走り、主の屋敷へと。とたどり着く。そして、すばやく裏口へと周り、中へ入ろうとした、その時ー。彼は背後に何かの気配を感じて振り返った。しかし、そこには誰もいない。代わりに小さな虫が飛んでいる。こんな夜に蚊か何かかか?それにしては随分大きいか…。と思い、それを、さっと握りつぶそうとした、その手に…、どこから現れたのか無数の同じ虫が現れての腕回りにびっしりと、とまっているいる事が解った。驚き手の虫を払おうとした次の瞬間、男は自分の逆の手、顔の周りそして、足…体全身がその虫に埋め尽くされていた。必死に体中の虫を払おうとしたが、その虫は一匹一匹が血でも吸っていたのか、途端に、意識を失い、倒れた。すると男の後ろに別の人物が現れる。


ーー大庭のおっさんの言ってた通りだな。こいつが、平泉から帰ってきたっていう間者か?運が悪かったな。下弦の月で出せるむしはちょっとばかり拷問向けなんだ。


 その人物は、にやりと笑い、虫が離れたその間者の男の体を担ぎ上げ。すばやく夜の中を走りだした。


ーーたっぷり聞かせて貰おうじゃねーか。北条氏が平泉で何をしていたのか。義経がいる事も偶然じゃねーだろしな。


 いささか、日の本の町には不似合いなドレッドヘアとサングラス…。そう、間者を捉えたその男はあの平維盛たいらのこれもりである。慶次郎は、彼の神器『陰陽蟲おんみょうこ』で出せる能力は、昼と夜で2種類と予想したが、実際は、月の形や天候によって、10数種類の蟲を具現化できる。彼は今、予定通り、鎌倉への内偵へと来て、北条氏の動向を探っていた。この藤原泰衡の元から鎌倉に来た間者…、北条氏の間者である。今、義経が敬愛してやまない兄、源頼朝みなもとのよりともを庇護している武士もののふの家である。


色んな意味でしんどい敵だった。次の戦いは純粋なバトル…だろうか?


あ、色々考えてたのに黄泉人不知の顕現…何か出すの忘れた。もう、ヨミネコ(ぬいぐるみ)がそれって事でいいです。

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