第5話 神器『黄泉人不知』 その3
さて…、何から話そう。
他の5人に見つめられる中、俺の自己紹介が始まる。
ひとまず、型どおり…異世界の事は隠して、遠くの国から自然災害のような物に巻き込まれて、ここに来た事を説明する。
「遠い国というと、蝦夷地か? はてまた大陸…? 」
「ここと、俺のいた所の位置関係は正直解らない。ただ、例えば、一生かけてずっと海を一方向に進んでいけば、いつかたどり着ける…そんな場所には無いのだと思う。」
「ふむ。極楽浄土みたいな場所か? 」
「そっちの方がむしろ近いかもな。とにかく、帰る為に、常識外れの力が必要だ。」
「にわかには信じがたいが…それで、特異霊装を求めて神器狩りをしていたというわけか。」
「まあ、特異霊装が遠い存在なのは、ここ1、2年で痛いほど良く解っている。それに代わる帰る方法が見つかれば一番良いと思っている。」
あとは、高校生で山登りが好きで…などと、学生らしい自己紹介をしてみたが、この時代の人間にはピンとこない様子だった。これ、本当に自己紹介の意味があるのか?
「次は忠信だな。」
佐藤忠信が赤い印の付いた串を持って恥ずかしそうにしている。
「えっと、僕は…っじゃなくて、私は…ていうか、義経様の家来になったのは、お兄ちゃんと同じ経緯です。神器は風を操る『愛宕』と炎を操る『高雄』の二つです。」
いそいそと自己紹介を済ませ、座ろうとする忠信に俺はかねてよりの疑問を聞いてみる。
「忠信は、なんで男になってるんだ? 義経とは違う理由か? 」
全員が止まる。少しして、義経がまた堰を切ったように笑い出す。何が起こってるかわからない、俺。
「僕、普通に男です。ちなみに女装してるわけでもありません。よく言われますけど…」
え…?
慌てて周りを見回すがどうも冗談の類でもないらしい。マジでか? 今まで全く気付かなかった…。
「いいんです。良く言われるんで。気にしないでください。」
いや、少し、ほほを赤くしてツンとしてる所とか、普通にこの世界であった女子の中でトップクラスに可愛いんだけど…。
「はっはっは、そういや、誰も言ってなかったな。これはおかしい。」
「よし、では、最後は俺ですな。」
と、鬼三太が立ち上がる。
「いや、お前はもういいだろ」
と、義経。鬼三太はええ!?と驚く。
「はい。元、京は北山の僧侶、寺を追い出されて鞍馬山をさまよっていた所を私に拾われた鬼三太くんでしたー」
「え? 本当に終わりな感じですか? 」
「うん。もう飽きた。」
ええ!? と家来達が声を上げる。
本当にお察しいたします。最後に義経は、ヨミネコを俺から取り上げ、色々と質問を始めた。具体的な黄泉人の殺害方法を確認しているようだ。ヨミネコは相変わらず、何処から取り出すのか、小さな紙切れを6枚。俺達に一枚ずつ渡した。
『決定したら、一人一枚、この紙に名前を書いて私に提出して下さい。白票、無効票は投票結果に委任した物と判断します。全員の票が集まった時点で、最も多く投票された方に処刑…と、ここでは呼ばせていただきますが処刑が実行されます。』
「最多票が同数だった場合は? 」
『決戦投票を行う…等、決定方法は話し合いで決めて頂きます。決選投票を何度やり直していただいても結構ですが、話し合いの時間も含めて制限時間の延長はありませんのでご注意を。』
なるほどな。勝手に誰かが誰かを殺害する…的な事は、そもそも出来ないようだ。まあ、それは敵に関しても同じ事が言えるのだろう。昼の間は、こっちの人間には手出しをしない。鬼三太は投票の単語の意味自体がよくわかっていないようで、継信と忠信に必死にルールの説明を受けている。
「で、どうするんだ? 」
と、俺は義経に切り出す。
「何がだ? 」
「いや、偽物…黄泉人探しだよ。」
「うーむ。まあ、考えはあるが…一先ず、長旅の疲れを癒そう。それからでいいだろう。」
と、いうと、義経は庵にゴロンと寝転がって寝始める。
「無駄だ。ああなったら、しばらくはおきん。まあ、最初の選択をどうするか…まだ、時間はある。のんびりと考えようではないか。」
自己紹介を飛ばされた可哀相な鬼三太が、つとめて冷静を装って言った。
しばらくして…、日はさっきよりは少し傾いただろうか? まだ、時間はあるだろうが、事態は一向に動かない。義経は今は日立の膝枕で気持ちよさそうに寝ている。それを見ている姉さんの幸せそうな笑顔がキモい。さらに、しばらくして…。
今度は 鬼三太が立ち上がった。
「どこへ行く?鬼三太。」
継信が聞いた。
「厠だ。奥にあるらしい。」
「今、単独行動はどうなんだ? 一人になると色々悪だくみが出来る」
「お前は、いちいち言い方が腹立つんだよなあ…。」
「継信の言う通りだが、構わんだろう。敵の狙いはあくまで、命を懸けた心理戦の駆け引き。単独行動してる人間を殺すような事はしないし出来ない…。まして、己が優位になるようなつまら小細工をするとも思えん。」
義経が言った。まあ、そうだろうな。このレベルの達人達を不意打ちででも殺せる力があったら、これだけややこしい能力を作ったりしないだろう。多分、俺の力はアイツにとっては未知数のはずだし。
「あ、じゃあ、俺も後で厠行こうっと。」
俺も実は結構我慢していたのだった。
厠は庵の裏、渡り廊下を渡った先にあった。裏に流れる沢の水を使っての完全水洗…。この時代にスゲエな。おい。もし無名丸が仲間になったら、この空間を居住用に使わせては…無理だろうな。まあ。
用を済ませ庵に戻ろうとすると、渡り廊下の真ん中に義経が立っている。あいつもトイレだろうか?俺が渡り廊下を歩いていると…、義経は徐に自分の懐に手をいれて…取り出したのは、一本の脇差…。何をする気だろう…と、思う間も無かった…。彼女は脇差を抜くと一気に俺と間を積めその白刃を俺の心臓に突き刺した!
パキーンという音がして、脇差は真っ二つに折れている。俺の心臓の前に見えない壁が出来たようだ…、と、落ち着いて解説してる場合じゃない。とたん、俺の体中から冷や汗が流れ出してきた。
「おい!何すんだよ! 死ぬかと…っていうか、死んだと思ったじゃねーか!! 」
「はっはっは。すまんな。驚かせた。どうやら、勝手に人数を減らしたり出来ないようにこの空間では、致命傷に達するような暴力行為は出来ないようになっているようだ。さっきヨミネコに確認した。」
「だからって人の体で試すなよ! 怖いな! 万が一があったら、どうする! 」
「失敬な! ちゃんと先に自分の体で試してみた! 」
「それはそれで危ない事するんじゃねーよ! 」
そう言うと義経はまた、楽しそうに笑った。まったく、こいつは…。
「これを他の全員にやったら偽物を割り出せたりしないだろうか? 無名丸ならば、これで殺されないと完全に分かっているから、今のお前のように冷や汗を出すほど慌てたりせんだろう? 」
「うーん…。ダメだろうな。無名丸はこの神器に関してはもう熟練しきっているんだろ? さっき、お前も言ったが命を懸けてるんだ。演技でボロを出すような事はしないし、その気になったら冷や汗くらいは出して見せるだろ。」
「そうだろうな…。そこで、一つ奴を炙り出す為に提案がある。お前に協力して欲しい。」
「提案? 」
俺は義経に促されるまま、彼女について行き、庵から少し離れた菜の花畑の真ん中で少し身をかがめた。
「まず、お前の意見を聞こう。偽物は誰だと思う?当然、今、私達がお互いに偽物の可能性もあるわけだが、それはさておき、貴様の考えが聞きたい。」
「そうだな…。まずは敵が誰に変化するのが一番得か? と、考えた場合。3拓だ。義経になるか、俺になるか、他の皆になるか…だな。」
「ふむ。それぞれに、利点、不利点があるな。」
「義経になる場合の利点はさっき言った通り。殺される心配が一番少ない。でも今回の狙いは義経本人である以上、その可能性は少ない。変化するなら、あの4人のうち誰かだな。多数決なら一番投票しやすいのが俺だ。危険が一番高い。もちろん裏をかいて俺になる可能性も捨てきれないが…」
「うむ。今それを言ったらキリがない。まあ、あくまで利益、不利益で考えた場合の結果ではあるが、私も同意見だ。敵ならばあの4人の誰かになる」
「3拓に勝ち抜いてからの4拓だからな。敵にとってかなり優位だもんな。」
ここで、義経は急に真剣な顔になり、周囲を警戒しながら言う。
「実は、私はもう部下の中で一人…、偽物になっていそうな一人に目星をつけている。」
「本当か!?…いったいー」
義経は、ニヤリと笑いながら言った。
「鬼三太だ。」




