第2話 胡蝶
〇平泉 柳の御所
慶次郎が日立に案内されたのは、柳の御所の中枢なる場所だった。柳の御所の中央下部は中空になっていて、真ん中に球体が浮いている。それが、この建物を浮かせているらしい。
「ラピュタだな…」
「何?ですって?」
なんでもない。と、慶次郎は日立に返す。
「この柳の御所は、この神器で浮いているの。これ自体は秀衡様の神器よ。普段浮いてるの防犯目的だけど、有事の際は、山間部や国境付近に移動して前線基地にできるわ。」
「なるほど。居住や行政施設と、戦闘用の砦を一つで賄えるわけだ。」
山城、水城、平城…全部の特性を合わせた城なわけだ。
「そういうことね。」
「だが、これだけ巨大な物体を四六時中浮かせておけるってのは、あの秀衡さんも随分な神器使いだな。まあ、それだけ厳しい式を細かく踏まないといけないんだろうが…。」
式を踏む。覚えたての言葉を使う慶次郎はなんとも楽しそうだ。
「なんというか、視点が独特よね。この神器を初めて見た人間で、そこまで考えが回る人ってなかなかいないわ…。だいたいの人は、とにかく驚くだけ。秀衡様が興味を持つのも解るわ。式についても、最近知ったのよね? アンタ。本当に見せて良かったのかしら? これ」
「またまた…。これ自体は別に大した機密じゃないだろ? バレたってどうしようもないし、個人の神器なら、まず真似は不可能だ。これは、まさに「バカにはいい目くらまし」。平泉の科学の秘密は別にある」
「ふふ。それも正解。ついてらっしゃい。見せてあげる。」
日立もまた、楽しそうに微笑んだ。その時、慶次郎は歩いていく日立の後ろに、ヒラヒラと一匹の蝶々が舞っているのが見えた。こんな人工物の中枢に蝶々? と、慶次郎は怪訝に思い、日立に声をかける。しかし、日立が何? と、言った時には既に、その蝶々はどこかに消え去っていた。はて、見間違いだったのか? と慶次郎は首をひねり
〇柳の御所 別の場所
外に面して眺めの良い展望室。平泉の町が市街地を外れた田園地帯までひろく見渡せる。柳の御所の応接室に当たる部屋。
「侵入者…平家のですか? 」
義経は怪訝そうな顔をして、言った。
「何か…そんな兆候があったのですか? 」
「はい。あなたが留守をしている間、我が配下の諜報担当十数名が殺害される一件がありました…」
「諜報員が…?」
秀衡はうなづいた。
「いずれも戦闘に特化する神器使い…手練れでした。」
「それが私を狙う暗殺者の仕業だと? 」
「解りません。ただ、調べさせていたのです。貴方をここで匿う事になり早3年。正直、平家の勢力が何らかの小競り合いを仕掛けてくるくらいは覚悟をしておったのですが…。こうまで何もしてこないのは、流石におかしい…そう思い、ここ一年、平泉に出入りした者の素性を…」
「死んだ十数名の諜報員は皆それを調べていたのですか?」
「…そこなのです。その事を調べさせていたのはあくまで一人だけ。その者を含めて14名が命を落としました。敵の狙いが彼の情報だったのか、他にあったのか、確定は難しい」
「秀衡様は、それが私を狙った侵入者…いや、暗殺者の仕業だと? 」
「可能性は高いですな。おかしいのは殺害方法です。諜報部員16名が一時行方不明になりました。大よそ4日後に彼らは突如姿を現しました。その時既に14名は死んでいたそうです。体に傷一つなく…。」
「生き残った2名は何と言っていますか?」
「一人は何も記憶がない状態でした。当初彼が犯人ではないかと疑われたぐらいです。しかし、彼は本当に何も知らなかった…」
「で、もう一人は? 」
「少し後に自害しました…我々には何も話さずに…。」
義経の表情が固まる。
「彼は見つかった時既に精神が崩壊しており、「俺は悪く無い」と何度ももうわごとのようにつぶやいていたそうです。」
「どうやら、何者かが侵入しているのは間違いないようですね。」
「考えたくはありませんが、この平泉の中に誰か手引きしている人間がいると思われます。簡単に突破出来る警備体制ではありませんから。」
「何かあれば、我々はすぐに平泉を出て行きます。藤原氏に迷惑はかけられません」
「いえ。それこそ、平家の思うツボというやつでしょう。今はとにかく侵入者を探す事に全力をかけます。」
義経は、考えを巡らせた。暗殺用の神器にはあまり詳しくいは無い。しかし、相手に既に潜入されているなら既に相手は自分の神器を発動させるための式をかなり義経に踏ませている…と考えられる。放置はできないか…、と義経は思う。ふと、義経の目線の先に小さな蝶々がヒラヒラと飛んでいるのが見えた。
〇平泉郊外 義経の屋敷
ここは、柳の御所から少し離れた場所、義経の為に用意された屋敷である。広く静かな庭があり、その縁側に鬼三太が腰かけている。部屋の中に、継信と忠信が座っている。
「ふーむ。まあ、柳の御所も凄いが、やはりあそこは地に足がついていないから落ち着かん。俺はここが好きだな」
「あ、それちょっと、同感。」
鬼三太が足を投げ出して言うと、忠信が同意する。
「しかしなあ。本当に家臣を一人増やしてしまうとはなあ。それも、あんなやつを…。」
「そんなに、変な人でも嫌な人でもないと思うけどなあ。」
「まだまだ、解らんぞ? 戦力として信用できんのはもとより、我らを裏切る…否、すでに平家側の間者である可能性も否定できん。」
「いや、さすがに、それは無いんじゃない?あの平教経との様子を見るに…」
「裏切る心配は確かに拭いきれん。それもそうだが…」
黙って聞いてた継信が口を開いた。
「何かあるの? お兄ちゃん。」
「いや、義経様の方があの男とちょっと距離が近いような気がしてな」
「どういう事だ? 能力で逃げられんようにしておるのだろ? 」
「いや、そうでなく…」
「お兄ちゃん。そういう話、鬼三太には多分解らないと思う。」
「なんだと!? 」
「まあ、まだ、数少ない同世代の友人が増えたからはしゃいでるだけだと思うよ? 今は…まだ…」
「不穏な予感を煽る言い方はよせ。そうなったらまた色々と…」
さっぱり話について来られていない、鬼三太を無視して、継信はため息をついた。すると、ひらひらと部屋の中を蝶々が飛んでいるのが見える。
「蝶々…」
「あ、本当だ。でもこの蝶々って確か奥州にいない種類の…」
その話を聞いたとたん。鬼三太は、目を見開き、部屋のほうに向きなおり、蝶々を確認する。そして薙刀『大比叡』を顕現させ、その刃で、その蝶を切り付けた。恐ろしい、スピードの早業で継信と忠信は言葉を失う。
「どうした?」
「ビックリするじゃないですか? 急に」
「バカ者。よく見てみろ」
切り付けた蝶は、まっすぐ伸びたままの薙刀の先で真っ二つ…と、思いきや、蝶はまるで何もなかったかのように、その刃をすりぬけ、そのまま部屋の中を飛んでいる。
「生き物じゃない? 」
「ああ神器の仕業だ。しかもこの蝶は比叡が当たっているのに霧散しない。これは虚像だ。」
「これは…まずいな」
「その通りだ継信。忠信。どうやら俺達はすでに何者かの神器の式の中に入ってしまったようだ。」
鬼三太は、継信と忠信を交互に見た。
〇柳の御所 神器 研究所
神器の研究所…というと、どういうものかと慶次郎は思ったが、そこは、意外と町工場のような装いを見せていた。たくさんの研究者のような人達が長い机に並んで座り、それぞれが、大きな根珠のような球体に力を込めている。
「あの大きな根珠みたいな奴って、車の運転席に嵌ってたやつだよな」
慶次郎は日立に聞いた。
「そうよ。そして、あれこそがこの奥州藤原氏の誇る科学の結晶よ。ま、さっきの柳の御所を浮かせてる神器に比べると随分地味だけどね」
どういう事だろう? と、慶次郎はそれを見る。
「ここの科学の秘密は奥州藤原氏初代の御頭首様が作り出した神器によるものよ。ざっくりと説明させて貰うけど、一つの神器を複製して、別の人間でも使えるようにする…って感じかしら。そして、二代目様の時代の研究で、それらの神器は、元を作り出した人間が死んでも後、半永久的に残せるようになった」
「それ、凄いな…。」
「今の説明で判るアンタもなかなかね。」
「つまり、一度、あの車を顕現して操れる神器を顕現する人が現れら、あの車は後年、ずっと大量生産して、みんんなが操れるってわけだろ? 」
「まあ、そうなんだけどね。課題も多いわ。まず、複製したものは元の神器より圧倒的に威力も性能も劣る…。複製してもあまり意味がない神器が殆どよ。」
そういや、あの車も随分とスピードが遅かったな…と慶次郎は思う。
「あとは、そうね。あくまで元は、一個人が顕現した神器によるから、使いたい時に使いたいモノが作れないってのもある。」
「なるほどね…。だが、それなら色々生活に役立つ者が考えられそうだな。たぶん、生産の効率をよくする神器を思いつく人なんかもそのうちでてくるさ」
「…本当に変わった子ね。この国にもそんな風に、この仕組みを使おうとする人ばっかりだったら、私は、ここを止めなかったのだけど…」
日立は少し、嫌悪の表情をして、慶次郎は首をかしげる。
「ま、それは、ここで言う話じゃないわね。そろそろ行きましょう。秀衡様が待ってるわ。」
研究所を出た慶次郎と日立は、再び柳の御所を歩く。
「お、いたいた。日立、弁慶!こっちだ」
声を掛けて来たのは、義経だ。
「こちらの話は終わったぞ。秀衡様が上層でお待ちだ。夕食をご用意いただけるとの事だ。他の奴らには悪いが御馳走になって行こうではないか。」
義経は、さっき機嫌が悪かった事はすっかり忘れたのか、楽しそうに慶次郎を案内し始めた。
「あら、蝶々…」
廊下をヒラヒラと飛んでいる蝶々を見つけて日立が言った。
「こんな所に虫が…?」
「ああ、俺もさっき見た。見間違いだと思ったのだけど。」
「私もだ。応接の間にいたな…」
「これって…」
日立が言おうとした、時、3人の背後に人影が現れた。僧侶の恰好をしている。
「義経様、食事の準備が整いました故、お呼びしてくるようにと…、秀衡様が」
「おお。無名丸殿。かたじけない。弁慶。こちらは無名丸殿だ。秀衡様の側付きで、我らの屋敷との連絡係も兼ねておられる。お世話になるから挨拶をしておけ。」
「貴方が、新しい家臣の方ですな。無名丸と申します。なにとぞ、よろしく。」
「あ、どうも、前田慶次郎です。義経さんには弁慶と呼ばれています。」
「はい、お名前を頂きました。」
「いけない! 二人とも、ここから離れて! 」
日立の声が響く。いつの間にか、3人の足元に円形の陣のようなモノが描かれている。それは、うっすらと光だした。3人は慌ててそこから離れようとしたが、既に足先がその陣の中に足がぴったりくっついていて離れない。
「おい! これ、まずく無いか? 」
慶次郎が叫ぶ。
「私と名前を名乗り合う…、蝶々を見る、その上で、私が念を込めて描いたこの円陣の上に立つ…。それが、この神器の発動条件となる式でございます。」
「無名丸、貴様!」
義経が叫ぶ。
「ちなみに、この円陣は私が長い時間をかけて、柳の御所と義経様のお屋敷の中に無数に描かせて頂いております。逃げる事は不可能かと…」
「貴様が暗殺者か!? 」
無名丸はニヤリと笑った。
「 まそかがみ てるべきつきを しろたへの…
まずは、遊戯の時間にございます。私が暗殺者となるかは、それ次第かと…」
無名丸が、そう言った瞬間、3人の周囲を光が包んだ。
どのくらい、時間が過ぎたか解らないが、しばらくして慶次郎がゆっくりと目を開けた。
場所は柳の御所ではない。屋外。限りなくひろがる菜の花畑の真ん中に慶次郎はいた。あの蝶々がヒラヒラと至る所に飛んでいるのが見える。状況から考えて、あの無名丸とかいう男の神器の中の空間…もしくは、本当にどこかに転移させる能力を持った神器だったのかもしれない。
しばらく歩くと、小さな庵のようなものが見えてきた。すると
「弁慶!ここだ!」
義経の声がする。歩いて行くと、庵の中に、義経、日立がいる。
「どうやら、奴の神器の中に閉じ込められたようだ。今、鬼三太達が見に行っている。」
「あいつらも来ているのか?」
「ああ。」
と、義経は言った。しばらくすると、鬼三太と忠信と継信がそれぞれ別の方向から帰ってきた。
「ダメですな。どこまで行ってもこの菜の花畑が続いています。」
継信と忠信も同様の報告をした。
『6名…揃ったようですね!』
どこからか、声が聞こえた。すると、庵の天上からぽとっと何かが落ちてきた。これは…
「猫?」
と、義経が言った。が、それは床に降りるとすくっと二足で立ち上がった。
「かわいい! 」
忠信が思わず声を上げる。確かに愛らしい白色のネコの姿をしている…今喋ったのこいつか?と、慶次郎は思う。
『これは、失敬 では、改めて。遊戯大会! 神器! よ み び と し ら ず ー!!! 』
その猫のマスコットは、大きな声で叫んだ。
さて、一風変わった神器が出てまいりました…。
ネコはただの趣味です。




