第23話 それぞれの行く道 弥太郎
弥太郎は使わなきゃ。
〇京 義経軍の屋敷
この日、鎌倉軍が兵士追討の軍を派遣する日取りが正式に決まり……。鎌倉軍の中でささやかな宴が開かれた。宴会場の真ん中では、はる……こと、静御前が笛の音と歌に合わせて、煌びやかに舞ってみせている。
ーー静のおかげで、田舎者揃いのわが軍も恰好がつく。
義経は、はるを喜んで軍に迎え入れた。都で義経と静御前の恋話の噂はますます加熱していた。実際、あの範頼が持ってきた縁談話以降、義経に娘を嫁がせたいという貴族をはじめ有力者達が申し出てきている。それを体よく断る為に、はるを正式に側室として迎えようという話も出ている。慶次郎が乗り気でないので今の所収まっているが……。慶次郎は時間の問題のような気がしていた。
慶次郎は酒の席では相変わらず末席に座っている。酒を始めたが、どうやら体質的にあまり得意では無いようだ。もうすぐ、四国、屋島方面へ行く。まず来るのは「一ノ谷の戦い」……だったか。と、慶次郎は思う。そして静かに酒の席へ視線を送る。その視線の先には……。
「旦那」
そう言って慶次郎に声を掛けたのは、弥太郎だった。
「ちょっと、話がありやす。」
「そういや、話があるって言ってたな。あれから随分経つけど……」
「あの時は、まだ提案する程度だったでやんす。けど、あの直後、やっぱり認識を改めて本格的に準備をする事にしやした。旦那も一口乗ってほしいでやんす。」
「何の話だ? 場所変えるか? 」
「変に2人で話すと怪しまれます。このままで言いやすので、世間話でもしてる感じで聞いてください。」
横の席で酒を煽りだした弥太郎を慶次郎は不審な目で見た。
「特異霊装……そろそろ狙っていきやせんか? 」
やはり、その話か。と、慶次郎は思う。元々、この堀弥太郎という男は、完全な武士ではない。慶次郎の評では世界をまたにかける大泥棒だ。特異霊装を狙って鎌倉軍に潜り混んでいる所に慶次郎と出会い、目的を同じくする彼らは手を組んだ。元々、源氏も平家も出し抜く事が目的なので、この事は義経にも話していない。しかし…
「弥太郎。悪いんだけど……。」
「分かってるでやんす。特異霊装の起動には生贄が必要って事を知った時点で旦那は特異霊装を使う事を諦めている。もう旦那が特異霊装を狙う意味はない。」
ただ、弥太郎の神器は非常に貴重で優秀な異能だ。何より結構仲がいい友人である。慶次郎はどうしても、その事を言い出せずにいた。
「だが、今だからこそ、特異霊装を狙う必要…があると思いやせんか? 」
「どういう事だ? 」
「先の戦いで確信しやした。義経様が不完全ながらも『八尺瓊』を使う以上…、平家はこれからの戦いで間違いなく、特異霊装を使ってくる。使うの当然……。あの化け物、教経でやんす。」
旦那は特異霊装を持つ、教経に勝つ方法があると思いますか? と、弥太郎は慶次郎に聞く。慶次郎は答えに困る。今の義経では100%勝てないだろう。仮に八尺瓊が完全に覚醒したとしても…。負ける可能性が高いかもしれない。
「だから、狙いは平家の『天叢雲』一択。これなら、旦那とアッシに利害はまだ一致しやす。」
慶次郎深く考えた。確かにそれが一番確実だと思う。義経が負けたら、特異霊装の運命を切り開く力とやらが源平合戦の戦況を一気にひっくり返してもおかしくはない。
「少し、考えさせてくれ。」
慶次郎は、辛うじてそう言った。
「結構でやんす。でも時間があまり無い事も忘れないで欲しいでやんす。今敢えて言わなかったんですが、もし義経様が『八尺瓊』を完全に起動させる場合……、その生贄は……。」
「分かってる。お前も無茶だけはするなよ。」
へ?アッシが? と弥太郎はおどけてみせた。そして、席を離れて宴へと混じっていった。『八尺瓊』は義経と一体。起動させるのに、誰かの命がきっと必要になる。義経か、自分か、それとも……。慶次郎はまだ妖艶じ舞っている、はるの姿を見つめた。
これから、戦いは一層激しさを増す。慶次郎は視線を移す。さっき見ていた男、佐藤継信だ。もし、歴史通りなら彼は……。
慶次郎は視線をはるに戻す。舞が終わって大きな拍手が鳴り響く中、はるは慶次郎に向かって大きくてを降り、横で笛を吹いていた師匠に叩かれて怒られていた。
「かわいいですね」
後ろで声がしたので振り向くと山吹が立っている。慶次郎が何か言い換えそうとするのを待たずに、彼女はスタスタとその場を歩いて去っていった。
堀弥太郎は金売り吉次のことです。一応。
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