第22話 ふたり
さて、前回の新事実発覚を受けて今回、流石に色々あったようです。
静御前ーーまた、その名前に対する慶次郎の認識を語ろう。源義経の愛妾として知られる。舞の名手の白拍子として京でその名を馳せていたとされる。義経の寵愛を受けるも、壇ノ浦の合戦後、義経は鎌倉幕府の敵として国中を追われる事になった。一行に帯同するも、その時、既に義経の子を身籠もっており、義経は同行させる事は出来ない判断して奈良の吉野山で涙ながらに彼女と別れる。しかし、直後、山中で捕らえられ、鎌倉に送られる。頼朝の前に出された彼女は、舞の名手ということもあり、一つ、舞ってみよと鶴岡八幡宮の境内にある舞台で舞を披露する。義経との別れを歌待ったその姿は聴衆の涙を誘うも、その歌詞に頼朝は激怒したとされる。その件は、政子の口添えもあり許されるのだが、そのお腹の中にいた義経の子供は……。
やはり、静御前の名を語るには「悲劇のヒロイン」
という形容詞がつきまとうのは間違いないだろう。
○鴨川 河川敷
また、少し日が経っていた。慶次郎は鴨川の岸に一人、腰かけていた。しかし、あの後……はるが、この世界の静御前であると分かった後、まあ色々あった。まず、せっかく打ち解けて来た、はると喧嘩になった。無理も無い。せっかく決めた源氏名を変えろと言ったり、やっぱり一緒に来るのはダメだと言ったり……。それに対して何も理由を説明しないものだから、流石にはるも堪忍袋のおがキレた。売言葉に買い言葉……。鬼三太などは「さっそく夫婦喧嘩か? 」と笑っていたが、あまりに酷く最後は義経が止めに入った。そうしている間に、都では義経といつも一緒にいる女の子ということで、「義経と静御前の道ならぬ恋」の噂が若い女の子の間で囁かれるようになった。多分、こうなったら、もう、はる=静御前の運命を崩すのは無理だろう。いや、最初から方法なんて無かったのかもしれない。
慶次郎は、最近、はるにあまり会っていない。
「おい。」
突然、慶次郎のせな背中をドンと蹴る衝撃があった。慶次郎が振り向くと、他ならぬ、はるが立っている。
「屋敷で聞いたらここだって。避けてたでしょ? 私の事。」
正解……。と、慶次郎は心の中で思う。
「ワタクシそろそろ仲直りしたいのですが。」
はるはちょこんと、慶次郎の横に座って言った。
「何で敬語なんだよ。」
「まず、私は師匠が付けてくれたこの静という名前をとても気に入ってます。変える事は出来ません。」
慶次郎はうなづく。
「何で私の名前が気に入らないのか、教えてくれないのはあんまりです。だから、喧嘩になったんだと思います。本当はすぐにでも謝りたかったけど、何を謝ったらいいか分かりません。でも……」
はるは、座ったまま、背筋を直して改まって頭を下げた。
「5年も会えなかったのに、こんな状態が続くのはもう嫌です。何とかしてください。」
今にも泣きだしそうな声。慶次郎は心の中でため息をつく。女の子にこんな事をさせて、なんて情けない……。慶次郎は自分で自分を責め続けた。
〇数日前 京の某所
古い寺の本堂の中……。安竜和尚は慶次郎の話を聞くと、「だーはっはっは」と大声で笑いだした。流石に、はる=静御前をどう考えていいか、わからなくなった慶次郎は、この日、和尚にその事を相談すべく、例によって和尚を呼び寄せていた。そして、事態を説明するやいなやの大爆笑に慶次郎は流石に憮然とする。
「俺、マジメに話してるんだけど? 」
「いや、すまんすまん。」
和尚は未だ笑いを堪えている。
「いや、あまり頭は良くない方だろうと思っていたが、まさか抱いてもおらん女子との子の心配とは……」
「いや、確かにそれは俺もどうかとお思うけど」
「ふむ。しかしな。仮にお前さんのいた世界通りに歴史が進む前提で、はるを義経軍と引き離したとして……。はるは助かるのか? 」
「え? 」
「お前さんが、前話してくれたタイムスリップとやらの話では、ある程度決まっている事象を過去で変えようとしても、なんらかの形で修正が入り結局、元の形に近い感じで収束してしまう……のではなかったか? 」
「よく、覚えてたなその話。っていうか、ちゃんと理解できてるの凄い。」
そう、仮に過去で交通事故で事故死した人を過去に戻って、その事故に合わないように誘導し、救ったとしても……、結局その人は、別の原因で同じような時期に死んでしまう……以降の歴史に大きな混乱(世界自体が矛盾で消滅するような)がおきないよう、「神の見えざる手」的な何かが変わった歴史を元に戻そうとする。「運命、事象の収束」……そんなタイムスリップ系SFで良くあるような可能性を話した気もする。慶次郎は思い出した。
「これでも、まだ知識欲だけは世界の誰にも負けていない自信はある。姫御子様のお役に立つかもしれんしな」
「でも、それは俺の世界のしかも空想のお話の中の事だ。時間を逆行だの歴史を改編なんて、神器の無い俺の世界じゃ、まさに絵空事。仮にその通りになるとして、何だ? 結局、はるは不幸な目に遭うから諦めろって事か? 」
「問題はその事が、本当か否かではない。結局、ワシらは、そっちの世界とこっちの世界の時間と空間の繋がりや、仕組みについて何も理解できておらんという事だ。」
「それは……。」
「結局、お主、この世界について、芝居の台本を先にちょっと見てる……程度の理解しかない。しかもその本は往々に改稿されている可能性もある。」
確かに、元々歴史なんて、残っている資料に基づいた推測にしか過ぎないのだ。慶次郎は考える。
「と……理屈をこねたかったわけではない。お前さんの人生は、この世界でも、まだまだ白紙だ。運命って奴があるってなら、戦ってみせろ。」
「和尚……」
和尚は、慶次郎を見たらニッと笑った。
「まあ、お前さんはとっくに武士だ。そんな男についていくなら、危険はつきまとう。負ければ命はない。領も財産もそして女も奪われる。そんな獣みたいな戦いをする事が武士よ……。はるは……覚悟はできていると言っておったぞ。」
「え? 」
「お前さんより一足早く呼び出されてな。ま、あっちはお前さんの異世界転移とやらは知らんから、喧嘩の仲直り方法を聞きに来ただけだったがな。うまく、不必要な事は言わんように相談にのってやったわ」
慶次郎は、いよいよ顔を赤くする。
「武士の男についていく事がどういう事か……あの娘は分かっている。戦いの中で死ぬ事も家族を失う事もな。あとは……お前さんの覚悟次第だ。」
和尚は慶次郎の肩をポンと叩いた。
〇再び、鴨川河川敷
「和尚に会ったんだってな」
それを聞くと、はるは顔を上げて「いっ」と言って真っ赤になった。
「俺達ってバカップルだな。」
バカップルの意味を当然はるは知らない。
「ななな何言ってた? 変な事……私が言ってたって、言ってなかった?」
「安心しろ。俺の方がもっと恥ずかしい事一杯言ってきたから……。」
はるは、顔を赤くしてうつむいたままだ。
「ごめん! 」
今度は、慶次郎が頭を下げた。
「はるは何も悪くない。覚悟が足りなかったのは俺だ。事情も未だ詳しく話せないんだけど……。一緒に来たら、きっと色んなことが起きる。でも、はるは絶対俺が守る。それだけで済んだ話だったのに……」
はるは、少し戸惑ってから言った。
「和尚に言われたわ。慶次郎は特殊な事情でこの国に流れ着いたって。そのことで、他の皆に話せない事が一杯あるって。きっとそれは……」
2人でもっといろいろな事を乗り越えないと、共有できない……。はるは、心の中でそう理解した。
「ちゃんとついていく。それに私だって、慶次郎を守る。それで……いいんだよね。」
慶次郎はうなづいた。
「こ、これで仲直りしたって事でいいのかな? 」
「あ、ごめん。一つだけ。お願いがあるんだけど……。」
「え、なに? 」
はるは突然、何を言われるかかなり動揺しているように見えた。
「あ、いや……。良かったら……、これからも君の事は、はるって呼びたい。その理屈じゃなくて、俺はそっちの方が……。」
はるは、それを聞いて吹き出した。
「もう、何かと思った。そんなの当たり前じゃない。静は白拍子の名前。私はずっと、はるだよ。それに私だって、アナタの事は、ずっと慶次郎って呼ぶつもりだからね。」
はるは、そう言うと、笑顔で慶次郎の肩に自分の顔を乗せた。
とうとう使ってしまったバカップルという言葉。
和尚、グッジョブ。
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異世界の話です。史実とは関係ありません。




