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第19話 月に舞う夜

甘酸っぺえ……。

○とある貴族の屋敷


 宴が開かれていた。その末席に慶次郎は義経と一緒に座り、それを見ていた。

 よく指先にまで神経が行き届くとか言うが、それの指先には魂が……否、それを超越した神秘的な何かが宿っていると慶次郎は思った。舞の事はよく分からないし、まして流れてる笛や歌の音は慶次郎が元の世界で聞いていたそれとはあまりに違う。しかし彼女の舞は妖艶や可憐と言った美しさを形容する言葉を並べても到底足りない、そんな他人を飲み込んで離さない大蛇のような圧倒的な引力を持っていた。


 曲が終わり彼女の舞も止まる。彼女は慶次郎の方を向いてニっと大きな笑顔を見せて、照れ臭そうにした。その宴の会場は拍手と喝采に包まれた。


「弁慶、ヨダレが出ているぞ。」


 横にいた義経が言う、慶次郎慌てて口拭ったが、ヨダレなど出ていなかった事に気づき、義経睨む。


「お前だって、見惚れてろ? 」


「ああ、凄い物を見た。だが、あんなに表情を崩したら、折角の化粧が台無しだな。」


 2人は会場の拍手をうけ、貴族達にくちゃくちゃな笑顔で愛想を振り撒いているその舞の名手……はるを見ながら微笑んだ。


 その日の夜……、急遽はるがメインの舞を見せてくれると例の女性(踊りの師匠らしい)が言うので、慶次郎はこの屋敷にやってきた。急な予定なのにはるは慌てもせず、テキパキと用意をして、会場に臨んだ。しかし、一般人の慶次郎が貴族の屋敷に入るのは流石にマズイと、義経の付き添いで宴に参加させてもらう形になった。主の貴族は義経ならばと喜んで宴の席に入る事をOKしてくれた。


 宴会を一足早く抜け……、慶次郎と義経は貴族の屋敷を出ようとした。


「慶次郎! 義経様! 」


 屋敷の入り口ではるが追いついてきた。さっきの舞の衣装から、巫女服のような少し動きやすい服に着替えている。


「酷いよー。2人で先に帰っちゃうなんて。」


「いや、仕事の邪魔しちゃ悪いからな。そんな事より凄いな。綺麗な舞だったぞ。」


 はるは、それを聞くと「ホント? 」と、大きな声を出して嬉しそうにする。


「ああ、この義経、生まれて初めて女の美しさに嫉妬した。見事な舞だった。」


「どんだけ自分に自信あるんだよ。」


 はるは、「ありがとうございます」と、嬉しそうに言った。


「師匠には筋がいいって言われるの。」


ーー筋がいいなんてものじゃないんです。


 はるの師匠の言葉が、慶次郎の頭に響く。


「慶次郎、明日も来れる? 明日も仕事があるの。そっちの方が私の本来の仕事……なんだけど、見て欲しくて」


「本来の仕事? 」


「私さ。白拍子としての舞とかは全然ダメだけど、その代わり雑用で他の子の衣装の着付けとか、髪型とか、お化粧とか、やってあげるの凄く上手くなったの。」


 この話も慶次郎は師匠から聞いていた。


「他のお店の子からも頼まれたりしてさ。結構いいお小遣い稼ぎになってるんだ。ゆくゆくはちゃんと商売にしてお店を開こうかな?って」


 美容院みたいなもんか……と、慶次郎は思う。この腕とはるのコミュ力なら、繁盛しそうだ。


「ほら、慶次郎の神器で『小烏丸こがらすまる』ってあったでしょ? 女の子達、綺麗にしてあげてから、アレやったら絶対喜ぶと思うの。だから、どっかの町で2人でお店出して……」


 はるは、楽しそうに語ってた口調を途中で止める。慶次郎も少し返事に困る。


「って出来ないのは分かってる。慶次郎、故郷に帰るってずっと言ってたし、今は義経様の家来だもんね。わかってる。落ちぶれてたら拾ってあげようと思っただけ」


 慶次郎は苦笑する。もう秋も深まってかなり肌寒い季節になった。2人の間に沈黙が流れる。義経が口を開く。


「弁慶。先に帰る。鴨川沿いを散歩がてら歩くゆえ、間に合うなら、追いつけ」


「わかった。」


「良い再就職先ができたな。ところで……我々は冬が明けたらすぐに四国方面に進軍を始めるからな。色々準備しておけ」


 義経は慶次郎に手を振って歩き出した。


「そっか……すぐに京を出ていくんだね。」


「鎌倉の軍だからな。俺達は。」


「慶次郎! 次、行く時は私も……」


「はる。」


 はるは慶次郎の顔を見て、はっと止まる。


「俺は、ここで今の仕事やってるはるが一番素敵だと思う。」


 2人お互いを見る。


「やっぱり、私、いたら戦の邪魔だもんね。ねえ、慶次郎ってやっぱり義経様の事……」


 と、言いかけて、慶次郎の顔を見て思わず「ごめん」と言って、口をつぐんだ。


「色々変わったよね……。」


 はるは悲しそうに呟く。


ーーお願いします。もう、あの娘に会わないで下さい。


 あの時……慶次郎と2人になると、はるの師匠は深々と頭下げた。はるには舞の才能がある。あくまで他の白拍子の手伝いになる範疇で舞を教え始めたが、その勘の良さと、ひたむきさあっという間に上達した。そして人を魅了する妖艶な仕草は他のどの白拍子も持ってない完璧な才能だと師匠は言った。


「あの子の才能なら、大きな家の武士や貴族からお身請けしたいってお声がかかる。本当に凄い事だし、このまま白拍子として舞を極めても歴史に名を残す踊り手になれる。」


 このまま、京を出て行くには惜しい才能だと師匠は慶次郎に切々と話した。実際、彼女の舞を見た慶次郎も凄まじい才能の持ち主なんだと否応なしに良く分かった。


「あの子があなたにずっと会いたがってたのは知ってます。きっと貴方について行きたがると思う。私にはそれを止める権利は無いけど……もし、貴方がはるに対して、ちゃんとした想いと責任を持ってないなら……、彼女を惑わせないで下さい。」


 そう言って師匠はもう一回深く頭を下げた。


 そんな言葉を思い出しながら、慶次郎ははると今ここで見つめ合っていた。


「でも、私はその為にずっと用意してたんだ。ずっと待ってたんだよ。慶次郎……。」


 はるは、慶次郎を見つめながら、必死に涙を堪えて言った。


 月明かりが2人を照らした。慶次郎は、はるにかける言葉が見つからず……ただ俯く事しかできなかった。


 

次とその次……慶次郎とはるにとって大きな転換点が来ます。どうしよう休日って上げてもPV少ないからもったいないなあ……


読んで頂いてありがとうございます。宜しかったら、感想、ブックマーク等残して頂けると嬉しいです。


異世界の話です。史実とは関係ありません。

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