第35話 決意ー義経の場合ー
投稿頑張ります。
○宇治川 鎌倉軍の陣 夜
慶次郎は結局その日は、未だ騒ぎを起こしてはいけないと考えて、陣の奥に、こっそりと戻り、また縛られる事にした。あの後、義経の家来一同で話あったが、義経が特異霊装と一体化している以上、現在その暴走を制御できるのは、範頼しかいないというのが、議論の行き止まりだった。
ーー落ち着け。範頼に義経渡すの受け入れ難いが、分からなかった事は色々わかった状況はまえに進んでいるーー
せめて、暴走をなんとかできれば……、と慶次郎は考えていた。
その時ーー
慶次郎が隔離されていた、一角に一人、人間が入ってくる。義経だった。髪を下ろし、ラフな服装をしているので、幾分女性よりに見える。
「義経……」
義経は「よう」と呟き、慶次郎の横に腰を下ろした。
「どうしたんだよ。急に。」
「ふ。よく言う。お前がこっそりここを抜け出てさっきの義兄上との話を聞いていたのは知っている。あとは……察してくれると嬉しい」
義経は慶次郎をまっすぐに見つめ、慶次郎は気まずそうに目を逸らした。2人の間に沈黙が流れる。
「母の胎内で一度死に……、特異霊装を核に生み出されたにが私らしい。」
「ああ、らしいな。」
「もはや、人間であるかすら怪しい。その上、自分では制御出来ない大きな力が体の中にあり、いつか自分や……周りに人間を犠牲にするかもしれないそうだ 」
義経はそこまで一気に話した。慶次郎黙って義経を見ている。
「ま、まあ今はあまり考えないでいいんじゃないか? 別に、元が何だって義経は義経だ。」
ーー今まで皆んなで過ごしてきた時間に嘘はないーー
それを聞くと義経は「そうだな」と言い、少し笑って見せる。その愛らしさに慶次郎は不覚にも少し顔を赤らめる。
「そろそろ、女性をするだけで顔を赤らめるのはやめてくれんか? 」
「う、うるせえ。」
慶次郎は一言いう。
「母上は……確かに変わった人だったかもしれんな。まあ、立場が立場だから、そう頻繁に会っていたわけでは無いが……。だが、さっき聞いたような狂気な人には見えなかった。私にもな。男として生きるのはいいが、女としての自分も決して捨ててはいけないと、色々教えてくれたのだ」
義経は一つ、ため息をついた。「例えば、どんな? 」と慶次郎は話をする。
「服や化粧の仕方はもちろん……。あと、男の姿のままでも嗜めるようにと、笛や舞の稽古もしてくれた。いつぞや忠信が吹いていた笛も私の物だ。……そうだ、あと香だ。単に体の匂いをごまかす為でなく、自分の為、そして好いた男の為に香りを選べと。」
「そう言えば、出会った時から、良い匂いがするなとは思ってた」
それを聞くと今度は義経が顔を赤らめる。「ば、ばか。」恥ずかしいだろと義経は目を反らす。
「良い母親だったと思う……のだがな。」
自分の信仰の為に子供を実験台にするような人だった。その事が義経には少なからずショックなのだろう。不安定な形とはいえひとまず、特異霊装を制御下に置く事に成功した彼女は、どんな余生を送りそして死んでいったのか。今となって知るよしはない。
ーーこれから、どうするんだ?
慶次郎はそう聞きたい思いをぐっと我慢した。
ーー義経がどうするかじゃない。肝心なのは……。
「どうしたものだろうか? 暴走の力を抑える事が出来るのならば、兄上といれば当面は大丈夫だ。しかし……」
「いつか、源氏が特異霊装の力を使う時、いったい誰が犠牲になるのか……」義経は、そう言って空を見上げた。
「逃げよう! 」
慶次郎は不意に大きな声を出す。義経が驚く。
「俺の故郷の世界に2人で行こう。特異霊装の力を使えば可能かもしれない。もちろん誰の命も犠牲にしなくていい方法を考える。いい世界かどうかは分からないが俺のいた国は少なくとも、庶民が戦に巻き込まれるような事は無かった! 」
慶次郎はまくし立てた。義経は少し驚いたような顔をしていたが、すぐに意を理解し「ふっ」と笑顔になる。
「お前は優しいな。弁慶。だが、そんな方法があるとは言い切れん。いつまでも見つからなかったら、どうする? 」
「なんとかする! 」
「仮にそうだとしてもだ。私が特異霊装『八尺瓊』をもったままいなくなったら、源氏はどうなる? 平家は『天叢雲』を未だ持っているのだ。」
慶次郎はここで黙る。結局、義経は最後は源氏を取る。たとえその天秤の逆に乗っているのが自分の命であっても。
義経は立ち上がると刀を抜き、さっと慶次郎を縛っていた縄を切った。
「え? 」
「実は、範頼の兄上に許可を貰って来た。条件を飲む代わりにお前をすぐに自由にしてやって欲しいとな。承諾して下さったよ。」
「ちょっと待て。俺はそんな……! 」
「他の皆にも、もう話した。分かってくれ。弁慶。このままでは、私はお前達の誰かを犠牲にする可能性がある。私は皆を大切に思っている。当然、お前も皆と同じくらいに……」
義経はここで、すっと慶次郎の耳元に口を近づけた。
「いや、それ以上だ。」
慶次郎は、目を見開く。義経は顔を慶次郎から放す。慶次郎は動く事も出来なかった。
「このままでは私はきっとお前を犠牲にする。義仲を撃ったら皆とは少しの間お別れだ。必ず、また共にいれるようになる為……頑張るつもりだ。」
義経は慶次郎の方を見て悲しそうに笑った。そして「話は以上だ」と言って部屋から出て行った。
慶次郎は一人、その場に残されていた。ある程度、なんとかなると思っていた自分の考えの浅さを呪った。「大蛇」や大正坊についてどこまで義経に話して良いのか? 範頼が肝心な所を隠している事について……、必ずしも信頼して良い存在では無い事について、どこまで話すべきか、まったく考えが整理できていなかった。何より、自分が何をしたいか、どうするべきか。その事を何もしていなかった。
「ヘタレ……って、最近、三盛にも言った気がする。父様以外の男ってやっぱだめね」
突然、声がした方を振り向くと、なつめが立っていた。
「子供はもう、寝る時間じゃないの? 」
自嘲気味に言った慶次郎の方に、なつめはを向け、大きくため息をついた。
さて、慶次郎、男の見せ所…かな?




