第11話 平教経
ちょっと、時代小説調に…。そして、教経の神器の名前、こっそり変えてます。
↑ご都合主義
平教経は……
あくまで、慶次郎のいた世界線での話ではあるが…
源平合戦を代表する平家の武将の一人である。その実力は平家…否、当時の武士の中で最強…と言って過言ではないだろう。次第に平家劣勢となる源平合戦の中、幾度となく源氏を退け、源氏側の猛将を幾人も討ち取った。そして、転戦を繰り返し、平家滅亡の地となる壇ノ浦でその運命を共にした。その有名な活躍は、かの平家物語にも描かれている。壇ノ浦の合戦にて、海上戦の中、平家の敗北がほぼ決定し、中心武将が次々海へ飛び込み自害していく中、一人最後まで刀と薙刀の二刀流で船から船へ渡り暴れまわった。やがて、源氏の総大将、源義経を最後の敵と決め、特攻を仕掛ける。義経はその気迫に、叶わないと思ったか、彼に背を向け、およそ二丈(約6m)は離れている船へ次々と飛び移り颯爽と逃げた。有名な「八艘飛び」のエピソードである。その様を見た教経は追撃を諦め、襲い掛かってきた源氏側の大男2人を、いとも容易く組み伏せ、彼らを脇に抱えて海へ飛び込み自害した…。古文があまり得意でない慶次郎は、義経の「八艘飛び」は知っていても、その時の武将が教経だったとは知る由も無い。これも慶次郎のいた世界線での話…、教経と義経は同じ年の生まれである。(この世界線では義経は少し年下のようである)しかし、慶次郎が彼の名を知らなかったように、日本史のヒーロー的存在である源義経に対し、教経を知る者は現代あまりいない。
こちらの世界線でも、その前兆は見られる…。現在…圧倒的な実力を持ちながら、同世代の平家の武将達に比べると、その身分はあまりに低い。彼が今、慶次郎をスカウトしたような治安維持…同じ検非違使でも危険かつ地味なポジションは本来、平家の人間がやる仕事ではない。一つは、彼が平家にて絶対的なカリスマ、平清盛の直系にあたらないと言う事である。彼は、清盛の年の離れた腹違いの弟の子供だ。父親が元々、発言力が強く無くあまり本家とは仲が良くは無い。しかし、当時の清盛の絶対的権力の前には、ただ平伏するしかなかった。そのせいか、一族での集まりにおいて、かの維盛のような直系の子供達が清盛の周りで寵愛を受ける中、彼は隅の方でその様を眺めているしかなかった。当時から彼は他の平家の子供達よりも自分がはるかに強力な神器を持っている事を感覚で判っていた。それ故に、何故自分より弱い存在の者達がそこまで奢る事ができるのか…ずっと謎であった。
彼が10歳の時(この時、彼はまだ幼名、虎之助を名乗っていたが)、同じくらいの年の年齢の親戚の子供達が集められ棟梁、平清盛の前で神器を披露する宴が行われた。子供達はそれぞれにたどたどしい神器を顕現させ、清盛を喜ばせた。特に、維盛のそれはその年齢の物と思えぬ程の高い性能を持ち、集まった一同を驚愕させた。そして、教経の番が回ってきた。教経は自分の神器を顕現させた。しかし、彼の能力は顕現させた刀で切りつける…。それのみである。一同は大笑いした。そんな能力あっても意味がない。武力は今の平家ならいくらでも用意できる。もっと、唯一無二の能力を発動させるべきだった。いや、その才が無かったのか?と、見ていた者は言った。しかし、平清盛だけは、それを軽んじなかった。その神器に宿るすさまじい力と信念を感じ取った清盛は戦闘に長けた能力を持っている部下に、教経と試合うように命じた。清盛の縁者である教経と戦う事など、恐れ多いというその部下に、「殺すつもりでやっていい。教経がどうなっても何の罪も無いがこの勝負を断れば家を取り潰す。」と脅され、部下は渋々と承諾した。
その勝負、もはや書くまでも無いが一瞬であった。部下が放った神器の威力に手心が無かったのは、その場にいた誰もが分かった。教経は一瞬で神器を砕き、その刃を彼の喉元に突き付けていた。清盛は大いに喜び、その場にいた一同を驚愕させた。
その事態に面白く無かったのは、この催しで話題を息子が一人占めするはずであった維盛の父、重盛であった。重盛はさらにその神器の威力を見たいと自分の部下と戦わせるよう、清盛に申し出た。清盛は黙ってうなずいた。教経は次々と現れる重盛の部下を次々と倒していった。それも命を奪わないよう、充分に気を使って。十人目の挑戦者を倒した時、教経は重盛の本当の狙いに気付いた。重盛は誰でもいいから部下を教経が「殺してしまう」のを待っているのだ。武力に特化した強力な神器だからこそ、手加減が一番難しい。教経が負ければその場で殺し、疲労で手元がくるって部下を殺してしまえば、難癖をつけて父の立場を追い込み、家を取り潰すつもりなのだ。卑怯…と言えばそれまでだが、教経は10歳のその頭で「やり過ぎた」ことを理解した。これが権力というものだ。自分がいくら武力で強くても、「気に入らない」という理由で簡単に抹殺できる。教経は32人目の部下を倒した。その場にいた一同は、もはやイジメでしかないその行為を固唾を飲み見守るしかできなかった。やがて、日が暮れた。もはや疲労困憊。当の重盛も未だ部下を用意してはいたが、まさかここまで粘られるとは思っていなかった。教経は平凡だが実直な父を尊敬していた。家を取り潰されるのは嫌だ。事態を収めるには、プライドを捨て重盛…そして清盛に誠心誠意い頭を下げ許しを請うか…。あるいは、自分がこの場で命を絶つか…。否どちらもありえない。自分は何も間違った事をしていない。何よりこの勝負に負ける気は最初から毛頭なかった。それを長時間、黙って見ていた清盛は正直教経が最終的に、自分の命を自ら断ち許しを乞うだろうと思っていた。そうなったら、自分が神器を使ってでも割って入り、勝負を止めて教経を助けてやるつもりだった。
しかし、78人目の挑戦者を呼ぼうとして重盛は驚愕する。もうすぐに用意できる部下の中に神器を使える者がいなかったのだ。慌てて兄弟に声をかけた…が…、その場にいた誰もがもはや教経の闘志に心を奪われていた。10歳のこの子供は、この事態において家を守り、自分を守り、そして勝負にも勝つ。すべてを手に入れるつもりなのだ。その強い意志がその場にいた全員を彼に惚れさせていた。
「お前の負けだ。重盛。宴はここまでだな。」
清盛の言葉に重盛は逆上した。次は自分がいくと言い、神器を顕現させる。才能は教経の方があっただろう。実際、万が一にも負けてしまう事を恐れ、重盛は自分が勝負の場に出て行く事が出来なかった。だが如何せんまだ教経は10歳。そのうえ、今、疲労困憊。熟練の猛者、重盛に勝てる道理は無かった。
激しい疲労で気を抜くと意識が飛びそうになる中、教経自身もその力の差を感じ取った。もはやこれまでと、覚悟を決めた。そして、重盛の刀が襲い掛かってきた。その刹那ーーー
重盛の体が、胴切りに真っ二つになっていた。おびただしい血しぶきが場に降り注ぐ。疲労のピークを超えた教経は、その異様な光景の中、静かに気を失っていった。消えていく意識の中、彼が最後に見たのは血のついた刀を静かに手布で拭っている清盛の背中だった。
教経は、数時間後、寝床で目を覚ました。
「目を覚ましおったか。ガキめが」
枕元でそう言ったのは、清盛だった。目が覚めるまでずっといたのか?まさか…時の最高権力者である、この義叔父が自分なんかの為に?
「いや、悪かった。重盛が執念深いのは分かっておったが、まさか、こんな事になるとはな。」
上座で静かに試合を見ていた厳格な顔とは違う…優しい顔であった。
「聞きたい事があった。お前のあの神器…ただ強いだけ…そんな感じの能力だな。なぜあの能力を選んだ?」
教経は、さして考えもせず、そして表情も変えずに言った。
「誰よりも強くありたかったからです」
しばらくの間、教経と清盛は見つめ合っていた。少しすると、清盛は大きな声で笑った。
「気に入ったぞ!教盛の息子!今回は不肖の息子が無礼を働いた。これは諸々の侘びとして受け取れ。」
清盛は懐から球体を取り出し、教経の前に置いた。
「重盛の根珠だ」
そうだ、気を失う直前、重盛は…。
「重盛様は…?」
「おお、隣の部屋を見て来い。やつの首が転がっとる」
殺したのか?自分の長男を?
「そんな恐ろしい顔をするな。奴はお前を殺す気だったのだぞ?お前みたいな子供を。それも気に入らんからという理由でな。人の道を踏み外した武士に待つのは破滅のみ。当然、重盛にもそれを教えて来たつもりだったのだがな。」
清盛は悲しそうに笑った。
「私だって、こんな世を作りたかったわけじゃない。ただ、一族の皆で笑って楽しくやっていたかった。だが、家を守る為、他の家と戦い、それを滅ぼす必要があった。そして一つの敵を滅ぼすとより大きな敵が襲ってくる…。より強い力が必要だった。それを繰り返し平家は強くなった…だが過ぎた力はいつか暴走する…。難しいものだ。そうだ、もう一つ。」
そして、今度は一枚、紙切れを懐から取り出し渡した。紙には「水鏡」と書かれている。
「もう一つ…。お前の神器、名前が未だ無いと言っていたな。即興で悪いが私が考えてみた。みずかがみ…と読んでくれ。気に入らなかったら変えてよいぞ?」
「水鏡…」
「お前の今求めてる強さはカチコチに固まった強さだ。それはそれで強い。だが、硬さは別の方向から力が加わると簡単に割れてしまったりするのだ。今回の事で良くわかっただろ?真の強さとは柔らかさを持って、受け流す事も必要となる。その戒めとして水の字を入れた。」
それを聞いた時、教経は目からぽろぽろと涙をこぼし泣いた。
「おいおい。どうした?そんなにこの名前、嫌か?ダサかったか?」
「違います。私の神器…この水鏡…。清盛様の理想の世を作る為に、役に立てるでしょうか?」
「生意気を言うな。まだ強さしか能の無いガキが…」
清盛は教経の頭をくしゃくしゃと撫でた。
以来、彼は、清盛の理想の世を顕現すべく、ひたすら私情を捨て刃を振るい続けている。いつしか平家の手で、人々をそんな世に導くために。
〇そして、今…
教経は自分の家の縁側で目を覚ました。妻である海の膝枕でうとうとしているうちに眠ってしまったようだ。彼はまだ10代だが元服をしてすぐに娶った妻である。貴族…といってもあまり身分は高く無いが…の家の出であり、のんびりした性格がいつも張り詰めている教経を癒してくれている。ちなみに(慶次郎の世界の伝承で)彼女は、やはり壇ノ浦で夫と運命を共にし、海に飛び込んだのだが、後、生きて九州に流れ着き河童になったという、良く解らない伝説が残っている。が、、それはまた別の話だ。
「ああ、すまんな。思わず寝入ってしまった」
「珍しいですね。随分と深い眠りでした。ほらヨダレが…」
彼女はシミのついた布を見せてクスクスと笑った。
「かなわんな…。昔の夢を見ていた。清盛様と初めて話した時のな…。」
「あら、どんな話をしましたの?」
教経は少し考えて言った。
「忘れた。」
「え? 今、夢で見てたって」
「もう、数刻で出かけねばならん。準備を頼む」
「あー、そうやってまた話をごまかす!」
海は頬を膨らます。
「慶次郎を呼んである、来たら奥に通してくれ」
「あら、慶次郎君、来るのですね? 今度、任務無しで、家でゆっくりしていくように招待してくださいよ。ほら、慶次郎君に懐いてるっていう妹みたいな女の子も一緒に。」
「…何故だ? 」
「楽しいと思いますよ? だってあなた。慶次郎君が部下になってからお顔が柔らかくなりましたもの」
「そうだろうか? 」
「年下の部下…初めてなんでしょ? 意識はしてないと思いますけど、可愛いいって思ってるのですよ。あなたきっと。」
「そんなワケ無かろう。からかうな。着替えてくる」
今度は、少し教経が顔を赤らめ、奥に逃げた。
慶次郎が教経の部下になり、また少し月日が流れていた。平家を悪く言ってる人間を調べて密告したり時には、テロ行為をたくらむ組織の内偵を行ったり…危険な任務も多いが、報酬も良く最初は疑い深く教経と距離をとっていた慶次郎も大分心を開いていたように思えた。海の提案も悪く無いかもしれない…と、教経は思う。
この時の彼が、この一月後に彼らに起こる事態を知ったら…果たしてどう感じたであろうか?
教経…なんか、めっちゃいいヤツになってきたな…。
そして、過去編…どんどん長くなってきた…。




