第10話 特異霊装
〇京都郊外 山村
「なんで、体と服を綺麗にする能力なのよ。バカじゃないの?」
まだ言うか、このガキは…。慶次郎はため息をついた。
家の裏で薪割りをしている慶次郎の横で、はるが口をとがらせている。日差しが強い。暑い京都の夏もももうすぐ本番を迎える。
既にこの世界にやってきてから、3か月が過ぎていた。どうやら、慶次郎に降りかかったのは、すぐ帰れる感じの異世界転生では無いようだ。神器…という、特殊能力は提示されたものの、今の所、大魔王を倒すとかお姫様を救出するとかいったそんな大目標が提示される事はない。冒険者ギルドに所属して依頼をこなしていく的な要素もない。ゲームの世界って訳でもない。ただ、ひたすら農村の生活で雑用をしている。一応、戦闘に使えそうな隠密能力「三日月」よりも、現状この暑さの中、うっかり発動させてしまった方の能力「小烏丸」の方が役に立ってるのが現状だ。
「能力は一生ものなのよ? 一人の人間が覚えられる能力はだいたい二つって和尚が言ってた。アンタ、その能力と一生付き合う気? 」
ーー一生…、この世界にいなくてはいけないのか? 現世に戻る方法を探す…事が現状唯一やる事だ。それも今の所唯一の手掛かり…特異霊装なる神器…。この世界で神器の事を知れば知る程、遠い存在に思える。
「聞いてるの!?慶次郎」
はるが突然、大きな声を出したので、慶次郎は我に返る。
「ああ…聞いてるさ…。別に悪い能力じゃないだろ?実際、このおかげで、この村が神器能力者保有と認められたんだ。戦場では役に立つんだろ? きっと。税が軽くなったって、長に感謝されたぜ」
「…ほんと、バカね…。もっとお金になる能力がいくらでもあるのに」
「使い方次第だろ? それに言ってなかったが俺、能力…まだ覚えられそうな気がするんだよ」
「ほんと?三つ目ってこと?」
「そうそう、なんか、感覚的に…だけど。次が覚えられそうな余裕を感じる」
「それは解る…能力使う時って、感覚的に、「使える」…ってわかるのよね…。妙な才能はあるのよね…あんた…」
その時、母屋の方から声がした。
「兄ちゃん、姉ちゃん、出かける時間だよ。準備できた!」
「おお、光太郎。わるいな。今日は結構、量があったろ?」
家で預かられている孤児の男女が3人、が母屋から出てきた。また、町に出て村で獲れた自然の恵みを行商をしてくる仕事だ。夏は川で獲れる魚やカニなんかが多い。意外と村の良い収入源らしい。ちなみに、最初、孤児たちはみんな太郎、次郎といった適当な名前しか持っていなかったが、慶次郎が適当に字を当てて名前をつけてやった。おかげで慶次郎も彼らの顔を覚えたし、彼らとも相当打ち解けた。この家には
「大丈夫。最近皆、町に行くの楽しみにしてるんだぜ?」
「なんで?」
3人の子供は、お互いに目を合わせてニコリと笑う。
「出かける時、はる姉ちゃん機嫌が良くてすっごく優しいから」
「へ?」
と、意外な言葉が返って来たのか、はるがすっとんきょうな声を上げた。
「皆、言ってるよ。慶次郎兄ちゃんが来てから、はる姉ちゃん、優しくなったって!」
「な!…そんなわけ!!」
はるが顔を真っ赤にして怒る。「わーい。姉ちゃん、赤くなったー」と楽しそうに叫ぶ光太郎をはるが追いかけまわしている。慶次郎はその様子を見ると、懐からスマホを取り出し、パシャリと一枚写真をとった。さすがに、ネットにつながる事はないが、色々と便利なので持ち歩いている。山男の彼がソーラーバッテリーを常備していた事はまあ言うまでもない。友達も少なく、山の景色ばかり撮っていた彼のスマホにも随分と子供達の写真が増えた。
「あ、慶次郎、また写真って奴、とったでしょ?」
「とってない。とってない」
「嘘つけ!ちょっと見せて!」
珍しものなのは間違いない。はるも含め、子供達にスマホは大人気だ。
「まったく、このスマホって箱の方が、よっぽど神器っぽいんじゃないの?」
「そういうな。ほら町に行くんだから、少しは綺麗な恰好しとけ」
慶次郎は、はるの頭にポンと手をおくと『小烏丸』を発動させる。体と服の汗や皮脂の汚れを一瞬で消し去る…。自分でもやってみたが、やると結構サッパリして気持ちいい。特に風呂の無いこの時代、夏場は非常に助かる。これをやると、はるはいつも少し顔を俯かせて大人しくなる。なんだかんだ言って、この能力を結構気に入っているのだ。
〇京都市街
町につくと、はると慶次郎はまた子供達に行商を任せ2人で別行動をとる。正確には、他人の神器を狙って、はるが暴走しないよう慶次郎が見張っている状態になる。慶次郎とはるは町中にあった小さな祠の前に腰を掛け、流れる人混みを見ていた。
「もう…。ほっといてよ。私は何か金を稼ぐ方法を探してるだけなんだから」
「それが危ないっつってんだよ。ほっといたら、また神器を狙ってなんかやるだろ?お前」
はるは頬を膨らます。
慶次郎は先の一件の後、あの平教経なる男に、例え悪人であっても神器を奪う事は罪になると聞いている。奪った根珠を売買する事も禁止されているらしい。(当然、町にある根珠を売買する店、通称神器屋は全部非合法で、見つかれば即おとりつぶしらしい。)治安維持の為というよりも、平家が神器…根珠を独占したいっていう事だろう…と、慶次郎は理解している。
「だって、お金を稼がないと…」
「なんだよ」
「故郷に帰るんでしょ?慶次郎。だったらお金を稼がないと…」
いつに間に知ったのか。はるは心配そうに慶次郎を見た。
「安心しろよ、村のその後のことをちゃんとしてから旅立つって。つまんねー事気にするな。」
不意に慶次郎の頬に焼けるような痛みが走る。はるが彼の頬を平手でたたいていたのだ。
「痛いな。何するんだよ」
はるはというと、自分がなぜそんな事を不意にしてしまったのか分からない様子でおどおどしていたが、少しすると、キッと顔を慶次郎に向けた。
「バカ!死んじゃえ!」
彼女はそう言うとその場を走りさった。
慶次郎は何故叩かれたか分からないまま、ポツンとその場に残された。
その時ー
「はっはっは。派手に振られたようだな。」
振り向くと、あの平教経だ。教経は「よ!」と慶次郎に笑いかけた。
「奇遇ですね。その節はどうも…」
突然現れた、この侍に武士に慶次郎は明らかに不審な顔をした。
「堅苦しいのは好かん。なんなら敬語もいらんぞ?あと、偶然でもない。お前に会いに来たんだ。」
「へ?」
「村で神器使いとして登録しただろ?名前が一緒だったから、もしやと思ったのだ。村に行ったら、こっちに来ていると聞いてな…。しかし、笑ったぞ。体と服を綺麗にする能力とはな」
教経は高笑いをする。
「何かようですかい?」
敬語がいいと言われた慶次郎は、思わずおかしな言い回しをしてしまう。
教経は慶次郎の肩に手を回すと、ぐっと引き寄せた。
「何故、本当の能力を隠す?」
突如、ドスの聞いた低い声で言われて慶次郎の背筋に寒気が走る。何故、隠していた三日月の事がバレた? そもそも、なんか怒ってる? 能力を隠してたら罰則があったのか。慶次郎は様々な憶測を頭に巡らせた。
「なんてな。驚いたか。はっはっは。誉められた事でないが、まあ今はその件は置いておこう。怒られると思ったか? なあ、なあ」
「お、おう…」
若干ウザい…。一応、顔は笑っているが、どこまで本気か解らない。今は相手のペースに合わせて会話をするしか慶次郎に取れる手段は無かった。
「話がしたい。場所を変えよう」
教経は立ち上がり言った。
〇酒場…
教経と慶次郎はとある酒場の座敷の一席で向かい合って座っている。この時代、ここまででは到底食べられなかった料理が運ばれてくる。
「酒はいけるクチか?」
「いや、俺は…」
一応、現世では未成年である。あの後、一度はるや子供達と合流し、教経の配下の兵に子供達を村まで送ってもらった。喧嘩みたいになってた、はるは慶次郎には話しかけ辛そうにしていた。が、やはり今から教経と何の話をするのか気になっていたのか、終始慶次郎を気にしていた。
「先の一件な。お前たちが危機になった所を助けに入った感じだったが実は、その少し前からあの一件を見ていた。お前が、何か隠密の能力を使って、奴らから隠れたのは見てて分かった。」
教経は酒を飲みながら言った。なるほど、それで三日月の事を知っていたのか。
「さよう。今、仕事柄、隠密行動ができる能力者を探していたのだ。どうだ?一口乗らんか?」
「仕事?」
検非違使…という、職についたと、教経は言った。聞いた事があった。確か、都の警察機構…、治安維持を担当する役職だ。武士にとっては出世の登竜門的な役職で後年、源義経が兄頼朝の許可を得ず勝手に朝廷からこの職を得た事が兄弟喧嘩の原因になった…的なエピソードもあったな。
「今の平家に反発する者は多い。そのような因子は早めに発見し対処しなくてはならん。夜の町の見回り、酒場など歓楽街での情報収集、場合によっては反乱思想を持つ組織への潜入も頼まなくてはならん。今の部下には隠密が出来る奴がいなくてな。仕事の性質上、公の役職ではないが…どうだ?報酬ははずむぞ」
情報屋…いや、スパイになれって事か。この時代に忍者がいたかどうかは知らないけど、実際日本の忍ってのは、こういう存在だったのかもしれない。と、慶次郎は思う。これが、この世界の所謂冒険者ギルドに所属して依頼をこなしていく…的な要素かな?と一瞬慶次郎は思った。
「俺、戦闘に関しては全くのド素人ですよ。それに、それって要は、いつでも切り捨てられる体のいい捨て駒になれって事っすよね。」
慶次郎の言った言葉に、教経は少し笑った。
「うーむ。まあ、否定はしきれんな。証拠がない。だが、こういのは互いの信頼の上に成り立つとは思わんか? 能力者は国の貴重な戦力、簡単に殺しはせんし出来る事なら囲い込んでおきたいと、色んな手を打つのが我々の実情なのだ。お前だって、金が欲しいから他人の神器を狩ろうとしていたのだろう? 」
それを言われると慶次郎も弱い。既に結構、教経には借りを作ってしまっている。
「その報酬の事なんですけど…、まあ、金も必要なんですが、一つ欲しい情報があります。」
「ほう。何が知りたい?」
「特異霊装…。」
流石に教経の顔が固まった。
「貴様…何が狙いだ?」
慶次郎はなるべく、異世界の事は隠したまま、遠くの国から望まないまま原因不明の自然災害のような物に巻き込まれて、ここに来た事。帰る為に大きな力が必要であり、今の所、あてになるのが特異霊装だけである事を説明した。
「で、我ら平家が保有する天叢が欲しいというのか?」
「場合によっては…ですよ。」
「なるほど!面白いな。お前!」
教経は、また大笑いした。
「平家を敵に回すのは実質無理ですよ。他にあるのなら、そっちを狙いたいんすけど」
正直、教経みたいな化け物が何人もいる平家から、そんな宝物を奪う事は不可能だろうと慶次郎は考えている。特異霊装が三種の神器だと言うなら、あと二つあるはずだ。
「ふむ。八尺瓊という特異霊装を源氏が持っているという。しかし、先の平治の乱の際、我ら平家は源氏に勝利したがそれを発見するには至らなかった。本来、戦に勝てば勝者は敗者の家系を根絶やしにする事が基本だ。生き残りは必ず勢力を盛り返して復讐にくるからな。だが、八尺瓊の行方を棟梁源義朝の血縁者の誰かが知っている…。その一点がある為に、清盛様は源氏の生き残りを誰一人殺す事が出来なかった…」
「いつか自分達を亡ぼすかもしれない超々危険因子全員…よりも、特異霊装一つ…それもその在処の情報だけの方を優先したってわけですか」
「それだけヤバイ代物なのだ。使用しているのを見た事はないがな。特異霊装同士がぶつかれば、両軍に壊滅的な被害が出る。故に義朝公は、特異霊装をそうやって使い自分の家を守った。敵ながら凄い武将だと俺は思うよ」
「随分と色んな事を話してくれますね。俺にそこまで話していいんすか?」
「それだけ、お前が手に入れるのは夢語りの世界だと分ってもらえればいい。まあ、お前が八尺瓊を持ってどこか別の国にでも消えてくれれば、それはそれでいいとは思う。あんなものは敵勢力が持っているから危険なのであって、自分達で保有しても維持管理の手間に対して使い所は少ない。あ、これは俺の私見だがな。」
「特異霊装…って…」
どんな効果のある物なのか?と、聞こうとすると、教経はごまかすように、また酒をあおった。
「さっきの女の子…、あの子も神器を使うのだったな。届けてはいないようだが…。それでいいと思う。あんな子が戦に出なくてもいい世の中になる事を俺も祈ってる。大事にしてやれよ」
慶次郎は目を見開く。何故、今その話を…? これ以上、知ろうとすると彼女に対して何か手を出すという事を暗に脅しているのだろうか? 慶次郎はそれ以上、聞く事は出来なかった。
「話がそれた…。今一連の話を通して、俺はお前を誘った事は間違いじゃ無かったと思った。気に入ったと言っている。改めて問おう。どうだ、配下にならんか?」
〇山村
村に帰ってくると、入り口の前にはるが待っていた。
「悪い。心配かけたな。」
「は、はあ? 別に心配してたわけじゃないし? ただ、さっき叩いたから謝…じゃなくて、ケガ? そう、ケガしてないかって、思ったから」
なんで、ツンデレキャラになってんだよ…。慶次郎はため息をついた。
そして、慶次郎とはるは家まで、誰もいない村の道を歩く。
「えー!その任務の過程で手に入った、根珠は全部貰っていいの?報酬ももらえて一石二鳥じゃない!?」
「吸収して自分の神器を強くするのであれば…だな。勝手に売りさばくのはダメだ。」
「いいじゃん!?やろうよ!」
「いや、お前は誘われてないから、別に何もしなくていい」
「え ?私も誘われたんじゃないの? だいたい、根珠とるなら私の弁天丸もあった方が便利だよ」
いや、根珠をとる事は目的じゃないから…。慶次郎はさっき教経が言った、はるに対する言葉が気になっていた。彼女を危険な目に遭わすのはだめだ。…和尚に対して悪い…和尚に対して…だけだろうか?
「あの人、見た感じそんなに悪い人じゃないでしょ?平家だけどさ」
「それは俺も思う。」
それだけに…。なぜ、あれほどの人物が慶次郎のような素性の知れない…それも下賤な(と、あえてここでは書くが)男と対等に話してくれるのか?完全に信頼は出来ない…が、この世界に来て3か月…ようやく、イベント…というのは不謹慎だが、そのようなものが起こったのだ。乗らないわけにもいかないだろう…
「ひとまず、奴の話に乗ってみるよ。」
「うん…気を付けてね」
「お?今のちょっと、かわいかったぞ?」
「うるさいわね!」
はるが向う脛を蹴り上げたので、慶次郎は痛みでうずくまった。
「おまえ、弁慶の泣き所を容赦なく…」
「知らないわよ。誰よ、弁慶って」
そうだ、この世界の弁慶もそのうち姿を現すのか?ま、今それはどうでもいい。と、その時の慶次郎は思う。
ヤバくなったら逃げる…事ができるか?はなはだ疑問だが、ひとまず、頑張ってみるか。
「あ、お前は絶対、家で大人しくしてるんだぞ?」
「うるさい。わかってるわよ!」
あれ、これってフラグ…じゃなないよな。
頬を膨らませた彼女の表情を眺めながら慶次郎はそんな事を考えた。
この話の中にある伏線を全部回収するまで話を書き続けられるのだろうか…。




