第16話 宇治川の戦い 2 巴御前
噛ませ犬とは呼ばせない。景季君。頑張る。
〇宇治川 川岸 義仲側
ーーどうする? あれには絶対勝てないー
自分の磨墨と違いおそらく戦場での戦闘に特化した騎乗神器。そして、今、佐々木高綱の生食を自分達に反応すらさせず一刀に切り伏せた巴の自分との実力差は歴然だ。まともに戦ったら絶対殺される。景季は冷や汗をぬぐいながら思う。
「勇猛名高き、巴御前とお見受けする。梶原景時が嫡男、景季……。お手合わせ願う」
刀を構える景季に巴は「ほう……。」と、逃げを選ばない彼に関心する。
逃げるしかない。景季自身はそう思っている。彼は巴の神器をもう一度、よく見る。あの黒い馬。おそらく地を駆ける事に力の大部分を振り切っているはずだ。あれの跳躍力次第だが磨墨で中空に駆け上がって逃げれば振り切れる可能性はある。しかし……。景季は横で落馬して苦しそうに地面に鵜付く待っている佐々木高綱を見る。
ーー俺が逃げたら、佐々木のとっつぁんが殺される……。2人とも生き残る為に俺に出来る事は……?
戦うしかない。本軍が川を渡って応援に来てくれるまで、時間を稼ぐ。しかし、経験の無い彼には、もう巴を足止めする方法の引き出しは無かった。
「これだけの実力差を前に、仲間を見捨てない選択を取るとは若いがなかなかの武士……。殺すには惜しかったと、言っておこう。」
言うと、巴は神器を駆って景季に飛び掛かった。やはり、早すぎて、まるで反応ができない。彼は死を覚悟し、目を閉じる。直後……。
ガンと音がする。景季は目を開けると、巴がその騎馬ごと、地面から突如大量に生えた、草や蔦に絡めとられ、その動きを止めている。
「これは……。」
「ほっほっほ。」
落馬してうずくまっていたはずの佐々木高綱が身を起こす。
「景季君。今ですぞ! 先に生食を一刀両断したのがまずかったですな。巴殿。これは神器『生食』に仕込んだ私の呪詛」
呪詛……周辺には使う人間がいない為、慶次郎はあまり知らないが、神器の「式」の一環であり、神器自体もしくは術者本体が破壊される傷つけられるなど、なんらかのダメージ負った時に相手に反撃で特定の効果を負わす事が出来る能力である。
「おお! 呪詛か! いいぞ、とっつぁん!! 」
景季は、素早く刀を構えなおし身動きがとれない巴に切りかかった。
「甘い! 」
巴の目が怪しく光る。すると、彼女とその神器が、黒い炎で包まれた。その凄まじい勢いと熱で、彼女に絡まっていた植物は一瞬で燃え尽きる。
「バカな……。」
と、高綱が言い終わる間も無かった。景季もまっすぐ巴に突っ込んでいくのをもう止められない。巴の薙刀が彼の首を切断…しようとした、一瞬。
だが、その刹那。黒蹄は何らかの気配を察知し、素早く上空へ飛び上がった。巴の薙刀は景季をとらえきれず、空を切った。巴は大きく後ろに飛びのいて着地した。
「どうした? 黒蹄! 」
巴は目を凝らす。景季の前に、さらにもう一人……、佐々木高綱ではない別の人間が立っている。慶次郎であった。
彼は、その辺に落ちていた薙刀を一本拾い、黒蹄獣の足を狙って力任せに足払いをくらわせようと思いっきりそれを黒蹄獣の足に切りつけていたのだ。慶次郎の技術で黒蹄獣に傷をつける事が出来たかは不明だが、なんとか、黒蹄獣自身にそれを「攻撃」と判断させる事に成功したようだ。
「お前……確か、弁慶。どうやってここまで? 」
「話は後だ。景季。佐々木さんを連れてすぐに逃げて。」
「いや、でもそれじゃ、お前が! 」
「大丈夫。俺の神器、逃亡向きだから。」
景季は迷いながらも。「すまねえ」と一言残し、佐々木高綱を馬の上に乗せて素早く走り去った。
「仲間を逃がして良かったのか? 弁慶。お前が死ぬぞ。」
巴は慶次郎に冷たく言った。
「俺一人なら多分逃げられる。まあ俺は皆が来るまで貴方を足止めするつもりだけど……。」
「ふ。笑わせるな。お前の実力も神器ももう解っている。それとも、あの時隠していた神器に私を倒せそうなものがあるのか? 」
「さあて。どうかな? この戦いもさっきの戦いも……。あのなつめって娘が監視しているんだろ? 」
言いつつも、慶次郎は冷や汗をかく。多分、この戦いは、なつめに監視されている。巴が小型の電話のような物を耳元に仕込んでいる事に慶次郎は気付いている。平泉の技術は随分流出しているようだ。おそらく、あれで遠くから戦場を見ているなつめと連絡を取り合って敵の神器を解析しているのだろう。
「いかにも……。」
景季と佐々木高綱と戦った時も、巴は2人が逃げに徹したら、黒蹄でも振り切られる可能性がある事を考慮していた。故に、先に佐々木高綱を落とし、敢えて呪詛を受け、動けなくなったふりをして、景季を懐に誘い込んだのだ。佐々木高綱を最初の奇襲で落とせなかった事や、てっきり逃げを選ぶと思っていた景季が、自ら自分に向かって来た事など、計算違いは多分にあったが。
困ったのは慶次郎である。やはり、今は『三日月』を使うタイミングではない。誰か別の人間になつめの注意を引き付けて貰わないと、彼女の目で見られた時点で完全に『三日月』は死んでしまう。
「神器『鬼丸』が当たれば、私は意識を無くす。しかし私の心臓にはその掌は届かない。神器『虎徹』は脚力を強化できる。しかし、黒蹄に対抗できるものではあるまい。『数珠丸』は索敵神器、戦闘では大音量の音を聞かせる切り札があるが……、それも相手と相当距離を詰めての話」
巴は敢えて、慶次郎の神器を全て説明した。それで、自分のやる事は全て解っていると彼に絶望を与えているのだ。しかし。そこに慶次郎は彼女を負かす答えがあると思っている。今も問答無用で黒蹄獣を使い攻撃されたら慶次郎は一瞬で命を落とす。そうしないのは、あの時隠していた神器に相当の警戒をしているからだ。あの手塚三盛との闘いで慶次郎は丸裸にされてはいるが、それでも巴に自分を「警戒すべき敵の一人」くらいに思わせる事に成功している。三日月は使えないが、それは充分相手に効いている。そして、なつめの解析神器は……。
「俺の名は武蔵坊弁慶。巴御前……、勝負だ。」
慶次郎は止まらない冷や汗をぬぐい、鬼丸を彼女の方に掲げた。
これ…慶次郎…、巴さんに勝てるのか?
読んで頂いてありがとうございます。宜しかったら、ブックマーク、感想等、頂けたら嬉しいです。




