第9話 はる その2
〇京都北山北東部 山村
「ほら、慶次郎!さっさと行くわよ。早く薪割り終わらせて!」
このガキが、人使い荒いなおい。…と、慶次郎は薪を割りながら心の中で愚痴る。
薪割りが終わると慶次郎は山で獲れた山菜を背負子に積んで、はる、そして家で暮らす子供3人と共に京の町へと行った。慶次郎が暮らすこの家は所謂、身寄りのない子供を数名預かっている孤児院のような施設だが、当然村にそんなものを経営する程の余裕はない。和尚が村に少なからず援助をしていて、旅の途中、身寄りのない子や俺みたいな訳あり人間を預ける事に利用しているらしい。老夫婦の2人が子供たちの世話をしている。子供達はある程度の年齢になるとこうやって村で獲れたものを売ってアルバイトのような事をしているらしい。慶次郎はとりあえずは、その手伝いをするように言われている。
京都のある程度の市街地に付くと慶次郎とはるは連れてきた子供達に山菜の販売を任せて別行動をとる。
「うーん…いないものねえ…。神器持ってるやつって」
さらに中心地の近く…、京都の市街地に往来する人々を眺めながら、はるがつぶやいた。京都の中心地は随分と人で賑わっている。結構栄えているようだ。
それでも、彼が今暮らす村ではその景気は関係ないように貧しい。まあ、日本の経済なんてずっとそんなもんだろうがな。と、慶次郎は思う。
「なあ…本当にやるのか?」
「当たり前じゃない。だいたいあんたが、もう少し使える男なら、こんな事しなくて済んだかもしれないのよ?」
慶次郎はため息をつく。
あの日…。はるが何故、神器を顕現していたのか、またそれを和尚に隠しているのかを聞いた。
「別に隠しているわけじゃ無いんだけど…」
そう言うとはるは経緯を話始めた。数か月前のある日、彼女が裏の沢で水を汲んでいた時、後ろから現れた男に抱きつかれた。後で聞いた話だが、この男は強盗の罪で死罪が確定していた犯罪者だったらしい。脱走してここまで逃げてきたらしい。
「もう、わっけ分かんないわよ。私、別に金持ってるわけでもないし、ちゃんと神器の気配も消してたのよ?こんな子供一人襲ってどうしようってのよ!?」
彼女が何をされようとしたのか…未だ詳しく自分で解る前の年齢だったのが、この場合は幸いだったのだろう…と、慶次郎は思った。とにかく、その時、彼女の神器が急に顕現した…。あの棒だ。
「神器「弁天丸」…かっこいいでしょ?」
彼女は自慢げにその「棒」を慶次郎に見せてきた。名前は厨二くさいし、なにより棒が強いと思ってるのが子供っぽい。その神器の能力はずばり、一撃で相手の体から神器の根源、根珠を引き離す事だ。彼女が顕現させた弁天丸によって、男は根珠を失う。後に慶次郎が身に着ける鬼丸と違い、弁天丸は相手の意識を奪う効果はない。根珠を失った男は力を込めた弁天丸の一撃にバランスを崩し、そのまま河原の石に強く後頭部を打ち付け絶命した。
そこからは、はるにとって運のよい偶然がいくつも重なった。その直後、村にやって来た平家の役人に男の遺体は渡された。おおむね、役人もはるが襲われた事は理解した上で大事にはしないと沙汰を下した。男の神器が無くなっていた事も役人は気付いたが、おそらくは逃げてる途中に奪われたか、どこかに隠したのか、という事で話がついた。こうして、彼女の手元には持ち主のいない根珠が一つ残った。
彼女はそれを、和尚の知り合いだった神器を売買する店に売った。信じられない程、高額で売れたらしい。なぜ、その事を和尚にも黙っていたのか?と慶次郎は聞いた。
「私、知ってるんだ。私より先に村に預けられてた子供は、ある程度大きくなったら、食い扶持を減らす為に色んな所に売られていく。村は貧しいから和尚がお金を村に渡してくれても、皆んな他の事に使われちゃう。でもそれはしょうがないよね。村がダメになったら私達も居場所がなくなっちゃう」
だから、できれば一緒に預けられている皆の食い扶持も私一人で稼げるようになりたかった。と、彼女は続けた。和尚に言ったら危ないからダメだと反対される。彼女はその顕現した神器を使って人から神器を奪い続け、こっそり金を稼ぎ続ける…つもりだったらしい。が、以降、神器を持つ人間が誰も彼女の前に訪れず、そんな時に現れたのが慶次郎だったらしい。
「うーん…神器を持ってる人って想像以上に少ないのかな?それとも私達みたいに隠してるのかな」
「両方…だろうな。」
彼女になんとなくだがレクチャーを受け、慶次郎も神器の気配を隠す技を既に会得している。一応、慶次郎も神器集めを手伝う…という事が条件で教えて貰ったのだが…。
「なあ、本当にやるのか?余所者の俺にはよくわからんが神器を奪うってのは、かなりその人にとって大きな痛手になる事だろ?」
「だから、何?可哀相だからやめろって?」
「いや、それもあるが…。犯罪だから、役人から追いかけられる事になるし、人からいらん恨みをかうとそこから…」
「役人がなによ。私達はなけなしの財産をほとんど税で持っていかれて、戦が始まればまっさきに犠牲になるのよ。覚えてもいないけど、私の故郷の村は戦で焼かれて、今こんな暮らしを強いられてる…。あまつさえ好き勝手に神器を使ってる奴ばっかり得してる…そんなの不公平よ。」
一理はある。でも、そこが問題だ。慶次郎は高校生になるまで、少なくとも命の危険に晒されるような人生は送ってきてない。自分に言える事はないのではないか?と彼は考えた。
「文句言う前にアンタも早く、自分の神器を顕現させてよ。あの妙な目つぶしの技も使い切ったら終わりなんでしょ?あんな感じの能力でいいんじゃない?あれで怯ませて、私の神器で一突き!」
お前に使ったのは、ただの塩水だよ。慶次郎は思う。確かに射程2メートルの熊スプレーは使い切ったらもう補充する手段がない。うーん…。こいつ、色々あったし、考えは大人びてるんだけど発想は子供なんだよなあ。実戦になったら、相手も神器を持ってるわけだし、目つぶしと棒だけじゃ相当危ない。
「なあ、やっぱりやめないか…」
「待って!あいつ。」
不意に彼女は人混みの中の遠くに歩く一人の男を指さした。慶次郎はその指の先を見る。ああ、持ってるな…あの男。侍風の男…だが、みなりからして浪人…って言葉がこの時代あったか分からないが、そんな感じの男だろう。運悪く帯刀している。
「行くよ!」
はるが走り出す。慶次ロは後を追った。どうするんだろう?今の状態で本当にただの一般人から神器を奪うのか?その男は大通りを歩いている。俺達は一定の距離で男の距離をとって歩く。
「どうするんだよ?こんなに人が大勢いる所で、神器で相手の胸を突くのか?」
「任せて。人気のない所に私が連れて行く。」
彼女は懐から大きな布を一枚取り出すと頭からかぶった。ちょうどロープをかぶったように彼女の姿はすっかり隠れた。彼女は、慶次郎の静止も聞かず男に寄っていった。
「お兄さん…」
はるは男に声をかけた。男は振り向いた。
「ねえ、お兄さん、私といいこと……あいた!!」
後ろからはるをど突いたのは当然慶次郎だ。
「失礼いたしました。」
慶次郎ははるを担ぎあがると、男に一礼して全速力でその場を走り去った。
少し離れた神社の境内…慶次郎は息をゼエゼエとついていた。
「何すんのよ!ばか。せっかくのカモだったのに」
「バカはお前だ。あれでひっかかる…っていうか油断する男がいてたまるか!?」
「なんで?男はあれやると、だいたい騙されるんじゃないの?」
「誰からの情報だよ?だいたい、お前「いいこと」って何か解ってないだろ?」
「は、はあ? 分かりますけど?なんでアンタわかるわけ? 」
「いや、わかるだろ?お前が前、襲われた時の話聞く限りさ。いいか? 相手も神器を持ってるんだ。下手に飛び込んだら、こっちがいいカモだぞ」
「そんな事言って何もしなけりゃ、何も始まらないじゃない! 」
と、2人は不意に神社の入り口に現れた人の気配にはっと我に返る。
「女の子の言う方が正しい。でも今の判断的にはその男が言ってる事が正解かなあ…」
見ると、さっきの浪人風の男だ。
「ダメだよー。女の子でも人一人担いだ人間が、あんなに早く走れるわけないじゃん。君達も、神器もってるんだよね」
慶次郎は舌打ちする。全力で走って逃げたつもりだが、当然、相手も神器で強化された脚力を持っているんだ。はるは…、男の登場に驚いて言葉を失っている。足が震えている…やっぱり彼女じゃだめだ。はるは震える足でなんとか、手に弁天丸を顕現させた。
「ほう、それがお嬢ちゃんの神器かい?随分と足が震えてるけどちゃんと使えるのかなあ?」
男は自分の腰の刀を抜いた。アレが神器だろうか?
「おお、遅かったな…」
男の後ろに数人の男が現れる、仲間だろうか、そのうち2人は神器持ちのようだ。
ーーなるほど…
慶次郎は納得する。男も自分達と同じ…神器使いが自分の神器を狙って現れるのを待っていたんだ。だから、あんな目立つ場所で神器の気配を消さずに歩いていた。見事に釣られたわけだ。相当まずい状況だ。
はるは必死の形相で棒を構える。不意に男は刀を振るう
神器『蛇刀』
振るった刀は大きく、しなってうねり、そして伸びて蛇のように、はるに襲い掛かる。はるは持っていた神器…棒をあっさり叩き落とされ、自分も大きく後ろに吹っ飛ばされた。
その時、刀を振るった男もまた「うあああ!」と、大きな声を上げてうずくまった。慶次郎が熊用スプレーを相手に浴びせていたのだ。「どうした兄貴?」と周りの人間がそちらに目を集めているうち、慶次郎は再びはるを担いで走り出した。
「俺の事はいいから追え!」
と、男は叫び周りの男達は慶次郎とはるを追った。
慶次郎は必死に走った。
どうする?逃げ切れるか?逃げ切った所で顔は覚えられた。もうこの辺りに来る事もできないぞ。いや、そもそも、この状況を逃げ切る事ができるのか? 神器を渡せば生きて返してくれるだろうか? 肩の上ではるがガタガタと震えている。やっぱり女の子だ。
元々、結構走っていた為、慶次郎はそんなに長い距離を走れないまま、はるを置いてその場に倒れ込んだ。。さすがにもう息が続かない。そこは、どことも分からない民家の路地裏だった。
「逃げろ」
と、言ったが、はるは涙目で震えているだけで、その場を動こうとしない。
ーーどうする?ちくしょう。
「こっちの路地に逃げたのが見えたぞ!」
と、男の声がする。これまでか…。慶次郎は震える。熊スプレーは奇襲で使わないとダメだろう。なんとか、今はやり過ごさないと…
反射的に慶次郎ははるを抱きかかえ、積み上げてあった木箱のようなものの影に座り込んだ。
「ちょ、ちょっと、何するのよ!?」
「黙ってろ!どんな効果があるか未だ保証ができない」
はるが、え? と、つぶやく。この時、慶次郎も気にも止めていなかったが、彼の手首には、彼が持っていなかったはずのリストバンド状の布が現れていた。
慶次郎は、はるを力強く抱きしめて、ただひたすらじっとしていた。その真剣な横顔を見る、はるの顔が真っ赤になっていたのだが、それは双方気づく事態はない。人が一人近づいてくる、例の男達の一人だ。彼はゆっくりと歩いて慶次郎達のいる木箱の横にやってくる。そして、木箱の裏を覗いた。刹那、そこにうずくまっていた2人は男と目があった。はるは声をあげそうになるが、それを慶次郎が彼女の口に手をあててせいする。
2秒…男は2人をじっとみていた…が…
「だめだー!ここにもいねー!」
と、遠くにいる仲間に叫びその場を去った。はるは驚いて慶次郎の方を見る。慶次郎はうなずくと、はるの手を引いて走り出した。
少し離れた場所…
「これだけ離れたら、もう大丈夫だ。」
「さっきのは何?アンタの神器?」
「ああ…これだな。神器を使い続ける事がここまで精神力削るとは思わなかった」
ぜえぜえと息を吐きながら、慶次郎は左手のリストバンドを見せた。
「どうせ、何かに顕現するなら、もう少し実用的な物が良かったが…刃物とかな」
「どういう能力なの?見えなくなる能力?」
「まあ、近いが相手に気付かれなくなる…って言う方が正解だな。」
「どういう事?」
「説明は後だ。そろそろ皆の所に戻らないと」
慶次郎に促されるまま、2人は山菜を売っていた子供たちの所に戻る事にした…しかし…
戻った時、そこにいるはずの3人の子供たちがいない。
「どこにいったのかしら?あいつら」
「まだ、どこかで売ってるのかな?」
「みーつーけたー」
不意に響いた聞き覚えのある声に、2人は背筋が凍った。あの浪人と仲間…なんでここに…そして、その男達は、慶次郎、はるとやってきた子供達を全員取り押さえていた。
「アンタ達!」
はるが声を上げる
「本当に来たな! お前の能力…やっぱ便利だな」
「ええ、でもなんで本体の方の匂いはわからなかったんでしょうね…」
浪人風の男の横に別の神器使いが答えた。彼の足元に犬がうずくまっている。
犬を使って相手を追跡する能力か…。多分、はるの匂いを追っていたが、先に発動した能力のせいではるではなく子供達の方に残る、はるの匂いを感知していたのだ…と、慶次郎は予想した。
「追いかけっこは終わりだ。こいつらを安全に返してほしかったら、お前らの神器を渡せ」
はるは必死に考えていたが、さるぐつわをされたまま泣いている子供達を見て観念したようだ。
「わかった」
とつぶやいた。慶次郎も「わかった」と、手を挙げた。
「おい。こいつらの根珠を引き離してやれ」
と、浪人風の男が言った。男達ははるの周りを囲んだ。
「おい、乱暴はよせよ」
と、慶次郎は言ったが…
「ばかか?命より大事な神器を奪われたら大抵の人間は復讐を考える。そんな不安要素を生かしておくわけがないだろう」
男達は、刀ではるを切ろうとした。やめろー!と、目を閉じて慶次郎は心の中で叫ぶ
刹那…。はるを切ろうとしていた男の腕が無くなった。いや、何かに切り落とされて彼らの手が飛び去っていた。おびただしい血がその傷口から噴き出している。はるはその血をみて顔を真っ青にいしてその場で意識を失った。
「何が起こった!?」
誰かの声がする。さらに爆発のような衝撃が手を失った男達にぶつけられた。男達の体は見るも無残な肉塊となっている。…慶次郎は、目を開けた。
「神器使いとはいえ…子供相手に大の大人が数人がかりで命まで奪おうとするとは…さすがに見過ごせんな」
役人…明らかに、整えられた鎧を見に付けた武者が数人の家来を引き連れ現れた。
これが、慶次郎と平教経との出会いであった。あきらかに、自分やこのチンピラ達とは実力が違う。強力な神器のプレッシャーを慶次郎は感じていた。
「ここ数日、平家の侍や兵士が神器を奪われる事案が発生していてな。調べていたら貴様らの集団の存在が分かった。もう奪った神器は金に換えたか、吸収したか…。どちらにしろ、平家の人間に手を出せば死罪だ…。解っているな」
「お前…平教経…」
浪人風の男が明らかに狼狽している。
「ふざけるな!お前ら平家だって、平民から搾取して私腹をこやし…」
次の言葉は無かった。浪人風の男は、教経の振るう剣で文字通り真っ二つになっていた。
慌てて逃げようとした彼の仲間数人も、教経の部下に次々と打ち取られていく。
「頼む…命だけは…」
最後に残った一人が教経に必死に命乞いをしていた
「不安要素を生かしておくのはバカ者なのだろう?」
教経の刀は容赦なくその男の体を貫いていた。
しばらくして…
「子供とはいえ…神器を持つ人間が2人…この男達と何をやっていたかは、おおよそだが想像がつく。」
教経は意識を失っている、はるを背負っている慶次郎に話しかけた。
「俺達も…死罪…ですか? 」
「ははは。平家の人間に手をだせば…と言ったろ? 強盗は立派な犯罪だが、お前たちは未遂だ。今回は、おおめに見よう」
「いいんですか?」
「誤解されがちだが、平家は別に京…ひいては日の本を亡ぼし力で支配しようとしてるワケではない。今は治世を安定させる時。少々強引な取り締まりは必要だが…。これからこの国が豊かに栄える為には貴様ら庶民…特にお前達のような神器使いの協力が不可欠だ。できればその力、平家の為に使って欲しい」
精悍な顔つきの好青年…随分と大人びているがそれも、13で元服するこの時代の男…年齢は自分と大差無さそうだ…。強い信念と立派な正義をもって戦っている男…この時、慶次郎は教経をそう評価した。
「お前…慶次郎と言ったか?お前は何というか、他の人間…いや、この国の人間とは少し違う感じがするな…。旅の者か?」
「あ、ああ…似たような物…ですね。」
「そうか、いつか話を聞いてみたいものだな」
そう言うと、教経は家来が用意した馬に飛び乗り去っていった。
村に帰り…村人に事情を話し(当然、ただ賊に襲われたと言っただけだが)慶次郎達は家に帰った。まもなくはるが目をさます。
事情を話すと、はるは泣き出した。まあ無理も無いな。怖い思いをしたんだし…
「神器使い3人…根珠を取り損ねたー!」
ーーそっちかよ…。まあ、安全な所に来てホッとして泣き出したのだろうが…。
「ま、まあ、アンタも私ももう一個くらい能力が顕現するかもしれないしさ。なんか、ばれずに神器を奪う方法考えようよ」
ダメだ、この女…早くなんとか(以下略
しかし、今日は本当に疲れた。ゆっくり風呂に入って汗を流したい所だが、この時代、残念ながらまだ風呂は無いようだ。汗を流してついでにベトベトの服を一瞬で綺麗にするような能力…ないかなー
と、慶次郎が考えたその時…、慶次郎の右手の小指に指輪が「顕現」した。
こうして慶次郎はこの日、二つ目となる能力「小烏丸」と後に名づける能力を顕現させた…。
慶次郎が、この事を知ったはるに、「あほー!!!」と、恐ろしい剣幕で怒られた事は言うまでもない。




