第8話 はる
〇京都北山北東部 山村
「この男…慶次郎というのだが、当面、面倒見てやって欲しい。どこから来たのか思い出せず、行くあてが無いらしい。」
その翌日…慶次郎は安竜和尚に連れられて、京の外れにある、とある山村へと案内された。行くあての無い慶次郎に一先ずの寝床をくれるという話だった。慶次郎的には和尚に神器の使い方をもう少し教えて貰いたかったのだが…
「無理だ。ワシは神器もっとらんからな」
マジに?と、慶次郎は声を上げた。和尚は様々な体術を駆使して神器使い以上の強さを発揮しているが、神器を持っていないらしい。使い方等、細かい事は神器を持たざる者には全く分からないらしい。和尚は昨日の神器を売った金(裏通りの怪しい店で神器の根珠は売買されていた)を使って、市井の服を一式そろえてくれた。俺が自分の世界から持ってきた荷物は一先ず登山用ザックに詰めて風呂敷に入れて隠している。まあ、神器の使い方は教えてくれなかったがこの和尚には本当に世話になった。
「若い働き手は大歓迎ですが…。随分ひょろいガキですなあ。」
村の長っぽい男が答える。随分な言われようだと、慶次郎は憮然とする。
「そう言うな。こいつは神器を持っておる。はる…はおるか?」
「今、水汲みにでも言ってるのではないでしょうか?しかし、そうですか…神器を…」
そんな会話がなされた後、彼は当面過ごす事になるという、家に案内された。他の村の建物に比べると結構大きな民家だ。古くボロボロではあるが…。
「神器の使い手は、まず常人よりもはるかに優れた身体能力を所持する事が出来る。個人差はあるがな。それだけでもお前さんはこの村で貴重な働き手だ。だが、それよりもまず、能力を発動させる事を優先させろ。できれば戦闘に向いた有用なものがよいが、この際なんでもいい」
「なんで?」
「戦の際は平家が村単位で兵を招集する。その際、神器の使い手がいればその一人で村の招集は終わる。そればかりか、神器使いがいれば、普段の税もその村は大きく優遇される制度がある。こっからはお前さん次第だが、能力さえ発動できれば、戦が無い時は、ただ飯を食って寝てて構わんのだ。この村には未だ神器使いはいない。」
「なるほど…。兵役…徴兵制度があるのか。しかし、戦に出るのはなあ…。絶対殺されるだろっていうか、人殺すのも嫌だし、それに平家の下につくなら…」
「心配するな。今の所、平家を崩せる戦力はこの国には存在していない。すぐには戦はおこらん」
ーー起こるんだよ!頼朝さんが挙兵して負け戦がさ。ヤバいな。和尚や村の人には悪いけど、早く別の生活基盤を作って、ここを逃げ出さないと…。
「おお、来たか。久しいな。」
和尚が言うと部屋の中に一人の少女が入ってきた。歳は10歳前後か…。随分と小汚いな。まあ、農村の子供なんてこんなものかな。しかし…。
慶次郎はその少女から何か不思議な力を感じとった。少女は怪訝そうな目で慶次郎を睨んでいる。
「和尚…この子…」
和尚は少し、周囲を気にしながら、少し声を潜めて答えた。
「おお。解るか?察しの通り、この子は神器を持っておる。」
「この村には神器使いはいないって言ってなかった?」
「だから、こうして声を潜めておる。この子は名をはると言う。お前さん同様、身寄りのない子で、赤子の時にワシがこの村に預かってもらったのだ。神器を持っておったのはたまたまでな…まだ顕現には至っていない。神器の事はこの子に色々聞くと良い」
ケンゲンにイタルってなんだ?と、慶次郎は心のなかで首を傾げる。
「察しはつくと思うが女子が神器を持ってるのは危険だ。神器は奪い取れば金になる。自ら身を守る手段が無い。故に村の者には悪いが持っている事は隠させている。」
和尚の話によると、神器を持たない一般人が神器の気配を感じとる事はまず不可能だそうだ。(神器を持った山賊を素手で倒せる力を修行で取得した和尚は特別製らしい)。神器の気配を消す技術もあるから、彼女には神器を持ってる事を隠さしているそうだ。
「なあ…アンタ何者だ?この世界に来たばかりだから、そんなに気にして無かったけど、アンタ、ここじゃかなり特別な人間だろ?」
別れ際に慶次郎は、安竜和尚に聞いてみた。和尚はほっほっほと笑った。
「ただの世捨て人だ。ただ、この世の行く末を少々案じてはいるがの。お前を助けてやったのも昨日貰った、醤油とやらの礼だ」
と、和尚は笑いながら去っていった。適当にはぐらかした答えたのだろう。まあ、ここまで世話して貰って、あまり勘ぐるのも無礼だ。ひとまず、慶次郎は生活基盤を固める事にする。彼は家の中に例の「はる」という名の少女と2人、残されていた。
「えっと、おはるちゃん…でいいかな?慶次郎だ。よろしく」
「はるでいい。あと、その子供に話かけるみたいな口調もやめて。気持ち悪い」
ーーおお…のっけから、変態扱い…。それ、本物の変態に言ったら逆にご褒美だよ。生意気なお嬢ちゃんよ。
「そうだな。神器使いとしちゃ先輩だしな。悪かった」
うーん。俺ってば謙虚…と、勝手に慶次郎は思う。
「当面は水汲み…薪割り…と、農作業の手伝い、その合間にアンタは神器を顕現させる事。急いだほうがいいよ。皆、素性もわからないアンタが本当に神器を持ってるか疑ってるから。私は、その監視役もしろって長に言われてる。アンタを宜しくって、和尚が少し村に金を渡してるみたいだけど、そんなに長くは皆我慢できないわよ」
「わ、わかったよ」
和尚本当にいいヤツだな。きっと平家の神器使いの前で神器を披露でもしないと、兵役の登録は出来ないのだろう…。できればそれまでに逃げ出したいのが、慶次郎の本音ではあったが…。
水をくむ場所を教えると、はるは慶次郎を裏の沢まで案内した。少し家から距離はあるが綺麗な清水が豊富に流れている。村には井戸もあるらしいがこっちの方が、あの家からは近いそうだ。水には困る事は無さそうだ。いい所だ。慶次郎は家から持ってきた大き目の手桶に水を汲んだ。
その時であった…
慶次郎の後ろにいた、はるが慶次郎に聞こえない程の小さな声でつぶやいた。「顕現、弁天丸…」はるの手にその身長程の木の棒…杖と呼ぶ方が正解だろう…が現れる。はるは無言のまま、その棒を慶次郎の背中に突き刺そうと大きく振り上げた。
間一髪、慶次郎は水面にわずかに映った影の変化を感じ取り横に身を捻って飛んだ。慶次郎のいた堅そうな地面にに、はるが繰り出した棒が刺さっている。
「お前…何するんだよ!」
「アンタの神器…私が頂く。」
慶次郎はその棒が、顕現(言葉の意味は和尚から既に聞いていた)された神器だと直感的に分かった。
どうなるかは分からないが、あれで突かれたらきっとヤバイ。
はるは構わず慶次郎に襲い掛かってきた。慶次郎はとっさに自分の懐に手を入れる。棒の突きをかわすと懐から取り出した小さな霧吹きで春はるの顔にシュっと一吹き
「にゃああ!!」
と、はるは神器を手放し、顔を押えてうずくまった。熊スプレー…と、いきたい所だったが、あれは未だ使い道が他にもありそうだったので、今回は節約した。今、噴射したのは、ヒル避けの為に100均の霧吹きに入れて持ってきた、ただの食塩水だ。
慶次郎ははるの手を後ろ手に回して地面に抑え込んだ。彼なりに手加減はしてだが…。
「やめろー! 誰か、助けてー! 」
はるの救援に慶次郎は一瞬ドキっとする。こんな村で少女を襲った(意味は全く違うが)事が広がったら、一瞬で詰む。しかし、周囲に人はいないようで、すぐに静かな森に戻った。慶次郎は、はるから静かに手を離した。
「村の人の指示なら、こんなにこっそり隠れて俺を襲わない。実際、周りに人はいないみたいだしな。神器を顕現できる事を和尚にも隠してた…。」
はるはようやく目が戻ってきたようで、擦った眼を少し開けて慶次郎を見た。
「神器は渡せないけど、事情を話してくれよ。協力できる事ならさせて貰うからさ。」
はるは、また慶次郎を睨んだ。
俺ってやっぱ、子供には嫌われる質だよな…と、慶次郎はため息をついた。




