覚えておけ
俺は水が好きだ。
飲み物の中で水に勝るものは無し。
ヒャッハー水だー!
わかるぞ! その気持ち。
小学校に行くと水飲み場で水は飲み放題だった。
蛇口から伸びる曲がった水道管をひねって逆さにして。そんで蛇口をひねると噴水のように伸びる水。それをダイレクトドリンク。
夏の水は最高だ。
家でも夏はたまにダイレクトドリンク。
そして母親にコップで飲めと怒られるまでがコンボ。
小学校に入ったばかりの俺は、それで満足だった。
だがある日の事だ。
父親に連れていかれた馬券売り場で、俺は衝撃的な出会いをする。
そこにあったのは、自分より背の低い四角い長方体。
これはいったい何の機械なのか。
親父がどの馬券を買うか悩んでいるその時間中、俺はぼんやりとその機械を観察していた。
そうすることしばらく。
やがて汚らしい格好のおっさんがやってきて、機械の前で静止する。
慣れていたのだろうか。おっさんは流れるような動作で機械の足元にあったペダルを踏み、おもむろに上体をやや屈めた。
「!」
一瞬の事だった。
機械の頭からちょろちょろと水が噴き出し、おっさんは器用にそれを口でキャッチアンドドリンキング。
「!!」
おっさんは、それを飲んだ。
もう、ズビズビと飲んだ。
なんだか知らんが、俺にはそれがとても美味そうに見えた。
――何なのだ。何なのだあの機械は。
水とは水道の蛇口をひねると出るものではなかったか。
何故電気を必要とする機械が水を出すのだ。
驚天動地。いや、驚いている場合か。
これはもう、飲んでみねばなるまい。小学生ながらにそう思った。
親父はどの馬券を買うかで悩み、ガキの様子なんざ見ちゃいない。即ち、それは千載一遇のチャンス。
機械の前にそれとなく自然を装って近づき、誰の注意もひいていない事を確認して、ペダルを踏む。
ちょろちょろ。
でた。
水出た。
俺はがっつかないように努めて余裕がある素振りで、慎重にその水を飲んだ。
「!!!」
ビッグバン。
俺の脳内で、文明開化の音がした。
――なんだこれ……水が……みずが……冷たい……すっごく。
水が過冷却。
みずがくっそくっそくっそつめたい。
そして、うまい。
つめたいみずうまい。
数十年後の世界では『ただの水道水』と見下されるまるで貧民の飲みものの代表格のような格付けを受ける不遇な存在『ただのカルキ交じりの水道水』が、その時は死ぬほどうまかった。
日本に上陸したばかりの瓶コーラに並ぶうまさ。
――冷たい水が、こんなにうまいとは。
それから俺は猿の交尾が如く夢中で水を飲みまくった。
その時の俺はさながら盛った思春期少年だった。ちんちんが擦り切れるまでセックスした時くらいのパッションをもって水を飲んだ。
閑話休題。
「はーい。では水の飲み方を教えまーす!」
想像魔法でトットちゃんの校舎を復興村に作った。
その校舎の一角に設置した『水道直結式ウォータークーラー』の使い方を、島民の子供らとその親らに俺は指導する。
ちなみに復興村というのは城下に作り始めた施設群であり、端的に言うなら都市開発計画の旗艦村である。
「凄いきれいな水!」「おいこれつめてーぞ!」「みずうめー!」「なにこのみずうまい!」「すげーよかーちゃんこれ!」「あたし若様のお嫁さんになる!」「え……さよちゃん……」
水に大歓喜な子供ら。のちに大人らも水を飲んで大歓喜。
若干一名頭おかしい村娘が混ざっていたがお俺の記憶からは疾く削除した。
そうだろうそうだろう。
そういうのでいいんだよ。日本食まんせーとか日本文化ホルホルとかいらねーんだわ。世界共通で水はうめーんだ。こじゃれたくそな日本グルメストーリーとか世界から見たら噴飯ものだからな。その辺をよく覚えておけよなろう民ども。




