僧は推す幼女の門
「伯父上、妾はどうしたらいいのかや」
望遠鏡を持った露姫が、油の切れたブリキのような動きで顔だけを斜め後ろに向ける。
そこにいたのは、一族が悉く死した今、現時点での本間家の最高権力者である彼女の伯父だ。
「どうしたらもこうしたらも、わしの教えた通りにするがよろしかろう。アレは人ならざるナニカであるが、アレを利用しない手は無い。でなければ、われらは滅ぶのみよ」
齢二十前後にしか見えない坊主は、実際は倍の歳月を生きている。
とある理由で幼少時に出家させられ、本間一族の擁する巫女らの統括の役職に追いやられた僧。順徳天皇の血に連なるその者は、本間又三郎宗純と呼ばれている。
「じゃがあやつは、あやつは……」
望遠鏡で賊を捕らえた一部始終を見ていた露は、ミロクのとった行動に驚愕した。そして恐怖し、戦慄した。
殺しても死なないもののけ。
そしてそのもののけが、起き上がるなり成した――口にすることすら憚られる如何わしい振る舞い。彼は賊の股をまさぐった後、服を脱がし全裸にして、いずこかへと連れ去った。
最初は衆道を嗜むのかと思った。が、そうでないのを彼女は望遠鏡越しに確認した。
おなごにあのようなことをする殿方がいるとは。
まさに外道。修羅であり鬼畜生。その行いは露の理解を遥かに越えていた。
「露よ。其方も武家の娘なら覚悟を決められよ。本間一族はわしと其方を除いて絶えた。今の其方の役目は、一族の血を絶やさぬこと。それを第一に考えられるなら、あんなものは些末な事よ。そうは思わぬかな?」
「さまつ……とるに足らぬと、いう意味かや」
叔父にそう言われた露は、みるみる涙目になる。叔父から借り受けた望遠鏡を握る手が、腕が、肩が震えだした。
「そう悲観するでない。今すぐに子を成せという話ではないのだ。其方には覚悟をするための時がある。今すぐ閨に行けと言う話ではないのだから安心なされ。多くを学べば見えてくるものもあろう。取るに足らぬと言ったわしの真意も理解できる日が来るよって。……とはいえ、許嫁にはなっておくべきであろうな。出来るだけ早くに。その手はずはわしが整えよう」
「お、伯父上、わ、わら、妾……妾は――」
「なぁに、恐れることは無い。其方を取って食おうというのなら、アレは其方を助けはせんかったろうし教育もせなんだよ。アレには其方を殺さず活かす算段があるとみてよかろう」
「じゃが、じゃがあれは鬼畜――」
「いうな露。其方は何も見ていない。其方はわしから望遠鏡も借りていない。そういうことじゃ。……アレは恐らく、わしよりもはるか遠くの時を見てきておる。優れた叡智を持つ世界を知っておるだろうし、それを再現するなんらかの手段をも持っておる。この時代の人間から見れば、アレの行いはかけ離れすぎていて、もはや神よな」
「なっ! ……伯父上は、アレが神だというのかや?」
「ふふっ。そうさな。其方は知らんだろうが、神にも色々おるのだぞ。ああいう手合いもおるさ」
「なんと……この世には、救いは無いという事かや……」
「さぁてなぁ。それを決めるのは、露、其方の働き次第ぞ」
「はぃ? どうして妾が……?」
「其方がアレより好意を勝ち取れれば、アレも其方に無体なことはせぬかもしれぬということよ。とはいえ、急に手のひらを返しても怪しまれよう。其方はしばらく普段通りに接しよ。……ふっ。塩梅が難しいのう?」
「ふぇえぇぇぇ、おじうえぇぇ~」
その場に崩れ落ち絶望をあらわにする露姫を、僧は困った子供を見るような目で見降ろし、小さく嘆息した。




